新型コロナウイルス感染が国内で相次ぎ、政府の専門家会議は今後、1~2週間がヤマ場となるとの見解を示した。これまでの政府の対応に問題がなかったのか。収束の見通しはあるのか。会議の委員である尾身茂・地域医療機能推進機構理事長、脇田隆字・国立感染症研究所長、押谷仁・東北大学教授に議論してもらった。司会は論説委員長の原田亮介。
「人類が初めて直面するウイルス」
――新型コロナウイルスには、どんな特徴がありますか。
脇田氏 遺伝情報や性質からみると、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)に近い。大きく違うのは感染した人が必ずしも重症になるわけではないことだ。中国で約4万人の患者を調べた報告によると、全体の8割が軽症だ。肺炎になる患者は15%ほど。武漢では致死率が2~4%だが、それ以外の地域では0.7%くらい。ただ、80歳以上は10%を超す。
病気を起こしている人が感染者だとわかりやすい。しかし、新型ウイルスは症状がほとんどない人もいる。症状が出ない人も感染源になる場合は対応が難しい。人類が初めて経験するコロナウイルス感染症だ。
わきた・たかじ 名古屋大医卒。東京都臨床医学総合研究所主任研究員、国立感染症研究所部長、副所長などを経て2018年から現職。C型肝炎ウイルスの培養に世界で初めて成功し、ワクチン開発に道を開いた。
尾身氏 このウイルスは手ごわい。国民全てが感染してもおかしくない。医療関係者やマスメディアもこのウイルスについて正しく理解することが極めて重要だ。
発症する前に見つけるのは難しい。インフルエンザと違って症状が長引く。発熱が4~5日続いた後に治る人がほとんどだが、悪化する人もいる。この段階ですぐに医師に相談して「PCR検査」を受ける。4日にしたのは、できるだけ早くウイルスを検出でき、トータルで効果が高いからだ。このことを理解してほしい。
――感染力が強い人と弱い人、そうした違いがあるのでしょうか。
押谷氏 インフルエンザは感染力が強く、ほどんどの人が感染させる。新型コロナウイルスについては、誰が感染させやすいかはわかっていない。これまでの研究報告をみると、症状が軽い人やまったくない人が感染源になっている。日本ではスポーツジムでも感染者が見つかった。普通は体調の悪い人は行かない。かなり軽症の人が感染を広げているようだ。
脇田氏 通常はウイルスに変異が起きて病原性や感染力を増す。新型コロナウイルスの遺伝情報を解析した結果では、ほとんど変異していない。かなり特殊だ。ただ、感染者によって状況が変わるのかもしれない。新型コロナウイルスは肺で増殖して肺炎を起こす。喉で増えた場合は症状があまり出ていなくても、せきなどによって他人にうつす可能性がある。
尾身氏 これは仮説だが、ウイルスにさらされる量が多ければ、感染する人もいるだろう。ウイルスが体内で増殖する感染者もいるかもしれない。その人はせきをしなくても話すだけでウイルスが飛沫と一緒に出てしまい、周辺の人に感染する可能性も否定できない。
――クルーズ船で大量の感染者が出たのはなぜでしょうか。
尾身氏 隔離措置には一定の効果はあったと判断している。船内で毎日のように新たな感染者が見つかったような印象があるが、ほとんどの人は客室での待機が始まる前に感染している。これは国立感染症研究所の分析でも明らかだ。
しかし、船は病院ではなく、隔離措置が完璧だったわけではない。乗務員は医療従事者ではなく、部屋を共有するなどの不備もあり、感染が広がった。
――日本として説明が足りなかったのでは?
押谷氏 船上での感染症対策は本来は国内問題ではない。大きなハンディを背負って戦いをスタートさせなければならなかった。こうした状況では、何をやってもどこかに問題が生じる。
脇田氏 クルーズ船の感染者は2月7日にピークがあり、徐々に減ってきている。隔離によってまん延したわけではない。ただ、問題点については検証が必要だ。
「封鎖ではない合理的な対策必要」
――中国の対応をどうみますか。尾身氏は湖北省の対応はまずかったと指摘しています。
押谷氏 武漢市は新型コロナウイルスの怖さに気づいていなかったのだろう。重症者は少なく医療従事者の感染もないため、最初は制御しやすいと考えていたと思う。
都市を封鎖するのは19世紀の対策だ。市民や国民の行動を制御することで感染拡大を抑える方法があると考える。
尾身氏 感染拡大を防ぐだけが目的なら、中国と同じことをやればよい。しかし、人々の移動まで止める必要はない。一人ひとりの感染予防はもちろん重要だが、もっと合理的な21世紀型の対策があるはずだ。
中国を批判するのは収束した後にやればいい。中国は色々な対策を講じており、日本が学ぶことがたくさんある。
おみ・しげる 自治医大卒、医学博士。自治医大教授、世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長、国立国際医療研究センター顧問などを経て2014年から現職。WHO時代に西太平洋地域でポリオ根絶を果たした。
――感染症の問題になると、米疾病対策センター(CDC)のような組織が日本にも必要だという意見があります。
脇田氏 CDCをつくれば問題を解決できるのかというと、そうではない。感染研はCDCの機能を一部担っており、平時には効率的な組織になっている。組織をつくっても硬直的なら、うまく機能しない。
尾身氏 個人的には「冗長性」が極めて重要だと思う。感染症は突発的に流行するが、日本は爆発的な感染を想定した体制をとっていない。CDCをつくるのは一つの考え方だが、平時の組織を柔軟に対応できるようにする必要がある。
脇田氏 感染研は4月に、感染症の流行に機動的に対応できる組織を作る計画だ。病原体の研究は強いので、集団を対象に感染症の発生原因や予防などを研究する組織を強化する。それとともに地方自治体とのネットワークも強化する。手を付け始めたところに、今回の感染拡大が来てしまった。今後強化していきたい。
――今回の日本の対応はこれまでの感染症の教訓を生かせているのでしょうか。
押谷氏 SARSが流行した地域はきちんと対応できている。中国や香港、シンガポールなどはかなり対応能力が高い。例えば、シンガポールはほぼすべての病院でウイルスのPCR検査ができる体制が整備されている。このウイルスは感染経路が見えにくい特徴があるが、シンガポールは人から人に感染が広がる感染の連鎖をとらえている。そう遠くない時期に収束できる可能性がある。
日本はリソースをあまりつぎ込んでこなかったことは反省点だ。しかし、医療体制や医師の水準の高さという強みもある。全体像が見えていない部分もあるが、手遅れになる前に感染の連鎖を可視化しようとしている。
――感染者が多い北海道や和歌山などのことですか。
押谷氏 北海道はまだ見えていない。「クラスター」と呼ぶ小規模な感染者の集団が少なくとも複数ある可能性が高い。状況がわかっていないため、国立感染症研究所が調査チームを派遣した。和歌山は感染の広がりを抑えている。クラスターが次のクラスターを生み出すのを防ぐことが重要だ。
――感染の連鎖を広げないためには、どうすればよいのですか。
尾身氏 何人か感染者が出たら、同じ感染源があると考えて突き止める。方針づくりは終わったが、現場で実行されるには多くの課題がある。北海道だけでなく様々な地域に専門家を派遣するには、人的リソースの問題もある。
「収束へ向かわせるチャンスある」
押谷氏 新型コロナウイルスについて最大の謎は、濃厚接触者を調査しても感染の連鎖が全然みつからないことだった。それなのに、なぜ流行するのか。1人が10~20人に感染させているようなクラスターがあるはずだ。それ以外の感染の連鎖は自然に消えていく。
だからクラスターを見つけて、他に広がらないようにつぶせばよいと、2週間前に気がついた。かなりの確率で収束に向かわせられるチャンスはある。感染の広がりの予測を手がける北海道大学の西浦博教授に話したところ、同じことに気づいていた。クラスターが確認されれば、対策を講じて連鎖を抑えれば、早い時期に収束させられるはずだ。
おしたに・ひとし 東北大医学部卒、医学博士。国立仙台病院研究員、新潟大講師などを経て2005年から現職。03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)では、世界保健機関(WHO)のアドバイザーとして事態の収拾にあたった。
尾身氏 この1~2週間が正念場だ。これまでは厚生労働省に専門家として適宜アドバイスしてきたが、専門家会議として、どんな根拠に基づいて政府に提案しているのかをきちんと発表することが必要と考えて対応策を示した。政府も専門家も一人ひとりの国民も「ウイルスとの戦争」という強い意識で取り組むべき状況だ。