ヘタレ
「で、ラフタリアの手配したアトラ対策がお前か」
「そうなのよねーお姉さん困っちゃう」
事もあろうにサディナが俺の部屋で酒を飲みながら答える。
どういう人選だよ。
「まあお姉さんに任せておきなさい」
「不安でしょうがないんだが……」
地味にLvの上りが早いサディナは既に35にまで達している。
ちなみに一人で、だ。
海の魔物は経験値効率が良いのだろうか?
海洋系の魔物の育成を考えるか? 奴隷共は小船にでも乗せて……。
「で、私は何をすれば良いのかしら? アトラちゃんの前でナオフミちゃんと楽しい事をすれば良いの?」
「くだらん。何が楽しい事だ」
卑猥な表現を避けちゃいるが、サディナの奴、ふんどしを脱ごうとしていやがる。
誰がお前なんかと楽しい事をするかボケ! くだらないにも程がある。
ラフタリア、お前の人選は間違っているぞ。
「あらー私、ナオフミちゃんとなら楽しく出来るわー」
「人の話を聞け」
「あら? ナオフミちゃんは私と何を楽しむ予定だったのかしら? 一緒に酒を飲む事よー?」
「はぁ……」
頭痛がしてきた。
これ見よがしにふんどしを脱ごうとチラつかせている奴が、俺に勘違いだと注意するのは無理がある。
そもそも、その程度の事でうろたえる様な年齢じゃない。
「つーかナオフミちゃんと呼ぶのをやめろ」
「いいじゃないのー」
「よくねーから言ってんだ」
まったく、何処をどうしたらこんな奴と一つ屋根の下に……こう言う奴を相手にするのは疲れるんだ。
これも全てアトラの所為だ。
「そうカリカリしない。ガエリオンちゃんも見張ってくれてるじゃない」
「キュア!」
こんな事もあろうかと、一応ガエリオンも見張り役をさせる為に家に入れた。
入口が狭いがな。
どうにか入れる事が出来た。
そのガエリオンは部屋の隅を寝床にしている。
ただ、俺の部屋の物を時々好奇心で物色しだすのが問題か。
「ガエリオンちゃんと寝るなんて上級者ね」
「お前はそれしかないのか?」
本当にこいつは……俺をおもちゃにするなんて千年早いぞ。
「……アトラちゃんの気持ちに答えるつもりはないのかしら?」
「気持ちって、あいつは子供だろ。ラフタリアだって同じ。父親代わりみたいな関係だ」
保護者が居なくなって、そこにたまたま近い事をしてくれる俺がいただけで、親しく感じているだけだ。
仮に恋愛に近い感情を抱いたとしても、それは幼子が親兄弟を慕うのと同列の感情と言って良い。
そんなあやふやな心に付け込む様な事を、年上である俺がする訳にはいかない。
こういう事はもっと心身共に成熟してからするべき事だ。
その成長すら戦いの中で失われるかもしれないんだ。
ラフタリアがヴィッチと同じ性別だからという理由で買った俺が、そんな事をする権利は無い。
それはアトラも同じだ。
「俺は卑怯者だからな。そんな奴を死地へ赴かせようとしてんだよ」
「それがナオフミちゃんの理由か」
何やら真剣な眼差しでサディナはそう呟く。
「ナオフミちゃんはみんなを大事にしているのね」
「さっきの台詞を聞いていたのか? 俺は卑怯者だ」
「そういう事にしておくわー、でもラフタリアちゃんと本当に仲良くするんだったら覚悟をしなさいよ」
「何を言っているんだお前は」
きっと酒で頭がおかしくなっているんだな。
とかなんか話しているとサディナがベッドに乗り、サッと俺を引きよせて扉を背にする。
「あの」
何をするんだ、と注意するよりも早くアトラが扉を開けて入ってきた。
「あはん。ナオフミちゃん過激ー」
「何が過激だモガ――」
掛け布団を掛けられて俺の返答が遮られる。
なんだこれ? ちょっと待ておい!
「あら、アトラちゃん? ちょっとナオフミちゃんはお姉さんとお楽しみ中だから後でね」
ふざけんな!
あらぬ誤解を招きそうな状況に落としこまれかけてしまっている。
巨体で押しつぶしやがって。
だが、俺が盾の勇者だって事を忘れているな。
お前程度、重くもなんともない。
「キュア!」
なんでベッドにガエリオンまで入り込んでいるんだ、コラ!
「とてもそのような気の流れが感じられないのですが……」
「あら、見抜かれちゃった。失敗失敗」
「何が失敗だコラ!」
これがサディナの考えていたアトラ対策か?
目が見えないから、別の何かで感じ取っているアトラにそれは意味が無いだろうが。
しかもこれって、仮に成功したとして村での俺の立場が非常に怪しい物になるぞ。
サディナに手を出すってどういう状況だよ!
「ふざけんな!」
「じゃあ第二弾。ガエリオンちゃん」
「キュア!」
「あのねアトラちゃん。ガエリオンちゃんがお楽しみだから――」
「ぜってー無理だ! 諦めろ!」
何が第二弾だ!
ふざけやがって。
「尚文様とサディナさんは仲がよろしいんですね」
アトラがあっさりと流して家に入ってくる。
つーか無断で入るなよ。
「さて、アトラちゃん。お姉さんがナオフミちゃんの家にいる理由、わかるかな?」
「……はい」
「物分かりが良いわね。アトラちゃんはとてもいい子だけど、そう言うのは大人になってからにしましょうね」
「いいえ」
「き、聞きわけが悪い子だとお姉さん困っちゃうわ」
「私は尚文様をお慕いしております。ですから少しでもお近づきになりたいだけですわ」
「あららー……こりゃあ重症だわ」
サディナが諦めたかのように声を出す。
おい、ラフタリアのアトラ対策、そこでやめるなよ。
「ナオフミちゃん。アトラちゃんと楽しい事しない?」
「しないっての!」
「しょうがないわねー」
サディナはアトラの肩を叩き。
「アトラちゃん。ナオフミちゃんは、ヘタレだから女の子を食べちゃうような真似はイヤなんだって」
「ヘタ――おま!」
事もあろうに俺をヘタレとか何言ってやがる!
「大丈夫です。尚文様はやる時はやってくれる殿方です」
アトラも変に俺を信じてやがる!
ああもう面倒くさい! 逃げたくなってきた。
というかコイツ等、意味わかって言っているのか?
「決心が揺らがないわねー。アトラちゃん。お姉さんやナオフミちゃんはね。アトラちゃんの年齢を気にしているの」
「年齢……ですか?」
「ええそうよ。アトラちゃんはまだ子供でしょ? 病気も治ったばかりだし、もっと健康に、大人になってから、それでもナオフミちゃんが好きなら……ナオフミちゃんも考えてくれるわ」
「はあ……」
アトラも困ったように頭を傾けて気のない返事をする。
上手い切り返しだ。
お前は子供、大人になったら結ばれよう。
オタク文化で育ってきた俺には判り易い逃げ台詞だ。
問題の先延ばしだが、この世界に何年も留まるつもりはないから、結果的にうやむやにできる。
うん。この手で行こう。
……あれ? この発想、ヘタレじゃないか?
まあいいや。
「今はまだ、なのよ」
「でもラフタリアさんとは一緒に寝ていると聞いたのですが」
「寝てない寝てない。同じ家で寝てるだけだ。ベッドに潜り込むのはフィーロがたまにするくらいだ」
「では、特別な意味はなく一緒のベッドで寝かせてください」
ダメだこりゃ。話が通じない。
いや、通じちゃいるが、それでもと意思を通している。
「それに、明日には死んでしまうかもしれない世の中です。大人になるまで待っていたら手遅れになってしまうかもしれません」
くっ……その考えに気付いているとは。
確かに、こんな世界じゃ何が起こって死ぬかわからない。
ましてや俺は村の連中を最終的に波で戦わせる事を考えているんだ。
死ぬかもしれないと言うのは当たりだ。
いや、良く考えてみればいつ死ぬかもわからない重病を患っていた子なんだ。
一日を大事に見ているのだろう。
「もう、私はお兄様の負担にもなりたくないですし、立派に嫁いでみせます」
「……その相手がナオフミちゃんなのね」
「はい。尚文様以外考えられません」
「じゃあ、もう少しナオフミちゃんの気持ちを理解してあげなさいな」
「尚文様の気持ち、ですか?」
「そうよ。ナオフミちゃんは、アトラちゃんやみんなの事を考えているの。そこにアトラちゃんの持つ気持ちが無い訳じゃないけど、それよりも大事な事がある。わかるわよね」
「……はい」
アトラは長い沈黙の後に頷いた。
サディナ……言葉がうまい奴だ。
というか、子供をあやすのが上手なのか?
どちらにしても、これからはコイツのペースに乗せられない様に注意しよう。
「ナオフミちゃんにとってアトラちゃんは大事な村の一員で、まだ恋人とかそう言うのよりも、家族でしかないし、決心もないの。一番仲の良いラフタリアちゃんだって、そこはわかっているのよ」
ラフタリアは真面目に使命に燃えていて、色恋に興味が無いと思うんだけどなぁ。
ま、ここで茶々を入れたら俺が危ないから黙っていよう。
「だから、わがままを言うと、ナオフミちゃんに嫌われて、失敗しちゃうわよ。今は機会を待ちなさい」
「わかりました」
サディナが俺の方を見て指を立てる……何故か人差し指と中指の間に親指を通してる。
それ、俺の世界だと卑猥な表現なんだけど。
それとも、この世界では言いくるめたという表現なのか?
しかしサディナがやると俺の知っている意味な気がする。
「では同じ部屋で寝かせて貰いますわ」
「結局それかよ!」
「キュア!」
あーもう。どうすりゃ良いんだよまったく。
「しょうがないわね。じゃあお姉さんが一緒に寝てあげるから、ナオフミちゃんのベッドに入っちゃだめよ」
「はい」
とりあえずはー……理解してくれたのか?
虎視眈眈と狙っているような気がするけど。
アトラがラフタリアのベッドで横になった。
「サディナさん。寝る前にお話をお願いします」
「そうねー。じゃあ海での事を話しましょうかね」
サディナはアトラをあやしながら話を始める。
ちょっとふざけた奴だけど、なんだかんだで色々とやってくれる。
村の連中も信頼しているし、何処に魅力があるのかいまいちわからないけど、俺以外で頼る相手にはなっているんだよなぁ。
ラフタリアよりも信用されている。
子守りも得意みたいだし、ふざけさえしなければ任せたい仕事もあるんだけど。
「キュア!」
ガエリオンがサディナの話を聞いていたが、飽きて部屋の物を物色し始めた。
今回は新しい武器や防具の素材にする袋に頭を入れている。
「コラ、そんな所を弄るな」
好奇心いっぱいのガエリオン。フィーロもこんな時期があった分だけ、対処も簡単だ。
なんて……俺は考えていた。
この後起こる事件の引き金が転がっているだなんて夢にも思わなかった。