ラースドラゴン
「GURU!?」
その言葉でガエリオンの動きが止まる。
おお! 親子の愛が心を動かしたのか?
というか。
「お父さん?」
「え?」
「薄々は思ってたけどやっぱりそうだったのね」
納得したようにラトが頷きながら呟く。
「うん。私のお父さんは……ここを縄張りにしてたドラゴンだったの」
と、谷子は頷き、ガエリオンに向けて喋る。
「本当に稀にね。あるのよ、野生の魔物が人間や亜人の子を育てていたって話、大体が狼系の魔物かドラゴンなんだけどね」
なんだその狼少年的なフレーズ。
え? 谷子ってドラゴンに育てられていた訳?
というか、谷子ってどう見てもイヌ系の亜人で、竜の要素が無いんだが。
そもそも腐竜……じゃないな。この場合、生前の竜が親になるのか?
じゃあ、あの系統の特殊な魔法ってドラゴンが唱えるの?
なんでサディナはその魔法を知ってるんだよ?
サディナの方を見る。
「な・い・しょ」
ウフンってイラっと来るぞ。
後で聞きだしてやる。
「もうやめよ……お父さん。もう、ここには何も無いの。お父さんは全てを奪った勇者が憎いかもしれない。だけど、それで世界を、他の誰かに迷惑を掛けちゃ、ダメだよ……取り返しがつかない事をするのはもう、やめて!」
「GU……」
ガエリオンが谷子の言葉で苦しむように呻いて下がる。
聞きたくないと言わんばかりに両の手で耳を塞ぐ。
「何時までも、私は引きずってた。私の幸せ、お父さんの幸せを壊した勇者を許せないって。だけど、盾の勇者は……違うの。村のみんなは優しかった。私に鞭を打つこの国の人とは違った。お父さんの宝を奪って笑った村の奴等とは違うの!」
涙を流しながら谷子は思い出話を語るように説得を試みている。
届いているからこそ、耳を塞ぐ……のだろうか。
まさか、ドラゴンが亜人の子を育てるとはねー……成熟したら犯すつもりだったとか考える俺はゲームに毒されすぎか?
「お願い、その子に体を返して上げて……、その子は……お父さんと同じ名のガエリオンはまだ生きているんだから! それにフィーロちゃんって言う子から奪った力も、返して……お父さんはもう……ここにいちゃいけないんだよ!」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!」
そしてガリガリと額を引っかき始める。
そして……。
「ギャ、ギャ……」
ボコボコと額から何かがもがいて、突き破る。
そこには小さな、赤ん坊の様なドラゴンが、ガエリオンの額から出て跳躍した。
「ガエリオン!」
「ギュ……ア」
生まれたばかりのガエリオンの姿がそこにあった。
経験値と言う名の成長要素が吸われ、それでも谷子や俺たちを守るためにあらがったかのようだった。
そして……敵対していたドラゴンの姿が更に黒く染まり、溶けながらもこちらを睨む。
やがて逆らうかのように谷子を凝視している。
「お父さん。そこまでやるのなら……私が、何としても立ちふさがって見せる!」
谷子はメルティとサディナの元に戻って、大きく息を吸う。
「サディナお姉ちゃん。私、お父さんを止めて見せる!」
「わかったわ」
「やるしかないようね」
三人揃って合唱魔法の詠唱に入る。
今度はとてつもなく早い。まるで谷子の詠唱に応えるかのようだ。
いや、小さなガエリオンがとても小さな羽を羽ばたかせて三人の上を飛んで詠唱している。
俺は黒く変色し、溶けたドラゴンへ目を向ける。
「GYAOOOOOOO!」
これが谷子の親ねー……。前にも戦ったが、あの時より凶悪そうだ。
牙とか角とか無かったし。
「伯爵、傷は大丈夫?」
「に見えるか?」
ダークカースバーニングSの炎だぞ。ま、弱体化していた炎だから、致命傷という訳でもないけどさ。
呪いに呪いが合わさって追加ダメージを受けた感じだ。
「回復力低下の呪いなんだ。聖水や強力な浄化の魔法でどうにか出来るはずなんだが、そう言ったのを出来そうな連中が、合唱中だ」
谷子たちを守るために喋りながら俺は前に出る。
その傍らにガエリオンが飛んできて、俺の背に引っ付く。
「危ないぞ、下がってろ」
『そうもいかん』
「な!?」
ガエリオンが喋った。
しかしなんで小声なんだ?
『取り乱すな、ウィンディアにばれてしまう』
「お前……」
親の方のガエリオンという奴か。
まだ子のガエリオンに乗り移っているじゃねえか。
『娘の成長は喜ばしい物だな。盾の勇者よ。でだ。一つ重要な事を教えよう。お前も気づいているだろう?』
「気付いているだろうって……教えるんじゃないのかよ。いや……気付いちゃいるが」
俺は敵対するガエリオンに目を向ける。
名前が違う。いや、ステータスがわかるようになったと言った方が良いか。
ラースドラゴン。
今、目の前にいる黒い大きなドラゴンの名前がガエリオンでは無くなったのだ。
『そうだ。あれは汝の怒りを食らった我を浸食して、汝の怒りがあの形を成したのだ。我と言う依り代を失って、真に暴れ出す前に仕留めろ』
「わかっているだろ? 俺には攻撃手段が無い」
本来、唯一の攻撃手段として使っていたのがラースシールドなのだ。なのにそれが無いとなれば手段なんて無い。
『安心しろ。今、我が協力して攻撃を放つ、汝はそれまで持ちこたえろ』
「はいはい。毎度やっていることだろ」
『そうだったな。盾の中で、汝の記憶とこれまでの出来事を追体験していた我からしたら余計な事か……まかせたぞ』
まったく、事の原因が解決してないような気がするのは気のせいか?
ガエリオンがパーティーに加わり、詠唱が加速する。
俺は、ラースドラゴンが放つ、先ほどよりも威力の増加しつつあるブレスを受け止めている。
呪いで全身に痺れに似た痛みが出てくる。これは長時間耐えきれないな。俺がおかしくなりそうだ。
むしろ、俺を新たな寄り代にするべく、ラースドラゴンは執拗に攻撃してくる。
思いっきり噛みついてきたり、上から圧し掛かって取りこもうとするような攻撃が目立つ。
その度に俺は流星盾やシールドプリズン、エアストシールドを展開させて避けたり止めたりする。
『呪われた大地、憎しみ、恨みを押し流す清流の様な思いを、世界を救う願いを力に龍脈よ、ここに奇跡を願う』
『我、ガエリオンが天に命じ、地に命じ、理を切除し、繋げ、膿みを吐き出させよう。我の力よ、我が前に居る感情の流れを絶つ力を呼びさませ!』
ガエリオンが唱える魔法の方は俺の盾が翻訳してくれている高度な詠唱だとわかる。盾がビシビシと音を立てて、俺の視界に翻訳を表示させているのだ。
サディナは気づいているのか、ガエリオンに目を向けている。
『『イレイズアクアスプラッシュ!』』
『『水龍滅波!』』
三人と一匹で唱えた魔法が完成し、溢れだす魔力がガエリオンを中心に構成される。
「え!?」
谷子が声をあげて、事態に驚き、メルティは疲れで座り込む。
サディナが銛を片手に走り出し、ガエリオンが魔法を集めた玉を持って大きく息を吸う。
「ナオフミちゃんとラトさんは援護!」
「ああ!」
「ツヴァイト・オーラ!」
「ファスト・パワー! ファスト・マジック!」
俺の唱えた援護魔法と、ラトの援護魔法が加わり、攻撃の手が加速する。
「行くわよ。ガエリオンちゃん」
「ギャウウウウウウウウウウウ!」
ガエリオンはキュアと鳴くのだがな。
大きく息を吸ったガエリオンが魔法の玉に息を吹き込む。
するとそこから大量の水の塊が噴き出し、ラースドラゴンに向けて襲いかかる。
サディナはその水の塊の中に入り込んで、泳ぎ、竜巻を起こす。
……ラフタリアやフィーロよりも派手な攻撃をするよなぁ。こいつ等。
実は二人よりも強いんじゃないか?
サディナのステータスってあんまり高くなかったと思うのだけど。
これはどういう補正だ?
派手だから強い訳じゃないんだろうなぁ……自分に違和感がある。
前の俺だったら、愚痴ってそう。
超電磁の五体合体で変形するロボットの必殺技みたいな突撃で、サディナは回転しながらラースドラゴンを貫く。
それと同時にガエリオンが放った水の塊は消え去った。
「ど、どうかしら!?」
着地して肩で息をするサディナがラースドラゴンを見た。もちろん、俺もラースドラゴンの生死を確認する。
腹部を貫かれたラースドラゴンがゆっくりと……倒れず歩いて俺に向かって咆哮した。
何処となく、勝利に笑みを浮かべているように感じた。
「GYAOOOOOOOOOOOOOO!」
「凄い生命力ねー……お姉さんもう無理」
『汝の感情を舐めておったわ、まさか我に食われた振りをして、ここまでのスペックを持っていたとはな』
その場に居た全員が限界を迎えていた。
唯一動けるのは俺とラト位なものか。
「ラト、何か手段はないか?」
「あのねー……精々護身用の薬物投げる程度しかないわよ」
「投げろ」
「はいはい」
ポイポイと焼け石に水のごとく、ラトは持っている薬を投げまくる。
結構ドカンドカンと爆発したり、溶解したり変なにおいが立ち込めたりと色々と起こる。
「結構高かったんだけどなぁ……ああ、でもここで死んじゃうのかしら」
「諦めんな! ……しょうがない。俺がコイツを引きとめる! 全員撤退!」
最終的に結局こうなるのか。
「伯爵はどうするのよ」
「足止めをして、全員が逃げきれたら俺も逃げる」
自己犠牲なんて死んでもイヤだね。だって、そんなのやりたくないし。
ダメージは受けるけど、避けるの前提なら大丈夫そうだし。
逃げて準備をしてから仕留めよう。ラフタリアが来たらきっと勝てる。
フィーロは……大丈夫かな? 死んだらヤダな。可愛いし。
……なんかおかしい。
絶対、どこかがおかしい気がする。
俺ってこんなキャラだったか?
「……間に合いました!」
ドタドタと聞き覚えのある足音と共に待ち望んだ声がする。
声の方に振り返ると、何故かフィーロがラフタリアとアトラを乗せて丁度、跳躍した所だった。
「ラフタリアお姉ちゃん! お願い!」
「任せてください!」
「お願いしますラフタリアさん。尚文様達をお助けください!」
攻撃の準備は事前に終わっているのか、ラフタリアの剣が輝いている。
ラースドラゴンは、ラフタリアを見るなり、怯えるように口を広げ、背を向けて空へ逃亡を図る。
何故だ? あんなにも余裕を見せていたにも関わらず、そんなにもラフタリアが怖いのか?
「逃がしません!」
ラフタリアはフィーロを踏み台にして更に跳躍し、ラースドラゴンに向けて切りつける。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
大きな声をあげ、ラフタリアが切りつけた所から風圧だけで切られたかのようにラースドラゴンは空中で真っ二つになり地面に落ちる。
「お父さん……ごめんなさい。私は、もう振り返りません」
『……』
ガエリオンが両手を合わせて涙する谷子の背中を見つめていた。