恋の季節
ん……なんだ?
ドシリという感触とほぼ同時に起きた。
しかし身体が動かず、凄く熱い。
「はぁ……はぁ……」
凄く荒い息遣いが聞こえてくる。
見てみると、事もあろうにフィーロがフィロリアル・クイーンの姿であおむけで寝ている俺に圧し掛かっていた。
「おい! 何乗ってんだ! というか俺との決まり事を破るな!」
「はぁ……はぁ……ん……」
フィーロの目付きが怪しい。
なんだろう、肉食獣の目と言うか、戦闘中に魔物へ襲い掛かる時の目に似ている。
それでいて呼吸が荒い。
ゴクリと唾を飲み込むかのようにして、またも荒い呼吸で俺を凝視している。
……背筋に悪寒が走った。
とりあえず魔物紋の項目を呼び出してフィーロを指名し、罰則を発動!
バチッと魔物紋の項目に電撃が走った。
「な、なに!?」
魔物紋がまたも作動しなかっただと!?
一体何が起こっているんだ?
俺が寝ている間に何が起こった!?
「ごしゅじんさま……」
羽毛を膨らませながらフィーロは俺に圧し掛かった態勢のまま喋り出す。
「なんだ? 重い、どけ!」
「ごしゅじんさま…………食べたい」
フィーロが涎を垂らしながらそう、呟いた。
とうとう正体を現したな、この鳥!
事もあろうに飼い主である俺を食べたいとは、まさしく本性を現して俺に襲いかかろうとしていた訳だ。
「ふざけるな! どけ!」
盾を戦闘用のソウルイーターシールドに変えて思い切りフィーロを殴りつける。
だが、俺の攻撃に意味はなく、フィーロにダメージは入らない。
思い切り押してみるのだけど、フィーロの奴、どうやっているのか俺の押す力を逃がしている様でビクともしない。
「食べたい食べたい……」
「ぐ……」
この手は使いたくなかったが……。
「アトラ!」
「ん……? はい!」
俺の声で覚醒したアトラがベッドから這い出して来て状況を察する。
目が見えないが、俺の上にフィーロがいる位は理解できるだろう。
「な、何が起こっているのですか?」
「この鳥が正体を現して事もあろうに俺に襲いかかろうとしているんだ!」
「そ、そうだったのですか!?」
でも……と言いながらアトラは首を傾げる。
「敵意とかは無いですよ?」
「お前は食事をする時、飯に敵意を向けて食うのか?」
「いえ、そう言うのとも違うと思うのですが?」
「良いから早くフィーロを――」
俺が命令する前にフィーロが圧し掛かりを強めた。
「ぶわ――やめ」
「ごしゅじんさまー」
「!? ダメです。フィーロちゃん!」
アトラが駆けてきて、フィーロに突きを入れた。
魔力の流れを理解した俺には見える。
動き回るフィーロの急所を刺した。
「あいたー!」
フィーロが痛みに仰け反ってベッドから転落する。
よし!
俺はベッドから飛び起きてフィーロに向けて盾を構える。
「痛いー……アトラちゃん何するのー……?」
涙目のフィーロがアトラの突いた所を摩りながら振り返る。
「お前が俺に襲いかかったからだ」
「フィーロが? なんで?」
……なんかさっきと様子が違うな。
とりあえず魔物紋をもう一度呼び出してフィーロに罰則を掛けてみる。
「あいたー! いたいいたい、ごしゅじんさまやめてー!」
ドタバタと暴れ始めるフィーロ。
魔物紋が正常に作動している。
一体どうなっているんだ?
「どうしたのよー?」
サディナが騒ぎで目を覚まして起き上がってくる。
「ああ、この鳥が俺との約束を破って襲い掛かってきたんだ」
「そうなの?」
「フィーロわかんない! ごしゅじんさまやめてー! いたいー」
よし、まあこんな物だろ。
魔物紋の罰則を止める。
「うう……フィーロ覚えてない……」
「とりあえず、家の中で魔物の姿にならない約束だったよな」
「うん。あれ? なんでフィーロこの姿なの?」
「知るか」
「ねえ。襲い掛かるって、どんな事を言っていたのー?」
「俺に圧し掛かって、荒い呼吸をし、涎を垂らしながら俺を食べたいと連呼した」
「フィーロごしゅじんさまを食べないよー!」
「どうだか、どうせ本能では俺を美味そうだと思っているんだろ」
「ぶー!」
フィーロは人型になって抗議を繰り返す。
事実が物語っているんだよ。
「それってー……フィーロちゃんの恋の季節に入っちゃったんじゃないの?」
「は?」
「えー?」
サディナの言葉に俺は呆気に取られ、フィーロ自身が首を傾げていた。
「発情期ね」
あの後、すぐに嫌がるフィーロをラトの所へ連れて行った。
ああ、念の為の説得要員としてメルティも呼んだ。
暴れるフィーロをメルティで宥めつつラトはフィーロを診察して言った。
そうそう、あの後も一回、フィーロは魔物の姿になり、俺の方を猛禽類の目で見た後「食べたい」と呟いた。
「発情期ねー……」
面倒な事でというかフィーロは生後半年前後なのにもう発情期なのか。
まあ、野生動物の繁殖サイクルなんて短い物だよな。
そういえば最近、ぶるぶると小刻みに震えていたが、あれは前兆だったのか。
「で、どうしたら良いんだ? フィーロをそこの試験管に入れたら治るか?」
「やー!」
「機材を壊すような真似はやめてよね!」
ラトがうんざりしたようにツッコミを入れる。
「促進させる薬はあっても抑える薬となるとねー……鎮静効果のある薬を投与しても、フィロリアルの変異種じゃ焼け石に水でしょうし……」
薬棚を漁りながらラトは呟く。
ここはフィロリアルマニアのメルティにも聞いてみるか。
「メルティ、お前は何か知らないか?」
「恋の季節なら、やりたいようにさせるのが妥当かしらねー……押さえつけても我慢しきれるものじゃないでしょ?」
「それは俺が襲われる事になるのだが」
「んー?」
本人は発情時の事を覚えていないみたいなんだよなー。
しかもそんな事をしたら俺が嫌がるとは理解しているみたいだし、もはや別の人格だ。
「フィロリアルと人間の間に子供が出来たって神話は何個かあるわ」
「メルティ、それを俺に言っても何のフォローにもならないのはわかるな?」
それで良いのか?
大切なフィーロが大変な事になっているんだぞ。
「発情したなら別のフィロリアルを当てがえば良いだろ」
「やー!」
フィーロが抗議の声を上げた後、また猛禽類の目になって「食べたい」と言いだした。
「ごしゅじんさま……以外、いや……」
俺だけをターゲットに発情してるってどんだけだよ。
ああもう、ラフタリアがこれを知ったらどんな顔をするか。
アトラがフィーロを元に戻す為に突く。
「あいたー!」
「今のところは痛みで我に返るようだけど、本格的に発情期に入ったらどうなるかしらね」
「不吉な事を言うな……」
ラトが研究欲を出しながら資料作成をしようとペンと紙を取り出す。
「キュア!」
ガエリオンがそんな状況でやってきて俺の背に乗り、囁く。
大体隠す必要があるのか?
「ふむ……フィロリアルクイーンの発情か、我が抑えてやろうか?」
「出来るのか?」
「任せろ」
よし、さすがはドラゴンだ。
ガエリオンならなんとかしてくれるかもしれない。
性欲を司る存在みたいだしな。
「では次期フィロリアルの女王と二匹だけにさせろ。後は逃げられないようにするのだ」
何をするかは知らんが、魔法を唱えている間に逃げられないようにするつもりだな。
まあ、試すしかあるまい。
「フィーロ、ちょっと付いてこい。メルティや他の連中はそこでまっていろ」
「なーに?」
フィーロを連れ、ガエリオンを背中に乗せて俺は研究室から出て、別室にフィーロとガエリオンを押し込んで扉をロックした。
「くくく、ドラゴンとフィロリアルの架け橋としてやろう……」
「やー!」
「ぐぬ!? ええい! 大人しくしないか!」
ちょっと待てコラ!
魔法もクソも無くフィーロを物理的に発散させようとしていないか!?
「やー! フィーロは……ごしゅじんさまを食べたい……ドラゴンは……喰べる」
「ぬああああああ! だ、誰か助けてぇええええ! ムゥウ―――」
急いで扉を開けて中を見ると、ガエリオンがフィーロに頭から食われそうになっていた。
騒ぎを聞きつけてアトラにまたもフィーロを我に返させた。
性欲のままにフィーロを食おうとして頭から食われかけるって……やっぱ頼りにならない竜帝だな。
「ごしゅじんさま酷い!」
「知らんな」
「そんなにイヤなの?」
「当たり前だ!」
「キュアア……」
ガエリオンはフィーロに敗れたショックで子ガエリオンの中で寝込んでしまったらしい。
まったく、何が竜帝だ。フィーロにあっさり負けてんじゃねえか。
発情期のフィーロはどうも色々と制御が外れるらしいなぁ。
俺に圧し掛かってきた時、俺が押してもビクともしないから相当だろう。
どうしたものか。
……フッと元康の顔が浮かぶ。
あの変態なら喜んでフィーロとやりそうだ。
だが、俺は変態じゃない。
「メルちゃん。ごしゅじんさまったら酷いんだよ」
フィーロがメルティにチクってやがる。
知らんな。
「なんでそんなにフィーロちゃんを嫌うのよ!」
「嫌う? 嫌っていたら今頃フィーロはみんなの朝食に上っているだろうな」
「やー!」
「なんですって!?」
「もうさー……一回相手をしてあげたら良いじゃない。減るもんじゃないし」
「いやだ」
「伯爵もガンコねー……伝承が事実か興味あるのに」
「ドラゴンでも研究してろ」
フィロリアルも似たような生態があるならラトも嫌うだろ。
矛盾してんだよ。
「実際、どうしたものか」
このまま放置しているとアトラでも止められなくなるんだろ?
しかも、俺が相手しないと止まりそうもない。
だが、死んでも嫌だ。
フィーロ自身に我慢させると言う方法もあるが、実際は我慢とかそういう次元じゃないっぽいし。
「じゃあさ、フィロリアルの女王様にお願いするって言うのはどうかしら? 何か知恵を貸してくれるかもよ」