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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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盾の勇者の朝

 俺の朝は早い。

 奴隷共が起きるよりも早く起床する。

 もちろん、夜更かしとかをしなかった場合だ。

 夜遅くまで薬作りや雑務をしていたらその限りでは無い。


 昨日は錬を村に連れてきたからな。戦闘の疲れもあって早めに寝たのだ。

 隣のベッドを見るとサディナと一緒にアトラが寝ている。


「うう……サディナさん。ご無体です……」

「だーめー……」


 等と寝息を立てる二人。

 夢の中でも攻防を繰り広げているのだろうか。何処の漫画だ。


「キュア……キュア……」


 念のため赤ん坊モードのガエリオンが俺のベッドの中で待機している。アトラが入ってきたらフィーロの時と同じく追い出す様に命令してある。


 さて、と。

 俺はベッドから這い出て、部屋を後にする。

 適当に朝のストレッチをした後、忍び足で朝靄が立つさざ波の音が若干聞こえてくる村を進む。

 狙いは錬を泊めているキャンピングプラントの仮設住宅だ。


 ああ、ちなみにガエリオンのドラゴンサンクチュアリは既に設置済みだ。

 維持コストはどんな物だと聞くと、一度発動させてしまえば発動範囲から広範囲で転送妨害が出来る縄張りが完成するのだとか。

 ただ、この魔法を発動させた瞬間、フィロリアルが突然逃げ出したのは驚いた。


 相性最悪らしいからなぁ。

 特定の範囲までしか村に入ってこなくなってしまったので、フィロリアルだけ別の魔物舎を村はずれに作らせる事になった。現在は仮設だけど、どうした物か。

 今日辺りにでも城へ転送スキルを使って女王から指示を仰ごうと思っている。


 だがその前にする事がある。

 俺は錬が収容されている女騎士の宿泊場所でもあるキャンピングプラントの裏、錬を泊めた部屋がある壁に到着した。

 表の扉には錬が逃げない様に監視の騎士や村の奴隷が見張っていて、中にも数名付いているだろう。


「……緊急通路」


 ボソっと小声でキャンピングプラントに魔法言語を含めて言う。

 すると俺の言葉に連動して錬の部屋に扉が作られて開かれる。

 特定の魔力に反応して、どこにでも通路を作る事ができる。

 俺とラトしか知らない、秘密の機能だ。


「よし」


 錬が宿泊している部屋に侵入した俺は錬が逃げずに寝ている事を確認した。

 そうして、錬の耳元で囁く。


「お前は勇者の中で最弱、盗賊王、全ての原因はお前――」

「う、うう……」


 パアン!

 と、後ろから何枚か重ね合わせたバイオプラントの葉っぱで作られたハリセンのような物が俺の脳天にかまされる。

 痛くも痒くも無いな。

 振り返ると女騎士が怒りの形相で腕を組んでいた。


「何をしているんだ、イワタニ殿!」

「大声でしゃべるな、錬が起きるだろ」


 もっと悪夢を見させないといけないのだ。

 さて、耳元で……。


「霊亀に殺された人々の怨霊が――」

「やめないか!」

「というか何処から湧いて出た。ここは錬の部屋だろ?」

「それはこちらのセリフだ」

「ふん、キャンピングプラントは俺とラトで作った物だぞ。で、お前は?」


 逃げられると厄介だし、扉はロックさせているはずだ。

 なのに入ってこれるとはどう言う事だ?

 まさか、一緒に寝たのか?

 この二人の接点的にありえないだろう。意味がわからん。


「何かあってからでは遅いからな。クローゼットで就寝したのだ」

「お前、変な所で寝る癖があるな」


 青いネコ型のアレみたいだな。

 押し入れじゃないだけ違うのか?


「違う……はぁ。ラフタリアよ。私じゃイワタニ殿を止められん。早く帰ってきてくれ」


 愚痴りながら女騎士は俺を部屋から追い出す。


「ああ、錬に惚れたか」


 元康ほどじゃないけど美少年だもんなぁ。錬って。

 女騎士の実年齢は知らんが、若くはあると思う。俺と同じくらいか?


「ふざけるのも大概にしろ。私に色恋を楽しむ暇はない。宣言しても良い。私は、こんな男はタイプじゃない!」

「奇遇だな。俺もだ」

「イワタニ殿は嫌がらせを楽しむ趣味があるものな。ラフタリアから聞いて、酷く醜悪だと思った」

「ああ、その通りだ」

「はぁ……どうして結果は勇者その物なのに、本人はこうなのだ……」


 女騎士の溜息が重いな。

 何をそんなに悩んでいるんだ? 知ってはいるが。


 それにしてもラフタリアから俺の愚痴でも聞いているのか?

 まあ今まで悪事に染めた数なんて数え切れないからな。

 特にこの国の貴族は俺の餌食になった奴も多い。


 二束三文の宝石を高値で売り付けたり、スキルで強化されていただけで安物の薬を使って高値で治療したりな。

 その辺りを間近で見てきたラフタリアとしては、愚痴の一つ位出てもしょうがない。

 それをこんなクソ真面目が聞いたら、醜悪と称するのも頷ける。


「そう言えば地味にお前強いよな」

「元々、魔力の流れがわかる体質だったんだ。師範もお主は勝手に目覚めるから必要無いと散々言われた。それでも必死に懇願してコツを教えて貰った。免許皆伝とは言ってもそれは技の基礎だけだ。応用は自分で見つけないといけない」

「へー……」

「あの技も、完成したのは最近だが、その前から使えはした。確実性が無かったのだ」


 アトラに似た体質なのか?


 神気と魔力。

 魔力と似た力の流れだから、開眼に気づかない方法が無い訳じゃないだろう。

 それでも何処かで違いがあるのだろうとは思う。


 アトラは気という言葉を使い、女騎士は魔力の流れがわかると言った。

 現状俺がわかっているのは後者か?


 帰還後、村の連中から統計を取ったが、俺と錬以外そんなに目に見えた違いは無かった。

 リーシアが他の奴等より遥かに魔力の流れが小さい位だな。


 調べてわかった事と言えば、この魔力の流れは日常生活で当たり前の様に使っている事か。

 体内の血液や筋肉の動きを本人が知らなくても問題無く動ける様に、身体の中にある魔力の流れを知らなくても気付かず使っている……そんな状態だ。


「ラフタリアの剣技で切った相手を魔法の玉に変換させて相手にぶつける技があっただろ? あれは私の技を改良したモノだ」


 ああ、そうだったのか。

 陰陽剣とかラフタリアは言っていたな。

 変わった技だなとは思っていたけど、コイツが教えたのか。

 地味に天才か、コイツ。そして努力を忘れない。ステータスが低くてもどうにか出来そうだな。

 一応聞いてみるか。


「なあ、お前、本格的に強くなる為に奴隷にならないか?」

「魅力的ではあるが、立場上その話に乗る訳にはいかない」

「そうか……ところで、なんでお前みたいなクソ真面目な奴が俺が召喚された時に居なかったんだ?」

「先に謝罪しておこう。すまない。騎士団、引いては国の間違いを正す事のできなかった私の無力が原因だ」


 女騎士は一度深く謝ってから続ける。


「言い訳になってしまうが、イワタニ殿が召喚され、犯罪者として扱われていた頃……私は城の牢に投獄されていたのだ」

「はぁ? お前は犯罪者だったのか?」

「仮にそうであれば今現在騎士を続けてはいないな。一度は剥奪された地位ではあるが」


 まあ犯罪者が騎士になれる訳無いよな。

 しかしなんでまたこんな堅物が牢屋なんかに?

 いや、堅物だから牢屋に入れられていたのか。

 ま、この国はクズが多いからしょうがない。


「結果的に生まれた地も原因だが、私の取った行動も当時のこの国では犯罪となった」

「お前の生まれた地ってどこだ?」

「この領地だ」

「は?」

「私はこの地で領主をしていた者の娘だ。とは言っても長い事城へ騎士として働いていたし、この村の生き残りと接点はそんなに無かったから覚えられてはいなかったがな」

「ああ……なるほど」


 道理でラフタリアと普通に話をしていると思った。

 割と直に仲良くなったのはそんな理由があったのか。

 顔は良いから、どこぞの貴族だとは思っていたが、まさか同郷とは。


「父は最初の波で領民を逃がす為に最前線に身を置き……亡くなられた」

「そうか」

「その時に召される前の父にこう言われたのだ『清く正しく生きよ』とな」


 女王を初め、ラフタリアやサディナも言っていたが、良く出来た人物だったんだろうな。

 確か……ラフタリアの話では亜人を大切にしていた心優しい領主だったと聞いた。

 その娘か。

 その後を俺が継いだ訳だから伯爵の地位を持っていたと思われる。

 女王がオマケして地位を付けている可能性は否定できないが。


「そうして私達はこの地に留まった訳だが……冒険者、そして一部の騎士と兵士が亜人狩りを始めてな」

「ああ、その話か。この村の連中が巻き込まれた奴だな」

「うむ。私はその者達に反抗し、領民であるはずの亜人を庇った罪で投獄されたのだ」

「なんとも……」

「無論、奴隷の売買については制度である以上、思う所はあっても必要悪だとは思っている。だが、災害で困っている人々、何よりもその日まで守るべき国民であった者を騎士が襲うのはどうなのだ!? 父が亡くなられただけで、そんなにも世界は冷たくなるのか?」


 この国は本当に腐っているな。

 他にも女騎士と考えを同じにした人物は捕まったらしい。

 今隣町にいる奴の多くはその時捕まった連中だそうだ。


「結局私の罪が無罪だとされ、牢から出されたのが、女王が帰還し、イワタニ殿がカルミラ島に赴いた頃だ」

「良く処刑されなかったな」

「危なくはあったぞ」

「そうなのか?」

「ふふ。なんでも私は亜人、そして盾の悪魔に洗脳された、騎士には有るまじき裏切り者、だそうだぞ?」

「俺が召喚される前に牢屋にいた奴が洗脳されるとか……」


 俺を捕まえて処刑した後、女騎士を含め、亜人を弁護した奴等を全員皆殺しにするつもりだったのか?

 三勇教会は亜人を目の仇にしていたし、もしも俺達が負けていたらそうなっただろう。

 クズも亜人嫌いだし、まず間違いない。


「わかった。お前が今も昔も親の言い付け通り、堅物なのはわかったから、もう少し不真面目になれ」

「断る!」


 要するに牢屋にいたから、俺を弁護する事ができなかったと言いたいんだろう。

 まあこの女がもしもその場にいたら、クズやヴィッチに異議申し立てをして……捕まったな。

 どっちにしても牢屋行きとは……笑い者だ。

 まともな人間が損をする社会、本当腐っている。


 ま、さすがにその場にいなかった奴を悪いとは言わないさ。

 女騎士も基本的には味方なんだよな。

 昨日俺と戦う事になったのも結果的にとはいえ、先に手を出したのは俺の方だ。


「それで? ラフタリアから任されたとか言っていたが、何を任されたんだ?」

「……ああ」


 女騎士は明後日の方向を眺めた。

 そっちは何も無いぞ。


「要約すると、イワタニ殿が何か悪い事をしたら止める様に頼まれた。他にも色々と言われているがな」

「ラフタリアらしいな」


 ラフタリアは俺が勇者に有るまじき事をすると文句を言ってくるからな。

 その点、アトラはなんでも肯定して、引っ込みが付かなくなる事がある。

 自制できない俺が悪いんだろうが、ああいうタイプは相手をダメにする。

 なんというのか、自分のやっている事が全て正しいみたいに錯覚してしまう。

 そういう意味ではラフタリアの助言は正しかった訳だ。

 あの場にラフタリアが居たら、きっと女騎士と似た様な事を言ったはずだ。


「ま、今日は城へ行ってくる。お前はどうするんだ?」

「剣の勇者の処遇次第だ。それを聞くまでは何も……今は疲れてしまって手が付かないようだしな。監視を続けるだけだ」

「ガエリオンが結界を張ってくれてはいるが範囲外に逃げられたらたまったものではないから気を付けろよ」

「逃げる様子は無かった。逃げられたら全責任を負うつもりだ」


 そうそう、俺の村に到着した後、錬は一度意識を取り戻した。

 ただ、表情が暗く、罰を素直に受けるとは言って座って待っていたんだったな。

 意識を取り戻すのも随分と夜更けになってからだし。

 あんまり寝ていない様子でもあったから、直に眠ってしまったが。


「叩き起こして、事情を聴くか」

「やめろ。せめて今くらい静かに寝かせてやれ」

「……しょうがない。唸なされている奴を見るだけじゃつまらないからな」


 さすがに傷に塩を塗り過ぎたか。

 これ以上弄っていると女騎士はラフタリアにチクリそうだ。

 ま、もう手遅れな気もするがな。



 それから俺は魔物舎に顔を出し、魔物共に備え付けの餌箱から餌を配って軽く運動と称した遊びをする。

 フリスビーシールドとか、木の枝。ボールを投げて取りに行かせる遊びや、鬼ごっこのような追いかけっこだな。

 朝早くだがこの遊びに参加したい奴隷共も準備を終えて待っている。

 もちろん、行商に出ていない連中だけだけどさ。


 デューンは駐在型の魔物だから、毎回参加している。

 ルーモ種の奴隷共と仲が良い魔物だ。


「ワンワン! 盾の兄ちゃん! もっと!」


 キールが俺の投げた木の棒を銜えて戻ってきた。

 ……うん。コイツは完全に犬だ。文字通りの意味で。


 村に帰ってきて驚いた事、その1。

 それはキールの犬化だ。

 姿は完全に子犬。犬種はシベリアンハスキーっぽい。


「兄ちゃんおかえりー」


 と、キールの声でふんどしを着用した子犬が二足歩行で出迎えた時は、俺の目がおかしくなったと思った。


「お前……」

「へへ、すげーだろ? サディナ姉ちゃんに教わったんだぜ」


 自慢げに胸を張るキールなのだが……村の連中は微妙な顔をしている。

 凄いと言うか、愛玩動物化しているぞ。

 子犬という所で既に残念だな。


「キールちゃんは資質があったから教えてみたのよー」

「資質ね……」


 そういやサディナは変身してその姿を保っているみたいだったしなぁ。


「わぁ……キール君がかわいくなってますぅ」


 リーシアがキールを抱え上げて撫でまわす。


「わ、放せよリーシア姉ちゃん!」


 とは言ってもリーシアはキールを撫でるのをやめない。

 気持ちはわかる。

 一言で言えばワンコなキールは俺も撫でてみたいと思った。


「で? 村にはこんな感じで獣化できる亜人はいるのか? というか能力的にどうなんだ?」

「種族に寄るけど、基本的には能力アップするわよー。私みたいに」

「へー……」

「資質は極稀にしかいないからこの村じゃ殆どいないわ」

「そうか、ラフタリアは?」

「ラフタリアちゃんは違うわねー」


 ラフタリアが獣化とかするようにならなくて良かった。

 なんか信楽焼を想像してしまうな。

 俺の頭の中のラフタリアが不機嫌になる。

 実際にその場にいたら、きっと同じ反応をしただろう。


「兄ちゃん、何か変な事を考えていないか?」


 キールが不思議そうに尋ねてくる。知らんな。


「まあ、そんなに素敵なのですか?」

「はい。キール君が可愛いですぅ」


 アトラが首を傾げて聞いている。

 気はわかっても、姿は判別できないから当たり前か。


「可愛い言うな! カッコいいだろ?」

「その見た目じゃ可愛い方だな」


 と、俺がポツリと言うとキールがなんかガックリと頭を垂れる。


「そんな……せっかくカッコよくなったと思ったのに……」

「普段の方がまだマシだったな」


 女顔だからやはり可愛いというカテゴリーに入ってしまうが。

 そんな様子をサディナがケタケタと笑い。

 爆弾発言を投下した。


「ちなみにフォウルちゃんも資質を持ってるわよ」

「なん、ですって……」


 アトラが絶句するように答える。

 なんだ? 何がアトラの琴線に触れたんだ?


「お兄様、尚文様からニックネームを授かっていて、それでいて可愛らしさまで会得して、尚文様の心を掴むお積りなのですね。羨ましいです妬ましいです」


 ……ダメだこりゃ。

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