◆◆◆帝城
「魔法学院で爆発が起きたとか?」
「何者かが侵入して、虐殺を起こしたという噂もありますぞ」
「帝都でこのような大事が起こるとは、いやはや恐ろしいですな」
「何かとんでもない不吉な予感がします……。この国の将来はいったい……」
◆
帝城の会議室には、滅多に顔を合わせることがないような政府の重役が勢揃いしていた。
その面々の顔には、一様に深いシワが寄せられ、怒鳴り合いのような話し合いが行われている。
「学院の警備を担当していた騎士団は、一体何をしていたのだ!? しっかりとした説明はできるのだろうな!!」
「爆発と戦闘は学院内部で突如起きたのだ。こんなもの防げるはずがなかろう、大臣」
「なんだ? 突然中から湧いて出てきたとでも言いたいのかね? 危険人物が重要施設に侵入しないよう見張るのが、騎士団の仕事だろう!!」
「学院には学院関係者しか入れてはいない。それで問題が起きたのだから、名簿にミスがあったのだろう」
「ならば、今回の学院での事件は魔法省のせいということではないか! たしか魔法学院に出入りする者の名簿の管理は、魔法省で間違いなかったな?」
「そ、それはその通りですが……。しかし、我々だけで全ての人間を把握することはできません。
特に今の魔法省は大きな問題を抱えていることは、皆様ならご存知のはずです。
だからこそ、情報局や関係各所にも協力を仰いでいたわですし」
「言い訳にすらなっとらん! 皇帝陛下直々の勅命で創設され、貴族家の子や優秀な人材が国中から数多く集まる場所なのだぞ?
そこを戦場にしてしまった意味を、貴様はわかっておるのかね!?」
その時、会議室の扉が大きく開かれ、帝国の最高権力者であり最高責任者でもあるジルクニフ皇帝が現れる。
「なんだ? まさか責任の擦り付け合いでもしていたのか!! そんなことをしている場合か!?」
「へ、陛下!」
「そのようなくだらん問題はとりあえずあとだ! それより被害状況はどうなっている? 犯人は捕まえたのか?」
「はっ。学院はほぼ全壊。死傷者数は推定数十人に及ぶと思われます。
瓦礫の撤去作業が終わり次第、負傷者や遺体を収容し、正確な数を把握してから再度ご報告致します」
「むごいな……。帝国の未来を担うもの達が、こんなにも大勢亡くなってしまったのか……」
「犯人につきましては、現在捜索中です。帝都と国境の封鎖は既に行いました。また、生存者の目撃では、犯行グループには亜人しか見当たらなかったことから、国外の亜人組織が大きく関与しているかと思われます」
「わかった。決して1匹たりとも逃すんじゃないぞ!」
「かしこまりました」
会議室の扉が、再び勢いよく開かれる。そこに立っていた騎士は、動揺を隠しきれない慌てた様子で、皇帝に走って近寄り何かを耳元で囁いた。
「な、なに!? それは本当か?」
「はっ! そのようです」
「な、なんということだ……」
学院長からの報告で、試験で旅に出ていた生徒と騎士たちが連れ攫われたそうだ。
旅から生徒たちが戻ってくるのを待っていた学院長の元に、御者のいない不審な馬車が近づいて来るのが発見された。
不審に思った教師たちが馬車を捕まえ、荷台の中を覗くと、その中からは血まみれとなり動かなくなった数人の騎士たち、そして置き手紙が発見される。
『我々は、魔獣解放戦線である。貴国の学生たちの命は預かった。
返して欲しくば、帝国内で囚われている全ての魔獣を解放し、今後一切危害を加えないことを約束しろ。
今まで数多くの魔獣を実験や開発材料にしていた魔法省には罰を下した。
我々は魔獣を守るためであれば、直接的な行動も辞さないことを覚えておいて欲しい』
手紙に書かれた内容を読んだ学院長は、顔面蒼白となった。
旅に危険があることは重々承知していたが、まさかこのようなことになるとは想定すらしていなかったのだ。
しかもフル装備の騎士たちがいたにも関わらずこの失態。いや、相手が何人いたのか不明なこの状況では、無闇に騎士を責めることも出来ないだろう。
とにかく皇帝陛下に報告せねばと思い立ち、慌てて学院長は使者を出したのであった。
「次から次へと……。魔獣解放戦線か……」
300年前か400年前か始まりはハッキリとしないがこの組織の始まりは古く、自然保護を謳う反政府組織いわゆるテロ組織の一種である。
暴力で社会に混乱をもたらす革命家気取りの連中は太古から大勢いたが、この自然保護という考え方は当初この世界ではあまりにも斬新で衝撃的だった。
しかし、人間も亜人も魔獣さえも差別しないことを組織の特徴として掲げ、魔獣や自然を大切に思うもの達の緩やかな繋がりでこの組織は結成された。
誰がどこで創設したのか、本拠地はどこなのか、リーダーの種族さえも現在のところ不明だが、亜人が仲間に大勢いることから人間の可能性は低いと考えられている。
また、発足した当時は組織であったが今は組織化されていないらしい。
思想的同調者が魔獣解放戦線を名乗ることを制限しておらず、直接的な指揮命令系統も存在しないため組織の実態は不明確なままであった。
◆◆◆魔法学院
かつて帝国がその威信をかけて築き上げた魔法学院は、瓦礫の山と化し、もはや見る影もなかった。
撤去作業と負傷者や遺体の回収作業に励む帝国騎士たちの心は、そのあまりの惨状に心を強く揺さぶられる。
「なぁ、これからこの国はどうなってしまうんだ?」
「さぁな、そんなこと誰にもわからんよ」
「資源が乏しく、長年飢えに苦しめられてきたこの国が発展できたのも、学院を建てたりして魔法詠唱者の育成を国が支援してきたおかげだろ?
だけど、こんなことがあったんじゃもう帝都に魔法が使えるものは集まらんだろ?」
「そうだな。王国じゃなぜだか重要視されてないようだが、最近の魔法技術ってのは本当にすごいんだ。なんたって、何も無いところから水や食料なんかを生み出すんだからな」
「俺の家にも水が出る魔道具があるから、魔法がどれだけすごいのかよくわかってるよ。
一度あの便利さを知ってしまったら、もう昔の生活には戻れんよな」
「違いない」
ゆっくり南へと沈みゆく太陽の光が、夕焼けとなって辺り一面を照らす。
「おい、この瓦礫どかすからちょっとそっち持ってくれ」
「はいよ」
何とか人の力で持ち上げられそうな瓦礫をどかすと、その下からはぽっかりと地面に空いた大人1人は余裕で通れる穴が現れた。
「何だこの穴は? 結構深そうだな」
「わからん。一応、本部に連絡しておくか」
「ならちょっと行ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言って騎士は本部へと走り出す。
本部で報告を受けた上官は、確認のために部下を数名引連れて穴のある場所へと向かった。
「まずはどこまで続いている穴なのか調べる必要がある。ロープを下ろすからそれに捕まって、中を探索してこい」
「はっ!」
恐る恐る中へと入っていく騎士。穴が崩壊する危険性もあるので、調査は時間をかけてゆっくりと行われた。
下へ数メートル降りると、穴は直角に曲がり水平方向に真っ直ぐと伸びていた。
「隊長、一番下まで降りてみましたが、特に異常はありませんでした。そこからは垂直に曲がり真っ直ぐ西へと伸びています」
「そうか、わかった。これ以上の調査は危険だから、今日はとりあえずここまでだ。
後日、調査団が来るだろうから、場所を見失わないよう目印だけ立てておけ」
「了解しました」
本部へと戻っていく隊長たちの背中を、敬礼とともに見送る騎士たち。しばらくした後、目印を立てると、再び瓦礫の撤去作業へと彼らは戻るのであった。
ふと騎士は視線を感じて穴へと目を向けるのだが、そこには特に何も無く、気のせいと思った彼はその違和感を振り払う。そして、その日の作業は日がとっぷりと暮れるまで続けられたのであった。
◆数日後
「おい、穴が見つかったという場所はどこだ?」
「はっ!調査団の方でしょうか?」
「そうだ。魔法省調査局員と魔法学院の設計技師の者だ」
「こちらになります」
騎士は魔法省から派遣されてきたものたちを、自分たちが発見した穴へと案内する。
「なるほど、この穴か。どうだね? このような穴は魔法学院に元々あったものかね?」
「ええと、位置的にここは魔法学院の演習場に当たる場所ですな。
このような場所にこんな穴は元々ありませんでした。つまり何者かによって、新たに掘られた可能性が高いということです」
「なるほど。ということは……亜人の侵入経路、もしくは逃走経路という可能性もあるということか。当然、その両方もありうるが」
「そうなりますな……。生徒がイタズラで堀ったにしては、あまりにも大きすぎます」
「これは本格的な調査が必要になるだろう。私はこれから探知魔法で周囲に何者かが潜んでいないか確認をした後、調査に入る。君たちは本部へ応援を頼んできてくれ」
「かしこまりました」
設計技師は本部へと戻って行き、残された魔法省の者は静かに地面にぽっかりと空いた穴を眺める。
「地下からの侵入か……このような穴は果たして1つだけなのだろうか……」
それは彼の願いでもあり、祈りのようでもあった。
昔から人間という種族は地下を開拓する技術が乏しい。それは魔法という技術を持ってしても同様のことであった。
「もしこのようなものが帝都中、いや帝国中にあったとするなら……いや、そんな恐ろしいことは想像すべきではないな」
彼はじっと神経を集中させて、魔法を発動させる。周囲に生体反応がないことを確認すると、自らに防御魔法を施し、ゆっくりと穴へと潜っていった。
一番下に到着すると、穴は報告にあった通り垂直に折れ曲がっている。その穴は真っ直ぐに伸びているのだが、どこまで続いているのか、全く見通せなかった。
「これは……長くなりそうだな」
再び探知魔法を発動させることで、周囲への警戒を怠ることなく、少しずつ少しずつその穴の中を進んで行く。
応援がすぐに来てくれればいいのだが、今は時期が時期だ。あまり期待しすぎるのも良くない。
むしろ心配すべきなのは、この穴が崩壊しないかどうかということだろう。
けれども、この穴はぱっと見る限りでも、かなりしっかりとした造りをしていた。決して彼はトンネルについて詳しい方ではなかったものの、素人目で見てもわかる頑丈さを備えているように感じられたのである。
「これは……ドワーフによるものか? まぁ……私の目では穴の特徴を見分けることは難しいだろうがな」
地中で暮らす亜人や魔獣は数多くいるが、どの種族が掘ったかによって穴の特徴というのは変わる。
もっといえば、どのような道具を使って穴を掘るのかに違いがある、と言った方が正確かもしれない。
ドワーフは自分たちで製造したピッケルや特殊な掘削機を用いて穴を掘る傾向がある。
それに対して、他の多くの種族は爪や顎など身体の一部を活用して穴を掘り進める者が多い。
その結果、穴の形状に大きな違いが出てくるため、それを参考にしてどのような生物がこの地区の地下には潜んでいるのかなどを判定する専門家が存在しているくらいだ。
「誰かいるな……」
何者かの気配を感じ取り、慎重に進む調査官。
「た、たすけてくれ……」
「どうした!? 学院の生徒か?」
「そう、だ……」
「もう安心しろ、今助けてやるからな」
手持ちのポーションを飲ませ、生徒を抱えると急いでもと来た道を戻る。
穴を抜けるとちょうどそこには先程の騎士が立っていた。
「どうしました? その者は一体?」
「ここの生徒で被害者の1人と思われる。重要参考人の可能性も高い。急いで救護施設に連れて行ってやれ」
「はっ」
騎士は学生を抱えると、小走りで去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、調査官はふと呟く。
「彼はなぜあんな場所にいたのだ……」
◆◆◆とある場所
「さっさと歩け!」
「ぐずぐずするなら、喰っちまうぞ!!」
両手を縄で縛られ、数珠繋ぎになって歩かされている魔法学院の生徒たち。そこは暗い暗い地中のとある一本道であった。
「いったいどこへ向かってるんだ?」
「知るかよそんなこと。ただすぐに殺さないってことは、なにか目的があるってことだろ」
「何が目的なんだ?」
「だから知るかよそんなこと。直接聞いてみれば?」
「できるかよそんなこと!」
ヒソヒソと話しながら、ゆっくりとぬかるんだその道を進んでいく。
太陽の光や景色も一切ないこの暗いトンネルを、どこまでもどこまでも歩き続けることは、思ったより精神的に応える。
いつ殺されるか分からないという緊張感、そして与えられる食料は水だけという過酷さ。
そんな状態ですでに数時間、いや下手したら数日歩かされたのかもしれないのだから、疲れてくるのも当然だった。
しかし、ときたま誰か倒れるものが出ると、微かな悲鳴とともにバキバキという音が響いてくる。
この亜人らにとって人間というのは、食い物にすぎない。だから弱って歩けないなら、食べてしまえばいいという結論になるわけだ。
漂ってくる血の香りを感じ、亜人のゲップの音を聞くと、身の毛がよだち疲れも吹き飛んでしまう。
必死になって前へ前へと進み続けるその足だけが、命の支えであった。
「もうすぐ目的地だ。人間どもを例の場所にぶちこんだら、全員広場に集まれ!」
「わかりやした!」
亜人たちの話し声を聞いて、ようやく目的地に着いたことがわかると、少しの安堵感が襲ってくる。
けれどもそれが自分たちの命の安全を保証するものでは無いことくらい、誰にでもすぐに分かった。
生きてここから帰れるのか。どこにも何の保証もないこの絶望的な環境の中で、亜人が持つ剣だけが優しい輝きを放っていた。