漆黒の英雄譚   作:焼きプリンにキャラメル水

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悪魔と王国

 ヴァランシア宮殿

 

 リ・エスティーゼ王国の中心に位置するこの場所で今まさに会議が行われようとしていた。

 

 

 

 

「まずは緊急とはいえ集まってくれた皆に感謝する」

 

 

 

 そう言って玉座に座るランポッサ三世が頭を下げる。それに続き護衛として横に立つガゼフも頭を下げた。その姿を見て多くの者から困惑の声が漏れる。

 

 

 

「陛下!?……何を!?」

 

 

 

 本来玉座の上で座るはずの王を見て反王派閥の筆頭であるはずのボウロロープ候でさえ言葉を失った。額を一筋の冷や汗が伝う。

 

 

 

(そこまでの事態なのか?一体何が?王国全体の問題?……まさか『八本指』絡みか?)

 

 

 

 ボウロロープ候はランポッサの口から事情を聞くまでその理由に気付けなかった。だがそれは当然と言えたかもしれない。反王派閥である彼にとって"貴族"---もっと言えば自分自身とそれに近しい者---という階級に当てはまらない王族のことなど些細なことでしかなかったのだろう。ゆえに気付けないのだ。第三王女であるラナーの不在を。

 

 

 

 頭を上げたランポッサとガゼフの視界に多くの者が目に入る。第一王子バルブロ、第二王子ザナック、六大貴族、そして貴族含むその他の者たちだ。王国の最重要人物といっても過言でないメンバーの中にラナーがいないことを再確認すると胸を締め付けられる思いだった。そしてそれを伝えることでラナーが連れ去られたことが事実だと認めてしまうようで気が重かった。

 

 

 

「……ではこれより会議を始める」

 

 ランポッサの一言で室内にいる者たちの顔つきが変わる。

 

 

 

「既に気付いた者もいるかもしれぬが……我が娘、王女であるラナーが………攫われた」

 

「なっ!?それは事実ですか?王!」

 

 その言葉を聞いて大半の者が困惑する。ザワザワと周囲がざわつく。そんな中でも派閥争いを懸念してか反王派閥と呼べる者たちに関しては若干口元が笑っているようであった。その様子を見てランポッサは眉をひそめ、ガゼフは拳を強く握った。

 

(こんな時ですら派閥争いのことしか考えないのか!)

 

 

 

「あぁ。嘘であればどれ程良いか……」

 

 その王の疲れ果てた上で何とか絞り出したような声を聞いて大半の者がラナーがいないことを改めて確認させられた。ガゼフはラナーが攫われた事実を述べた際に六大貴族をみていた。明らかに動揺しているボウロロープ候とは反対に冷静さを失っていない人物がいた。レエブン候だ。

 

(やはり……レエブン候は気付いていたか。流石は六大貴族筆頭。いや彼もまた王国を愛する者、この言い方は失礼にあたるだろう。恐らく彼はこの部屋に王女がいないことで察していたのだな)

 

 

 

「まず初めに我が娘ラナーが……仮面を被った悪魔に連れ去られた」

 

「なっ!?」

 

「その悪魔は自らのことをこう名乗った。"ヤルダバオト"と……」

 

「"ヤルダバオト"…?聞いたこともない名前ですが……」

 

 

 

「陛下、戦士長に尋ねたいことがるのですがよろしいでしょうか?」

 

 そう言って手を挙げて尋ねるはレエブン候だ。

 

 

 

「あぁ。構わん。戦士長、答えてくれ」

 

「はっ。それで何を尋ねたいのですか?」

 

 

 

「戦士長、貴方の見立てではその悪魔の難度は?」

 

「……あてになるかは分からないですが、恐らく難度200以上かと……」

 

 

「…確認の為にお尋ねしますが戦士長の難度は?」

 

「…難度100を超えない程度かと……」

 

 

「王国の至宝を身に着けた場合はどうなりますか?」

 

「その場合は……いや、その場合でも難度120は超えませぬ」

 

 玉座の間が凍り付く。今まで"今回の件を解決したら褒美はどうしようか"などと楽観視していた貴族たちもバツが悪そうな顔をした。それは王国戦士長でも勝てぬ相手など判明してしまったからだ。

 

 

 

「父上、私が行きましょう」

 

 そう言って大きく手を上げたのは第一王子であるバルブロだ。

 

 

「…相手は難度200以上の悪魔だぞ?勝算はあるのか?」

 

「勝算はあります」

 

 そう言ってニヤリと白い歯を見せるバルブロを見てガゼフは嫌な予感がした。

 

 

 

「"ヤルダバオト"なる悪魔は恐らく魔法を使ったのでしょう。難度200以上などありえませぬ。戦士長には幻覚か恐怖を与える魔法でも使ったのでしょう」

 

 

 

 おー!成程!流石はバルブロ第一王子だ。

 

 

 

 そう誰かが言った。恐らく反王派閥の中に所属する誰かが言ったのだろう。だが本当にそう思っているわけではなく、あくまで第一王子であるバルブロを持ち上げるだけの意味で言ったのだろう。

 

 

 

 その言葉を聞いてガゼフは眉をひそめた。

 

(そんな考えは甘すぎる!幸い"ヤルダバオト"が陛下に危害を加える気が無かったから我々は助かっただけだ。"貴族"だとかそんな肩書が通用する相手ではない。もし戦っても逃げ……いや生かしてくれる保証は無い!この国にいる大半の者は魔法を行使する者を軽視し過ぎている!これは不味い!)

 

 ガゼフは先程から冷静に話を聞いているレエブン候に視線を向けた。どうやら向こうは気付いたようでこちらに視線を向けると小さく頷いた。

 

 

 

「陛下、進言したいことがございます」

 

「うむ、レエブン候。進言を許可する」

 

 レエブン候は一言礼を言うとすぐにそれを口に出した。

 

 

 

「ラナー王女、及びその"ヤルダバオト"なる悪魔の居場所は知る手段はおありですか?」

 

 

 

 周囲に沈黙が流れる。

 

 

 

「レエブン候……情けない話だが、そこまで考えが至らなかった……。……すまないが、この中でラナーの場所が分かる、あるいは知る方法を持つ者はいないか?」

 

 

 

 再度の沈黙。今度は先程よりも長い沈黙が流れた。

 

 

 

「陛下、私に一人心当たりがあります」

 

「なっ、レエブン候、それは本当か?一体誰なのだ?」

 

 

「アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のナーベ殿です」

 

「!…っ…誰か早く彼らを!」

 

 

 

 普段なら事実確認の一言を問われたであろうがランポッサも王である以前に父親である。その気持ちをレエブン候は察し、冷静さを失っている王を安心させるためにもかなり優しく聞こえるように言葉を出した。

 

 

 

「陛下、ご安心を。実は彼らは既に城の外にいます」

 

「!っ」

 

 

「早速呼んでまいりますゆえ、少々お時間を下さい」

 

「あぁ。頼む」

 

 

 

 


 

 

 

 

 玉座の間の扉が開く。

 

 そこから現れたのは二人の男女。

 

 一人は漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を纏い背中に二本の大剣を背負う男。

 

 もう一人は黒髪のポニーテールが特徴的な美女。

 

 『漆黒』のモモンとナーベだ。

 

 

 

 本来ならば関係者でもない彼らが王城に入ることは認められない。だがレエブン候は同じ親としてのランポッサの気持ちを察していたのでそれに入城の許可は聞くまでもないと判断した。さらに『漆黒』の人柄は屋敷で話した時にある程度知っていたため問題ないだろうと判断していた。ゆえに今回はそういったことは割愛したのだ。

 

 

 

「初めまして陛下。アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のモモンです」

 

「…同じくナーベです」

 

 

 

「陛下の前で膝を曲げぬなど失礼ではないか?」

 

 どうでもいいヤジが飛んでくる。どうでもいい貴族からだ。内心レエブン候は舌打ちした。いっそ『王が言わぬのだから、お前は黙れ』と言いたくなった。だがそれを言う必要は無いだろうとも理解していた。

 

 

 

「陛下、失礼ながら冒険者は"国家に属さない"性質ゆえ、礼儀作法などには目を瞑って頂きたい」

 

 そう言ったのは黒髪の美女ナーベだ。そう言って貴族たちを睨みつけるさまさえ美しかった。

 

 

 

 

(確かに礼儀作法に関しては問題無いだろう。しかし陛下の身の安全を確認する意味でも……)

 

「モモン殿、差支え無ければその兜を脱ぎ、顔を見せて頂けないか?」

 

「っ!」

 

 ナーベが戦士長を睨みつける。その様子に思わずガゼフ睨み返し更に剣に手を掛けそうになる。だがガゼフにとってもこの提案は受け入れてくれなくては困る。自身が護衛するランポッサに顔も見せない者に近づけるのは危険である可能性が高い。無論ガゼフは噂で『漆黒』については知っていたが噂はあくまで噂である。その噂を全部鵜呑みにしてランポッサに危害を加えられたらガゼフは生きてはいけないだろう。理由としてはもう一つあるのだ。それは先程の貴族の様な発言で場に無駄な時間を流したくなかったのだ。

 

 

 

「…分かりました。兜を脱ぎましょう」

 

「モモンさん」

 

 

 

 モモンが兜を脱ぐ。

 

 そこに現れた顔はどこにでもいる人間の男であった。かなりの困難を乗り越えてきたのか精悍な顔つきをしている。強いて言うなら隣に立つナーベに比べて少しばかり年の差が離れているように思えた。

 

 

 

「……もうよろしいでしょうか?」

 

「あぁ。すまない」

 

「いえ陛下を守る役目がある以上、こういったことは必要だろうとは思ってはいました」

 

「そう言ってもらって感謝する」

 

 

 

 

 モモンが戦士長から視線を外すと玉座に座るランポッサに対して向ける。

 

 

 

「陛下、それで今回どういった件で私たちが呼ばれたのでしょうか?」

 

「うむ……実はだな我が娘ラナーが……攫われたのだ」

 

「ラナー王女が?」

 

「あぁ。攫った者の名前は"ヤルダバオト"。仮面で顔を隠す悪魔だ」

 

「…………」

 

「ヤルダバオトはこう言ったのだ。"王女を明日処刑する"と。だが我らはどこでいつ……それを行うかが分からない。ゆえにその手段を持つとされるそなたたちに頼みたいのだ」

 

「…………」

 

「レエブン候!何故彼らならその居場所を知る手段を持っていると判断した?説明してくれ」

 

 レエブン候は一言返事するとモモンたちに向かって話し出した。

 

「あなた方がエ・ランテルで解決した『ズーラノーン』による『墓地騒動』の話を冒険者組合長や魔術師組合長から聞きました。その中で二人は"どうやって相手のアジトが分かったのか"と疑問視していました。これは私個人の推測も混じりますが……恐らく魔法詠唱者(マジックキャスター)であるナーベ殿が相手の居場所が分かる魔法…あるいはスクロールを所有しているのではと考えています。いかがでしょうか?」

 

 

 

「モモンさん…」

 

 ナーベはモモンを尋ねるように視線を向けた。モモンが頷く。

 

 

 

「…えぇ。レエブン候の言った通りです。ナーベは相手の居場所が分かる魔法が込められたスクロールを所有しています」

 

 

 

「それを使って頂くことは?」

 

 

「構いません。早速始めましょうか?」

 

 

「頼む」

 

 

 ランポッサが頭を下げた。

 

 

 

 

「ナーベ、アレらを」

 

「モモンさん、本当によろしいのですか?アレらは大事な…」

 

 ナーベの言いたいことは分かる。『大事な遺産』だ。

 

 

 

 

「あぁ。分かっている。だからこそ、こんな時の為に使うべきだ」

 

 それはこの遺産の持ち主であった人の言葉だ。『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』……。その言葉に助けれた人間としては同じように誰かを助けたいと思ってる。

 

「分かりました」

 

 

 

 

「さて早速ですが…王都の地図はありますか?」

 

「…地図を!早く持ってきてくれ!」

 

 

「陛下!しかし地図は!」

 

 国家の警備上の問題で地図は秘匿されがちだ。それは王国とて例外ではない。だがヤルダバオトの襲撃を許してしまった時点で地図を守ることに意味が無いことは明白だ。だが貴族たちにとっては面子がある。それを潰されるようであまりいい気はしなかった。

 

 

「構わん!行ってくれ!」

 

 ランポッサがそう指示を出すと誰かが走っていった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ナーベは懐から取り出した三つのスクロールを取り出す。

 

「このスクロールにはそれぞれ第6位階魔法の<物体発見(ロケートオブジェクト)><千里眼(クレアボヤンス)><水晶の画面(クリスタルモニター)>が込められています。これらを使えばラナー王女の居場所が分かりますし、今ここでその場所を映し出すことも出来ます」

 

 

「頼む、やってくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「ここです」

 

 そう言ってナーベが指を差した場所は……。

 

 

「ここは!?」

 

「レエブン候、この場所が分かるのですか?」

 

「えぇ。私は詳しくはないですが……。ここは王都の場所でも少し離れた場所です。倉庫が大量に置いています。商人や『八本指』などの裏組織が所有する倉庫も多数あります」

 

 

 

「『八本指』……」

 

「陛下、『蒼の薔薇』がラナー王女の依頼で『八本指』壊滅の為に動いてくれていました」

 

「………」

 

「彼女たちならばこの辺りの地理にも明るいはずです」

 

 

 

 

「誰か!『蒼の薔薇』を呼んでくれ!それよりも…ナーベ殿!早く!ラナーの様子を見せてくれ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ヴァランシア宮殿の一室、既に陽が落ちて暗闇に満ちた王国に明かりが灯っている。大して広くない部屋だが多数の男女が集まっており、彼らはそれぞれ統一性の無い装備を身に着けていた。それぞれの階級は『漆黒』や『蒼の薔薇』が持つ最上級を意味するアダマンタイト級から最下級である銅級まで存在した。まさに総動員と呼ぶに相応しい人数と規模であった。彼らは王都内にいる全冒険者だ。上位の冒険者たちは本来であれば立ち入りを許可されることが決して無い王城に入ることが出来た時点で誰が依頼主がどのような人物かは簡単に推測できた。部屋にいた王都の冒険者組合長がいたからではない。部屋の隅で石造の如く立つ一人の男に視線が向けられる。

 

 王国戦士長ガゼフ=ストロノーフだ。

 

 ゆえに彼らは入室と同時に誰が依頼主かを察した。

 

 

 

「皆の者、まずは非常時によく集まってくれた。感謝する」

 

 そう言ってランポッサは頭を下げた。そして告げる。

 

 

「本来であれば冒険者組合に国家の問題に巻き込むなどあってはならない。しかしだ!今回の一件では王国はここにいる冒険者の皆を全面的にバックアップすることを約束する。早急に解決するべきだと判断したからだ。詳しい作戦内容に関してはレエブン候から話がある。皆に聞いて欲しい。レエブン候、頼む」

 

 

 

「はっ……皆さん、私はエリアス=ブラント=デイル=レエブンと申します。今回の非常事態に集まって頂き感謝致します」

 

 深く頭を下げる。そんな彼の姿に、冒険者の幾人かは感嘆の吐息を吐き出していた。これが"あの"レエブン候か……と。

 

 

「本来はもう少し丁寧に感謝の言葉を述べるべきでしょうが、今は緊急時。ゆえに割愛させて頂きたい。それでは早速……」

 

 レエブン候が咳をする。これから話す内容を一言一句間違える訳にはいかないからだ。

 

 

「本日未明、王城が襲撃を受けてラナー王女が連れ去られました。連れ去った者の名前は"ヤルダバオト"。種族は悪魔です。この者はラナー王女を連れ去ると"翌日に処刑する"と発言しました」

 

 冒険者たちに動揺が走る。

 

 

 

「本来ならば連れ去った先が不明のままでした。ですが彼らの協力があって居場所の特定とラナー王女の無事が確認できました。アダマンタイト級冒険者である『漆黒』のお二人、モモン殿とナーベ殿です」

 

 そう言ってレエブン候が手を差し向けた先に二人がいた。誰もがそこに視線を向けて羨望の眼差しを向ける。

 

 

 

「王都内の北東のここ、この周囲に炎の障壁が張られました。高さ三十メートルを超える壁のような炎を皆さんは既に確認済みだと思います」

 

 その場にいる誰もが頷く。

 

 

「先程元冒険者である者に確認を取ってもらった結果、この炎事態は接触しても害は無いようです。実際に触れて見ても熱などもなく何かしらの障害も無いそうです。また普通に入ることも可能で中に入っても変わりなく活動可能だそうです」

 

 その場にいる冒険者の大半が安堵の溜息を吐く。

 

 

「この事件の首魁はヤルダバオト!非常に凶悪かつ強大な悪魔であると聞いています。実際に炎の壁の向こうに低位の悪魔がいるのを確認し、上位者からの命令を受けて動くような規律を感じたそうです」

 

 

 

「すまないが質問良いか?」

 

 そう言って手を挙げたのは王都のミスリル級冒険者の男だ。

 

 

「構いません。どうぞ」

 

「ありがとう。……そのヤルダバオトが悪魔たちに指示を出しているとして、そいつを倒せば全て解決するのか?」

 

 

 

「……それで解決すればべストでしょう。しかしヤルダバオトを倒すことではなく、最優先すべきはラナー王女の救出だということを念頭に置いて頂きたい」

 

「それは分かるが……」

 

 

「それにヤルダバオトの目的はラナー王女の処刑だけではない可能性もあります」

 

「えっ、どういうことだ?」

 

 

「ここを見て下さい」

 

 そう言ってレエブン候は壁に貼り付けられた地図を指さした。

 

 

「ここ……倉庫や商会が多くある場所だろ?」

 

「そこは経済的な意味で王国の心臓部といっても過言ではありません。そこで王女の処刑を行うとして………何が起きると思いますか?」

 

 

 

「まさか!?」

 

「えぇ。恐らくですが……王国の経済はかなり大きな打撃を受けるでしょう。人に与える影響は数えきれない程でしょう。最悪の場合、王国そのものが傾きます」

 

 

 

「……っ!そんなことがもし起きたらこの国は…」

 

「だからこそ!皆様にはラナー王女の救出を最優先にして頂きたいのです。この国の為に……この国に住む者たちの為に……」

 

 

 

「ガゼフ=ストロノーフ殿、すまないが……ヤルダバオトと対峙したんだよな?難度はどれ程だった?」

 

「……最低でも難度200はあった」

 

 

 その言葉に大半の冒険者は絶望の表情を浮かべた。自分たちはとんでもない敵と対峙しようとしているのではと恐怖した。だが中にはハイリスクハイリターンと思わんばかりに報酬にちて考える人間もいた。そんな彼らが生き残るかどうかは分からないが。

 

 

 

「作戦の計画はこうです………」

 

レエブン候がそう言って周囲の冒険者たちの不安を取り除こうととにかく話題を変えたかったのだ。

 

 今回のラナー王女救助作戦の計画を立てたのはレエブン候だ。元々ランポッサは第一王子か第二王子の二人に任せようとしたが、今回は二人を王城の守備に任せる名目で置いてきた。理由としては王派閥と反王派閥による争いが起きないかを危惧したからだ。そのため中立である---どちらの派閥にも属する---王に次いで最も実力のあるレエブン候を今回の計画の参謀として任命されたという経緯だ。

 

 

 

 ラナー王女の姿を映像で確認した者たちは見てしまったランポッサは娘であり第三王女であるラナーが手枷をはめられているのを見て慟哭した。

 

 どこかの倉庫の一室のような場所でラナーは泣いていた。

 

 それを見たランポッサは今までの姿が嘘の様に大声を上げた。

 

「今すぐ!ラナーを助けてくれ!王都内にいる全冒険者を集めるのだ!」

 

 

 

 

 そして今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんにやってもらいたいのは"陽動"です」

 

「陽動?」

 

 

「えぇ。先程指さした場所……より正確に言うのであれば炎の壁を中心に皆さんには円陣を組んで頂きます」

 

「包囲網ということか?」

 

 

「えぇ。形だけですが……そうすることで悪魔たちの注意を引き付けて頂きたい」

 

「それは構わないが…俺たちだけでやるのか?それだと人員が少な過ぎると思うが……」

 

 

「いえ衛兵たちにも協力してもらいます。彼らには炎の壁を包囲してもらい、冒険者の皆さんにはその包囲網の……炎の壁の中で悪魔たちと交戦して頂きます」

 

「ちょっと待て!ミスリル級冒険者以上ならある程度対応できるだろうが……そうでない者はどうする?悪魔は種族的な特性で飛行する者も多い。対処しきれないぞ?」

 

 

「えぇ。そこに関してはミスリル級冒険者以上の方が包囲網の内側から円を描くように行動して頂こうと思います」

 

「まぁ、それなら……何とかなるか?それで俺たちが陽動している内に誰がラナー王女の救出を?そこにはかなりの可能性でヤルダバオトがいるはずだが?」

 

 

「それならば既に人選は………」

 

 

 

 

 作戦が話されている間、現実味を感じなかった者たちもいた。そういった者たちが小声で会話を始めだした。

 

「ヤルダバオトを倒せば……俺たちもアダマンタイト級になれるかな?」

 

「難度200だぞ?倒すのは非常に困難だろうな。だがもしかしたら何か弱点でもあるかもしれない。そうなれば……」

 

 

 

 

「奴らを侮るな。そして話を聞かぬのなら出ていけ。そんな奴は足手纏いだ」

 

 そう言って冒険者たちをたしなめたのは『蒼の薔薇』のイビルアイであった。既にポーションなどを使い回復した『蒼の薔薇』たちも部屋にいた。

 

 

 

「奴らは強い。……現に私たちは死亡こそしていないものも…全滅した。恐らくそのヤルダバオトの部下らしき者たちにな……」

 

 誰もが憧れるアダマンタイト級冒険者、その言葉にはとてつもなく重みがあった。その言葉を聞いて先程自分たちが如何に馬鹿な話をしていたかを知った冒険者たちは口を閉ざした。

 

 

 

「第一目標はラナー第三王女の身柄の保護だ。この中でそれが可能な者はいるか?」

 

「……」

 

 難度200の悪魔、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の全滅。そういった話から自分たちが出来ると言える者はいなかった。ただ一組の冒険者たちを除けばだが。

 

 

 

「イビルアイ、私から提案があるんだけどいいかしら?」

 

「何だ?ラキュース」

 

「『漆黒』のモモンさんならばそれが可能よ」

 

「しかし奴…彼は私たちと同じアダマンタイト級だぞ?私たちの二の舞にならないか?」

 

 イビルアイがわざわざ言い直したのには理由がある。少し前に『蒼の薔薇』のラキュースとティアを助けてくれたのだ。普段は毒をよく吐くがその時の話を聞き、感謝していたので言い方が幾分マイルドになっていた。

 

「問題ないわ。彼の強さは私が保障する。それに同じアダマンタイト級でこそあるけれど、もしそれ以上の階級があるなら彼はもっと上よ」

 

 

 

 

「凄え。あのラキュースさんがあんなに認めているなんて…」

 

「同じアダマンタイト級でもそんなに実力が上なのか……上には上がいるんだな…俺たちも頑張らないと……」

 

 その言葉に多くの冒険者が頷く。

 

 

 

「……分かった。レエブン候、少しいいですか?」

 

「どうしましたか?アインドラ殿」

 

「私個人としては王女救出の大役は『漆黒』のモモン殿を推薦したいのです」

 

「えぇ。私もモモン殿に頼むつもりでした」

 

 

 

 

「すみませんがが、モモン殿、頼めますか?」

 

「えぇ。任せて下さい」

 

 その言葉を聞いて『蒼の薔薇』はホッとした。それはヤルダバオトと戦わないことで自身の安全が確保されたからではない。ラキュースの友人であるラナーが助かる可能性が一番高い手段が確定したからだ。無論、可能であれば自分たちで助けたかったが……。ラキュースは笑顔を見せていたがその右手は拳を作って震えていた。やはり友人を助けれない自分自身の実力が悔しかったのだ。そして背が低かったせいか震える拳にイビルアイは気付いた。

 

 

 

「………。モモンさん!すまないが私も連れて行ってくれないか?」

 

「君がか?」

 

「イビルアイ!?」

 

「馬鹿なリーダーだ。ふん、私が行ってやる。せめて私がラナーを助ければ『蒼の薔薇』としての義理を果たすことが出来るだろう?」

 

「…ありがとう。イビルアイ。…モモンさん。イビルアイを連れて行って下さい」

 

「あぁ。分かった」

 

 

 

 

「それでは会議はこれで終わりです。皆さんのご武運を祈ってます」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 作戦会議が終わった後、モモンはイビルアイの元へと歩く。気になることがあったからだ。

 

 

「イビルアイさん、一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「何でも聞いてくれ」

 

 

「あなたがさっき言っていた"ヤルダバオトの部下らしき者"はどんな格好だった?」

 

「私とティナ、ガガーランの三人は仮面を被った赤毛の女だ。そういえばメイド服を着ていたな。よく分からないがヤルダバオトのメイドなのかもしれないな。ラキュースとティアの方は……いや一応言っておくとクロスボウを武器にするメイドだ。こいつも仮面を被っていたらしい」

 

 

「………」

 

「…?モモン…どうした?」

 

 

「…いや、何でもない。まだ聞きたいんだが、イビルアイさんたちが戦ったというその赤毛のメイドは難度でいうとどれくらいなんだ?」

 

「……恐らく難度180かそれ以上……最初は割と互角かもと思ったんだが……奴がガガーランから武器を奪った後からはあっという間だった…」

 

 

「ありがとう。最後に一つ……言いたくなければ言わなくていいが、手も足も出なかった君たちはどうやって助かったんだ?」

 

「……気遣い感謝する。だが言っておいた方がいいだろう。魔導国から来たというメイドのエヌティマとかいう女によって助けられた。もしあの女が来なければ死んでいただろうな…」

 

「エヌティマ?…」

 

 その名前を聞いてモモンはカルネ村にいたアインズのメイドを思い出した。

 

 

(エントマではないのか?……彼女とは別人なのか?それとも本名を隠している?だとしたら何か理由があるのか?もしそれがアインズ殿による指示だった場合必ず何か意味があるはずだが……)

 

 だが、今はそこまで考える必要は無いだろうとモモンは判断した。

 

 

 

「質問に答えてくれてありがとう。そちらの武運を祈る」

 

「あぁ。ありがとう。『蒼の薔薇』こそ『漆黒』の武運を祈るよ。仲間たちに貴方のありがたい言葉を伝えてくるよ」

 

 

 そう言うとイビルアイは仲間たちの元へと走っていった。

 

 

 

 (……シズ……やはりお前は"ヤルダバオト"の部下なのか…。もしそれが事実だとすれば……)

 

 

 モモンは拳を強く握る。

 

 

 (何か理由があって部下として活動しているのならまだ良いが……それは甘い考えかもしれない。あの涙が嘘でないにせよ、戦うしかないのか?…だけどもし理由がある上で交戦した場合、あまり考えたくはないが私はシズを斬れるのだろうか……。私はどうするべきだろうか)

 

 

 モモンはナーベに視線を向ける。

 

 

 (いや……今そのことを考えるのはよそう。今は王女の救出に専念すべきだ)

 

 

「行こうか。ナーベ」

 

「はい。モモンさん」

 

 

 二人が部屋を出ようとした歩いた時だった。背後から近寄る気配が一つ。

 

 

 

 

「モモン様!お願いしたいことがあります」

 

「?…その前に聞きたい…君は誰だ?」

 

 白銀の全身鎧に身を纏う青年が一人いた。見た感じは冒険者には見えないが……。

 

 

 

「!っ…失礼しました。初めまして。私の名前はクライムです。ラナー王女の護衛の任に就いていた者です」

 

「ラナー王女の?」

 

「はっ……」

 

 

 

「クライム君と呼んでいいかな?」

 

「えぇ。お好きに呼んで下さい」

 

 

「それで私に何を頼みたいのだ?」

 

「無礼なのは分かっています。私を貴方たちに同行させて下さい」

 

 

「すまないが手の平を見せてくれるか?」

 

「同じだ……」

 

 

「ん?」(同じ?)

 

「あっ、いえ……」

 

 クライムは慌てて両手の手の平を見せた。モモンはそれを見る。

 

 

 

「……クライム君が真面目に鍛錬を行ってきた者なのは分かった。だが……いや、あえてハッキリと言おう。同行は許可できない!……君はそれ以上強くなることはないだろう。そしてその実力で難度200以上と対峙する可能性が高い場所に君を連れていくことは出来ない」

 

「…自分の実力不足は分かっています!ですがどうしても行かねばならないのです!」

 

 

「…………」

 

 全身を振るわせて拳を作る。その拳の中に込められた感情は……。

 

("悔しい"か……)

 

 

 

 モモンはかつての自分を思い出した。

 

 (…………)

 

 

「……クライム君、最後に一つだけ聞かせてくれ」

 

「…はい、何でしょうか」

 

 

「君はどうしてそこまでじて王女を助けたいんだ?」

 

「男ですから」

 

 

「クライム君、やはり君を連れていくことは出来ない」

 

「っ……。それでは……」

 

 

「だがこの冒険者チームである『漆黒』の名に誓おう。私が必ず王女を救出することを。だから君は王女が帰ってくる場所を守るんだ。いいかな?」

 

「…分かりました。どうか、ラナー王女を……我が主君を…助けて下さい。モモン様」

 

 クライムが大いく頭を下げる。

 

 

 

「あぁ。必ず助け出す!」

 

(必ず助け出す!ラナー王女。そして……シズも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして王都で一番長い夜が今、訪れようとしていた。

 

 

 

 





多分、初1万字超え!
やったぜ!

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