ポールソン回顧録 第1回「リーマン破綻の舞台裏」

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2010/6/8 7:00
100年に1度ともいわれた2008年の世界金融危機。米ブッシュ政権の財務長官を務め、危機の最中で指揮を執ったヘンリー・ポールソン氏(64)が職務の回顧録を米で出版した。未曽有の危機に対し、何を考え、どう行動したのか。日記形式でつづった本書は、米議会や世界の財務当局者、金融機関関係者らとの駆け引きを克明に記した。日経電子版では日本語版の出版に先立ち、本書の読みどころを厳選して5回に分けて連載する。
 第1回は米リーマン・ブラザーズの経営破綻の舞台裏を描いた2008年9月14日の記録から。米大統領首席補佐官のジョシュア・ボルテン氏が「リーマンを段階的に解体することについては、すでに大統領の了解は得られている」と語るなど、リーマン破綻にホワイトハウスの意向も働いたと思われる記述が見当たる。

迫る時間切れ、尽きる救済策

ヘンリー・ポールソン氏(Henry Paulson)1946年フロリダ州生まれ、64歳。ハーバード経営大学院で経営学修士を取得後、米国防総省入り。74年に米ゴールドマン・サックスに入社し、98年に同社の最高経営責任者(CEO)に就任した。2006年7月にゴールドマンCEOから第74代米財務長官に転じ、オバマ政権に引き継ぐ09年1月まで務めた。

ヘンリー・ポールソン氏(Henry Paulson)1946年フロリダ州生まれ、64歳。ハーバード経営大学院で経営学修士を取得後、米国防総省入り。74年に米ゴールドマン・サックスに入社し、98年に同社の最高経営責任者(CEO)に就任した。2006年7月にゴールドマンCEOから第74代米財務長官に転じ、オバマ政権に引き継ぐ09年1月まで務めた。

2008年9月14日(日曜日) バンク・オブ・アメリカが手を引き、バークレイズがはしごを外されたため、万策尽きようとしていた。時間切れも迫っていた。財務省には資本注入の権限はなく、面倒きわまりない破産手続き以外の方法でリーマン・ブラザーズを段階的に解体する権限をどの規制機関も持っていなかった。ベアー・スターンズの場合と異なり、買収者がいなかったため米連邦準備理事会(FRB)としても手の打ちようがなかった。

市場は揺るぎない確証を求める。当初からわかっていたように、バークレイズのような大手金融機関に後ろ盾になってもらわないかぎり、リーマンは週明けの取引を迎えることができない。ベアー・スターンズの救済でもこれが焦点だった。3月14日金曜日、JPモルガンがFRBの支援のもとで融資を行うと発表してもなお、ベアーの窮状悪化には歯止めがかからなかった。日曜日、JPモルガン・チェースが買収とその成立までの取引保証を決断してようやく、ベアーは破滅をまぬがれた。これによって取引相手と顧客の逃避が収まり、破産せずにすんだのだ。

財務長官執務室でスタッフとともに米連邦準備理事会、米証券取引委員会との電話会議に臨むポールソン氏(左、2008年9月18日=Chris Taylor, Treasury Department)

財務長官執務室でスタッフとともに米連邦準備理事会、米証券取引委員会との電話会議に臨むポールソン氏(左、2008年9月18日=Chris Taylor, Treasury Department)

リーマンの状況は、もうひとつ肝心な点でベアーとは異なっていた。ベアーの場合、JPモルガンが引き取らなかった資産も、FRBによる290億ドルの融資の担保として十分な価値を持っていた。ところがリーマンの資産を査定したところ、財務基盤が大きくむしばまれていることが判明した。法律の規定に阻まれ、FRBはリーマンの資本不足を埋め合わせることができなかった。買収者を必要としたのはこのためだ。買収資金を手当てするために、民間セクターによる370億ドルの融資を期待したが、その価値はすぐさま100億ドルほども減る見込みだった。

(中略)

「すでに大統領の了解は得られている」

わたしは大統領首席補佐官のジョシュア・ボルテンに悪い知らせを伝えた。ボルテンはすでに、リーマン破綻の可能性を大統領に告げていた。

「連邦政府の資金を使わないかたちでリーマンを段階的に解体することについては、すでに大統領の了解は得られている」とボルテンは言った。「それ以外の道すじを選ぼうとするなら、大統領にプランを説明してくれ」

ティモシー・ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁(当時、現米財務長官)

ティモシー・ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁(当時、現米財務長官)

(ティモシー・)ガイトナー(ニューヨーク連銀総裁)、(クリストファー・)コックス(米証券取引委員会=SEC=委員長)、わたしは、10時に階下で金融機関の最高経営責任者(CEO)たちとの会議に臨む予定だったが、時計の針はすでに10時を回っていた。わたしは実情を美化すべきではないと考え、居並ぶCEOに、バークレイズをめぐって規制絡みの課題が持ち上がっているが、うまく処理しようとしているところだと伝えた。

金融機関の側からはディールの条件案(タームシート)が示された。ふたを開けてみると、ガイトナーとわたしが予想していたよりもはるかに充実した内容だった。ライバル企業を救うために300億ドル超を融通することで合意し、リスクを業界全体で分かち合う方法を考え出してあった。バークレイズさえ買収に踏み切れば、金融業界を挙げての融資が行われるはずだった。

ガイトナーが、準備を前に進めるよう一同に要請した。だが、ディールの前途が怪しいことを誰もがかぎ取っていたのではないかと思う。

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