第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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再びのバルブロ

 

 

「サトル、用意はよいでしょうか?」

 ラナーは輝く笑顔を悟へと向けた。

「·····ああ、大丈夫です·····いや大丈夫だよ、ラナー」

 ラナーの美しさに一瞬気を取られた悟は、思わず素の鈴木悟を出してしまうが、すぐにちょっとカッコつけた自分·····サトルとして答え直す。

「サトルはサトルでよいのですよ? 私の前だけなら」

 ラナーは悟の左手をギュッと握る。

「ラナー·····」

 思わず見つめ合ってしまう二人·····。

「バルブロお兄様を忘れてはいけませんね」

 ラナーはこのままでいたいという気持ちを押し殺し、苦笑いを浮かべる。

「ですね」

 悟も離したくないと思いつつ、手をそっと離し扉の方へ向いた。二人は部屋のやや奥に並んでいる。部屋の入口から見て右手側にラナー、左手側に悟が立ち、邪魔者の来訪者を待つ。

 

「入るぞ!」

 ラナーの了承を得た事を伝える為に、部屋付きメイドが姿を消してから僅か数秒·····扉が開くと同時にバルブロが姿をあらわした。

 なお、"入るぞ"と言った時には既に部屋に踏み込んでいる。返事を待つ気などないのだ。

 こういうところからもわかるように、バルブロは急な来訪にも関わらず、まったく悪びれる様子がない。むしろ堂々と我が物顔でずんずんと部屋へと入ってきた。

 

(ここはお兄様にきて欲しくはないですね)

 淡いピンクの壁紙はラナーにはピッタリかもしれないが、バルブロには似合わない。本来はもっと飾り気のない部屋だったのだが、サトルに出会いラナーは、調度品などにもある程度気を使うように変わったのだ。

 

「まあ、断る必要もないのだがな」

 バルブロはそう言い放つ。彼の立場からすればこの態度は至極当然だ。なにしろ彼はこの国の第一王子。いってみれば国家のナンバー2であり、いずれは頂点に立ち、王になると思いこんでいる存在だ。

 "わざわざ俺様が自ら足を運んでやったんだ。出迎えて当然だ。この城は俺のものになるのだからな。ラナーのものも俺のものだ! "という思考なのだろう。

 

「ようこそ、お兄様」

 ラナーは内心の不満を一切出さずに、にこやかに完璧な態度で出迎える。

(もうっ! あとちょっとのいい所でしたのに·····)

 もちろんだが、ラブラブなところを邪魔をしたバルブロの事を許してなどいない·····というよりもかなり怒っている。

 

「おう」

「お兄様が私の部屋を訪ねてくださるなんて何年振りでしたかしら? 訪ねてくださって嬉しいですわ」

 しかし、その怒りを隠し、まったく心にもない事をさらりと言い切れるのは、腹芸が必須となる王族ならではだろうか。

 

「さすがにお前も子供ではないからな。それに第一王子として俺様も日々忙しいのだ」

 ラナーは、バルブロが普段何をしているかをもちろん知っているので、心の中で溜悪態をつく。

(·····いったい何が忙しいのでしょうね。日々剣の稽古に、馬術·····あとは次期王に取り入りたい愚かな貴族達の接待を受けて、あの義姉様をほったらかして愛妾達とやりたい放題·····たしかに忙しいでしょうけど、この国に役立つことは何もしていない·····本当に無価値·····)

 ラナーはバルブロの評点をゼロどころか、マイナス三億点くらいにしている。ここまでくると、もう取り返すのは不可能に近い。一念発起して人生を一からやり直すくらいの気概が必要になるが、自らそんな事を考える人間ではない。

 もし、バルブロが変わるとすれば、ありえないくらいのショックを与えるしかない。

 例えば·····そう、一度殺してくれと懇願するくらいに酷い目にあって実際に死んで生き返る·····と言うような有り得ない奇跡がおきれば·····。

 もちろん、現実にそんな事ができるわけはないので、ずっとバルブロはバルブロのままだろう。

 

 

「まあ、流石はお兄様。この国の為に頑張っていらっしゃるのですね!」

 もちろんこれは皮肉を込めているのだが、ラナーの表情や声はそれを感じさせない。完璧なる王女の対応にしか見えない。

 

「うむ。その通りだ。何せ俺様は次期国王だからな!」

 午前中に悟にボコボコにされたわりにバルブロは機嫌が良さそうだ。

(おかしい·····いつものお兄様とは違う·····いったい何を·····)

 ラナーはある意味バルブロが苦手だ。それは気に入らないという意味でもあるが、思考が読めないのだ。正確にはまったく読めないわけではないのだが、馬鹿を理解するのはかなり難しい。愚者は智者の想像を超える事をしでかす事がある。そういう意味ではザナックやレエブンといったまともな人間の方がラナーからすれば扱いやすい。

 

「早く公表されるとよいですね」

「ああ。まったくだ。父上ときたらいったいいつになったら俺様と決めるのだ。だいたいザナックなど俺様とは比較にならない貧弱者なのだぞ」

 顎髭を右手で撫でながら、下の弟を大声で嘲る。とても王の器には見えない。

(はぁ·····バルブロお兄様は、ザナックお兄様とは比較にならないくらいの愚か者ですけどね·····。バルブロお兄様が国を継いだら確実に王国は終わります·····うぷっ)

 心の中で盛大に溜め息をし、ラナーは眼前に立つ愚兄の賢さの欠片もない馬鹿面をみて吐き気すら感じていた。

 

「·····ところで、お兄様。本日はどのような?」

 気を取り直して、誰もが魅了される笑顔で尋ねる。

 

「うむ。ラナー、お前とそこの貴様·····ナザリック候の婚約をまだ祝ってなかったのでな。祝いに来たのだ」

 意外な事に、バルブロの顔にはナザリック候こと悟への憎悪の色は見られない。

(あのお兄様が·····公衆の面前で恥をかかされて、その張本人であるサトルに対して·····ありえませんわ)

 バルブロが寛大な心を持っていたなら、父王であるランポッサ三世はとっくに後継者として王太子に指名していただろう。

(いったいどういう·····)

 規格外の化け物じみた──超超超天才的な頭脳を持つ──ラナーをしてもわからないのがバルブロの思考だ。

 "たかが貴族の血を引く者ごときが、王族であるこの俺様に恥をかかせやがって! "と怒鳴り散らす方が似合っている。そんな愚物こそがバルブロなのだ。

 

「それはわざわざありがとうございます、バルブロお兄様」

「ありがとうございます、バルブロ王子」

 ラナーと悟は二人揃って──正確には悟が一拍遅れで──頭を下げた。

(こいつに頭を下げたくはないが·····)

 これは本音であり、本当に頭を下げたくはないが、致し方ない。そもそも悟は元々営業マンだ。下げたくない頭を下げる事には慣れている。慣れたくはないものなのだが。

 

「うむ。ナザリック候、ラナーを頼むぞ。それと祝いにこれをくれてやる」

 バルブロは、腰に下げていた煌びやかな装飾が施された派手な剣を鞘ごと自分の前に自慢げにかざす。

 鞘や鍔の部分にいくつもの宝石が賑やかな·····よく言えばあまり調和を感じる事はできないで悪く言えば持ち主の同じように下品な感じがするそんな剣だった。

「まあ、お兄様の大切にされていた剣を?」

「装飾が美しいですね」

 悟は当たり障りのない褒め言葉を口にするが·····。

(うーん、ただの飾りだな。ユグドラシル的には何ら価値がなさそうだな。鑑定はしてみるけど)

 内心はかなり冷めていた。収集癖のある悟だが、コレには心は動いていなかった。

 

「俺様が大事にしていたものだ。ありがたく受け取れよ、ナザリック候」

 言うが早いかいきなり鞘ごと悟へと放り投げた。それもアンダースローではなく、オーバースローでだ。

 

「!?」

 さらに悟へというよりは、悟のいる方へと適当にと言うべきだろうか。その速度は放り投げるというよりは全力投球に近い。まあ、球ではないので、全力投剣が正しいかもしれない。コースは悟の右側、ラナーとは反対側に大きく高くそれている。妹にぶつけるつもりはさすがにないようだ。

 

「あっ!」

 ラナーは瞬時に全てを悟った。彼女の天才的な頭脳が導きだすまでにかかった時間は、なんとその間わずか0.05秒にすぎない。

 では、そのプロセスを最初から説明しよう。

 

 剣に注目を集めておいてからの不意をついての投剣だったのだが、ラナーはその前からバルブロの目はがけっして笑っていない事に気づいていたし、投げる寸前、一瞬だが口元に醜い笑みが浮かんでいた。

 

(お兄様はやはりお兄様! 不意うちでサトルが祝いの品を受け損なうのを狙っていたのねっ!)

 正直せこい仕返しだが、王子からの祝いの品を落としたりしたら、不敬として糾弾できるだけの材料になる。武力で負けた仕返しを権力で。

(愚物の考えそうなことね。でも、上手くいくかしら? だってそこにいるのは私の魔法使い、サトルよ!)

 これを一瞬にして考える事が出来るのがラナーなのだ。

 

 一方のサトルは·····。

 

(セコッ! 〈時間停止(タイムストップ)〉)

 悟以外の全ての時が止まる。

「別に止めなくても構わないんだけどな。この程度なら簡単に受け止められるし·····しっかし、このバカ兄貴はクソだな·····。心臓握り潰してやろうか····。まあ、ちょっとおどかしてやるか」

 悟は、魔法をいくつか発動させる。時が戻った瞬間に発動するようにしかけたのだ。

 

 そして、時は再び流れ出す。

 

 バシイッ!

 

 良い音がして、悟が剣をキャッチすると同時に宙を蹴ってラナーの元へ戻る。飛行の魔法を無詠唱で発動しているのだが、バルブロにはわからない。

「なにっ!」

 バルブロが有り得ない動きに目を見開いた瞬間、突如眩しい閃光(フラッシュ)がその視界を埋め尽くす。

「眩しっ!」

 当然発動を知っていた悟は、その寸前にラナーの視界を遮っている。

「ラナー、耳を塞いで」

「はい」

 バルブロには聞こえない声で囁き、自身も耳を塞ぐ。

 

 

 ぱあぁぁぁん! 

 

「はぐうっ!」

 風船が破裂するような音がして、バルブロは情けない叫びをあげ、その大きな体を思わずビクゥっと震わせ、飛び上がってしまう。

「な、なんだっ!」

 視界を封じられていたバルブロは、ここで着地に失敗! 見事にバランスを崩して、後頭部から一人バックドロップ!! 

 地獄へ落ちそうなくらいの急角度で後頭部を床に強かに打ちつけてしまい、泡を吹いて意識を飛ばしてしまった。

 

「お兄様っ!」

 棒読みで、まったく心配の欠けらも感情も無いラナーの声が部屋中に響いた。

 

 

 

「〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉·····やはりガラクタか」

 その影で、こっそりと宝剣を鑑定した悟のガッカリした声を聞いたものは誰もいない。

 

 

 








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