産みの母は違っても…親子と実感した二つの事件
放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(13)
母が私の産みの母でないことは以前話しました。それでも母はやはり母であると、改めて実感した出来事があります。長崎県佐世保市立福石中2年の頃です。
帰宅して、かばんを放って遊びに出た帰りのことです。居間で父母と叔母が正座をしていました。父と叔母は戸惑い気味、母が夜叉(やしゃ)のような形相で怒り狂っていたのを覚えています。明らかに様子がおかしい。
「やすよし、こいは、なんね」。それは服を着ていない女性が載っている官能的な本。回りくどい言い方はやめます。エロ本です。
近くの天神町に住む同級生の山下君から借り、かばんの中に入れていたのが見つかったのです。憤怒の母は私を問い詰めました。
「誰から借りたと?」。体をたたかれながらの取り調べに耐え切れず、「ヤ…ヤ、マ、シ、タ…」と自供しました。「どこに住んどるとね?」「テン、ジン、チョー…」
怒り狂った母は「これから行く」と靴を履きかけましたが、私や叔母、男の気持ちがよく分かる父は止めました。山下君に悪いし、「海老原のかあちゃんが殴り込みをした」と、やがて広まるうわさも聞きたくありません。3人で必死に止めましたが、母は「かあちゃんは」「かあちゃんは」と涙を流して「あんたをこがんと見る子に育てた覚えはなか」と激しく叱りました。
大黒町市営第三住宅に住んでいた小学校時代の事件も告白します。石垣がある近所の大きな家の子と遊びに行く仲になりました。しかし、そこの親に「(貧しい)第三住宅の子とは遊ばせん」と門前払いを食らいました。これを知った母は、その家に怒鳴り込んでいきました。その姿は今になって、任侠(にんきょう)映画のある主人公を思い出します。
緋牡丹(ひぼたん)博徒シリーズの藤純子(現富司純子)さんが演じた女侠客(きょうかく)お竜です。世の中の非を決して許さず、立ち向かうシーンが重なります。体格は小津安二郎監督の名画「東京物語」の母親役、東山千栄子さんのようにふくよかでしたが、行動はお竜そのものでした。
もともと真っすぐな性格の母です。思春期の私にとって恥ずかしい「エロ本密輸事件」では教育的指導で本気で叱ってくれました。「門前払い事件」では第三住宅のお竜として、不条理に対する正義の姿を見せてくれました。
親子なのだと母は教えてくれたのです。生前に「ありがとう」と言っていればなあ、と後悔しています。
(聞き手は西日本新聞・山上武雄)
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海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。
※記事・写真は2019年07月01日時点のものです