合唱魔法
「伯爵、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
全身が痛い……。
クソ、こんな時だけ成功しやがって。
俺の運は極端過ぎる。嫌がらせかっつーの。
ライトノベルに出てくる不幸体質の主人公じゃないんだぞ。
「ツヴァイト・ヒール」
回復魔法をラトと一緒に掛ける。
さすがはファンタジー、みるみる傷が塞がり、全身の痛みは消えた。
受けた被害は大きかったが、その分敵も弱体化した。
こちらの平均Lvはまだ低いからな。もう一段階位下げたい所か。
「よし、次はレアリティのダウンだ!」
SR→SR+に挑戦しますか?
警告文も無視して連打!
なんとなく嫌な予感しかしないがな。
「な、なんかまた凶悪な姿に成長していくんだけど」
「くっそおおおおお!」
俺の運は悪い時には何処までも加速するな。なんでこんなに連続で成功するんだよ!
何度成功したか見てない。これがソウルイーターシールドだったらどれだけ楽になると思ってんだ!
なんかLRとかその辺りの文字が見えた頃には思いっきり吹き飛ばされていた。
またかよ! 多分、+11とかよりも成功率低いぞこれ!
後ろに味方がいる以上避ける訳にもいかず攻撃をそのまま受ける。
「くっ!」
レアリティの上昇した渾身の一撃が俺に当たる。
いってぇな……もう帰りたくなってきた。
唯でさえフィーロから能力を吸って無駄に攻撃力が上がっているのに、レアリティまで上がるとか、どんだけだよ。俺の不幸体質はどれだけ重なるんだ。
最近トントン拍子に物事が進んだからな。その反動かもしれない。
という事は、また前みたいな状況がくるのか?
冗談じゃない。さっさとレアリティ強化を失敗させてガエリオンを弱体化させる。
AFへの強化失敗!
一瞬でランクはCまで下がり、ガエリオンは見る限り弱体化している。
鱗の光沢も無くなり、筋力も落ちている。これなら、頑張れば防御を突破出来るはずだ。
「こっちは出来たぞ。そっちはどうだ?」
『呪いの大地、その呪われた龍脈の流れを、鬱血した血を吐き出す為に、我等……』
見るとメルティ、サディナ、谷子が声を合わせて魔法を詠唱していた。
キラキラと周りに蛍の様な光が集まって行くのが見てとれる。
「GURUUUUUUUUU……」
させるかと言わんばかりにガエリオンはブレスを吐くために息を大きく吸い込む。
俺はメルティ達を庇うために前に出て盾をかざす。
するとガエリオンは高く跳躍し、こちらに向けて口を開けた。
そう来るか!
「流星盾! エアストシールド!」
エアストシールドで出た盾を足場にしてブレスからメルティ達を庇う。
ぐ……全身を焼く炎で体に火傷が出来る。
呪いの炎は元々呪いで弱っていた俺の体に追加で痛みを与えてきた。
追撃とばかりにガエリオンは圧し掛かって爪を突きたてる。このまま噛みつく気だな。
『龍脈よ。我等の願いを聞き届けたまえ。力の根源たる我らが願う。真理を今一度読み解き、我が前の害を乗り越える力を!』
光が集約し、三人が意識をこっちに向けるのが理解できる。
防御役はこれを待たないといけないから大変だ。
……皆を守っている俺カッコイイとか、大魔法最高だぜ!
なんて一瞬、脳裏に過ぎった。
さすがに炎で痛む身体から来るストレスのおかげで多少は平常だがな。
「最初は驚くだろうけど落ちついてね。絶対大丈夫、お姉さんを信じて! さあ、メルティちゃん!」
「合唱魔法!」
「大海原!」
「「ゼー・ヴィレ!」」
それぞれが唱える魔法が違うような気がするのは気のせいか?
メルティ達を中心に、突如、水が周りに出現した。まるで巨大水槽だ。
息が出来ない……。
ガボガボとガエリオンが苦しそうに水槽から泳いで逃げようと試みる。
「ナオフミちゃん。大丈夫?」
漏れないように呼吸を止めていた俺だったが、サディナがチョンチョンと当たり前のように歩いて来て、普通に話す。
「敵と認識していない相手には効果が無いから大丈夫」
「え? あ……」
まるでアニメやマンガみたいに水中を移動できるかの如く、普通に呼吸が出来る。
改めて思うけど魔法って凄いな。
考えてみれば今までの俺達は物理系というか、戦闘が地味だよな。
盾を召喚したり、隠れる魔法を使ったり、フィーロが爪で襲い掛かったり。
一人一人魔法はあるんだが、派手さに欠けるというか~。
……何が派手さだ。外見なんか気にする余裕がある訳無いだろう。
必要なのは実益と効率だ。
相当、吸われているみたいだな。
少し意識しよう。じゃないと頭が変になってしまう。
「はぁ……はぁ……もうだめ」
「うん……」
メルティと谷子が疲れたと座り込んで呼吸を荒げる。俺は魔力水を盾から出して二人に投げ渡す。
「まあ、そうよねー……じゃあお姉さんが頑張っちゃうかしら」
ボコっと、サディナは魔法で生み出された水槽内で浮かびあがって、逃げようともがくガエリオンに向かって泳いで行く。
とても早い。
さすがは海でLv上げしていただけはあるな。
水の中では相当強いんじゃないか?
「さすがはルカ種……自分のフィールドなら水を得た魚ね」
「サディナの種族か?」
「ええ、水生亜人種の中では最強と名高い、希少種。海で敵対したらあのハクコですらも逃げろと言われる程よ」
すげえな。条件付きで最強と言う事かよ。シャチは魚の虎と書くからな。
サディナはもがいて水槽から飛び出したガエリオンが炎を吐こうとするその目の前に水面から勢いよく水を巻き込んで飛び出す。
その姿は水で作られた東洋の龍。
「激龍双刃!」
ドボンと音を立ててガエリオンは水槽に再落下して落ちてくる。
ダメージは入っているのか腹部から血が滴る。
「ガエリオン……」
谷子が小さく呟き、立ちあがる。
「ガエリオーン!」
「もういっちょ! 逆叉撃!」
サディナの纏う水流が尻尾を形作ってガエリオンの腹部に命中する。
「……頑丈ねー」
疲れたのかサディナが降りてきて一呼吸する。ガエリオンは水中で黒い炎を吐いた。
覆われた水がガエリオンの黒い炎に浸食されて消失していく。
「あー……これは厳しいわね」
サディナのキメ技でこれだけしか与えられないって、どんだけ頑丈なんだよ。
これ以上、ラースシールドの強化は下げられないし、メルティも谷子も戦うのは厳しい。
……どうしたものか。
無難に一度撤退するべきか。この程度の敵ならラフタリアがいれば勝てるはず。
だが、時間を掛け過ぎるとフィーロが危ない。
こういう時、後手に回ると悪い方に転ぶんだよな……。
まだ残っている手段というと……ラトか。
以前フィーロを止めた麻酔だの、薬物だのを使えばもしかしたら行けるか。
「ラト、薬を撃ちこめるか?」
「了解。ちょっとやってみるわね」
ラトが注射器を暗器の要領でガエリオンに投げつける。
サディナが与えたダメージ部位に命中、一応刺さった。
しかし、ガエリオンの動きは止まる気配が無い。
「GYAOOOOOOOOOOOO!」
サディナの攻撃で受けたショックから立ち直ったガエリオンが鳴いた。
そして忌々しいと言うかの如く、俺達を睨みつける。
「ガエリオン!」
谷子が何度も呼びかける。
「お願い! 戻ってきて!」
「おい! 待て!」
谷子は俺の制止を振り切ってガエリオンの前に走って行く。
気持ちはわからなくはないが、状況を考えろ。
「GURUUUUUUUUUUUUU……」
「ガエリオン……」
両手を広げ、これ以上は行かせないとばかりに谷子は睨みつける。
「ねえ! お願いだから元に戻ってよ!」
谷子の言葉が辺りに響く。
だが、ガエリオンの耳には入っていないと俺は感じた。
俺は急いで駆け出し、谷子を助ける為に前に出ようとする。
だが、それよりも早く、ガエリオンが大きく口を開いて、谷子に襲いかからんとしていた。
「エアスト――」
咄嗟にエアストシールドを唱える。
が、その前に――。
「……お父さん! もう、やめて!」
谷子が声を張り上げて言い放った。