独自設定だらけなのでご注意ください
今回はプロローグなので、本格的な話は次からになります
「結局。誰も来なかった……か」
約束の時間を過ぎても、誰一人として現れなかった
「ふざけるな! ここはみんなで作りあげたナザリック地下大墳墓だろ! なんでそんな簡単に捨てられるんだ!」
激しい怒りのまま拳を叩きつけると同時に、モモンガは今まで準備だけは進めながらも、仲間たちに遠慮して決断できずにいた一つの計画を実行に移す覚悟を決める。
「そっちがその気なら、俺だって好きにさせてもらう」
本当は実行したくなかった。
この計画は皆で作り上げたナザリック地下大墳墓を私物化するも同然なのだから。
ギルドメンバーのみんなが、いや誰か一人でも自分の誘いに乗ってくれたのなら、その時は笑い話にでもしようと考えていたのだ。
「さて。俺も移動するか」
僅かな期待を込めて、約束の時間を大幅に過ぎてもここで待っていたため、もうあまり時間がない。
席から立ち上がり、最後にもう一度だけと周囲を見回した。
モモンガが立ち上がったことで、誰一人座る者の居なくなった
「最後くらい持っていくか」
ギルドの証として皆で作り上げたスタッフの所に移動し、それを手にした。
「行こうか、我がキルドの証よ。魔王として最初で最後の仕事だ」
手に取るとドス黒い赤色のオーラが立ちこめる。人の苦悶の表情を象り、崩れていくそのオーラはまるで今の自分の内情を表しているかのようだった。
「……」
それを振り払うように手を振り、モモンガは円卓の間を後にして、空の城を歩き続ける。
中にいるのは意志のないNPCのみでアインズが労いの言葉をかけても、当然返事は戻らない。
そのことに空しさを覚えながら、目的の場所であるナザリック地下大墳墓第十階層にたどり着く。
そこにいるのは一人の執事と六人のメイドたち。
「待たせたな。セバス、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマ、シズ」
全員の名前を呼び上げる。
つい先日、準備のためここに来るまで忘れていた名前だが、今回の計画のために改めて名前と設定を暗記する必要があった。
何しろ彼らは勇者パーティーのメンバー候補なのだ。
「とは言え時間が無い。全員を移動させるのは難しいな。二人ずつってところか」
口に出して言いながら、プレアデスの向かい側で待機していた自作の勇者に目を向ける。
モモンガが作り出した新たなNPC。
それはモモンガの分身と呼べる存在だった。
NPCとしてできる限り、モモンガのクラス構成に似せて作り、設定欄にはモモンガの分身であると書き記した。
これまで一度として玉座の間に攻め込んでこなかった進入者の代わりとして、モモンガが用意したものだ。
つまり最後の最後くらい、悪の親玉としてのロールプレイを楽しむ為の準備である。
本来は来てくれた皆で役割を決めて、それぞれ勇者と魔王陣営に分かれて、このナザリック地下大墳墓をもう一度攻略する。という計画だったが、誰も来なかったことでその計画は頓挫した。
だからこそ、せめてモモンガだけで勇者と魔王を演じるロールプレイを行うことにした。
勇者を二人用意したのは単純に、モモンガが二種類の勇者像を思いついたためだ。
一人は自分の趣味を反映させた漆黒の戦士。
そしてもう一人は──
「たっちさん。装備を勝手にお借りしてます、文句言いに来ても良いんですよ」
かつてPKされ続け、ユグドラシルというゲームそのものに嫌気が差し始めていた自分を救ってくれた純銀の騎士。
創造したNPCの一体に、彼が使用していたワールドチャンピオンの証である純白の鎧と同じく純白の盾や剣も装備させ、在りし日のたっち・みーの姿を再現している。
本来はワールドチャンピオンしか装備できないこの装備も、
と言ってもこちらもモモンガの構成を真似たNPCであるため、戦士系の技は使えない形だけのものだが、どうせロールプレイでしかないのだから十分だろう。
この二人を勇者として設定した際、パーティーメンバーにしようと選んだのが、セバスと六人のメイドチームプレアデスだ。
本来敵を迎え撃つために存在する彼らを勇者の一員にしようとするのは、単純に玉座の間に近い場所に配置されていたこともあるが、もしかしたら自分でも気づかないうちに、仲間たちの作り上げたNPCに勝手な役割を押しつけて、憂さ晴らしをしようとしたのかも知れない。
「……よし! 早速準備をするか。セバス、そしてユリ、お前たちはこの騎士の後に付き従え」
暗くなりそうな気持ちを振り切って、モモンガはNPCに指示を出す。
こんな細かな指示を聞くのか疑問だったが、名を告げられた二人は一礼した後、純銀の騎士の側に移動する。
「おお。流石の作り込みだな」
プログラムを組んだギルドメンバーを心の中で讃えながら満足げに頷く。
この二人を選んだのは単純にカルマ値によるものだ。
基本的に悪の組織というロールプレイをしていたナザリックに於いて、カルマ値は悪に傾いている者が殆どだ。
その中にあって、この二人は貴重な善属性に位置している者たちなのだ。
この純銀の騎士の供としては相応しいだろう。
本当はもう一人、シズも善性ではあるのだが、中立よりということもあるので止めておいた。
「となると、漆黒の戦士は──ナーベラル、ソリュシャン。こちらの騎士に付き従え」
同じように指示を出すと二人のメイドが一礼して漆黒の戦士の後ろに付き従う。
こちらはモモンガの脳内設定では漆黒の戦士はダークヒーローであり、正義を司る純銀の騎士ではできない手段を用いて正義を実行するという役回りだ。
そのため供に付けるのはどちらもカルマ値が-400の邪悪に設定されている二人を選出した。
この二人は設定ミスなのかそれとも双子という設定なのか、どちらも三女として創造されているという点でも、コンビを組ませた方が栄えるとの意図もある。
「これでよし」
二つのチームを眺める。
ワールドチャンピオンの装備を身につけ、レベル百の執事も付いている純銀の騎士に比べると、漆黒の戦士は装備もそうだが供も頼りない。だが、そこは事前の準備で既に解決している。
「ふふふ。俺もなにをやってるんだか。あれだけ苦労して集めた
この漆黒チームのメンバーには、モモンガのコピーも含めた全員にそれなりの装備を整えた上、それぞれ
かつての仲間たちとの栄光の証を勝手に持たせるのは、良いことではないのだが。
構うものか。どうせ最後だ、なにより止めに来てくれなかった皆が悪いんだ。とモモンガは自分を納得させる。
これで準備は完了だ。
「よし。それじゃ二つのチームは俺に付き従え」
言葉と共にNPCを連れて玉座の間に移動を開始しながら、ふと思いつく。
「玉座の間に付いたら、写真撮影でもするか」
仲間たちが皆揃っていた頃、そんな遊びをしたことを思い出す。あの時も勇者役はたっち・みーだった。
もう一度同じことをするのも悪くない。
なんなら撮った写真を現実に持ち帰り、来なかったギルドメンバーに送りつけてやろうか。一瞬、そんなことを考えたが直ぐに止める。
いくら何でも当てつけがましい。
あくまで自分の思い出として残すだけにしておこう。
「そうなると予定を変更しなくてはな」
元々の予定ではログアウト直前にこの二つのチームを玉座の間に突入させて、さあ戦いが始まる。というところでゲーム終了。
勝敗は誰にもわからない。
そんなストーリーを考えていた。
そしてモモンガの役目は、悪の親玉として玉座の間で待っていることだ。
しかし、写真撮影をするのなら全員を玉座の間に入れて、構図を考える必要がある。
皆を引き連れ、急ぎ足で玉座の間に向かって歩き出す。
玉座に座り、魔王視点で勇者を迎えるシーンを撮るのも良いが勇者側視点の写真も欲しい。
「俺がどちらかの格好に変えて撮影してもいいか……なんか楽しくなってきたぞ」
頭の中で写真の構図を考えながら、モモンガは意気揚々と玉座の間に向かって移動を開始した。
「──よし。なかなかいい写真が撮れたんじゃないか?」
玉座の間にて、写真を撮り終えたモモンガは、その出来映えに一人満足する。
しかし、思ったより時間が掛かってしまい、もう終了まで時間が残されていない。
「もう、誰も来ないよな」
もしかしたらここで撮影をしている間にギルドメンバーでなくても、ナザリックを攻略するために乗り込んでくるパーティーがいるかと思っていたが、それもなさそうだ。
「結局、世界征服なんて夢のまた夢だったな」
いつか、悪のロールプレイの最終目標として、世界の一つでも征服してやろうぜ。と言っていた仲間のことを思い出す。
実際、ユグドラシルのルールで、どうなれば世界征服を成し遂げたことになるのかは分からない。
ギルドランクで1位になることか。それともワールドエネミーをすべて倒すことか。流石に他のギルドをすべて倒すのは無理だろうが、めぼしい上位ギルドに勝利する事かも知れない。
それらはあくまで雑談の一環であり、皆本気で世界征服を狙っていたわけではないだろう。
しかし、そのいずれかを成し遂げていれば、最終日である今日、ナザリック地下大墳墓を攻略しようと考えるプレイヤーも居たかも知れない。
「今更俺一人で出来ることでもないしな……」
感傷に浸りながらも、そろそろサーバーダウンの時間が迫っていることに気づき、モモンガは気分を切り替えるようにわざと大きな声を出して立ち上がった。
「さて。そろそろどうするか決めるか!」
このままここで静かに終わりを待つのか、それとももう一つ立てていた計画を実行するか。どちらにするか決めなくてはならない。
もう一つの計画とは、事前に大量に買い込み、ナザリック地下大墳墓近くの沼地に浮かぶ島に配置した花火を打ち上げて派手に終わらせるというものだ。
先ほどまでは皆と作り上げたこのナザリック地下大墳墓で静かに終わりを迎えようと思っていたが、誰一人として来なかったことで、モモンガのこの場所への思い入れは薄れ始めていた。
その思いがモモンガに一つの決断をさせる。
「折角だし派手に行こう。みんなの代わりにせめてNPCを連れていくか……いや拠点NPCは外に出られないんだったか。なら──」
写真撮影のために、パーティーを組んだ仮初めのメンバー、セバスとユリを見る。
最後の一枚は勇者視点の写真ということで、モモンガは自分で作ったNPCに装備させていたたっち・みーの武具を自ら装着して撮影に望んだ。
その際にセバスとユリをパーティーメンバーとして登録したのだ。
今から改めてモモンガの装備と交換し直すのも面倒なので、このまま二人を連れていこう。
そして、もう一つ。
共にこのナザリック地下大墳墓を攻略した設定の、漆黒の戦士とその従者たち。
彼らも地表に連れ出し、共に花火を眺めて貰おう。
そう考えてモモンガは早速準備を開始する。
最後にチラリと後ろに目を向けた。
そこにはイタズラ心で設定を書き換えてしまった守護者統括アルベド。そして自分本来のアバターそっくりな
その手にはギルドの証として持ってきたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが握られている。
設定を書き換えた後、たっち・みーの鎧を外したNPCに写真の見栄えを良くするために持たせたのだ。
上まで持っていきたいところだが、どうせなら、あのNPCには最後まで魔王としての威厳を保っていて貰いたい。
そう考えて預けたままにしておくことにした。
「さらばだ。我がギルドの証よ」
そんな言葉が口から出て、モモンガは思わず気恥ずかしさを覚える。
それから逃れるように、モモンガはそれ以上後ろを振り返ることなく、玉座の間を後にした。
23:59:06
花火を発射させるボタンに手をかけながら、モモンガはナザリックの上空で一人待機していた。
せっかく連れてきた仮初めのパーティーメンバーであるセバスとユリは、漆黒の騎士たちと共に地表で待機している。
「たっちさんとやまいこさんだったらなあ」
二人の創造主の名前を挙げる。二人ならば自分の魔法やアイテムで一緒に空を飛ぶことかできたのに。
そんなことを考えてしまい、思わず首を横に振った。
未練がましいにもほどがある。
後一分もしない内にアインズ・ウール・ゴウンだけではなく、この世界そのものが消える。
そんな最後の時に彼らはリアルを取ったのだから。
仕方ないことだ。
そう思っていても発射スイッチを持つ手に力を込めそうになる。
「いかんいかん。最後なんだ、湿っぽいのはやめにしよう。打ち上がる時間を考えると十秒前ってところだな」
自分に言い聞かせるように、口に出してこれからの予定を立てる。
左腕に填めた時計を見ながら時間を測る。
23:59:48、49、50……
「行くぜ!」
普段のモモンガらしからぬ強い口調と共にボタンを押し込む。
同時に霧深いグレンベラ沼地の一角にある島に設置した五千発にも及ぶ花火が一斉に打ち上がった。
あまりにも密集して配置したために、一つの塊になって打ち上げられた花火は、霧の中からでも目視できる。
あれだけの量が上空で弾ければ、ここからでもはっきりと見ることができるだろう。
その光に包まれながら、ユグドラシルの、ナザリック地下大墳墓の、そしてアインズ・ウール・ゴウンの終わりを迎えるのも悪くない。
上空に浮かび上がった塊が一斉に弾け、巨大な爆発を起こす。
超位魔法の一つである、
(ああ、これで終わりか──)
目も開けていられないような眩しさを感じ、思わず閉じた目を恐る恐る開けようとして……気がついた。
脳とメガコンをコードで直結させているにも関わらず、目を閉じられるという異常事態が起こっていることに。
もしや失明したのでは。との思いは開かれた視界一杯に広がる星空によって否定される。
「第六階層?」
多大なリソースをつぎ込んでブルー・プラネットが作り上げた理想の世界に広がる星空、それがモモンガの目に映りこんだのだ。
いつの間に移動したのか。
いやそもそも、もう時間は過ぎているはずだ。
慌てて腕時計を見る。
0:01:15、16、17……
時計はあり得ない時間を刻んでいた。
「サーバーダウンが延期になったのか? それともロスタイム……いや」
数々の可能性が浮かび上がるが、どれも決め手に掛ける。
「あのクソ運営! 最後ぐらいまともに終わらせられないのか!」
光に包まれて消える。というシチュエーションが台無しにされた怒りに震え、モモンガは吐き捨てた。
周囲には誰の姿もなく、自分一人が宙に浮いている状況だ。
周りの状況を確認しながら、モモンガは視線を下に向けると、そこは第六階層ではなく、それどころかナザリック地下大墳墓や、その周辺にあるグレンデラ沼地ですらない。ただ広い草原の上空にいることに気が付いた。
「どこに飛ばされたんだ俺は」
最後だから何かイベントでもやるためにプレイヤーを強制的に転移でもさせたのだろうか。
しかしそれにしては他のプレイヤーの姿は見あたらない。
やれやれとモモンガは地面に向かってゆっくりと降りていく。
「明日四時起きなんだけどなぁ」
最後の最後にこんなサプライズをされても楽しさより、苛立ちしか感じない。
地面に降り立つと足から伝わる感触や、体に当たる風のリアルすぎる感覚、そして、蒸せ返るような草木の香りを感じた。
その異常性にモモンガが気づくまで、そう時間はかからなかった。
・
「そんなバカな」
そこにあるのは何もない草原。
そして頭上には光輝く太陽と青い空。
常に黒いスモッグと、有害物質を含んだ濃霧に覆われた現実世界では見ることのできないものだ。
ユグドラシルの中ならばそうした場所も存在するだろうが、モモンガが常に出入りしている場所で可能性があるのは、ナザリック地下大墳墓の第六階層ぐらいのものだ。
しかし、あそこの空は現実世界の時間とリンクしているため、今は夜のはずだ。
加えて更なる混乱をもたらす声が、自分の背後から聞こえた。
「モモンガ様。ここは一体」
「ナザリック地下大墳墓では無さそうですね。他の姉妹や守護者の皆様方の気配もありません。ナーベラル、辺りの警戒を」
ナーベラルとソリュシャン。
二人のメイドはソリュシャンの合図で周囲を見回しながら、モモンガを挟むように移動する。
どうやら護衛をしようとしているようだ。
(待て待て。一体何がどうなった? なんでNPCが会話しているんだ。いや、そもそも俺は終了の時、何をしていたんだ? 思い出せない)
最終日だからとギルドメンバーにメールを送り、花火を買い込み設置して、もしも誰も来なかったときのために自分の分身となるNPCを創ったことは覚えているが、肝心の最終日の記憶が曖昧であり、気がついたらここにいた。
頭を抱えようと腕を動かして同時に気がつく。
「なんだこの鎧」
漆黒の鎧が手足のみならず、全身を覆っている。
頭に手を当てると頭に触れる直前で金属にぶつかる音が聞こえるところから、兜も着けているらしい。
「……ナーベラル、ソリュシャン」
「はっ!」
二人が声を張り上げ、自分の前に膝を突く。
声を発するだけでなく、コマンドワードを用いず、ただ名前を呼んだだけで勝手に行動をしている。
これは一体どういうことなのだろう。
「……二人に聞くが、私は今どんな格好をしている?」
嫌な予感がする。
これはゲーム終了が延期したとか、新しいゲームが始まったとか、そんな簡単な問題ではない。
「漆黒の鎧に身を包んでおられます。背中には二本の大剣を掲げ、至高の御方に相応しい威厳を感じます」
「私も同感です。偉大なる御方はどのような装備を身につけていても、その御威光を損なうことは無いと確信致します」
ナーベラルとソリュシャンがそれぞれ口にした、背筋がむずがゆくなりそうな称賛の言葉も決して上辺だけではなく、本気で言っているのが分かるのだ。
こんな細かな設定ができるはずがない。
そんなことを考えている間に風が吹き、二人の体を通過してモモンガの元にたどり着く。
彼女たちの良い香りが風に乗って、モモンガの嗅覚を刺激した。
それにより、嗅覚というゲームでは感じることのできないものを知覚できるようになっていることに気がついた。
本来、電脳法によって味覚と嗅覚は削除されているはずなのだ。
法律的にもそうだが、データ容量的にもできるはずがない。
万が一、仮想現実が現実に変わりでもしない限り──
そんなバカなことがあるはずがないという理性と、現実に感じる嗅覚。
相反する二つがぶつかり合う。
「まさか、そんな──」
「モモンガ様?」
「如何なさいました?」
心配そうに声を掛ける二人の声が、どこか遠くから聞こえた。
・
「どうだった!?」
創造主によってそうあれ。として造り上げられた言葉遣いすら忘れているのはそれだけ慌てているということなのだろう。
もっともそれは彼女だけではない。他の者たちもまた、同じようにアルベドに強い意志の籠もった視線を向けていた。
そんな彼らに対し、アルベドは無言のまま首を横に振る。
場に重たい空気が流れ込んだ。
それを払拭するかのごとく、一人が重い口を開く。
「……モモンガ様は間違いなく玉座の間にいらっしゃるのだね?」
第七階層の守護者デミウルゴスの質問に、アルベドは大きく頷いた。
「ええ。それは間違いないわ。初めは何か確かめるように考えごとをされていたのだけれど、やがて私に外に出るようにお命じになられて、その後誰も玉座の間に入るなと仰せよ」
それでは主を守る者が居なくなると、懇願するアルベドをきっぱりと拒絶して、主はただ一人玉座の間に残ってしまった。
だからこそ、アルベドはこのことを伝えるため、守護者たちをここに集めたのだ。
(モモンガ様。どうして? 私のこの気持ちは貴方様がくれたものなのに)
創造主によって創られた頃の自分は既に存在しない。
今の彼女は主の手によって直接、自分を愛せと命じられた存在。
創造主などどうでも良い。
あの御方こそが自分の全てだ。
その主から拒絶されたという事実が、アルベドの心を深く傷つけていた。
しかし、その気持ちは表に出すことなく、守護者統括としての自分を保ちながら説明を続ける。
「動かせる守護者が揃ったことを伝えたけれど、同じだったわ。だからこそ、今後我々がどう行動するかを話し合う必要があるわね」
アルベドの話を聞いて、デミウルゴスは僅かに安堵したような仕草を見せる。
「確かに。しかし、それならばまだ最悪の事態ではないということだね」
「ドウイウコトダ?」
第五階層守護者のコキュートスが冷気の吐息を吐きながら、デミウルゴスに詰め寄る。
その様子にもデミウルゴスは動じた様子を見せずに続けた。
「……最後まで残って下さったモモンガ様が、我々に興味を失い、他の御方々と同じ場所に行かれたわけではないということだよ」
その言葉を聞いた全員が、納得したように頷いた。
アルベドは他の者たちなどどうでも良いが、彼らからすれば忠義を捧げる者がいなければ、その存在理由すら失われる。
そう感じているのだろう。
「しかし、まだ楽観視は出来ない。本来玉座の間を守護するべき守護者統括殿を外して、お一人になられたということは、もしかしたら我々を必要なしと判断されたのかも知れない」
「そ、そんな! ど、どうしたらいいんですか!?」
「マーレ……」
悲痛な声を上げる第六階層守護者の一人マーレに、姉であるアウラが落ち着けと言うように名を呼びながら肩に手を置いたが、その彼女の小さな手もまた震えていた。
このナザリック地下大墳墓を守護するために創られた守護者の力すら必要無しと判断した。というデミウルゴスの予想はそれほどまでの衝撃を与えたということだ。
そしてそれはアルベドにとっても信じがたい、信じたくないものだった。
全員が沈痛な面もちで思考を巡らせる中、アルベドはわずかに残った理性をかき集め、ゆっくりと口を開いた。
「……一つだけ、思い当たることがあるわ」
「それは?」
即座にデミウルゴスが反応する。
「モモンガ様が、力不足を理由に私たちを遠ざけたのなら、我々の力をお見せして考え直していただけば良いのよ」
「それはそうでありんすが、我々の力をお見せすると言っても何をすればいいんでありんすかぇ?」
シャルティアの台詞にアルベドは一度目を伏せて記憶を手繰り、一つの言葉を思い出す。
あれは主が自分を愛せよ。と命じた直ぐ後のことだ。
その時の記憶は曖昧で霞かがっているが、断片的に覚えている言葉があった。
「先ほどモモンガ様はお一人でこう仰っていたわ──結局、世界征服なんて夢のまた夢だった。と」
それはデミウルゴスが危惧した内容とも一致する。
ざわりと全員が息を飲む。
「かつて私も創造主で有らせられるウルベルト様が他の至高の御方々と、そのような会話をしていたことを記憶しております。そこにはモモンガ様もご一緒でしたが、その時はこう仰っていました」
デミウルゴスは一度言葉を切ると、サングラスの奥の目を伏せ、遠い過去の記憶を読み込むように間を空けてから、再び口を開く。
「自分たちで世界の一つぐらい征服しようぜ。と」
「ナント──」
「世界征服。流石は至高の御方々だね」
「う、うん。凄いねお姉ちゃん。至高の御方々なら絶対にできるよね」
あの裏切り者どもを誉め称える様には苛立ちを覚えるが、今それを見せることは出来ない。
アルベドは自分を抑えつつ、デミウルゴスの言葉に乗って話を進めた。
「そう。今のデミウルゴスの話を聞いても解るように、至高の御方々にとって世界征服など絶対的な目標でも、何を於いてでも成し遂げなければならない悲願でもない。あくまで当面の目標程度のものだったのでしょう。しかし、その先兵となるべき我々は、かつてぷれいやーなる者どもの侵攻によって悉く破れ去った」
守護者たちの会話に熱気が帯びる中、アルベドの台詞で再び場に重苦しい空気が満ちた。
「っ! 確かあの時は、その愚か者どもは第八階層にて撃退されたんでありんしたね」
その際のことをアルベドは殆ど覚えていないが、ここにいる守護者たちはアルベドを除き、全員一度殺されている。
「そう。あるいは至高の御方々はその時に私たちの実力不足を感じ、御隠れになってしまったのではないかしら。その証拠にモモンガ様は、先程のお言葉の後でこう続けられたわ」
一度言葉を切り、アルベドは全員の顔を見回してから続けた。
「今更自分一人で出来ることでもない。と」
再び守護者たちがざわめく。
その言葉は守護者を含めたシモベたちを、初めから戦力として見ていないも同然の言葉だ。
主にとってあの者たち以外、戦力にならないと告げている。
そのことにアルベドは深い怒りを覚えながらも、必死になってそれを押し殺す。
「だったらあたしたちはどうすればいいのさ!」
感情を抑えるアルベドとは対照的に、感情のままに声を張るアウラ。
アルベドがそれに応える前に、デミウルゴスが口を開いた。
「……ならば、我々だけでこの世界を征服し、モモンガ様に献上すればよいのではありませんか?」
そう言うことでしょう? とデミウルゴスはアルベドに確認するかのように目を向ける。
「その通りよ。私たちの力を今一度モモンガ様に認めていただくのに、これ以上のものはないわ」
何より。これならばあの裏切り者より自分たちの方が主の役に立てると証明できる。
デミウルゴスとアルベドの言葉を聞いて、他の守護者たちの瞳にも光が戻った。
「世界ヲ捧ゲル、カ。確カニ、コレホド分リヤスイモノハナイナ」
「そうでありんすねぇ。最後までわたしたちを見捨てずに残って下さったモモンガ様に、わたしたちの忠誠を示すのにぴったりでありんす!」
「そうだね。モモンガ様に私たちの力を認めてもらえば、きっと褒めて下さるよ」
コキュートスとシャルティアが頷き合い、アウラもそれに同意した。
「そ、それに。それを知ったら、御隠れになった他の至高の御方々も戻ってきて下さるかも知れませんよね」
マーレの言葉によって、別の欲望も現れ、更に場が盛り上がっていく。
とはいえ、アルベド自身はそれには興味がない。
いや、むしろ帰ってきて欲しくなど無いが、ここでそれを口にする訳にもいかない。
場の喧噪を治めるために一度手を打ち、全員に向かって宣言した。
「話は纏まったわね。先ずはナザリックの状況確認と、玉座の間に続く
「はっ!」
全員が一斉に頭を下げ、了承の意を示す。
必ずや自分たちの価値を示し、もう一度主に必要な存在だと認めて頂き、
アルベドはゆっくりと目を伏せ、愛しき主の姿を思い浮かべる。
守護者統括である自分すら恐怖を感じさせる漆黒のオーラを身に纏い、全ての死を支配する絶対者。
身を飾る豪華な杖やローブすら霞ませる、この世の何より美しい白磁の
あれこそが、アルベドの最愛なる主。
「っ!」
それらを思い返しながら、一瞬頭にノイズのようなものが混ざり、アルベドは顔を歪ませ頭に手を置いた。
ノイズの中に見えたのは、いつかどこかで見たことのある純白の鎧。
それが離れていく後ろ姿が一瞬頭を横切った。
「アルベド?」
より深く思い出そうとしたが、その前にデミウルゴスに名を呼ばれ、アルベドはそれらを振り払い頭に乗せていた手を前方に突き出すと、全員に向かって宣言を下した。
「各員。ナザリック地下大墳墓の目的は、愛しき我らが至高の主、モモンガ様にこの世界をお渡しすることと知れ」
この話での転移時期や人数に関しては、考察で語られている内容を自分が勝手に解釈して使っています
具体的には転移する時期はサービス終了時の高度に由来する。転移はワールドアイテムが起点であり、アイテムを装備している者か、アイテムが拠点に設置されている場合、拠点ごと転移するというものです
そのため、飛行で空を飛んでいたモモンガさんは一人で二百年前に転移し、地表にいた五人のうちワールドアイテムを持っていなかったセバスとユリを除いた三人が百年前に、そして第十階層の諸王の玉座が起点となってナザリックごと書籍版と同じ時代に転移したという形です
ちなみに転移場所に関しては全員同じナザリック地下大墳墓から転移したということで、時代は違えど同じ場所に転移したという設定にしています。なのでグレンベラ沼地上空から転移した亡国の吸血姫の悟さんと違い、インベリアにはいきません……残念