◆◆◆魔法学院
悲劇は、突然訪れた
この日、ふと教室の窓から帝都の街並みを眺める。
いつ、何度見ても飽きない活気ある街並みだ。
露店の商人の呼び込みの声が響き渡り、馬車の蹄の音が街中に木霊する。
学院内でもグラウンドで、何やら魔法の演習授業が行われていた。とはいっても、石壁で囲まれたグラウンドの中の様子は、外からはあまりよく見えない。たまに、誰かが唱えた魔法が石壁に当たり、音とともに振動が伝わってくるくらいだ。
窓際に現れた小さなトカゲを、撫でるようにそっと触ろうとした次の瞬間、それは跡形もなく消し飛んだ。
思わず目を見張る。あまりにも突然の出来事であり、一体何が起こったのか頭が追いつかない。
窓を掠めるように火の球が飛んで行き、その先にいた学院の警備を行っている騎士に直撃したのだ。
それからも次々と魔法が飛び交い、一瞬で教室の窓の向こう側の世界は、血みどろの世界となっていた。
「なにが起きた」
誰もが思ったであろうその言葉を、教室の壇上にいた教師が呟く。
「先生! 何ですか、これ!?」
「……わからん」
生徒からの質問に対して、曖昧な答えしか返事出来ない教師。困惑が入り混じったその顔には、見たことがないほどの険しい表情が浮かんでいた。
「と、とりあえず、何が起きたか確認してくる。……み、皆は、ここで、じっと待機しててくれ。……あと、窓際は危険だから、離れておくように」
それだけ告げると教師は、教室の前の扉から走って出て行く。何故だか、もう二度と戻って来ないような気がした。
「逃げよう。ここにいるのは危険すぎる」
「でもどこへ? 外は明らかに危険だし、校舎の中もどこが安全だかわからない」
「俺は…戦うべきだと思う。騎士が襲われたということは、おそらく何者かがこの学院、帝国に攻撃を仕掛けているんだ」
「お前馬鹿かっ!? 帝国の騎士でさえ、あっけなく殺されてんだぞ!! 俺たちが行っても何の役にも立たねぇよ」
「なら、どうすればいい? 逃げ場もない! じっとしていても、このまま騎士が殺られたら、次はおそらく俺たちの番だ! だったら、まだ生き残ってる騎士に協力して、行動すべきだろ」
「あ、あの……まだ、騎士様たちが負けると決まったわけでは…。と、とりあえず、様子見しません? この後どうするかは、先生が戻ってから考えましょうよ?」
皆が話し合いをしていると、教室の窓に突然何かがドンと激しくぶつかり、バキバキという轟音が響き渡る。
生徒たちの視界に映った”もの”。……それは、全身の骨が砕け、血まみれとなってペシャンコになった、学院の教師であった。
女子生徒の悲鳴が響き渡る。鼓膜が破けたかと思うほどの、耳をつんざくような声。先程まで威勢よく戦うべきだと言っていた男子生徒は、蹲って泣いていた。
ある生徒が迷うことなく廊下に飛び出す。するとそこには、戦場が広がっていた。
なぎ倒されたロッカー、粉々に砕け散ったガラスの破片、人間が玩具のように吹き飛んでいく。
その光景を見た生徒が、胃の中のものを床にぶちまける。
「ああ…学院が…」
人間の体がちぎれ飛び、誰かの首から上が宙を舞う。床も壁も天井も破壊され、校舎は瓦礫の山へと化していく。
この殺戮と破壊の進行を、誰も、何も、遮ることなどできない。
それはまるで、伝説に謳われる破滅の竜王の復活を思わせた。
「いったいどうすれば……」
そう呟いた生徒は、自分の脚を見下ろし震えていることに気が付く。
目の前の光景に慄然とする。
なぜ、どうして、だれが、何のために……。
もはや今ここでは、そんな言葉は何の意味もなさないことはわかっている。それでも、自分に問いかけずにはいられない。
瞬く間に学院は崩壊していくだろう。多くの生徒たちに、この戦場から逃げる術などありはしない。
「くそっ」
誰かが呟く。
目前を縦横無尽に走り回る破壊の力は、予想もできない速度で学院を呑み込んでいく。
けれども、これは絶望の始まりにすぎないことを、今はまだ生徒たちの誰も知る由もない。