英財務相の回答は「ノー」
午前11時、わたしは階上へ向かい、その30分後にはアリスター・ダーリング(英財務相)との電話がつながった。ダーリングはリーマンにまつわる情報を求めていた。わたしは、(英国の金融監督当局である)英金融サービス機構(FSA)がバークレイズによる買収の承認を拒んでいると知り困惑していると告げた。アメリカ政府には法的な介入権限がなく、リーマン救済の手立ては尽きようとしている、とも説明した。
ダーリングは、悪びれた気配などみじんも示さず、バークレイズによるリーマン買収はありえないと言い切った。詳細を述べないまま、こちらがイギリス政府に過大なリスクの引き受けを求めていると指摘した。アメリカの厄介のしわ寄せをイギリスの納税者におよぼさないでほしい――。彼はリーマンの破綻が自国の金融システムをどう揺さぶるかを何よりも気にかけ、リーマンが崩壊した場合のアメリカ政府の動きを探ろうとした。
「こちらとしてもひどく頭を痛めています。リーマンはわが国でも大々的に事業を展開していますし、果たして資本が十分なのか気がかりでならないのです」
イギリス財務相が送ってきたメッセージは明快だった。イギリス政府から手が差し伸べられることはないのだ。リーマン救済への最後の望みはこうしてついえた。
(中略)
SEC委員長にリーマンへの電話促す
この狂騒のさなか、午後3時半前後にブッシュ大統領からわたしに電話が入った。
「リーマンはなぜベアーと異なる道すじをたどったのか、説明がつくのか」
「はい、大統領。リーマンは救済のしようがありませんでした。諸金融機関の支援を受けてもなお、買い手を見つけられなかったのです。とにかくこの困難を乗り越える努力をするしかありません」
(中略)
リーマン破産の発表は、もともとは午後4時に予定されていた。できるかぎり長い準備時間を市場関係者に与えるために、日本の市場が開く4時間前に設定したのである。発表はSECの主導のもと行われるはずだったが、FRBが午後に入ってから何度となく「SECの動きが遅い」と伝えてきていた。クリストファー・コックス委員長は、リーマンの証券取引部門の顧客を「SECの規制により保護される」と安心させようとして、何時間も前から報道発表の内容を練っていた。リーマンの取締役会と今後の行動予定を協議する必要もあったが、いまだその動きは見せていなかった。
ガイトナーらの催促を受けたわたしは、午後7時15分ごろ、業を煮やしてコックスの執務室に押しかけ、SECのプランを早急に実行に移してほしいと強く求めた。「アジア市場が開く時間が目前に迫っている。すぐにでも発表を行う必要があるが、そのためにはリーマンと足並みをそろえないわけにはいかない。いますぐリーマンに電話をしてもらわないと困る」
コックスは、リーマンがみずからの意思で破産を申請するのを待っていた。規制機関にとって民間企業に破産申請を要求するのは異例であり、当惑するのも理解できたが、金融システム全体のために手続きを前に進める努力をしなくてはならない、と懸命に説得した。コックスはガイトナーとわたしを引き込もうとしたが、わたしはリーマンの規制を担うのはSECなのだからひとりで電話すべきだと諭した。
リーマンCEOに通達「政府による救済ない」
ニューヨーク連銀の法務責任者トーマス・バクスターやFRB、SECの関係者が聞くなか、コックスは午後8時すぎに(リチャード・)ファルド(リーマンCEO)に電話をかけ、政府による救済が行われないことを改めて伝えた。リーマンには破産法の適用を申請する以外に道がなかった。ファルドはコックスからの電話をリーマンの取締役会につないだ。
「こちらから行動を指示するわけにはいかないのでね」コックスが取締役一同に告げる。「すみやかに決断してほしいとしか言えません」
結局のところ、リーマンが破産法の適用を申請したのは月曜日の午前1時45分、アジア市場が開いてかなりの時間が経過してからだった。
(翻訳 有賀裕子)
原書は米で2月に発刊した「On the Brink」。日本語版(仮題「ポールソン回顧録」)は日本経済新聞出版社より10月末に刊行予定です。
(次ページに日経ヴェリタス編集部長による解説を掲載)
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