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悪役令嬢は引き籠りたい~転生したら修羅場が多い~ 作者:フロクor藤森フクロウ
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悪意の襲撃3

 ちょっと安心のターン。

 相変わらず心の騒がしいアルベル。


 謁見の間では戦いが繰り広げられている。

距離を取りながら、戦えない貴族や使用人たちに動く盾を模した結界でガードする。

 一人一人囲っていたらきりがないし、身動きを取れなくさせてしまうのはあまりに危険。

 あの魔物化したカインを結界で囲いたいけれど、ぐちゃぐちゃとした半液状の不定形と化したあの姿を捕らえるのは難しい。大きく場所を捕らえれば大なり小なり巻きこむし、かといって小さくすれば強制的に分断されそう。周りの人ごとやりそうなので、余程の状況でなければ決心はつかない。そして、あの魔物はかなり素早いのだ。

 むむむ、と唸っていると「ご無理はなさらぬように」とご機嫌斜めのジュリアス。

 お父様とミカエリスは身体強化系の魔法を使っているのか動きが恐ろしく早い。

 実践慣れなど程遠い引き籠りの動体視力ではしょっちゅう見失う。

 謁見の間の出入り口では醜い人間の争いが繰り広げられており、全く収まる気配がない。

 せめてお顔色の悪いラウゼス陛下と二人の妃殿下、レオルド殿下を先にお出しして差し上げられないのかしら。

 きっとお父様たちも、周囲にこんなにお邪魔虫たちがいなかったら討伐も楽だったでしょうに。

 その懸念材料筆頭お邪魔虫がきっとわたくし。

 お父様、わたくし以外が死んだのなら「運が悪かったね」でガンスルーしそうですが、わたくしに掠り傷でもついたら激しくお嘆きになることでしょう。

 そして、多勢に無勢に攻撃されているはずの魔物。相当な四面楚歌。それなのに時々わたくしのほうに、魔物の攻撃が飛んでくる。

 執念深く、ただ私だけを狙ってきている。

 ジュリアスがいるので避けられるが、自前の足で逃げようとしていれば何度も吹っ飛ばされていただろう。結界魔法が間に合うか微妙である。

 しかも、今は二種類の結界魔法を同時に使っている。離宮のも入れたら三種類?

 天井の崩落を支える結界、戦闘余波を防ぐためや補助の結界、無意識に張った巨大な結界。

 正直、魔法の才能はある方だとは思っていたけれど結構きつい。

 しかも、最後も一つは意識的にコントロールできているものではない。

 魔法の制御に神経をフル稼働している為、時折頭蓋骨をアイスピックでコツコツと突かれているような痛みがする。それが、徐々に大きくなってきている気がする。


「お嬢様、結界を解除してください。お顔色が……っ」


「でも、今止めたら戦況に支障をきたすかもしれないわ」


「アルベル様!」


 叱責するように厳しいジュリアスの声。その顔は、怒りではなく悲愴さが滲んでいる。

 だけれど、ふらつく頭を強引に振って拒絶する。


「ダメよ、今はまだだめ! お父様もキシュタリアもミカエリスも戦っているわ!

 カインは瓦礫が落ちても平気かもしれないけれど、お父様たちは身体強化していたとしても無事じゃすまないかもしれない!」


「公爵様たちだって自分の身くらい自分で何とかします!

 魔術や魔法からくる疲労は単純な身体的なモノだけでなく、神経や精神的な負荷も激しいんです! 結界を解きなさい!」


「いや!」


「下手すれば脳から壊れる! やめろ! 眼が赤い! 充血している! 血涙が出る寸前だ! 既に相当な負荷が来ているはずだ! 廃人になりたいのか!?」


「いやです! 解かないわ!」


 ふと、結界から伝わってくるイメージでさらに酷い崩落の予兆を感じだ。

 俄かに血の気が引き、体が強張るのを感じた。先ほど、うっすらと感じたと感じていた頭痛は既にコツコツレベルじゃなくてガンガン打ち付けてくる痛みだった、

 ジュリアスの言う通りだ。

 酷い頭痛がするし、目の奥が熱い。今の私はきっと酷い顔をしている。

 衝撃に備えるように魔力を練り、同時にギュッと目を瞑った。

 その時、顎を強引に掴まれて顔を上に向かされた。


「俺を見ろ!」


「……っ!」


 その切迫した声に、思わず目を開く。いつになく焦燥に染まったジュリアスの顔。眼鏡が消え、隔てるものもないためより一層鮮明になった紫電の双眸。その強い眼差しに射貫かれて息を飲む。

 血涙のせいか、視界がほんのり赤く濁る。疲労と痛みにからめとられそうになる意識。鋭く、どこかねっとりとした何かが意識に纏わりつく。

 怖い怖い、本当は怖い――これ以上魔法を使えば、私は本当に死んでしまうかもしれない。そうじゃなくても廃人になってしまうかもしれない。

 背中に嫌な汗をかきながら、ぞわぞわと自分の中から欠落していくような感覚から目を背ける。

 でも、私にできるのはこれしかない。これしかないのだから、お父様たちのお役に立てるなら、これくらいしなきゃ。お父様たちは文字通り、命がけで戦っている。

 そのとき、凄まじい轟音とともに天井どころか、壁ごと崩落が始まった。

 ジュリアスはそれこそ身を呈して私を庇おうとする。男性にしては細身でも、私よりずっと逞しく身幅もある。

細かい瓦礫や砂ぼこり交じりの爆風はしばらく続いた。






 何が起こったのだろう。

 頭痛でもうろうとする中、ジュリアスの胸に顔を押し付けられるようにして倒れていた。

 ややあってジュリアスは身じろぎし、漸く視界が明るくなった。

 眼鏡がなくなった顔はやはり見慣れないが、少し心配そうに私を見下ろすと怪我がないことを確認し始める。

 すっかり先ほどの衝撃で硬直している私に優しく微笑みかけ、そっと乱れた髪を梳く。ジュリアスの方がよほど乱れているというのに。


「お怪我はありませんね?」

「え、ええ……」


「………王宮のこういった場は暗殺対策に、強力な魔法妨害陣が隠されていることが珍しくありません。

 使用者に跳ね返るようなものだってある………前もって教えていればよかった。ああ、酷い顔色だ。だからやめなさいと言ったでしょう」


 ジュリアスの強い制止には、そういう意味もあったのか。

 いつもは怜悧で隙が無い顔立ちが、酷く歪んでいる。揺れる紫水晶のような瞳が、感情に揺れ動いている。とても心配させてしまったのだと自覚する。

 今更にぶり返す痛み。今にも飛んでしまいそうな意識に、ふらふらしながら頷く。


「ごめんなさい……でも、お父様やキシュタリアたちは普通に魔法を使っていましたが」


「ダンジョンの深窓部や本当の戦争ではその手の妨害は珍しくありませんから。

 その手のものをいなすにはコツがあるんですよ。戦闘ど素人のお嬢様なんてモロに喰らいます。

 はあ……妙なところで強情っぱりなのは相変わらずなようで」


 音も無くスペア眼鏡を取り出し、掛け直すジュリアス。良く見ればこめかみに血が伝っている。

 ティッシュ、いえハンカチは。

すっかり汚れたジュリアス。その手足には擦過傷が見受けられる。背中には打撲や痣もあるだろう。

 ふと、わたくしの腕の裾から見えるフリル。絹素材だ。多分。袖口は汚れているけれど、中は綺麗なはず。グイッと引っ張ったけれど、全然破けない。

 ……所詮わたくしの腕力はその程度。

 ダメもとでハンカチを探しましたが、謁見の間の衣装は準式典使用。ハンカチや扇子、帽子なども使用人が控えて持つ。つまり、手持ちにはない。

 女子力がない令嬢で申し訳ない。傷口に触れないように、ジュリアスのこめかみを裾で拭く。


「……お嬢様、使用人ごときの血でご自身の御衣裳を汚されるのは如何なものかと」


 ぺいっと腕ごと払われた。というか、ゆっくり降ろされた。

 背中とかの傷を治そうと魔力を集めようとすると、掴んでいた手の力が強くなった。


「魔法禁止」


「……ですが、怪我をしています。痛いでしょう?」


 これはすべてわたくしを庇ってできたもの。ジュリアス一人だけなら、もっとうまく立ち回れた。腕に強情に抵抗する箱入りお馬鹿のヒキニートがいたからこんなにボロボロなのだ。足手まといもいいところだ。きゅ、と唇を噛むと「噛まない」と酷く優しくたしなめられた。ジュリアスは普段、ちょっと意地悪なのにこういう時に優しいから困る。

 そのとき、近くでがしゃりと瓦礫が動いた。

 びくりとしたまま恐々視線をやる。私に伸びた手に、体の硬直は止まった。


「お父様!」


 だが、それがお父様だと分かると頭痛も疲労感も恐怖も一気に吹き飛んだ。自分からのその手に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。

 流石にお父様もあの爆風を食らったのか、満身創痍です。御髪もぐしゃぐしゃで、マントもボロボロ。でも無事です! できることなら跳ねまわって踊りたいくらいですわ! ですが……現実はガクガクと生まれたてのバンビちゃんのわたくしの足! 余りにも急展開の連続で押し寄せた感情と心と体がパニック状態。

 うわああん! お父様、御無事です! 嬉しい……良かった。

 ボロボロと涙を流し、ふえふえと泣き出し始めた私の頬を撫でるお父様。青い宝石のような瞳を優しく細めた。


「無事でよかった。無理に魔法を使い続けていただろう?」


「だって、天井が落ちたら危ないですわ」


「いいんだよ、アルベル。お前は一番に自分を優先しなさい。

 崩落で死んだ奴が居たら、それは自分で守れない愚か者たちの自業自得だ。

 お前が羽虫の命のために、苦しむ必要はないんだ。

 私のアルベル。お前は自分のために生きなさい。

 好きに選び、好きに遊び、好きに壊せばいい。

 勝手に壊れるものなんて放置してしまえばいい。

 昔から言っているだろう? お前は特別なんだ。選ばれた存在なのだから」


 ね、と柔らかく目を細めて首を傾げるお父様はとってもチャーミング。

 歌うように諭すお父様。優しく蕩けるような甘い声音で説き伏せる。そのお声は耳に馴染んでうっとりとしてしまいそう。

 ですがなぜかジュリアスは顔色悪く顔を伏せた。そして、いつの間にかしっかりと距離をとって従僕ポジションへ。

 それにしてもお父様、そのフレーズ本当にお好きね。


「ふふ、お父様。昔からそればっかり。私、お父様がいれば幸せですのに。

 王位継承権も、王国もいらないの。ラティッチェでの、今までの生活で十分満ち足りていますわ。この時間が続くなら、恋人も夫もいりませんわ」


「そうかい? お前は本当に欲がないね。欲しいといえば、いつでも用意してやっても良かったんだが」


「わたくしに政ができませんわ。それに、お父様に余計な労力を強いたくありませんの。

 ……お父様とお母様に頂いた、血筋と家柄だけの娘です。ご迷惑をおかけしたくありませんわ。

 貴族序列一位のラティッチェ公爵家はあまりに大きいですわ。

 王家になり替わりたいなんて思いません。

 ……その、王家の瞳が必要とあらば嫁ぎます。それで、お父様が政をするのに少しでもお力になるならば嬉しいですわ」


「そんなことは必要ない。可愛いアルベルを無能に嬲らせるくらいなら、この国を捨てる」


 お父様すぐさま、わたくしの渾身の覚悟を全否定。

 結構、わたくし覚悟を決めていったのですが。そうですか……喜ぶどころか、ちょっとご機嫌斜めになってしまったような?


「アルベルにそんな心配させてしまうなんて、私もまだまだ未熟だね」


 そういってわたくしの頭を撫でるお父様。はぅ……テクニシャン。

 ジュリアスやキシュタリアもなかなかテクニカルなでなでの持ち主ですが、お父様もかなりの腕前。安心でふやけて溶けてしまいますわ。

 なんか周りが顔色悪くなったけれど、お父様が嫌ならば結婚しませんわ。王家も元老会もロイヤルカラーベビーは諦めてくださいまし。

 わたくし、お父様の望みと心中する覚悟はできております。

 ……おうちが居心地よすぎて、嫁ぐ気がないともいえますわ。引き籠り万歳ですわ。

 どーせ、前代と前々代の王様たちはあまたの妃と愛妾を抱えて管理しきれないほど子種をそこら中にばら蒔いていたとお聞きします。一つくらい市井に芽吹いていますわ。ええ、きっと。頑張って捜索してくださいまし。

 あ、お父様の頬に傷が。

 手を伸ばして治療をしようとしたら「ダメだよ」と却下されてしまった。

 そして懐から小瓶を取り出すと私に渡した。ちゃぷちゃぷと中で液体が揺れている。


「これはなんでしょうか?」


「魔力回復用のポーションだ。飲みなさい。ああ、こんなに目を赤くして。熱は出ていないかい?

 ……ジュリアス、貴様は何をしていた」


「返すお言葉もありません」


「わたくしが、ジュリアスの諫めを聞かなかったのです。わたくしの我儘ですわ」


「私はこれならば、そうなる前に止められると知っているからアルベルを預けたんだよ。

 全く、本当に役に立たない」


「その通りでございます。すべては私の不徳の限りです」


 でも、ジュリアス滅茶苦茶私を止めていましたわ……

 怒鳴って顔面掴んでまで止めようとしてくれていたのです。

 それをイヤイヤと駄々っ子していたのはわたくしですわ。

 いつもソツなくスキなく余裕を持っているジュリアスが、あのように逼迫した表情で必死に止めてきたのです。

 お父様のお仕置きはきつそうですわ。やめてあげてくださいまし。

 懇願するようにお父様を見つめると、ややあって折れてくださったのはお父様であった。


「……アルベル、こんなゴミムシを何故庇うのかな?」


 ごみむし………?

 しばらくその言葉を反芻するが、ややあってそれがジュリアスを示しているという結論に達した。

 このイケメンエリート従僕をゴミムシ……?

 ジュリアスはラティッチェ公爵家でも稼ぎ頭と言える商会、ローズブランドを取り仕切っておりますのよ? 一代にして爵位、しかも子爵となった超有能ですのよ?

 それだけではなく、護衛としても腕が立つ。その辺の騎士なんかよりきっと強いでしょう。あの魔物からの猛攻をわたくしを抱き上げながら避けていた。周囲が魔物を妨害していたとしても、相当のポテンシャルの持ち主なのは間違いない。

 ついでに美形ですわ。知的な美男子です。今は乱れていますが、いつもは隙なく整えられた漆黒の髪。レンズの奥の深い紫の瞳は上質のアメジストのようです。顔立ちもすっきりとした少し冷淡さを感じるほどの端正な顔立ち。美白など気にしていないはずなのですが、白皙の美貌。聡明そうな柳眉に、涼しげで切れ長の目元は、通った鼻梁、歪みのない口元。冷静沈着でいつも優美にきびきび動くので、使用人でありながら気品すら感じる。

 わたくしの我儘にもいつもソツなく対応。要介護幼女令嬢のお守りを長年してくれるスーパー従僕。

 じゃあわたくしは何なのでしょうか?

 ミジンコですか? ミドリムシとかボルボックスですか?

 家に引き籠って貴族として役割を一切成さずに、怠惰を貪っていますが?

 お父様やお母様、弟の愛情に胡坐をかいているこのヒキニートの存在価値って?

 今回の熊公爵に誘拐されたのだって、ピーピー泣いているくらいしかできなかったわたくしの価値とは……?

 お顔が宇宙を感じた猫とシンクロしてしまいそうですわ。


 読んでいただきありがとうございました!

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