新型コロナウイルスとの厳しい闘いが日本はじめ世界各地で続いています。先行きが見えないだけによけいに苦しい。人類はこれまでにもさまざまな感染症に見舞われてきましたが、そのたび克服し生き延びてきました。歴史から、新型コロナウイルスと対峙(たいじ)するヒントが見つかるかもしれません。
政府の緊急事態宣言発令後、都心では、昼間も含め全面休業のお知らせが張られたシャッターが目立ちました。日銭を失い、廃業に追い込まれる会社や店も増えています。知の拠点である学校、図書館、書店も閉鎖されました。
連日、練習に汗を流していた高校球児は部活が取りやめとなり、自主練に切り替えました。夏の大会まで中止になりかねない事態に浮かない表情です。
◆積極さが悪徳行為に
人々は、街は、ウイルスによってひどく痛め付けられています。
ウイルス蔓延(まんえん)を防ぐため、価値観も変更せざるを得なくなりました。他人としゃべり合い笑い合って理解を深めるコミュニケーション、街を明るくするにぎわい、勤勉な通勤や通学、見聞を広める旅行などがウイルスをばらまく迷惑行為と批判されるようになったのです。意欲的な姿勢や積極性が悪徳へと転換したのです。
疫病が人類に大きなショックをもたらしたのは、今回が初めてではありません。
かつて欧州に大きな被害をもたらしたのがペストでした。十四世紀半ばからほぼ半世紀、大きく三波にわたり猛威を振るいました。
ももの付け根などのリンパ節が腫れ、高熱を発し、脳神経が冒されます。全身に紫黒色の斑が現れることから、黒死病とも呼ばれ恐れられました。当時、欧州にいた人口の三分の一から四分の一に当たる二千五百万~三千万人が亡くなったとみられています。
ペスト菌を保有したネズミなどからノミを介して感染。ペスト菌は中国などが起源とみられ、東西を結ぶ「シルクロード」や、中国を支配していた帝国・元の版図拡大などに伴い、感染が広がっていったようです。
◆ペストが変えたもの
ペストは欧州の社会を激変させました。ペストの毒を広めたなどのぬれぎぬでユダヤ人への迫害が激化しました。
死を間近に感じ、生きているうちに快楽を追求しようとする一方で、ペストは神からの罰だとして自他にむち打ちを課して許しを請う奇妙な運動も広がりました。閉塞(へいそく)感から抜け出そうと、貿易商人らの海外進出が進みました。
ペストによる多数の死亡者で人口が激減、労働力を集めるため荘園の領主は農民らの賃金を上げざるを得なくなりました。中世の荘園制度や身分制は徐々に崩壊、十四~十六世紀にかけてのルネサンスにつながり、近代への扉が開きます。
ペストは十七世紀にも再び、欧州に魔の手を伸ばしました。「ロビンソン・クルーソー」の作者デフォーは、ロンドンだけで十万人が亡くなったと伝えています。英国の大学も休校になりました。手持ちぶさたな間、ある学生はいくつかの構想を深めます。「万有引力の法則」などを突き止めた科学者ニュートンです。「創造的休暇」とも言われています。
この時のペストで、ドイツ・アルプス麓の街オーバーアマガウでも多くの市民が亡くなりました。生き残った人々はペストによる犠牲がこれ以上出ないことを祈り、受難劇を十年に一回捧(ささ)げると誓って一六三四年、初演しました。第二次大戦などによる中断はありましたが、綿々と続けてきました。ちょうど今年五月に予定されていた上演はコロナ禍で二年後に延期されましたが、ペストの「文化遺産」の一つとも言えるでしょう。
新型コロナウイルスは世界中で多くの命を奪い、経済的に苦境に追い込んでいます。ペスト時のユダヤ人迫害を思わせる、感染者や医療従事者への故無き差別も生じています。人間はウイルスにやられっぱなしです。得るものはないのでしょうか。
◆ニュートンのように
娯楽や社交の「自粛」を自分を見つめ直す機会ととらえます。在宅勤務や自宅学習にすることで効率的な働き方学び方を考えます。家にいる時間が増えることで家族との絆も深まるかもしれません。私たちは、昔は想像もできなかったITという武器も持っています。コロナ禍の試練で得たものを未来につなげたい。
敵は見えず、多方面にわたるこれまでに類のなかった闘いです。ニュートンのように、少しでも多くの「戦利品」を分捕れるよう、知恵を絞りたいと思います。
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