七つの大罪
盗賊のアジトを発見し、侵入した俺達だったが、やはり錬は見つからなかった。
話通り一人一人倒す卑怯な戦法を取っている訳か。
「さて……どうしたものかな」
「まさか剣の勇者がその首領だとは……」
「見間違いであってほしいんだけどな。背後にヴィッチが居るかもしれない」
「元王女か……捕縛命令が来ているが、あの方はどこまで愚かな蛮行を繰り返すのだ……」
ヴィッチもこの盗賊のアジトには居なかったな。
他の所に潜伏しているのかもしれない。
「あのさ」
俺はアジトの管理をしている盗賊の一人に顔を近づけて良く見る。
見覚えのある顔だ。
それも遂最近見た……というか、錬が捕らえて、何故かその金を俺が着服した時の盗賊じゃないか。
なんでこんな所にいるんだ?
「お前……捕まって無かったか?」
フィーロで脅しをした時に、何時も居る盗賊がそこに居た。
今回は盗賊のアジトで中堅のアジト運営をしていたようだ。
最初は余裕を見せていたが、俺を見るなりガクガクと足を揺らしてキョロキョロと辺りを確認していた。
「ああ、今回はフィーロはいないぞ」
「う、うるせえ! そんなんじゃねえよ!」
「その代わりに」
「キュア!」
っと、戦闘形態に入ったガエリオンが立ちはだかる。
「こいつがお前等の相手をしてくれる」
「な! あの人食い鳥より性質の悪いもん連れてんじゃねえよ!」
「知らんな」
ま、フィロリアルよりもドラゴンの方が、まさしく肉食獣って感じで怖いだろうな。
日々俺も進歩しているという事だ。現に盗賊も青い顔をしている。
これなら錬の情報も容易く引き出せそうだな。
「はっはっは、さてガエリオン」
「キュア?」
「めしあ――」
「降参する!」
あっさりと盗賊は投降をした。
他の奴は例に漏れず、怖気付くのかとか俺を知らない奴が異を唱えている。
「ん? やる気があるなら掛って来い」
挑発交じりに俺が手招きする。
すると激昂した盗賊共が掛け声と共に武器を持ってこっちに駆け寄ってくる。
「キュア!」
「アースブレイク!」
「てい!」
「盗賊と知り合いとはどんな関係なんだ、イワタニ殿?」
「動きが悪すぎます」
と、各々俺の配下が戦意ある盗賊共を瞬時に殲滅させていく。
今回は人数が多いから非常に楽だ。
「な、なんだこいつ等! 化け物じゃないか!」
「そ、そうだよ。こいつは首領と、いや首領よりも強い化け物だ」
「そんな褒めても何も出さないぞ。むしろ払え」
「く……」
「でさ、なんでお前等、捕まったのに盗賊してんだ?」
考えてみるとコイツの存在がおかしい。
もう捕まって、刑務所とかその辺りに収監されているはずだ。
「……連行された時の馬車が盗賊に襲撃されて、逃げられたんだよ」
「へー」
すっげー雑だな。
連行時の馬車を襲撃って……派閥とかそんな感じで助けが入ったのか?
この国の警備も案外頼りにならないなぁ。
「首領に」
「錬ーーーーーーーん!」
思わず叫んでしまった。
あの馬鹿、盗賊を助けるって何をしてんだ!
というか、自分が捕らえた盗賊を自分が助けるって、どういう事だよ。
「それって何時頃の話だ?」
「えーっと……二週間位まえだ」
となると……ヴィッチの奴、錬を勧誘して即座に盗賊組織を作ったのか?
ガエリオンが生まれた頃だし、時期的に符合はする。
ヴィッチ共と遭遇したのは、ガエリオンの卵を背負っていた頃だからな。
「そうだな。じゃあ、錬……じゃない。お前等の首領と一緒にケバイ赤髪の女がいなかったか?」
「女? 首領はいつも一人だ」
確かに、アイツはいつも一人だったな。
ネットゲーム用語でいう所のソロプレイヤーとでも表現しておくか。
それにしても盗賊はヴィッチの事を隠している様子が無い。
本当に知らない、見た事が無いって感じだ。
となると、ヴィッチは錬と一緒にいない?
そういば錬の装備が随分と劣化していたな。
冒険者を襲って金回りも良いはずだから、物を売って生活費の足しにする訳は無い。
豪遊するヴィッチの為に貢いでいるとか?
う~ん、その割に盗賊共が溜め込んでいる宝が多いな。
考えられる案として、姿を表わさない黒幕をしているのか、既に捨てられているのか。
……何個か可能性はあるが、現段階で特定は出来ないな。
後はカースシリーズっぽい剣を所持していた。
スキルの構成や威力からカースシリーズで間違いない。
問題は何のカースなのかって事だ。
憤怒……別の種類があるとすれば、七つの大罪辺りが連想できる。
しかし奴の使ったスキル……ギロチンだったか。
拷問具、あるいは処刑具という共通点は多いが同じスキルでは無い。
仮に憤怒以外にも何かあるとすれば、効果の違う武器があってもおかしくはない。
七つの大罪は確か。
――傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。
だったか。
俺の場合、ヴィッチやクズ、この世界の連中に対する怒り、憤怒から出た。
錬の場合は……色欲や怠惰は無さそうだよな。
残りがどれも当て嵌まりそうで特定できない。
まあそもそも特定できたから何だとも言えるが。
「というか、なんで剣の勇者が盗賊のボスをしているって話が出なかったんだ?」
「おそらく、さすがに剣の勇者がそこまではしないと思っていたのだろう。なんだかんだで民間の噂レベルでの話なのだ」
仮面を付けていたから顔じゃわからない、剣も変えていなけりゃ勇者だってわからないか。
声とか聞いた事のある奴じゃないとわからないはずだし……。
そういえば霊亀復活の原因が実は四聖勇者が起こした事であるというのは、その範囲で留めていたんだったか。
一応、噂だし、面と向かっては文句は言わないが、文句を言われても勇者は我慢しないと騒ぎを起こす事になる。
だから仮面を被ってフリーの冒険者のフリを始めたのかな?
しかも国の兵士クラスだと真実は明かされていないからな。
女王や各国の首脳陣でギルドに指示して活動資金の補給を拒否という状況に陥れさせてメルロマルクへ来るように仕向けている。
錬と元康はこの方法で来たみたいだし、ハイドジャスティスはゼルトブルで賞金稼ぎをしているしなぁ。
しっかし……この世界の連中って噂を信じやすいよなぁ。
自らの正義感を満たすためになら石だって平気で投げる。
ま、情報に疎いような世界情勢だと何が正義かなんて理解できないか。
もしかしたらこの不幸は勇者が起こしたのでは? とか思うと排他的になるって奴だ。
しかし、さすがに盗賊のボスをやっている剣の勇者、なんて突拍子もない話は上に来る前に消えてしまったという事だろう。
「剣の勇者の声を知っている盗賊はいなかった訳か?」
「話したら殺すと俺も脅かされていたんだ。下手に騒いだら殺される!」
ああ、錬も秘匿癖があったもんな。
仮面付けてわからないようにしていたのもその所為か。
「正直、俺はホッとしてる。やっと終わるってな」
「あっそ」
錬は一体何をしているんだ?
と、考えながら盗賊共を縛り上げて戦利品を強奪した。
「後で女王に報告する」
「すれば良い。盗賊の物を奪うのは正当な権利であり、何を言われようとも痛くも痒くもない」
「はぁ……」
女騎士も面倒な性格をしているな。
この辺りは何処かで妥協しなくては始まらないだろう。
被害に遭ったと自己主張する偽物がどれだけこの腐った世界に蔓延っていると思っているんだ?
「まったく……勇者とはどれもこうなのか?」
「知らんな。あいつ等と一緒にするな」
「イワタニ殿が一番醜悪だと私は思う」
「やりたい放題のあいつらよりマシだ」
何時までもゲーム感覚でいて、風当たりが悪くなったら自分に甘い事を言う奴だけを信じるなんて奴等と一緒にして貰いたくない。
俺は甘い事を言う奴すら疑って掛っているからな。
むしろ甘い事を言う奴が一番怪しい。
背後関係を明かさないといつ足元を掬われるかわかったもんじゃない。
「世の中、金だ」
「はぁ……」
女騎士の溜息が重たい。
そういや他の連中は何をしているんだ?
「キュア!」
「ガエリオン! そんな遊びしちゃダメ!」
赤ん坊モードになったガエリオンが盗賊の宝にダイヴして思いっきりはしゃいでいる。
ドラゴンって宝が好きって生態があるのか?
凄く楽しそう。谷子はそれを宥めている。
リーシアは凄く困った顔をしながらうろたえていて、アトラは俺に引っ付いている。
「さすがは尚文様、盗賊達を容易く殲滅させるその手腕、素晴らしいですわ」
「そうか?」
アトラ達に任せて、俺は何もやっていないんだが……。
まあ、収穫感覚でいるけどさ。
帰りはどうした物か。今のガエリオンなら喜んで宝を持って帰りそうだな。
「と言う訳だ谷子。話は聞いていたな」
「……だから?」
「は?」
一応、親の仇である錬がこの辺りに潜伏中だと知って、谷子は平然と答える。
「確かに、お父さんを殺したのは間違いなく剣の勇者だと思うわ。でも私が喜んで復讐するとか思っているの?」
「さあな。だがやる気は出るかと思ってな」
「……ううん」
谷子は静かに首を横に振る。
「剣の勇者を殺したって、お父さんは帰ってこない……だから私は闘いたくない。苦しんでいるのも見たくもないし、何処かで死ぬのなら勝手に死んでほしい。私は、関わらないって決めたの」
「……へぇ」
立派な心がけだな、初めて谷子を尊敬する。
俺はずっと根に持つ。むしろ苦しむ所を見て楽しむんだがな。
こんな事を思っているとラフタリアとかに怒られそうだが、俺の性分だ。
いずれは克服しないといけないとは思いつつ、満足は出来ない。
なんか、負けたような気がしてきた。
「……」
ガエリオンが静かに、そんな谷子を見つめていた。
「で、イワタニ殿には何か考えがあるのか? 一応、国に報告するのが最良だと思うが」
「そうだなぁ……正直な話だと面倒臭い事この上ないが、これ以上、剣の勇者を野放しにしていると俺の地位にも問題が発生しそうだ」
やはり四聖勇者は悪人だとか騒がれたら余計な騒ぎが起こる。
せっかく波への対抗手段が出来ている所でこんな事をされては足元がぐらついてしまう。
……うん。もう剣の勇者は邪魔だし、この際、退場して貰うか。
まさか犯罪に自ら加担するとはな。
狩られる気分を味わって貰うとしよう。
第二王女暗殺未遂事件の時の様に。
教皇の時に協力したから、うやむやにしたつもりなんだろうが、俺は忘れていないぞ。
「結局は俺に仕事が回ってくると思うのだが?」
「そ、そうだな。七星勇者かイワタニ殿に依頼が来る事になるだろう」
「じゃあ今のうちにやって損はない」
結局、俺がやる事になるのなら仕方が無いだろう。
ラースシールドの精錬に挑戦するか。
さっきから失敗ばかりだ。材料が心もとない。
「アトラ、お前なら錬が何処に居るかわかるんじゃないか?」
目が見えず、別の何かを察しているアトラなら隠れている錬を察知する事は可能なはず。
なんだかんだでヘイトリアクションはクールタイムがあるので連射し続けるのは厳しい。範囲は広いが、そんな状態の俺に錬も簡単に近づいたりしないだろう。
「はい。たぶんわかると思いますが……尚文様と同じく跳躍の力を持っておいでなのですよね?」
「……ああ」
そこなんだよなぁ。
仮にアトラを一人にさせておびき出せたとして、少しでも不利を悟ると奴は逃げるだろう。
それでも捕まえるとなると、一撃で仕留められる攻撃が必須となる。
なんだかんだでカースシリーズっぽい剣を所持する勇者だからな。相当厳しいだろう。
「ギャウ!」
ガエリオンが俺の方に走ってきて背中に乗る。
そして耳元に顔を近づけた。
「我に考えがある。我に任せてくれないか?」
小声で、谷子に聞こえないようガエリオンが囁く。
「何かあるのか?」
「ああ、我も奴には腸が煮えかえる思いがあるのでな、是非とも再戦をしたいと思っていたのだ」
「わかった」
俺は小声で打ち合わせをして方針を決める。
「えー、おびき出す担当はガエリオンにさせる。他の奴らはガエリオンが合図するまで待機だ」
「何勝手に決めているのよ!」
谷子が異議を申し立てる。まあ、可愛い愛竜だからな。危険な真似させたくないか。
リーシアは……相変わらずおろおろしている。
まるで成長していない。
「任せて大丈夫なのか?」
女騎士が微妙な顔で尋ねる。
「ギャウ!」
ガエリオンは任せろと胸に手を当てて応じていた。
だがな、ガエリオン。
早く覚えろ。子ガエリオンはキュアだ。
「リーシア、ちょっと谷子と外の様子を確認してきてくれ」
「話を聞きなさいよ!」
「ガエリオンがやりたいって言ってんだよ」
「ギャウ!」
「ガエリオンには無理よ!」
「ギャウギャウ!」
ぶんぶんとジェスチャーで谷子に抗議するガエリオン。
喋れば良い物を……。
「キュア!」
あ、子ガエリオンに戻った。
やはりジェスチャーでやる気を見せている。
前世、現世共に錬と戦いたいみたいだな。
「むー……知らない!」
谷子がぷりぷり怒って歩いて行ってしまった。
リーシアが後を追う。
「さて、ウィンディアが居なくなったな」
「しゃべ――!?」
女騎士が思いっきり驚いている。
ああ、知らなかったか。
そういや話してないし、ガエリオンが喋れるのを知っているのは村の連中でも一部だもんな。
「改めて自己紹介をしよう。我の名はガエリオン。ウィンディアの育ての親をしていた竜帝の欠片也」
パクパクとさせて女騎士はガエリオンを指差す。
「剣の勇者に我は独自の恨みがあるのでな、おびき寄せる役目は譲れん。ついでに考えがある」
「その考えってなんだ?」
「うむ、まだ出来るか試していないのだ……一度使うと次を放つのに時間がかかるのでな。それは――」
ガエリオンはとある方法を俺たちに提案した。
「ほう……それなら良い手かもしれない。頼んだぞ」
「任せよ」
「なんだかな……フィーロ殿の時も驚いたが、イワタニ殿の所は変わった魔物が集まるな」
女騎士がぼりぼりと髪を掻きながら呟く。
何を呆れているのやら。
そんな事を言っていたらあの村ではやっていけないぞ。
無駄に成長している魔物軍団とかな。
「フフフ……転生した我の恐ろしさをあの小僧に味わわせてくれる」
「隠蔽スキルからの暗殺攻撃に気を付けろよ」
「我をなんだと心得る。そんな低級攻撃、察せないと思ってか」
ま、錬の使っている隠蔽スキルの精度は低いよな。
ヘイトリアクションは今のラフタリアが使う隠蔽魔法を暴けないし。
それなら気付けるか。
まあ俺は、気付けずに背後からのクリティカルを受けた訳だが。
襲撃と言えば聞こえは良いが、こんな所に剣の勇者が、しかも必殺技をかましてくるとは思わないだろうよ。
あれを避ける奴は人間の領域から片足踏み出している連中だ。
なんだかんだで、俺は盾の恩威で勇者をやっているに過ぎない一般人だからな。
どういう原理かは知らないが、貰い物の能力だ。
そんな物、なんの自慢にもならん。
正直、俺としては、この世界に来て覚えた文字書きの方を自慢したいよ。
まあこの世界の連中からすれば、当たり前の事だから自慢にはならないが。
ともあれ、こうして剣の勇者を罠に掛ける為、ガエリオンは出て行くのだった。