嫉妬
元康は旗の端っこを口に入れて思いっきり下に引っ張りながら嫉妬の眼差しで俺を睨んでいる。
「お前の所為だろうが! 何羨ましそうに見てんだ!」
「そんな、お義父さん! 親子でそれは犯罪ですよ! 私は焼きもちなんて焼いてません!」
「見栄を張るなボケぇえええ!」
一歩、また一歩とフィーロは俺に近づいてくる。
このまま逃げるか?
射程圏内だからこそフィーロは俺にゆっくりと近づいている気がする。
ま、まずは魔物紋の項目を確認。問答無用で砂嵐。操作不能。
次に、フィーロをパーティーから除外!
「流星盾!」
「じゃまー」
展開した流星盾が一撃で破壊された!
お、おい! 本気でやばいぞ。このままじゃフィーロにやられる!
「羨ましい羨ましいー! フィーロたんに愛されて羨ましい」
「うっせー!」
誰の所為だと思ってやがる!
元康の槍……あの槍がフィーロに力を与えていると思われる。
おそらく、色欲に囚われた者に力を貸すとかそんな効果もあるんだ。
なんて厄介な能力を持っていやがる。
「元康、さっさとその槍を変えろ!」
「何を言うのです、お義父さん。フィーロたんへの愛で出現したこの槍を変えるなんて事を私がするはず無いじゃないですか」
「このままだと愛しのフィーロが暴走するぞ!」
主に被害者は俺。
普通逆じゃねえか?
元康に洗脳されたフィーロを救うため、元康を倒す……になるはずが、
元康の所為で暴走したフィーロを止める為に、フィーロを倒すになっている。
前者は敗北と同時にフィーロは元康にやられる。
後者は敗北と同時に俺がフィーロにやられる。
なんでじゃ。
「ダメだぁあああ! フィーロたぁああああん!」
元康が駆け寄ってきて、俺を庇う様に前に立った。
そしてフィーロと向かい合って叫ぶ。
「ダメだよフィーロたん。近親相姦はダメだよ!」
「実の親子じゃねえよ!」
いい加減にしてくれ、この状況。
そもそもだ。
「フィーロたん! ダメだよ」
「どいてー」
「ぬあ! それでも俺は、君が悪の道に行くのを阻止して見せる!」
何故、元康が俺に背を向けてフィーロの進行を止めようとしているのか、という事についてラフタリアに相談したい。
どうしてラフタリアがここにいない。
ラフタリアならわかってくれるはずだ。
この例えようの無い憤りを。
「だから早く槍を変えろっての!」
「ごしゅじんさま……はぁ……フィーロのー……はぁ……ん……」
「うぬぅううう! お義父さん。羨ましいぃいいいいです。そんなにフィーロちゃんに大事にされて恨めしいぃいよぉおおお! と、思います」
「黙れ!」
誰の所為だと思ってんだ!
お前だ! お前!
「羨ましい羨ましい!」
地団駄を踏むな気持ち悪い!
そのフィーロに組み付かれながら気持ち悪い笑みを浮かべるな。
なんで顔がわかるかというとこっちに振り向いて言っているのだ。あの馬鹿。
「ウラメシイィイイイイ……」
なんだ!?
元康の槍から黒いオーラが噴出する。
ビリィっと元康の槍に括られていた旗が破れ……槍の先が明らかになる。
……なんで俺には槍の先がモザイク掛っているように見えるんだ?
「な……な……」
声に振り返るとメルティが顔を真っ赤にしている。同様に乗り物酔いから立ち直ったリーシアも目を両手で覆って顔を赤くしていた。
「なんて形をした槍を持っているのよ!」
大きな声が木霊した。
「えっと……メルティには見えるのか?」
「ナオフミには見えないの!?」
「槍の先だけモザイクが……ぼやけて見える」
「ふぇえ……見ちゃいましたぁあ……」
なんだ? モザイクが掛って俺には見えないけど、メルティ達にははっきりと見えているっぽい。
「なんで見えないのよ」
「どんな形をしているんだ?」
見えないから逆に興味が湧いてくる。むしろ俺だけ何故見る事が出来ないのだ?
「それ、セクハラよ! ナオフミじゃなかったら厳罰に処しているわ! というか見えないって言って私を辱める気ね!」
「セクハラ……ね」
一体……どんな形をしているんだ?
考えられる物として……テレビ放送でモザイクが掛る品。
グロ……では無いな。魔物を解体した時は実際、モザイクが掛る領域だ。
となると、荷車に刺していた所を察するにエリザベス神輿とかの形状をしているアレみたいなのかも。
男突きという槍が出るのは何のゲームだったかな。
女に二倍のダメージが出る槍。
もう一度、元康の槍の形状を確認する。
柄の部分にサソリと蛇の禍々しい装飾が施されている。
相変わらず槍の穂先はモザイクが掛ったまま。
「オ、トウサン……」
ここに至ってまだコイツは俺をお義父さんと呼ぶのか。
カースシリーズに浸食されたままようやる。
感心してきた。もう俺の負けでも良い気がする。
「アナタノ、むすメを、寝取ってヤル。このラストエンヴィースピアⅣで」
……はぁ。
俺が憂鬱に浸食されそうだよ。
「フィーロタン! オレは、君を、止めて純潔をウバウ!」
バサッと元康がフィーロに槍を向ける。
……何処に向けてんだ。下半身に狙いを定めるな。
「ウウ……じゃまをするなら容赦しないよ」
フィーロも本気で力を込め、構える。
やがてフィーロと元康はジリジリと間合いを取りながら、相手の隙を窺い始めた。
「……あの、私達はどうしたらよいのでしょうか?」
アトラとメルティが半ば呆れた様子で俺を守るように立って尋ねる。
俺だってわかんねぇよ。
なんで元康が俺達を守っているんだ?
原因である元康が、謎の味方面。
意味がわからな過ぎて、頭が痛くなってきた。
「知らん」
もはや足早に帰りたい。
だが、このままでは帰る事は叶わない。
元康が槍を下に向けたまま、フィーロの背後に回り込む。
何処に狙いを定めているつもりだ!
「放て! ルサンチマン!」
またもバシィっと辺りに何かが通り過ぎる。
テンプテーションは俺も掛りかけた。
だが、今回のスキルは……。
ふむ、なんとなく嵌められた時の出来事、元康とヴィッチを思い出すな。
だが、こんなものは日々の恨みの感情であって、裏切られて落ちぶれた元康を見ても何にも影響されない。
というか、直後にラフタリアの顔が浮かんで、何も起こらなかった。
何のスキルだったんだ?
「うう……頭がおかしくなりそう」
「ふぇええ……イツキ様ー」
「お兄様……羨ましいです……」
メルティとリーシア、アトラが苦しそうに呻いている。
精神攻撃系のスキルか?
テンプテーションも精神攻撃だったが、元康はその道のプロとでも言いたげだな。
洗脳の盾と罵って俺を攻撃して来た癖に、言った本人が使うとか……。
「お前等しっかりしろ!」
「「「ハッ!?」」」
「何を感じた?」
「……」
メルティはサッと目線を逸らす。
次にリーシアはお決まりの『ふぇえ』で言葉を濁された。
「お兄様と尚文様が仲睦まじくしている姿が頭に浮かびました」
「なんで俺がフォウルと仲良くしないといけないんだ」
どうやら嫉妬の感情を増幅させるとか、そう言った効果のあるフィールドを精製したとか……そんな感じ?
そりゃあ誰だって一つや二つ嫉妬の感情を持っていてもおかしくない。
やっぱり精神攻撃じゃないか。
なんでそんなスキルを放ったんだコイツは!
「俺のココロが、力を、タカめる」
ああ、嫉妬の力で自分にブーストさせたのか。
「トドケ! 俺の! 愛のココロ!」
元康は槍を高々に掲げる。
……その槍をフィーロの何処に差し込むつもりだ。
「フィーロの、じゃまをしないでー!」
元康が突くよりも早くフィーロは振り返って突きを避ける。
カースのお陰か、元康の動き、結構早い。
いや、それだけじゃない気がする。
錬よりも動きが早い。追えなくはないけど、追いつけるか若干怪しい。
「フィーロたん! 流星槍!」
バシィ! っと元康はフィーロ目掛けてスキルを放つ。
「むううううぅううう!」
紙一重でフィーロは元康の流星槍を避け、元康の胸を蹴りつける。
「ぐ……フィーロたんの蹴り、とってもウレシイ……」