小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員
上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で記者をしてきた。近年は日本の経済政策や世界金融危機など取材。2009年5月から東京本社論説委員室勤務、11年4月からは編集委員も務め、14年4月から現職。著書に「財政構造改革」「消費税をどうするか」(いずれも岩波新書)、「デフレ論争のABC」(岩波ブックレット)。
診断・隔離・治療政策を立て直せ
専門家会議の副座長で、政府の新型インフルエンザ等対策有識者会議・基本的対処方針等諮問委員会の座長もつとめる尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)も、4月1日の記者会見の時点では、検査の徹底に前向きとは思えない見解を披露していた。
この日の専門家会議による会見の席上、ドイツで週に数十万件もの検査をしているのに日本では少ないという取り組み姿勢の違いを聞かれた尾身氏は、次のように語った。
「感染がどれくらい広がっているのかを見るためのPCR検査はやりません」
「PCR検査をくまなくやらなくても、コロナ肺炎の疑いがある患者にはかなりPCR検査をやっています」
「必要な人を検査している」
この発言の真意はわかりにくい。だが、この前後の説明ぶりから考えると、尾身氏はどうやらPCR検査の意義について、患者の治療や隔離のためというよりも感染実態を調査することに重きを置いているようだ。
そういう意義もあるだろうが、検査はまず何よりも感染拡大を防ぐための隔離や、患者の治療に不可欠ではないか。説明がわかりにくいせいかもしれないが、残念ことにそういう考えが尾身氏にはやや希薄なようにも思える。
尾身氏は「必要な人には必要な検査が受けられるようにしている」「個人としてはもう少し検査をやるべきだと思う」とも述べているのだから、検査拡大それ自体に反対ではないことは明らかだが、それは希望者の意思を尊重したいという理由からであって、隔離や投薬などで感染の初期段階から対策を講じて感染拡大を阻止するために徹底した検査が必要だという発想からは遠いのではないか。
尾身氏は日本が2009年の新型インフルエンザの流行を抑え込んだ成功体験をもとに今回も「日本モデル」で成功するよう希望しているとも語ったが、過去の経験に頼りすぎているようにも見えてしまう。検査を増やす必要についても、「個人としては」などと留保をつけず、安倍首相に本気で検査徹底の意義や必要を説いて、政策がきちんと機能するようにつとめなくてはいけない立場ではないだろうか。尾身氏は国民を失望させないよう、経験豊かな専門家にふさわしい言動を貫いてほしい。
首相も専門家会議のメンバーの顔触れも急に変わるものではない以上、尾身氏をはじめ専門家たちの今後の役割に期待するほかないが、これまでに失われた時間や危機の深刻さを考えれば、もはや一刻の猶予も許されない。政府も専門家会議も、国民の切実な期待に応えなければ、犠牲者がますます増えてゆくばかりだ。
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