オーバーロードweb版〜続編風〜   作:愛美タトゥー

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学院ー12

◆◆◆アインズ

 

試験を終えたアインズは、ゆっくりと帝都の街中を散歩していた。

 

(帝都を一度1人で、ゆっくり歩いてみたかったんだよなぁ)

 

アンデッドといえど数日にも及ぶ試験で蓄積された精神的な疲労は大きかったはずだが、街に来るとそれも一瞬で吹き飛んだ様子。

 

帝都の中央市場には、数多くの露店が並ぶ。料理を提供する店や食材を売る店はもちろん、服や靴、アクセサリー、生活雑貨など日常生活で使われるものから、魔法道具や武具、ポーション、馬やロバ、荷車など旅に欠かせないものまで様々だ。

 

客寄せのための商人の大きな声が、そこかしこから聞こえてくる。吟遊詩人の歌声、神官によるありがたい説教、どこからともなく響いてくる剣戟の音、広場で演説するものたちの話し声、金属を叩く音など、街は喧騒で満ち溢れていた。

 

建物の壁や立て札には、武王の引退など最近の帝都を中心に国内で起きた出来事が書かれた紙が貼られており、それを文字が読めるものが朗読している。

 

活気があって非常に素晴らしく、見ているだけでも楽しめるのだが、アインズの興味を特別に引くようなものは残念ながらなかった。

仕方が無いので、市場から離れて商業地区へと移動するアインズ。

商業地区には帝都に定住して、店を構える商人や職人の建物が立ち並ぶ。

 

(それにしても相変わらず酷い臭いだな……)

 

アインズは己の感情が抑え込まれるのを感じていた。

街中には多くの馬やロバの糞尿が散らばり、帝国臣民のゴミや汚物もばら撒かれていた。近代日本で生まれ育ったアインズには、信じられないような汚さだった。

 

下水道は一応整備されているのだが、公衆トイレの設置などにまで帝国は手が回っていない様子。風呂には年に数回しか入らない臣民の衛生意識は非常に低く、街中にはアインズにとって不快な光景が広がっていた。

 

(この体になっても、嗅覚はそのままだからな……。これだけは慣れるしかないのか?)

 

しかし、そんな環境でもアインズが元いた世界と変わらないくらい臣民が健康で長く生きていられるのは、この世界の医療レベルの高さが理由だろう。

 

神官に金さえ払えば、ほとんどの病は瞬時に治せる。ポーションで治すという手だってある。それもほとんどの怪我や病気が。

そのため疫病などが流行ることもほとんどなく、衛生問題は議論されることさえ稀だ。

 

だからなのか、病気でも無理して働く人は多く、病人だからと特別忌み嫌われることも少ない。

腐ったものや生の物でも、割と平気で食べていたりする。糞尿で汚れた道路に落ちた食べ物でさえ、拾って食べてしまうほどだった。

 

(帝国は衛生概念の発達がかなり遅れているな。この世界の回復系魔法は、人々にとって諸刃の剣かもしれん。いや、それで健康なのだから問題はないのか)

 

帝国の人にとって、健康の価値というのは存外低い。あまりにも安すぎると言うべきか。

というのも、医療活動を担う神官職の人間というのは、わりと探せばたくさんいるため、上手く彼らに取り入ってこっそり治してもらえば、ほとんどの病は無料で治療できるわけだ。

 

もちろん神殿からは無料で神の奇跡を使うことは、厳しく禁止されている。そのためバレたら大事となるが、抜け穴なんていくらでもあるのが世の常。

また、金があるなら神官に頼めば、コソコソせずともすぐ簡単に治せてしまう。

つまりはコネか金さえあればどうにかなる、それが帝国における健康に対する価値観だった。

 

アインズが街の臭いに不快感を感じながらも歩いていると、不思議な店を見つけ足を止める。

 

(『生活魔道具店』……?)

 

門構えは他の店よりも少し立派で、高級感が漂う。ユグドラシルの頃にはなかったジャンルの店なので、かなり興味を惹かれる。

 

中に入ると、そこかしこに魔道具らしきものが並べられ、愛想のいい店員が値踏みするような視線を、こちらに向ける。

ふと、ある品物に目を止める。それは懐かしささえ感じるほどに、見たことがある形のものであった。

 

「いらっしゃいませ! お客さま、こちらの商品はいかがでしょうか? 先月帝都で発売されたばかりの最新型の商品となります」

 

冒険者のような汚らしい格好のアインズにも丁寧な物腰で店員が話しかけてきた。

 

「これは一体何に使うものだ?」

「はい、こちらは扇風機といいまして風を起こし涼を取るアイテムとなっております。口だけの賢者が伝えたとされる魔道具の1つです」

「こっちは?」

「こちらは冷蔵庫ですね。箱の中に冷気を発生させ、中の物を冷たく保存する商品となっております」

「なるほど……」

 

(この形といい機能といい偶然か?)

 

「その口だけの賢者とは、一体何者なんだ?」

「詳しいことは存じ上げておりませんが、ミノタウロスの国のかつての王様といわれております。

色々な新製品のアイデアを思いつくのですが、どうやってそれを製作すればいいのかは全くわからなかったことから、口だけの賢者なんて呼ばれているそうです」

「ほぅ…」

 

(もしやプレイヤーか? 調べる必要があるな)

 

しばらくアインズが考え事をしていると、店員は一言挨拶した後、すぐに他の客の応対を始めた。

 

アインズが特に驚いたのが、これらの魔道具には電源がない。つまり、どこへでも持ち運びできて、使えるということだ。

 

ならば、馬車の中になどこの小型の冷蔵庫と扇風機を置いておけば、かなり快適な空間になるのでは? と考える。

 

馬車は当然、エアコンなどないため夏はむせ返るように暑く、冬は凍えるように寒いらしい。まぁ、骸骨のアインズには快適性など関係の無いことだが。

 

(金額は安くはないが、庶民でも買えなくはない代物だな。それよりもユグドラシルの頃にはなかったこうしたアイテムが、一般的に製作され売られているとは……)

 

それはつまり、この世界独自の魔法技術が存在するということである。王国でセバスたちに調べさせた時にも、アインズの知らない魔法は数多くあった。

 

しかし、それ以外にもこうしてこの世界独自の魔法アイテムまであるとは驚きである。

 

(使っている魔法はユグドラシルと同じもののはずなのに、発展の仕方が違う。もしくはこの世界にだけ存在する技術体系が、存在するのかもしれんな)

 

他のプレイヤーの存在、この世界独自の技術。そういったナザリックを脅かす可能性のある存在を、改めて確認できただけでも、今日帝都に来た意味は大いにあったと言えるだろう。

 

(他にも似たような店があるかもしれん。探してみるか)

 

店を出て街を再び歩くアインズ。すると、またもや目を引く『西方ドワーフ商館』というドワーフの姿が描かれた店の看板が、視界に入った。

 

(これは確認しておく必要があるだろうな)

 

ドワーフとはユグドラシルでは、一般的に金属加工を得意とする種族であった。

 

主に生産系の職のため、戦闘で役に立つことはほとんどないが、重要な存在でありアインズもかつては数え切れないほどお世話になった。

 

店の扉を開けると、カランカランという心地よい鈴の音が響く。そして奥からは、腕と背中の筋肉が不自然なほど膨れ上がったオッサンが顔を覗かせた。

 

「いらっしゃい」

 

筋トレ中だった様子の店員は、少し驚いた様子でこちらに近づいてくる。その額には汗が滴り、ムワッとした臭いを全身から漂わせていた。

 

「なにかお探しの物でも?」

「いや、そういう訳ではないのだが……。西方ドワーフ商館なんて初めて見たものでね。物珍しくて入ってみたのだよ」

「あぁ、外国のお客さんですかな? でしたら確かに珍しいでしょうね。

王国でも法国でもこんなことやってる店はまずありませんから。

ドワーフとの国交を持つ帝国ならではの店ですよ、うちは」

「ドワーフとはどのような種族なんですか?」

「アゼルリシア山脈に住む亜人種族の1つです。

主に地下に都市を築いて、そこで暮らしていますね。

地上に出てくることはほとんどないですが、非常に知的で友好的な、しかも酒好きでとても気のいい連中ですよ」

 

ナザリックも一応は同じ地下に築かれているせいか、ある種の親近感を覚える。

 

「ほぅ……。地下に都市を築くとは面白いですね。ぜひ見てみたいものです」

「なら、今度交易に行く際に一緒に行きますかい? ドワーフの国に行く際は、護衛が多く必要になるので、何か武器が使えるのなら、食費以外はタダで案内しますよ。

もし戦闘が全くできなくても、金を払ってもらえれば問題ないから安心してください。

もともと危険地帯を抜けるために、大勢の人や馬を用意する必要があるので、資金集めを行っているんですよ。

金を出してくれれば、帰還後に元金と交易で出た利益の一部をお支払いします」

「それはぜひ連れて行って欲しいものです」

「では手続きをするのでこっちに来てください」

 

そう言われて店の奥に行くと、そこには『アゼルリシア山脈の秘境ドワーフ王国への冒険』と書かれた紙があった。

ドワーフ王国の魅力についてや交易品の内容、同行時に必要なもの、注意事項など様々なことが記載されていた。

現在のドワーフ王国とは、200年前に建国された人口10万人の都市のこと。

 

かつては、アゼルリシア山脈の内部に点在する4つの都市に住んでいたそうだ。

 鉱物資源と優れた技術などによって栄えた国だったが、200年前の魔神の襲撃を皮切りに、次々と都市を放棄、または廃都となって国力が衰退している。

 今では最後に残った都市、フェオ・ジュラを首都にして住んでいる。

 

また、食料生産技術が乏しく、食料が非常に高価とのこと。そのため食糧を持っていけば、帝国よりも高価に売りさばけるそうだ。

ただし、帰りの食料を現地調達しようとすると高くつくため、旅費は多めに持っていくことを推奨、と書かれている。

ちなみに出資者であっても、同行する場合は食費が自腹のようだ。

 

他にも無類の酒好きのため、珍しい酒などを持っていくと友好的に接してくれるらしい。

交渉をスムーズに進めたい場合は必須とのこと。

 

(なるほど……。特に食料が高く売れるとは、素晴らしい。地理的にもエ・ランテルとは良い貿易相手になりそうだ)

 

「ちょっと、ドワーフがつくったというものを見せてもらえるかね?」

「もちろんご自由にどうぞ。店内のもの全てドワーフ製になります」

 

店内には武具や防具だけでなく、農機具や車輪、馬具、工具、アクセサリーなど様々なものがあった。

 

どれもなかなかの出来栄えのように見える。さすがにアインズの手持ちのものと比べると見劣りするが、この世界基準でいえばかなりいい方のものではないだろうか。値段もなかなかするようだが。

 

「ドワーフの国に行くまでは大変なのかね?」

「そりゃそうですよ! トブの森を抜けて、アゼルリシア山脈を登らないとなりませんからね。

水やある程度の食料は魔法でなんとかなりますが、それでも多くの荷物を抱えて魔物と戦いながら、森の中や山道を踏破するのは正直かなりの負担ですよ。荷車も使えないのでね」

「街道はないのか?」

「昔はあったそうですが今はありませんね」

 

納得した様子のアインズは思考を巡らせる。

エ・ランテルからドワーフの国まで街道を通せば、交易が勝手に盛んになって街が活気づきいいのではないかと思ったが、街道はあえて造らずににアンデッドに運ばせれば、市場をほぼ独占できる気がした。

 

街道が未整備のままであれば、貿易の危険性は高いままとなる。そうなれば参入障壁が高くなり、他の商人が真似しづらい。

 

道に関所を設けて通行税で稼ぐ方法もあるが、取引相手がドワーフだけではそこまで交通量が期待できないため、独占取引ほどは稼げない可能性が高い。

 

「この店内にはドワーフ製の一級品のものもあるのかね?」

「今はありませんね。質が良く高価なものは、基本的に仕入れたら直ぐに売り切れてしまうんですよ。

たまに希少金属を使った武器や高度な魔化が施された武器、ルーンの刻まれた武器など珍しいものが手に入れば、大規模なオークションが開催されるまで在庫を抱えてることもあるが、それでも店頭には並べません」

 

(なに!? ルーンだと? この世界にもルーン文字があるのか!!!!!)

 

ルーン文字とはユグドラシルにはなかったが、アインズが元いた世界には存在したものだ。

それはつまり、プレイヤーがこの世界で独自につくりあげた技術文明の存在の可能性を示唆する。

これが持つ意味の大きさは半端ではない。当然、偶然の可能性も否定はできないのだが。

 

「ルーンとはいったい?」

「ルーンってのはそうですね……説明が長くなるからこの紙を読んで下さい」

 

その紙にはこう書かれていた。

ドワーフの国ではルーン技術を持つルーン工匠と呼ばれる者達がいるが、ルーン技術が栄えていたのはおよそ二百年前までであった。

 二百年前、王都が魔神に攻撃され、王族が討伐に赴いた後に外の技術である「魔法による魔化技術」が入ってきた。

 その技術は材料代こそかかるが、ルーンに比べて二倍から三倍の生産性があり、ルーン工匠の適正を持つ者の希少さも相まって、ルーンの刻まれた製品は非常に希少なものとなった。

 現在のルーン工匠たちの間では、既に高齢化が進んでおり、後継者の数も乏しい。

 ルーン工匠と名乗って仕事をしている者は少なく、殆どが工房の看板をおろしてしまっているため、ルーン工房の製品の入手は困難となっている。

しかし、ルーンにはドワーフが長年かけて築き上げてきた確かな匠の高度な技が存在している。

 

(……なるほどな。まぁ、ありがちな話ではある。性能的にも魔化技術に劣っているのであれば、なおさらだ)

 

この時、アインズはどうしようもなく、このルーン技術が欲しくなった。

別に技術的に高度かどうかは関係ない。

ただ、この世界でも珍しく、ユグドラシルでも存在しなかったアインズにとって未知なる貴重な技術を、手に入れたくなったのだ。

 

「店長、このルーンとやらの製品はあるかね?」

「すまんが、それは今はない。というよりあれの在庫が、余ってることなんてまずないな。

性能的には魔化技術に劣っているのだが、なんせマニアが多くて……。オークションに出す前に高値で譲ってくれと言われたり、出資の見返りに要求されるほどだから、ドワーフの街で見つけたら全て買い占めているほどだ。

だからドワーフにも生産を増やすようお願いしているのだが……、後継者育成に失敗しているのと、生産性の低さ実用性の悪さ両方から、国の支援が得られていないため、生産量は低下する一方だ」

「それは本当に惜しいな……」

 

ルーンについてはこれ以上手に入る情報はなさそうだったので、アインズは店内の製品に目を向ける。

 

武器を見てみると、どれも品質は多少は高そうなのだが、値段も高い。

 

外見的な特徴もあまりない以上、これでは結局のところ産地やメーカーなどに拘りのある、ブランドマニア以外には売れなさそうだ。

 

品質が多少しか変わらないのであれば、言うまでもなく価格が安い方が売れるのは仕方がないこと。

 

この金額では購入層は限られてくるだろう。初心者冒険者なんてまず買えない。

 

金に余裕のある実力派の冒険者であれば、この商人に同行してドワーフの国に直接行って買ってくればいいだけの話。そうした方がはるかに安いし、自分で欲しいものを好きに選べる。

 

アクセサリーの類はドワーフのセンスはかなり独特で、正直好みが別れるところだった。

 

「店長、この店での売れ筋はどれかね?」

「うちで人気なのは、武器や防具はもちろんだが、後は蹄鉄と車輪だな。商人や貴族からの需要があって、少しでも品質が重視されるものは、やはりドワーフ製が人気だ。

次に、掘削用の道具なんかもよく売れるな。

さすが地中で暮らす種族なだけあって、この手の商品の質は人間のものとは比べ物にならん。あとは、酒や装飾品がぼちぼちって感じか」

 

この店を深く調べれば、今後のエ・ランテルの都市開発で大いに役に立つと考えるアインズ。

 

色々と知りたかったことを知れるので、正直もう少し店主と話していたい気分になった。

 

ただ、そろそろ出ないと他の店を回る時間がなくなってしまうのが惜しいところ。

 

「そろそろ帰りたいのだが、ドワーフの国に行く際はどうしたらいい?」

「この出発日の前日朝に、この店の前に集まってきてもらえれば大丈夫。そこで一度人数確認等を行って問題なければ、翌日に出発予定だ。

人数が足りないようだと、追加募集をかけるので、集まるまでは延期となる。所持品や注意事項、費用などはこの紙に書いてある通りだな。

出資者は1ヶ月前までならいつ来てくれても構わん。こっちの場合の集合は、当日の飛び込みで大丈夫だ」

「わかった、楽しみにしている」

 

そう言って、アインズは店をあとにする。そして再び街を探索し始めた。

 

相変わらず街は臭いが、いい加減慣れてきた。というか慣れないと、やってられない。

 

しばらくぶらぶらしていると、色々な店が視界に入る。

元いた世界にもあったような店から、この世界ならではの面白そうな店、何をするのか想像もつかない店まで実に様々だ。

 

そんな中に1つ、妙に惹き付けられる店があった。そこには『スモークハウス』という文字と、煙草を咥えたようなイラストの看板が掲げられていた。

 

なんの店かはよく分からないのだが、とりあえず入ってみることにするアインズ。

 

装飾が綺麗に施されたその扉を迷うことなく開くと、中は不思議な香りの煙で充たされていた。

 

一瞬、初めて来店したとき特有の緊張感と戸惑いに支配されるが、扉からすぐのところのカウンターから、品の良い男性が視線をこっちに送ってくる。

 

「いらっしゃいませ。おひとり様でよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだ」

「かしこまりました。お席はお好きなところへどうぞ。ご希望の煙草をメニューの中から選んでお申し付けくださいませ。煙草以外にも飲み物やお菓子などもございます」

 

煙草のメニューには数多くの名前が並んでいるが、どれも見たことないものばかりであった。

 

(モーリュ、プロメテイオン、ハオマ、マンドレイク、瑶草、サキュバスの誘惑、ドラキュラの毒牙……)

 

見ても何がなにやらわからないため、とりあえずおすすめを聞いて適当なものを頼むことにする。

 

きちんと管理された煙草を専用ケースからそっと取り出すマスター。湿度に気を配りケースの蓋は必要最小限しか開けない。

 

煙草の先端を僅かに切り取り、火をつけた上で優しく丁寧に渡されたそれをアインズは受け取る。

 

その場で軽く煙草を口にくわえ、ゆっくりと上質な紫煙を燻らせながら、その香りを味わう。

 

絵が刻まれた天井へゆっくりと立ち上ってゆく煙。

 

転生して以来、あらゆる快楽を断ってきたアインズにとってこの煙草の香りはあまりにも心地よく、旅の疲れを一気に癒してくれた。

 

徐々にアインズは深い思考の渦へと引きずり込まれていく。

 

店内には大きな円卓と暖炉があり、焔の弾ける音と人の弾んだ会話の声がなんとも愉しげに響いている。

 

そんな雰囲気とは裏腹にアインズの心の中は重たい空気に支配されていた。

 

責任。責任。責任。

 

今やアインズの日常の何もかもを支配するこの責任とやら。

 

アインズの日常はいつもいかにしてこの責任から逃れるか、誤魔化すかに近いものがある。

 

ナザリックの者たちの命、家族にも等しい尊い存在を守り抜くために、止まることの決してない暴走列車をなんとか操作しなければならないという重責がアインズの両肩には乗っている。

 

走り切れるのか、それとも途中で脱線してしまうのか。

 

いつまで続くのかもわからないこのレールの上を、アインズは永遠に走り続けなければならないと思うと末恐ろしい。

 

おまけにこの列車の目的地は見えず、終着駅もはっきりしない。

 

静かに煙草を燻らせながら、己の責任の重さにふと手が震えそうになる。

 

アインズの心の内側からジワジワと湧き上がってくるこの感情は、いつものように勝手に収まってはくれないようだった。

 

(この煙のようにいつか私の責任も消えてはくれないだろうか)

 

未知の世界で未知の敵からナザリックを1人で守り抜く。

 

なんと重たいことか。

 

(今は圧倒的な力を持っているとはいえ、油断はできん。絶対的なナザリックの平和を手にするためにも、この世界の者に容赦をするわけにはいかない)

 

アインズとナザリックの力を持ってすれば、世界を相手にして戦いで勝つことは容易なことだろう。けれどもそれは”今のところは”という但し書きが付く。

 

それに戦いに勝つことだけが全てではない。

 

失敗や敗北など死ななければ何度繰り返しても構わない。最終的な勝利を掴むためであれば。

 

けれどもナザリックの者たちはそれを良しとしない。もちろんアインズがそうしろと命じれば従うのだろうが、もし仮に自分が何らかの理由で命令できる状態になければ、全ての戦いで勝利を掴もうとするだろう。

 

この習性はあまりにも危険すぎる。

 

アインズ抜きで戦いとなれば全てを根絶やしにするまで止まらないことは疑いようもない。

 

だがそれはあまりにも現実が見えてなさすぎる。

 

ナザリックvs世界

 

これが本当に可能なのか。この世界には自分たちと同じような転生者はいないのか。はたまたこの世界独自の技術を持った強者はいないのか。

 

そういった可能性を一切考えずに、目の前にいる弱者を倒せただけで自分たちは世界最強だと勘違いをし、全てを敵に回す。これほど愚かなことがあるだろうか?

 

勝てるだろう。いけるだろう。たいした問題はなかろう。

 

すべては仮定に過ぎないのに、自分たちの願望を現実に勝手に当てはめてしまう。

 

その結果、どれほどの代償を求められるか想像さえせずに。

 

真正面から決戦を幾度となく挑むなど危険が大きすぎる。

 

できれば敵は倒すのではなく、支配したいところ。

 

生かしておけば何か使い道が出てくるかもしれない。

 

恐怖に陥れ、そこから救いあげ、さらに脅し、恩恵を与える。回りくどいがそこまでやってようやく支配というものは成り立つ。

 

(私の力でこの世界を屈服させることはできるのだろうか)

 

もちろん全力は出すが、もとはただのサラリーマンである。どこでボロが出るとも限らない。

 

覚悟も決まっている。

 

自分のプライドなどいくらでもくれてやっていい。

 

それでも張りぼての凡人が、世界を相手取るにはまだまだ足りないものが多すぎる。

 

「やはり人材と情報の不足が問題か……」

 

ナザリックの状況を客観的に評価できる者、この世界で卓越した情報収集力を持つ者、巧みな話術と戦略性でアインズのサポートをしてくれる者、この世界特有の技術や力を持つ者。これ以外にも必要な人材はまだまだ増えていくはずだ。

 

ナザリックを取り巻く環境は決して悪いものでは無い。大きな問題というのも起きていない。今のところは……。

 

唯一問題があるとすれば、そこを治めるのがよりにもよって自分しかいないとは!

 

(一介のゲームオタクのサラリーマンが国家運営か)

 

ないはずの背筋に寒気が走る。こんな所でこんな事をしていていいのだろうかという自問自答。

 

だが自分しかいないのだから、自分が何とかするしかない。ナザリックを失うことは決して許されない。

 

(もっと盾が欲しいな)

 

ナザリックを1つの国とみなし、国家を1人のプレイヤーとみなすなら、ナザリックの前衛となる存在があると心強い。

 

今は帝国貴族という皮を被り、帝国を盾として使えている。けれども、その盾とていつまでもつかわからない。

 

やはり自分のいいなりで従う属国のような国が欲しい。知性はなくとも、体力はあり打たれ強いちょうどデス・ナイトのような存在が。

 

人間は弱い代わりに頭がよく回るためこの役には不向きだろう。魔獣は知性が無さすぎて国としてのまとまりを保てない。

 

「人間でも魔獣でもない、となると亜人か異形の国か。どこか攻め立て支配するか、それかイチから創るのもありかもしれんな。……アンデッドの国というのもありか? それなら随分創るのが楽なのだが」

 

なるべくナザリックは表舞台には立たず、どこまでも他のものに行動させる。

 

盾としての役目もあるので、ナザリック近郊にあり、かつ人間と住み分けができ、さらにある程度の強さもある国。

 

……そんなものがそう都合よく見つかるはずもなし。

 

新たに創るとなれば土地や資源がその分必要になるが、そんな都合のいい場所が空いているはずもなし。それはつまりすでに暮らしているもの達にご退場願うということになるのだが。

 

「どこに消えてもらうか……」

 

残酷かもしれないが、ナザリックを守るため理想の楽園をこの世界に築くためにも、この世界のものには犠牲になってもらうしかない。

 

さもなくば奈落の底に落とされるのは自分たちなのだから。

 

共存共栄することも当然考えた。けれどそれにはナザリックを受け入れてもらうしかない。しかしそんなことが可能なのか? 圧倒的な力と財力と技術を持つ異形の集団。

 

普通に考えて難しいだろう。だからこそ顔を隠しながらこそこそやっているわけなのだから。

 

皆で幸せになれるならそれが理想ともいえるが、組織が巨大になりすぎるとよからぬものが紛れ込んでくることは歴史が物語る。ならばナザリックに従うものとそうでないまのに、世界を二分するしかない。

 

ナザリックに従うことで平和が手に入るのならば、多くのものが納得するはずだ。

 

「そもそも何が平和や幸せかなど誰が決めるものでもない」

 

飢えや戦争、病などで死者の絶えない国と、豊かで食料にも困らず病気もほとんどない国とでは様々な価値観が異なるのも当然のこと。

 

ならば前者のような国を従順な盾とする代わりに飢えと病気から救ってやり、後者は隠れ蓑とする代わりに力を貸出し骨抜きにする。

 

そうやってナザリックの勢力範囲を徐々に広げていけば、最小限度のリスクでこの世界を支配出来るかもしれない。

 

ふとそんな野望とも妄想ともいえる思いに耽っていると、隣から話し声が漏れ聞こえてきた。

 

「おい、またカルサナスの海賊どもが活発化し始めたって話、聞いたか?」

「なんだそれ、知らねぇぞ」

「なんでも奴らまた最近、増えてきたらしい。帝国水軍も取締りしてるようだが、海賊の船に奇妙な魔道具があるらしくて、あんまり上手くいってないようだ」

「そいつァやばいな。てことは、また水産物が値上がりするのか……。俺、魚好きなのによォ」

 

カルサナス都市国家連合とは、バハルス帝国の北東に位置する。

 この都市国家には亜人の都市もあり、冒険者組合も存在している。

 地方都市のベバードを治めるカベリア都市長とは、帝国のジルクニフ皇帝と仲がいいことでも有名だ。

 

(ほぅ、海賊に水軍か。近くに海がないから考えてもなかったが、帝国にはそんなものもあるのだな。それに水産物が値上がりしているとは……いいことを聞いた)

 

ネットもテレビもラジオも雑誌もないこの世界において、色々な立場の者の意見が聞けるこの空間は、まさに娯楽の場としてはうってつけである。

 

ここでの会話は政治や宗教、経済についてなど多岐にわたるようだ。

 

(ふむ、ここは一種の社交場のようなものか?)

 

どうやらここに集まった人たちで、世間話をしながら情報交換をしているようだった。

 

この世界にはネットやテレビはもちろん、雑誌や新聞さえない。

 

つまり、情報を得るための手段がアインズが元いた世界と比べて、極端に少ないのだ。

 

だから何か新しい情報を得ようと思ったら、人伝に仕入れるしかなかった。

 

しかしアインズには、この世界の一般人の知り合いというものが極端に乏しい。そのため、この世界の常識というものに疎いのが、弱点とも言えた。

 

フールーダの知識はあまりにも偏りがあるし、アルシェは貴族マナーは知っていても、世間一般のことはよく知らない様子。ブレインもかなり独特の生き方をしていたため、似たようなものだった。

 

この世界の現代人がどのように暮らし、どのように考え、どのような価値観を持って生きているかを知っておくことは、今後アインズが様々な計画を練る際に、大いに役に立つだろう。

 

それにこの世界の人達がどのように生活しているのかは、純粋に興味もあった。

 

(何を話しているのだろうか……しばらく聞いてみるか)

 

アルコールが入っているわけでもないため、誰もが真剣な顔をして話をしている。

 

ただ、一応今は平日の昼間だ。つまり、ここにいる人は全員仕事をサボっているともいえる……。

 

逆に考えるとそれだけ余裕のある職業に就いている人ばかりとも受け取れる。

 

食べ物を手に入れることさえ苦労している人がいる中、なんの栄養にもならない煙草に金を払い、昼間から話し込んでいられることは、この世界ではかなり特別なことだろう。

 

他の人たちの話にも耳を傾けてみるアインズ。どうでもいいが、入店した時に買った煙草は、香りはなかなかいいのだが、吸うと鼻や口だけでなく目や耳や顎下からも漏れてくるのでかなり困る。隣の人が少しびっくりした様子でチラ見してきた。

 

(うーむ、どうしたものか。勿体ないが、とりあえず今日は吸うのはやめておくか? 今度来た時には、口と鼻以外からは煙が漏れないように、何か対策をしておこう)

 

煙草の吸い方について思考を巡らせていると、どこからかエ・ランテルという単語が聞こえてくる。

 

「おい、エ・ランテルの戦争についに勝ったって話だけど、新領主の……なんとか辺境侯ってどんな奴なんだ?」

「俺も詳しいことは知らねぇけど、何でもとんでもない魔法詠唱者らしいぞ。それに見たことないほどの金持ちなんだとか」

「へぇー、そいつぁすげえな。なんでそんなに金持ちなんだ? 今まで貴族じゃなかったんだろ? 商人なのか?」

「だから詳しいことは知らねぇって。だけど、皇帝が特別扱いしてるから、他の貴族みたいに搾り取られることはなさそうだって話だ」

「マジかよ!? エ・ランテルって交易拠点として地理的にも抜群だし、どう考えても帝国の一大都市へと発展するだろ。がっぽり儲けて軍隊でもつくられたら、さすがに皇帝まずいんじゃないのか?」

「いやー、それがそうでもないらしい。というよりも、すでにめちゃめちゃ強力な軍隊があるから、それのせいで皇帝も手出しできないってよ」

「やばいな! 最初っから金持ちで強い軍隊持ちなのが、エ・ランテルのようなでかい都市持つとはな……まるでヴァンパイアに魔剣じゃないか。あの街の今後の発展はほぼ確定ってことか!?」

「そうだな。だから投資するなら早い方がいいって話も出ているくらいだ」

「こうしちゃいられねぇ! 俺もちょっとエ・ランテル行ってくるわ!」

 

(なんだかエ・ランテルに対する評価が高いな。これはこれで素晴らしいことなんだろうが、非常にプレッシャーだ。

都市開発や経済政策なんてしたことないから、上手くいくかどうか自信ないぞ……)

 

かつて普通のサラリーマンだったアインズには、都市の運営などあまりにも荷が重い。

 

本当ならできる人材こと、デミウルゴスに丸投げしたいのだが、すでにあまりにも多くの仕事を頼んでいるため、ここでさらに大きな仕事を任せるのは色々とまずい。

 

だからといって、ほかの守護者はというと……コキュートスはまだリザードマンの村で勉強中であり、アウラは子供だ。シャルティアやセバスはいいかもしれないが、丸投げするにはまだ危険すぎる。

 

(人手不足があまりにも深刻だな……。コキュートスの件で、守護者たちも学習させれば知識・精神的な成長が期待できることははっきりとわかった。

けれどもまだまだ発展途上……人間の街がどうなろうと知ったことではないが、ジルクニフから任され、自分も了承したこの世界初の自分の都市の運営を投げ出すというのは、あまりにも無責任だ……。

誰か優秀な人材を帝国内から見繕ってこなければな……)

 

都市運営を任せられそうな人材が、そうほいほいといるとは思えないのだが、見つけなくてはならないのが現状だった。

 

自分にできないことは、できる人を見つけて任せる。

 

これはサラリーマン生活の中で培ったことだが、そのできる人とやらを探す方法というのが、いまいちよくわからない。特に政治や経営ができる特殊な人材については。

 

かつて働いていた会社で、優秀な人材、特に管理職を集めるために、経営陣や人事部がとても苦労させられていた記憶が鮮明に蘇る。

 

(こればっかりは、ある程度の失敗を許容範囲に入れて、自力で育てるしかないか……。

もしくは、引き抜きか……。魔法学院もあまり経営的なことは教えてないようだし、貴族出身者であれば、ある程度の教養は実家で受けているのだろうか?

フールーダから紹介された学院の連中は……まだ10代だというから、任せるのはさすがに危険だろう。

将来性はあるのかもしれんが)

 

もういっその事、王国から誰かさらってきて、それをヴァンパイア化してから、こき使うという手もあると考える。

 

けれども、この方法で部下になった人間はアインズに忠誠を誓うわけではないため、安心ができない。

 

それに他国の重要人物を招き入れるとなると、それなりの説明をジルクニフに説明しないとまずいだろう。

 

本当のことが言えないのだから、誤魔化すしかないのだが……アインズにはその自信がなかった。

 

(はぁ……どうしたものか)

 

漂ってくる煙草の香りを感じながら、ぼんやりと頭を悩ますアインズ。

 

アインズには肺どころか内臓器官の一切がないため、副流煙など気にする必要がない。

 

考え事をしていると、隣に立っていた男性がアインズに突然話しかけてきた。

 

「あまり見ない顔ですね? どこかの商館の方ですかな?」

「あ、えぇ、そうですね。私はエ・ランテルから来ました。今後は帝国臣民となるため、帝都に商館を構えようかと視察に来ています」

「おぉ! まさに今、話題の! 帝国で最も注目されている都市の方ですな! それは素晴らしい。して、どのような物を扱っておられるので?」

「エ・ランテル近郊で採れた食品や、トブの大森林で採れた薬草や魔物の毛皮、骨、角、牙など。

後はポーションですね。帝国ではどのような物が、よく売れるのでしょうか?」

「なるほどなるほど……。そうですね……帝都で特に不足している物資というものはありません。

ただ、食料や酒、衣服、馬、芸術品は人口、特に富裕層が多いため、上等なものであれば、いくらでも買い手がいます。

また騎士団や冒険者組合の本部があるので、武具の需要も高いですよ。

逆に一般的には高級な香辛料や塩、砂糖などは比較的安いですね。

というのも、魔法学院のおかげで多くの魔法詠唱者が生産活動を行っているため、生産力が高いのですよ」

「そういえば、水産物が値上がりしていると耳にしました。魚は不足しているので?」

「ははは、耳が早いですな! いや、それは正確ではありません。不足しているのは、海の魚だけです。湖の魚は足りています。

残念ながら他の食料も、帝都は穀倉地帯が近くにあるため、わざわざエ・ランテルから運んで売れるような食品は、本当の珍味くらいしかないでしょうね」

 

(そうか、魚はそこまで売れないか。リザードマンの村に作らせた養殖場が、活かせるかと思ったのだが……)

 

「それよりトブの大森林で獲れた魔物の素材や薬草、王国や法国からの輸入品を売った方がはるかに稼げるでしょう」

「たしかにそうですね。エ・ランテルには非常に多くの国から、様々なアイテムが集まります。

それらは貴族や商人にとって非常に価値のあるものが多いでしょう。

さらに、ポーションの一大生産拠点でもありますから、それらを売ることはたやすいですよ。

帝国と王国が休戦となったことで、むしろ今は余っているような状態です」

「ポーションの在庫が豊富なのはとても素晴らしいですな。行商には必須の道具でもありますから。

もしポーションのことなどで、帝都で商いをされたい場合は、ぜひシャイロック商館のこのシャイロックにご相談ください」

「ありがとうございます。エ・ランテルに御用の際も、ぜひご相談ください」

「おぉ! それは助かります。ちなみになんというお名前でしょうか?」

「これは失礼致しました、カルネ商館のモモンと申します」

「カルネ商館のモモン殿! よく覚えておきます。今後ともぜひお願い致します」

 

(まずい……。咄嗟にいい加減な商館を名乗ってしまった……。そんなもの存在しないのだが……。帰ったら急いで創るか?)

 

「横から突然失礼致します。私もよろしいですかな?」

「えぇ、もちろんかまいませんとも」

「おぉ! それは助かります。私はアントーニオ商館のアントーニオと申します。ぜひポーションを売る際には、私にもご相談ください」

「カルネ商館のモモンと申します。こちらこそよろしくお願い致します」

「ぜひうちにもポーションを!!」

「私にも!!!!」

 

それからしばらく、大勢の商人たちとのやり取りが続いた。それだけ新たな帝国の都市、エ・ランテルとそのポーションが注目されている証拠であり、それ自体は喜ばしい。

 

しかしだ。アインズは商館なんて持っていないし、モモンなんて商人も存在しない。 取引なんてものもこの世界では、せいぜい市場での買い物くらいしかしたことがなかった。

 

ただ、ビジネス知識については、サラリーマン時代のものがあるので、都市の運営なんかよりは余程自信がある。ただ、この世界でも同じように通用するかどうかわからないが。

 

(どうしたものか……。知らんふりしておくことは簡単だ。けれどもこうしてできたせっかくの繋がりを無駄にしてしまうのは、あまりにも勿体ない気もするな)

 

アインズは悩むがとりあえず保留しておくことにした。

それよりも今は、エ・ランテルの都市運営について役に立ちそうな情報集めが優先だろう。

 

プレイヤーやユグドラシルに関しての情報が最優先なのは、言うまでもない事だが。

 

「それで逆に帝都で買い集める物として、おすすめの物はありますか?」

「おすすめですか? うーむ、そうですな。特産品は魔道具と香辛料や嗜好品でしょうな。どれもエ・ランテルではもちろん、王国向けに輸出しても利益が取れるでしょうな」

「なるほど。そういえば、馬は余っていますか? 特にスレイプニールなど」

「馬は非常に高級ですから、余っているということはありませんよ。スレイプニールなんて論外です。目にすることもめったにありません。その辺は商人として常識では?」

「ははは、一応というやつです。国が違えば文化も暮らしぶりも異なる。当たり前のことと思い、相手国で確認を怠ったばかりに、大損してしまうことはよくあることではありませんかな?」

「おっしゃる通りですな。これは失礼致しました」

 

その時、どこからか爆音と地響きが響き、女性の悲鳴が聞こえる。話に夢中になっていたアインズは、水を差された気分になり苛つくが、何が起きたのか確認を即座に行う。

 

(ハンゾウ、何が起きたのか確認してこい)

(はっ)

 

ハンゾウに指示を出し終え周囲を見渡すと、皆が話をやめ不安そうな顔で何が起きたのか外の様子を窓から伺う。

 

やはりこの地響きは、日本の地震のようによく起きることではないようだ。ということは、何かしらの異常事態がこの帝国の首都に発生したと考えるのが妥当だろう。

 

確認のため転移してもいいのだが、周囲の目というものがある。あまり突然人が消えたりするのは、よくないとアインズは考えた。

 

しばらくすると、ハンゾウが戻って報告を行う。

 

(どうやら、魔法学院にて爆発が起きた模様です)

(被害状況は?)

(具体的な死傷者数は不明ですが、学院は全壊した様子です。被害状況から考えて、事件の可能性が高いという話です)

(なるほど、わかった)

 

ハンゾウの話を聞き終えて、落ち着いた様子で鷹揚にゆっくりと頷くアインズ。しかし、内心は穏やかではなかった。

 

(学院が全壊だと!? しかもそれが人為的なものならば、テロということではないか! もう厄介事の臭いしかせん……)

 

現場に行って自分の目で状況を確認しておきたいという野次馬根性と、面倒なことに巻き込まれる前にとっととこの都市から離れたいという気持ちが錯綜する。

 

わずかな葛藤の後、この都市から離れることを決断したアインズは、外に出て路地裏に入るとナザリックへと転移する。




オーバーロードの世界の方角がわからない……書籍の巻頭に付いていた地図を参考にしてましたけど、14巻で方角について少し話が出ていたのでそっちに合わせました。

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