敬礼
フィーロ優遇、ガエリオン冷遇をして三日間。
余裕のある時に、アトラと一緒に自主訓練を始めた。
「尚文様との訓練、私、嬉しく思います」
「アトラ、確かお前は気とかが読み取れるんだよな」
「はい」
「俺の防御を突破して内部へ気を送り込むとかそんな攻撃できるか?」
「えっと……このような感じですか?」
アトラがふわりと、何かを手で捏ねて俺に押し当てる。
その直後、ドスッと腹に痛みが走った。
この感覚、ババアの技と同じだ。
「あ、ああ……それで間違いない」
あんまり防御力の高くない盾に変えておいて正解だった。
思いっきり強化した盾だったら今頃倒れていそうだ。
というか、やり方を説明するだけで出来るってババアが言った通り、アトラは天才なんだな。
「俺はその攻撃を受けても大丈夫なように力を逃す訓練をしようと思っているんだ」
「さすが尚文様、何時も上昇意識があるのですね。私も手伝わせていただきます」
「頼む」
そんな感じでアトラと組み手をしていた。
そのお陰か、アトラも夜、疲れてベッドに無理して入ろうとまではしなくなったのは幸いか。
一応、組み手の成果。概念としては理解できるが、実戦でやるのは難しい。
防御手段として俺の内部に入ってくる力を魔力で追い払う事は出来るようになったが、何か違う。
まあ、おいおいにして学んでいけば良いだろう。
「ごしゅじんさまー! あそぼー!」
フィーロが訓練していると時々やってくる。
メルティはどうしたんだ?
とかで、合間にフィーロ相手にも少し遊びと称した訓練や、単純に遊んでやったりもする。
「キュア……」
家の影からガエリオンが羨ましそうにこっちを見ているが無視だ。
「あんまりいじめるなよ」
親の方のガエリオンが抗議に来る。
「ぶー! 帰れ!」
フィーロも本当、ガエリオンを嫌っているなぁ。
「さ、ガエリオン。今日は何処へ行きましょうかー?」
「ギャ、ギャウ」
「ガエリオン?」
どうやら谷子がガエリオンに疑問を抱いているようだ。
何故、蘇っているのを隠すんだ?
人の世で過ごせるようにとか気を使っているのだろうとは想像できるけど。谷子も喜ぶと思うぞ。
後な、子ガエリオンの鳴き声はキュアだ。
ギャウってなんだよ。間違ってんだよ。
親ガエリオンが売られる子牛の様な瞳で俺に助けを請う。知った事ではないな。
そのまま谷子に連れて行かれた。
ガエリオンの努力に期待しよう。
そんな日常的な三日間が経過した頃。
「フィーロ! メルちゃんと一緒にLv上げに行ってくる!」
メルティと一緒に町で打ち合わせをしていると、突然フィーロが言い放った。
「……俺は付いて行かなくても良いのか?」
「うん!」
凄く元気な返事だった。
いや、そろそろ軌道に乗ってきたし、俺もLv上げしようと思ったんだが……。
逆にここまで元気に頷かれると付いていけない空気になったぞ。
お? メルティが困った表情で口を開いた。
「あのねフィーロちゃん。わたしはそんな暇ないわ」
「えーでもメルちゃん。力不足でLvをあげたいって言ってたー」
「今すぐじゃないの」
「でもメルちゃん。町の人に明日やるって怠けている人に、今できないのなら明日もできないって怒ってたー」
「わたしは他にもやる事があるの」
「えーでもメルちゃん。忙しい中でもやりたい事をやらないと前進はしないって言ってたよ」
あー、フィーロのなんでなんでモードが作動してる。
このモードに入ると思い通りにさせるか会話を切らないとずっと問答が繰り広げられるぞ。
とはいえ、ここで見過ごすとフィーロのLv上げが滞るんだよなぁ。
一匹で上げてこいと言っても嫌がりそう。
「フィーロ」
「なーに?」
「一匹で上げてこい」
「やー!」
ほらな。やっぱり言った。
メルティの部下に視線を送り、聞こえないように話し合う。
その結果、しばらくの間ならメルティに時間を作れるそうだ。
しかも、メルティのLvが低いのは部下の方も不安になっているそうだ。
魔力の資質や努力は怠っていないからLvよりも遥かに高いそうだけど、やはり国を治める者としてもう少しLvがあった方が良いと言う意見が大半となった。
まあ子供が公務にここまで長期に取り組んでいるというのも問題があるだろう。
メルティには遊びの時間も必要だよな。
ボディガードはフィーロがしてくれるだろうし。
「しょうがねえな……メルティ次期女王陛下様はその愛鳥と共に自らを高める旅に出た!」
「な、ナオフミ? 何を言っているの?」
「という訳だフィーロ。メルティとLv上げをして来い」
「わーい!」
「ちょっとナオフミ! 勝手に決めないでよ!」
「大丈夫だメルティ」
「何が!?」
「俺の独断では無い。お前の部下も許可を出している。影も名前通り影から護衛してくれるらしいぞ」
「もっと悪いわよ!」
「後は奴隷補正を掛けるか否かだな。多分、女王の事だから許可を出してくれるとは思うが」
どうも女王ってメルティを俺の嫁にさせたいみたいだから、何をさせても許可しそう。
ここは本人の同意を持って。
「イヤよ!」
「そうか、ならしょうがないか。フィーロ、お前が居なくなったらアトラ対策はどうするんだ?」
「んー……じゃあ頼れる人にお願いしておくね」
誰だ?
フィーロの事だから、部下のフィロリアルか?
「フィロリアルと寝る趣味はない」
「じゃあイミアちゃんにお願いするー」
「それもなー」
イミアじゃアトラは止められないだろ。
アイツは最近、手先の器用さが爆発していて、洋裁屋が免許皆伝していたぞ。
魔物の毛皮でどうやったらウェディングドレスを作れるんだ? 良い値で売れたけどさ。
「じゃあアトラちゃんよりも強い人にお願いしておくね」
「誰だよ」
「んー……」
ダメだこりゃ。まったく考えていないと見て良い。
「うん。あの人ならアトラちゃんを止めてくれると思う」
「だから誰だっての」
「じゃあごしゅじんさま行ってくるねー」
「ちょっとフィーロちゃん。わたし行くって言ってない――」
メルティは反対する前に、フィーロに襟首をくちばしで摘ままれて背中に投げられる。
ドスンとメルティを背負ったフィーロが出発と言いながら羽ばたいて走り出した。
「ナオフミぃいいい。覚えてなさいよぉおおお――」
「メルティ次期女王陛下の成長を期待して敬礼!」
ノリノリで敬礼をした俺にメルティは最後の嫌がらせとでも言うかのように無意味な紙クズの投擲をした。
もちろん、走り出したフィーロの背中から投げたので、俺に届かず紙クズは風に流されて飛んでいく。
相変わらずヒステリックな叫び声を上げる奴だな。
なんだかんだで嫌いでは無いが。
「さて」
俺はメルティの部下と町の経営に関して会議を続けたのだった。
発展は思いのほか早い。
試作段階のキャンピングプラントを一部店舗に貸し与えたのが功を奏した。
こういう不思議アイテムは目玉になるな。やっぱり。
「で……フィーロの頼んだ助っ人はお前か」
夜、またも俺は頭を抱えて唸る。
あの馬鹿鳥、ちゃんと考えてやったのか?
「そうなのよー。お姉さん困っちゃう」
ラフタリアが既に頼んだと言うのに、何故、フィーロまでサディナにお願いしてんだ。
二重雇用だぞこれ!
サディナは楽しげに酒を飲んで俺の家に居座る。
「つーかさー……ラフタリアといい、フィーロといい。なんでお前に頼る訳?」
「さあねー。お姉さんも不思議よー」
うっぜー。
腹いせに奴隷紋を発動させてやる。
「ああん。ナオフミちゃん過激ねーああん!」
……悶えながらサディナはイヤらしい声をあげる。
これって下手に聞かれていたら誤解されるぞ。
タダでは転ばない奴だ。売り払うか?
いや、さすがにそこまでしたら奴隷共の士気に関わる。
なんだかんだでコイツは変な信頼を得ている訳だし。
何より今は良くてもラフタリアに何て言われるかわかったもんじゃない。
「はぁ……」
「アトラちゃんにベッドに入られるのがそんなにイヤ?」
「まあな。前にも話した通りだ」
「……大変ねーみんな」
「何がだ?」
「みんなナオフミちゃんの事を大好きなのにナオフミちゃんはそれに答えるつもりはないって事よ」
「親に甘えるようなモノだろ。それを恋とか愛とか言わない。俺はそこまで責任は持てないからこそ、距離を取りたいんだ。ラフタリアも嫌がっているし、フィーロは……野生動物と同じで好きという意味を理解していない」
「ナオフミちゃんの考えもわかるのだけどねー。ラフタリアちゃんにはその話であんまり関わりすぎないのが良いと思うわ」
「他の奴は良いみたいな言い方だな?」
そういや、ラフタリアと関係を持つのだったら責任を持てとかサディナは言っていた。
その言い回しだとラフタリアには何か秘密があるような言い回しだよな。
ま、単純に関係が長いから他の奴らよりも親密に見られていて、俺が一線を越えるとか誤解しているのかもしれないけど。
「……ラフタリアちゃんを守ってくれたのは感謝するわー。最初に波が起こった時、私は用事で留守にしていてね。守れなかったから」
守るとか、どんな関係?
それとも村の連中を守れなかったのを悔いているのか?
そういや、村の子供のうち二人を守っていたんだっけ、こいつ。
責任感が強いんだろうな。
「さてねー……じゃあナオフミちゃんに取っておきのアイデアをお姉さんが提供しようかしら」
「なんだ?」
「ナオフミちゃん。便利な盾を持っているじゃない。寝るときだけ別の村とか町で寝ればいいのよ。さすがのアトラちゃんもそこまで追ってこないでしょ?」
「金がな……」
宿泊費に問題がある。宿泊費位は安い物だが、常駐すると馬鹿に出来なくなってくる。
もちろん、キャンピングプラントで野宿すると言う手もあるが、野生の魔物が奇襲を掛けてきた場合、痛くもかゆくもないが、うるさくて起きてしまう。
メルロマルク城ならタダで寝かせてくれそうだよなぁ。
クズがいるかもしれないし、変に駐在していると厄介事に巻き込まれそうでイヤだな。
「じゃあお姉さんの秘密基地に案内してあげようかしら?」
「秘密基地?」