閃光
「お前がやらないのなら俺が――」
「いえ、私が致しましょう。恨みはありませんが」
そう言ってアトラが前に出た。
ほう、アトラの評価をあげねばならんな。
「いい加減にしないか!」
「邪魔だ! どけ! シールドプリズン!」
女騎士が五月蠅いからな、これで黙るだろう。
「ふん!」
バキンと音を立ててアッサリと女騎士に出したプリズンが破壊された。
おい。錬ですら破壊に数秒かかるこの檻を一撃って、変幻無双流ってどれだけのスペックを秘めてんだ。
「イワタニ殿がそのつもりなら私にも考えがある」
女騎士が剣を抜いて俺に向かって構えた。
「……俺を相手にしていると言う事が、どう言う意味か分かっているんだろうな?」
「ああ、イワタニ殿、素直にここは武器を引いて貰えないか? 私もなるべく相手にしたくないのでな」
「勝てる見込みでもあると?」
「無かったらしない。それに私に逃げる道はない」
まったく、身の程知らずな奴だ。
今までの戦いで女騎士の強さは見ている。
見た感じ、ラフタリアやリーシアよりもはるかにステータスも戦闘能力も低い。
それでも俺と戦いたいとか愚かにも程がある。
「前に話したではないか。剣の勇者を捕まえたら、私が直々に教育を施したい次元だとな」
「知った事か」
「……良いだろう。本気で相手になってやろうじゃないか」
「ふぇえ!? ナオフミさん。ここは武器を引いてください!」
オロオロしていたリーシアが俺に向かって言う。
「お前まで何を言うんだ」
「この方は僅か数日で変幻無双流の師範から剣のみ免許皆伝を貰った人なのですよ!? 独学で頑張っているナオフミさんじゃとても厳しい相手ですぅ」
「知るか!」
俺はリーシアを突き飛ばして女騎士と対峙する。
ふん、コイツがどんな攻撃をしようとも、スキルの射程圏内に入るか、アトラが錬に接敵すればそれで詰みだ。
「では、二対一でお相手をする」
女騎士は細身の剣を俺の前に突きだしている。見た感じそんなに良い武器に見えない。
それでも俺に立ちはだかるか。
騎士道とは面倒なモノだな。現実の騎士道などもっとプライドとエゴに満ちたモノだと覚えているがな。
「行け、アトラ!」
「はい!」
目が見えないと言うのにスタタタと軽快にアトラが女騎士に向かって駆け出す。
俺もそれに追随する。
「行きます! しばらく眠っていてください」
「ふむ……さすがはハクコ、すばやいな。だが、変幻無双流剣技……フォークロス!」
「きゃ!?」
アトラの必殺の突き攻撃を往なして、女騎士は切りつける。
十字の刻みが二重に重なって見える、魔法の剣技だ。
Xと+が同時に付いたような軌跡がアトラに付けられたように見える。
「むしろこちらが言おう。しばらく、眠っていてくれ。安心しろ、そこまで強い傷は負わない」
「そんな……尚文様、もうしわけ、ございません……」
アトラは吹き飛ばされて、失神したように動かなくなる。
これは、何か追加効果があると見て良いな。
そもそもアトラと女騎士では下地というか、Lvや経験に差があり過ぎたな。
「それが変幻無双流で言う所の神気か?」
「ああ、しばらく眠って貰った」
剣先を振るい。女騎士は立ちはだかる。
く……こんな所で邪魔が入るとはな。
「次はイワタニ殿だ」
「お前、俺にダメージを負わせられると思っているのか?」
「思っているとも、むしろイワタニ殿にぴったりの技がある」
あのババァが俺に放った技だな。
だが、その対策は既に習得済みだ。
「やれるものならやってみろ!」
「では行かせて貰う! 少々痛いだろうがイワタニ殿に話を聞いて貰わねばならん」
女騎士が俺の懐に向かって来る。
早い! が、避けきれない速度では無い。
俺は女騎士の初撃をかわして距離を取る。
「さすがだな。この突きをかわすのは相当の実力が必要だ」
「ぬかせ」
「では次に行かせてもらおう」
剣の先に手を当て、突きの態勢で女騎士は俺に向かって駆ける。
「変幻無双流剣技! 多層崩撃!」
女騎士の放った剣先が幾重にも増えたかのような攻撃が来る。
さすがに避けるのは難しいな。受け流そう。
突きの一つ一つを弾いて逸らす――。
ぐ……。
「基本の型で、イワタニ殿に効果の高い点を折りまぜている。忘れてはいけないぞ」
弾いたその場から体の中に気の流れとやら奴が入ってきて俺の内部へ攻撃する。
おのれ……アトラと訓練したお陰で受け流す術が無い訳じゃないが、手数の多さで流しきれない。
意外に強いじゃないか。
しかもこの攻撃を避ける為に意図的に防御の緩い個所なんて作ったら、そこを剣で突かれかねない。
やがて女騎士の連撃が終わる。
長い攻撃だった。そして鋭い。
確かに有能な奴だとは思っていたがここまでやるとは。
やはりアトラと軽く組み手をした程度じゃ、実戦レベルでは厳しいか?
逃がす事は出来ても速度が追い付いていない。
よし、残り時間は少ないがラースシールドに変えよう。
あれならダークカースバーニングSの力で攻撃した時点で炎が発生する。
俺の燃え上がる復讐の念なら、威力も上がるはずだ。
そう、変えようとした直後、女騎士が口を開いた。
「そもそもだ。イワタニ殿は剣の勇者にどれだけの恨みがあるのだ?」
「恨み? そりゃあ幾らでも出てくる!」
まずはヴィッチに騙された時に庇わなかった事だろ。
ラフタリアが奪われそうになった時に見てただけだったろ?
背後からいきなり必殺スキルを放たれた事だろ。
元康を初め、錬も事ある毎にウザイ事を言いながら転移スキルで逃げたし。
後は、後は……。
……あれ?
思いの他少ない。
うん。そうだ。良く考えると錬への恨みはそんなに無い。
これは一体どういう事だ?
メルティの暗殺疑惑の時は怪しんでいて俺を助けようとした。
その提案に問題があったから俺自ら交渉を決裂させて逃げ、咄嗟に攻撃されたに過ぎない。
ガエリオン関連の問題は錬の落ち度だけど、俺自身が勝手に首を突っ込んだだけで実際の所、関係性は少ない。
ヴィッチに騙された件についての風聞は傷に塩塗ってやり返したし……傍観していただけなので直接的に関係は薄い。
むしろ決闘に不正があった事に文句を言いに来ていた位だ。
背後からの必殺スキルはさっきのでやり返したし……コイツが不幸になっているのは存分に楽しんだな。
ヴィッチに甘い言葉を囁かれて、誘惑に乗ったのが罪と言えば罪か。
後はヴィッチの居場所を吐かせて殺すだけだって状態だ。
そう考えると殺す程では無いのか?
つまり、俺の中で勇者共への恨みが先走っているという事か?
なるほど、俺もラースシールドに浸食されてきている。癪だが少し考え直さねばならん。
錬の言動がおかしい様に、俺の方も憤怒に釣られているな。
良く考えれば今までの様にラフタリアが傍にいないし、ラースドラゴンの時みたいに怒りを吸われていた訳じゃない。
一応はガエリオンが抑えていた訳だが、ラフタリアやフィーロと比べれば一緒に居た期間が短過ぎる。
霊亀の問題での首謀者……とは言うが、実際の所だと霊亀はいつか復活するはずだったんだよな。
外交でどうにか出来ないのかと言うのも、コイツの理屈じゃ不可能だったらしいし。
勇者の権限も、霊亀に洗脳された国の首脳陣に効果が無いと見て良いのだろう。メルロマルクが良い事例だ。
所詮勇者は宗教や国家間での外交手段の駒という側面がある。
下手に逃げられたり死なれたりすると戦争の引き金になると女王や他の国の重鎮も言っていた。
だから俺はメルロマルクで生き延びる事が出来た訳だし。
逃げ出す手段がもう無いのなら……これも一つの方法か。
「考え直して貰えないか? 出来ればイワタニ殿は歴史に名を残す立派な勇者として行動して貰いたいのだ。ラフタリアの為にも」
痛い所を突く女だ。
しかし、この女、俺が不幸な時には何もしなかったんだよな。
……そう言えば、女王が来るまで見た覚えが無い。
近衛でもしていたのか?
まあ、考えてみれば俺の恨みの根底にあるのはクズとヴィッチと元康なんだ。
その元康も、不幸になり、出来れば会いたくない程、精神に支障を起こした。
残るのはクズとヴィッチだけで……錬を殺すほどの恨みは俺自身には無い。
「これはこの世界の終末の予言に関わってくるのだがな。波の襲来時、勇者の殺害は終末を助長すると言う説があるのだ。だから安易に手を出せない」
ガエリオンも同じことを言っていた。
助長の意味がわからないが、元々波がなんなのかと言う問題が残っている。
正直、霊亀に関しては勇者共が勝手に自爆しただけだしな。
俺自身に霊亀関連で錬に怨みがあるかと言われれば特には無い。
そりゃあ相当な規模で被害が出たとは聞いたが、別に誰が死のうが俺には関係が無い。
口には出せないが、正直言って俺はこの世界の連中が嫌いだし。
もちろん例外はいるが、悪魔だの罵ってきた奴を好きになれって方が無理があるだろう。
それこそ大義名分を見つけたから、殺せ殺せ、と騒ぐ様な物だ。
これでは俺の嫌いな、この世界の連中と変わらないぞ。
霊亀の問題で三勇者を裁くのはこの世界の住人であって、俺じゃないし……なんていうか、アレだ。
外国で戦争があって、数百人の死傷者が出ました、みたいな……対岸の火事というか、他人事というか。
もちろん霊亀と戦った手前、関わってはいるんだが、代弁する程の怒りは無いな。
むしろ、霊亀の一件で俺の立場は大きく改善されたと言ってもいい。
感謝などするつもりは到底無いが、錬個人で言えば恨みはそんなに無いな。
錬が見て見ぬ振りをしたというのも、それはこの世界の連中全てに当てはまるし。
その錬に関しても、ここまでボコボコにしたのだから先制攻撃の溜飲は下がりつつある。
だが、感情が許さないのだ。
裸同然で有りもしない罪をでっち上げられて犯罪者扱いされた挙句、弱いだの雑魚だの、最低だのクズだの罵られて、一人で見ず知らずの異世界に放り出された俺の気持ちなど、誰にもわかるはずがない。
いや、理解されてたまるか。
コイツに食べ物の味が判らなくなる程の怒りがわかるはずがない。
偉そうに正論を並べ立てるこの女だって、俺が本当に困っている時には何もしなかったじゃないか。
その癖後から出てきて善人気取り……一体何様だ。
貴様に説教する権利なんて無い。あってたまるか。
それは女王だって変わらない。
本当に困っている時に、全てをかなぐり捨てて俺の味方になってくれたのは、ラフタリア唯一人だけだ。
あの時いなかった偽善者が何をほざいてやがる。
だが、勇者の不幸を笑う俺に怒るラフタリアが、勇者殺害に俺が加担したと知ったらどう思うだろうか?
なんだろう……凄く、イヤな予感がしてきた。
というか、殺せ殺せと連呼した手前、引っ込みが付かなくなってきている。
冷静に考えると下手に勇者殺しで俺の名声に傷を付けるより、何かしろ利用した方が良いんだよな。
無論、犯罪者を見逃したと罰せられるかもしれないから、取り合えず捕まえるという形が最善か。
処刑するにしても、正規の手順を踏まないと俺の正当性が損なわれる。
よし、ここは女騎士の顔を立てて話合いで折れたフリをしつつ、俺が有利になる交換条件を――
「ウ……ウォオオオ」
声の方に目を向けると、錬が今まさに起き上がる瞬間だった。
「オレは……負けない。オレ、は最強で、その、強さを、得るために、全てを、手ニ入レ、喰ラ、ウ!」
錬の所持する剣……禍々しかった片手剣が大きく、どす黒い大剣に変化する。
「な、なんだ!?」
しかも、黒いオーラが先ほどよりも強く噴出している。
「ふぇえ!?」
「な、何よ!?」
バッとガエリオンが俺の肩に捕まって耳元で囁く。
「やばいぞ。先ほどよりも強い力を感じる。おそらく我では太刀打ちできん」
「くそ! 悠長に話なんてしているからこういう事態になるんだ!」
撤退を考えるか?
「リーシア! 谷子! アトラを起こせ!」
「……イワタニ殿」
「なんだ!?」
「この責任は私が取ろう。その代わり、あそこに居る剣の勇者を私が一人で仕留めた場合、私に剣の勇者の処遇を任せてくれないか?」
「こんな事態にさせてまでまだ言うのか!?」
「ああ、私は自分の道を曲げる訳にはいかないのでな。それでも抑えきれないのなら人員を集めて勇者の殺害を行えば良い。ああなってしまったら、女王も決断するだろう」
「お前一人でアレに勝てると思っているのか?」
「わからん! だが、一度決めた事を簡単に曲げる剣は持っていない!」
女騎士がやられた所で俺達が直々に錬を仕留めれば良い。
仲間がやられれば、ラフタリアも妥協してくれるはずだ。
見殺しでは無い。
女騎士は頑固なのを知っているはず。ラフタリアも理解すると思う。
それに、どうせ話合いで解決するつもりだった訳だし、丁度良い。
本格的にやばそうだったら、恩を売って借りを作っておけば良いだろう。
機会を窺うとするか。
「……そうだな」
「それは肯定と言う事で良いのだな?」
「ああ、お前が一人で錬を仕留められればな」
「言質は取ったぞ」
「俺は約束は守る。良くも悪くもな。危なくなったら手を貸してやろう」
「わかった。それでいい」
騙された分、約束の反故は嫌いだ。
まあ、約束していない分には幾らでも騙してやろうとは思うけどな。
さて、じゃあ女騎士の戦いとやらを見させて貰おうじゃないか。
「死ぬなよ」
「は? あ、ああー……ん!? イワタニ殿、まさか……!」
「知らんな」
女騎士が凄い呆れ顔になっている。
ハメられたとでも思っているんだろうが、途中からは誤魔化しに過ぎない。
ま、これで頭を使っていると勘違いされただろうな。
実際は使っていないが。
「まったく! では、名を名乗ろうではないか、剣の勇者よ。私の名前はエクレール=セーアエット! お前の甘ったれた根性を正すため、女王から受け賜った我が剣を振るおう!」
そんな名前だったのか。
もったいぶって名乗らなかった意味が理解できないな。
名乗らなかったから変な名前で呼ぶだけだ。
ラフタリアは知っているのかな? ラフタリアから聞いて俺が知っていると思っていたのだろう。
まあ良い。
ともあれ、女騎士と呪いに侵食された錬の戦いが始まる。