始業の風景


 出庫⇒ 点検⇒ 注水⇒ 火入れ⇒ 入線⇒ 注水⇒ 昇圧⇒ 入線
1982年8月
 機関士は2名1組で、朝9:00に車庫に入りシャッターを開け、機関車を人力で機関庫の前へ押し出す。
 5mほど移動するだけなのだが、重量900kgの機関車は2人掛りでかけ声をかけて全力で押して、やっと動き出すほどの重さがあった。

 次に機関車本体への注水を、火室側面のテンダーからの給水配管中央にある排水コック下の排水口にホースを繋ぎ、コックを開け水道全開の水圧で釜への直接注水を行う。
 水量は、キャブ内にある左右2つの水面計の上限ラインまで入れるのであるが、時間が5分以上かかったような気がする。

 水が入るまでの間に、一人は足回りのボルトナット、割りピンの状態、軸箱の注油、等の点検を行い、もう一人が火室内に軸箱に注す油を滲み込ませたウエスを敷き、
 その上に薪を数本交差させて入れ上に2~3個の石炭を置き、火室両サイドに2つづつある計4つの吸気口(フタ)を手で起こして開ける。

 煙突には、写真にある延長煙突を差込み、業務用掃除機の排気側にホースを繋ぎ換え、延長煙突の側面に斜め上に向け差込み点火準備を完了する。
  ※車輪の軸受けは、交換式の受けガネに油が染みる布が車軸との間に挟まれる本物と同じ構造で、注油を怠ると軸受の布が乾いて車軸が焼きついてしまう構造であった。
 

 水面計水量上限を確認し水道を止め、排水コックを閉めた後テンダーへの注水を行う。 テンダー後部のキャップを開けホースを差込み、再び水道全開で10分ほどかけ一杯にする。

 テンダー注水中に、釜への点火を行う。
 石炭を入れる投炭口に少し出しておいたウエスに火をつけ、釜の中へ押し込み炎が大きくなったのを確認したら小さめの石炭を数個投げ入れ、掃除機のスイッチをONにする。
 火室⇒煙管⇒煙突へと熱煙が吸い出される空気の流れを起こし、炎が火室に収まる。         ↓掃除機のスイッチを入れる直前の様子、右下ペタルはブレーキ。

 

 ※キャブ内は、本物と同じ場所に加減弁レバーと逆転棒が5分の1サイズで、水面計は視認性の都合で1分の1サイズが取り付けられていた。
   5分の1の逆転器と加減弁は、そのままでは小さすぎて操作しにくいため、キャブの外から動かせるように、それぞれに延長棒と取っ手が取り付けられている。
   他には、ブレーキレバー(機関車単独と客車連動の2つ)が、ダミーであるが本物どおりに5分の1で再現されていた。

   本機のブレーキは、前ページ主要諸元にあるように足踏み式で、キャブ床にペタルがあり脚力で踏んだ分だけブレーキシューが動輪に押しつけられるシンプルな構造であった。
   よって、制動性能は芳しくなく、客車5両連結の営業運転では、乗車率100%の場合停車には15m以上を要した。
   この制動距離を少しでも短縮するために、逆転器を後進位置へ戻し少し蒸気をあてる、車でいうエンジンブレーキに似た制動操縦を工夫し、10mほどでの停止を実現させた。

 
     ↑投炭は、火室の奥には少なく(煙管を塞がないように)手前に大目、左右に厚く中心は薄くを心がけながら行い、火格子の上に石炭が溶けた火床を作る。

 ←煙室内の様子
   煙管は、本物と同じ1分の1(直径8cmぐらいだったと思う)を10本採用していた。
   本物にある過熱管は、蒸気圧上限が5kg/cm2未満では必要ないため、未装着。
   中央煙突の真下に見えるのは、煙室から煙突へ向け蒸気を真上に排出するブラストパイプ。

 ←蒸気圧計は、視認性の良いキャブ天井に上向きで取り付けられている。

 この間、線路保安員の方が、営業運転中(10:00からの)楕円軌道270mの直線部分
 2箇所を横断禁止にするためのロープを張り、5両の客車を車庫から出して連結したのち
 手で押してホームへ移動、
 機関車は、牽引走行可能の「蒸気圧4kg/cm2」に達し次第ホームへ入線し、
 先に入線済みの客車と連結して、営業運転の開始準備を完了した。

 ここまでの一連の作業には、どうしても30分ほどかかってしまうことから、点火までの段取りがもたつくと
 10:00の始発に運転準備が間に合わないことがしばしばあったことを思い出した。

  

 入線⇒ テンダーからの注水⇒ 昇圧⇒ 営業運転⇒ 煙管掃除⇒ 火落とし⇒ 排水⇒ 入庫
 営業運転時間中のホームでの昇圧と釜への注水は、機関車自体が発生させている貴重な蒸気を利用(消費)して行われるため、
 注水後のスムースな昇圧は、機関士の技量が試される作業であった。

 以下に、下がった水位の回復(テンダーからの注水)と、10分後の出発までに蒸気圧を4.0kg/cm2以上へ昇圧させる手順を示す。
  ※ 1周走行しホームへ到着すると、蒸気圧は3.5kg/cm2程に低下し、水位は下限近くに低下

 1.注水
  ←キャブ左側面下部にあるインジェクター(キャブレターと同じ原理で狭い隙間に蒸気を通すことでテンダーの水を吸引する)のバルブを開き、
   水面計上限まで注水する⇒ 自らの蒸気を消費し常温の水が釜に入ることで、釜の水温が下がると同時に蒸気圧が3kg近くまで低下。

 2.昇圧
  まず大き目の石炭を4~5個火室に放り込み、キャブ内機関助士側水面計斜め上にあるブラストパイプへの蒸気排出バルブを開くと、
  煙室から煙突へ蒸気と共に煙室内の空気が排出され、煙室が負圧になることで火室⇒煙管⇒煙室⇒煙突への熱煙の流れを作り出す。
  火室の熱煙を積極的に煙管へ送り込んで煙管周りにある湯に熱を伝え、ブラストパイプから排出された以上の新たな蒸気を発生させる。

   ※ 熟練の域になると、1周の牽引走行に必要な4kg/cm2以上までの昇圧は、5分ほどで完了。
     この時の排煙は、峠を前にしたSLが、発車前に黒煙をモクモク吹き上げている光景と同じで、5分の1の本機でも
     一人前の雄姿を感じさせるものであった。

 3.煙管掃除

  午前中の運転を終え、12:00~13:00(昼休み)に行った。

   ※ 煙管内が煤で汚れると熱の伝わりが悪くなり、昇圧に
     時間がかかるようになるため、昇圧時間の鈍り具合をみて、
     1年目は月1回程度、掃除を行った。
     2年目以降は、毎昼休みに煙管掃除を行うように改め、
     午後からの昇圧時間の遅延予防に努めた。

 ← 左写真のような、棒の先にワイヤブラシの着いた掃除棒を、
   10本ある煙管に1本づつ差込んで、数回往復させ、ススを
   取り除いた。





 4.火落としと排水、終業点検

  最終便は石炭の投入を控えた運行にし、到着後は火床の燃焼のみで車庫までの走行に必要な給水と昇圧を行った。
  この時は完全燃焼になるのため、煙突からはほとんど煙が上がらず熱気とドラフトパイプからの蒸気のみが排出されていた。

  火室の「火格子」上にできている「火床(溶けた石炭が層状になった火種)」が燃え尽き、灰が火格子の隙間から下にある「灰箱」へ落下し、
  次第に火床が痩せて薄くなっていった。

  車庫前に到着すると、キャブ機関助手側の床から垂直に伸びている「灰箱」底扉の「開閉ハンドル」を回し、溜まった灰を落下排出する。
  半分以上燃え尽き灰と火種の層になっている火床を、引っかき棒で崩して火格子の隙間から灰箱へ落として排出し、完全に火を落とす。

 ←排出された燃えカスにジョウロで水をかけ残り火を消し、足回り稼動部の割りピンの脱落やボルトナットの緩みを点検しながら注油を行う。

  次に、ブラストパイプのバルブを全開にし「蒸気溜」内の蒸気を抜きながら、機関車本体の排水コックを開け、釜に残っている残湯を排水。
   ↓
  ※当初は、次回運転の注水時間短縮のため水を抜いていなかったが、東京都の水道水に含まれるカルキなどの結晶物が
    原因で、バルブやインジェクターの故障が相次いだことから、水は抜いて余熱で釜内部を乾かす方が結晶物の発生を抑え
  ← られることがわかり、排水して作業を終えるように変更した。

   インジクターの不具合で最も困ることは、釜への給水ができないことで起こるいわゆる「空焚き」で、一度、完全に給水不能
   に陥ったことがあった。
   テンダーにある「緊急用ハンドポンプ」で手動での注水を行っていたが、釜の水位低下に追いつかず、本物同様に火室内に
   2つ取り付けられていた「熔け栓」(鉛のネジ)の、溶出を起こしてしまったことがあった。

   「熔け栓」が熔けると、釜に溜まっている蒸気が火室へ流れ込む仕掛けになっているが、その蒸気の噴出は壮絶で、
   4mある機関車が完全に白い蒸気の煙幕で見えなくなるほどで、私たち機関士はじめ近くにいた人全員が、機関車から
   10m以上の退避を強いられ、蒸気が出尽くし静まるまでただ呆然と見守るしかなかった。
   静まったのを見はらかい火室を覗くと、噴出した蒸気で火は完全に消えており、「熔け栓」とは釜を守るための
   非常にシンプルな自動消化装置であることを、この経験で知ることとなった。

  最後に、出庫時と同様二人掛りで機関車を押して車庫内ピットの上へ移動させ、一人が線路下のピットに潜り、
  機関車下面から割りピンの脱落やボルトナットに緩みが生じていないかを点検し、併せて動輪の車軸を直接手で触って、
  異常な熱を持っていないかを確認した後、軸受けへ注油して一連の終業作業を終えた。