ピンポンダッシュ
『ぐぬ……思いのほか新しい身体の意思が強い。だが時期がくれば……』
前にもこの声を聞いた様な気がする。
なにやら悔しそうな声を漏らしている。
『ククク、幸い近くに二つも我が半身がある。一つでも手に入れば……』
なんか中二病っぽいな。
主に雰囲気が。
『なに? ……これはウィンディアの気配? 生きていたのか! だが――』
ラフタリアが山籠りに入って六日目。
その朝。
「はぁ……」
またか。
アトラが最近俺のベッドに潜り込むようになった。
フィーロが時々俺のベッドに寝ている時に入ってくる事があって、またフィーロだろうと思って寝なおすのだけど、最近じゃアトラになってきている。
その度にフォウルを呼ぶのだけど、徐々にフォウルの方にも変化が出てきた。
二日目の朝。
寝ているはずだとフォウルは勘違いしていた。
なんかベッドの中にダミーが施されていたらしい。
その翌日は睡魔に襲われて熟睡。
おそらく、アトラが用意したおやつの中に睡眠薬が混じっていたのだろう。
入手経路はガエリオンからだとか。
睡眠のブレスが使えるようになったらしい。
で、その翌日は……物理的に寝かされていた。
既に負けているじゃないか。
今日はなんだろうな。
「ナオフミ様ー! ただいま帰りました!」
バアンと事もあろうにラフタリアがタイミング悪く帰ってきた。
凄く懐かしそうに再会を喜んでいた顔がキョトンと変わる。
「最近、どうも入ってくるんだ。どうにか出来ないか?」
「えっと……何も起こっていないのですよね」
「何が起こるんだ?」
ベッドにもぐりこまれるのは本当に困っている。
フィーロはやめろと言っても潜り込むし、アトラも変わらない。
おそらく卑猥だとかで潔癖なラフタリアは怒っているのだろう。
まったく、事もあろうに俺がそんな真似をすると思っているのか?
「はぁ……そうですよね。ナオフミ様はそういう方です」
「フォウルを呼んでくれ、むしろフォウルの方が心配だ」
「はい」
本日は簀巻きになって寝かされていた。
動く事も出来ず、家で腹ばいになってもがいていたそうだ。
「ナオフミ様? どうして拒まないのですか?」
「昨日は出ていけと注意して追い出したぞ。外で寝ていた。その前は奴隷紋を起動させて潜り込んで来たら罰するようにしたのに入っていた」
「鬼ですか!?」
昨日は追い出した。そしたら家の前で寝ていやがった。で、奴隷紋の方は、元々病気で全身痛かったらしいから慣れであんまり効果が無いらしい。平然と寝ていた。
有言実行とはこの事だ。
フォウルに滅茶苦茶怒られた。
どうすれば良いんだよ。
要するに二回、フォウルは寝かされた訳で。
「そうでした。ナオフミ様はそんな方でした」
「本日二回目だな。だから俺も同じ事を言う。何を言っているんだ?」
「ん……どうしたのですか尚文様?」
目を覚ましたアトラが白々しく尋ねてくる。
お前の事で悩んでいるんだよ。
「……わからないのか?」
「寝所にご一緒する事がそんなに嫌なのですか?」
「正直困る。お前も痛いだろ」
「痛みよりも心が温かいです。何故一緒に寝てはダメなのですか?」
「お前の兄が五月蠅い」
「アトラ! なんでそんな奴の所へ行こうとするんだ!」
「ほらな」
「お兄様は気にしないでください。私が尚文様をお慕いしているだけなんですから」
「何を言っているんですか!?」
ああもう、アトラはどうも騒ぎを起こすなぁ……。
一体どうしたんだ? いや、考えられる可能性が一つある。
「ラフタリア、それとフォウル」
「なんです?」
「なんだ!?」
「もしかしたらイグドラシル薬剤の副作用かもしれない」
「「は?」」
そうだ。そうとしか思えなくなってきた。
万能の薬にも厄介な副作用、服用させた人間を信じすぎると言う物があったんだ。
そうとしか考えられない。
「戦闘顧問を見てみろ。俺の事を聖人様と慕ってくるじゃないか。きっとイグドラシル薬剤には飲ませた相手を惚れさせる効果があるんだ。奴隷紋すら克服してしまっているのかもしれない」
万能の薬にも唯一の欠点があったんだ。うん。
薬の効果が凄いアトラはババアよりも副作用が強いんだろう。
奴隷紋もこれ以上掛けると危ない。最悪死ぬ。
「とりあえず薬の副作用が切れるまで警戒を解けない状況だ」
「そ、そうですね!」
「はぁ!?」
ラフタリアが俺の説に同意するがフォウルは意外そうな声を出す。
「何か不満なのか?」
「い、いや! そうだな! 絶対に副作用だ! アトラを全快にさせるほどの薬だった訳だし、きっと副作用に違いない!」
「違います尚文様! 私は心から尚文様をお慕いして――」
「さ、アトラ、今日もLv上げに行くぞ!」
「ああ、尚文様ぁああああ!」
アトラがフォウルに連れられて家を出て行った。
いつもとは逆パターンだな。
ちょっと新鮮だった。
なんだかんだで兄妹なのかもしれない。
「さて、ラフタリア。山籠りは終わったか?」
「いえ……ちょっと移動で立ち寄っただけで……」
「聖人様ーラフタリア門下生がこっちに来てませんですじゃ?」
外からババアが声をあげて尋ねてくる。
門下生……。
「そうか……」
「まだ……山籠りをしなくてはいけなさそうです」
変幻無双流だったか。
修行も大変そうだな。
もしかして俺もやらないといけないんだろうか。
まあやらないといけないんだろうな。
防御力に比例する攻撃なんか受けたら一発で死ぬぞ。
うん。暇な時間を見繕って自分でもやり方を模索しておこう。
「む……お主、更なる強さが欲しいと思わんか?」
外を見るとババアが事もあろうにフォウルを勧誘している。
……女騎士が若干羨ましそうにフォウルを遠くから見つめていた。
休みをとってまで、ババアに付いて行っているのに、教えて貰っていないのか?
「お、俺は妹の面倒を見なくてはいけないんだ!」
「伸び盛りなのにそのような甘い理由で逃げる事は許さんわい。聖人様の為、更なる強さを得るのじゃ!」
「あ、アトラ! お、俺は! 俺はぁああああ!」
結局フォウルはこうなる運命なのか。
……ダメだこりゃ。
フォウルがいないんじゃ、アトラをどうやって俺のベッドに潜り込むのをやめさせるんだ。
ん? アトラがこっちを向いて手を振っている。
きっと。
『これで気兼ねなく寝所を共にできますわ』
とか考えているんだろう。
これは早急に対策を取らないといけないな。
「とりあえず、色々と手配するのでナオフミ様は安心してください!」
「ああ、わかった。頼りにしている」
「はい。ナオフミ様の為にも絶対に間違いは起こさせません」
ラフタリアが何をしてくれるのか期待するしかない。
あんな子供と間違いって何が起こるんだよ。
その後、朝食を終えてからラフタリア達はまた旅立ってしまった。
しかもフォウルまで連れて行かれた。
コンコン。
またか、最近、この家をノックして逃げるいたずら。俗に言うピンポンダッシュをする奴隷がいるらしい。
俺が出て、誰もいないのを確認する楽しみを覚えた馬鹿がいるようだ。
だから昼食時、奴隷共が集まってから俺は奴隷項目にチェックを入れて注意する。
「最近、俺が在宅中にいたずらする者は名乗り出ろ」
……誰も手をあげない。
しかも奴隷紋も作動しないと来たものだ。
奴隷じゃないのか?
じゃあ。
と、兵士とか村に来ている魔法屋とか洋裁屋を睨む。
全員、首を横に振る。
……誰なんだ?
とりあえず確認。
扉を開けてー、良しいない。
一日に三回くらいやるんだこの犯人は。
見張りを立たせた事もあるが、そうするといたずらしない。
だからと言ってこんな悪戯をする奴を俺は放置するわけにはいかない。
コンコン。
ちなみに前日は扉の前で待ち構えて、ノックされた瞬間に開けた。
キールだった。
しかもアトラと同じく、最初にノックしたらしい。
今日の献立は何? って、他の奴隷と一緒に来たから犯人ではないだろう。
そのキール達も今日は行商に出ていて留守だ。
実際、村に居るのは手先が器用な奴隷しか残っていないし、朝のうちに俺の所へは来るなと注意してある。
間違い無く犯人だ。
だが、今日は逃がさん。仮に犯人じゃないとしても捕まえてやる!
「シールドプリズン!」
扉を叩いた奴を盾の檻で閉じ込める。
俺は扉を開けてこんな悪戯をした奴を確認した。
ガツンガツンとプリズンが揺れている。トラップは成功だな。
「どうしたの? 伯爵」
「ラトか、お前こそこんな時間にどうしたんだ?」
「気分転換に散歩。それよりどうしたの?」
「最近、ピンポンダッシュをするいたずら者が居るのを朝、話したろ」
「そうね。じゃあここに?」
「ああ」
「どんないたずら者かしらね」
プリズンの効果時間が切れるのを待って、中身を確認する。
「キュアアアアア!?」
……。
俺とラトは同じ表情で呆れていたと思う。
うん。奴隷共じゃなかったら魔物を疑うべきだよな。だけどピンポンダッシュなんて真似を魔物がするとは思わなかった。
ピンポンダッシュ魔ことガエリオンが自由になって空へと逃げる。
俺は迷うことなく魔物紋の項目を出現させて罰を発動させた。
「キュアアアアアアア!?」
ガエリオンが落下して暴れ回る。
ちなみにガエリオンは尻尾を含めて全長2メートルちょっと。
見た目は完全にドラゴンっぽい生き物になっている。
若干、尻尾が太いかな。
目が大きく、可愛げが残っている。少しメタボだ。
Lvは現在35。
成長もある程度なだらかになってきていた。思いのほか大きくならなかったなぁ。
谷子がガエリオンの悲鳴を聞きつけて走ってきた。
「ガエリオンがどうかしたの!?」
「昼のいたずら犯だ。現行犯で捕えた」
「え?」
さすがの谷子もガエリオンを擁護するか迷うように俺を見る。
「庇うなよ。悪さには躾も必要なんだから」
「わかった。ダメだよガエリオン。いたずらは、メッ!」
「キュアア……」
「どうしたのごしゅじんさま?」
フィーロも騒ぎを聞きつけてやってきた。
メルティとは遊んでいなかったのか。
「あー怒られてるー!」
フィーロがこれ見よがしにガエリオンが怒られているのを踊って楽しんでいる。
「ガーエリーオンが怒られたーざまああみーろ。ごーしゅじーんさーまを、背中にのせーるのはーフィーロ」
「ギャアアアウウウウウウウウウウ!」
馬鹿にされてガエリオンが怒りを露にしている。
ついでにフィーロにも罰。
「あきゃああああああああ! な、なんで?」
「相手の失敗を笑うな」
「ご、ごしゅじんさまも笑うのにー」
む……そういえばそうだった。
すぐに魔物紋の発動を止める。
ラフタリアの気持ちがこんなところでわかるとは。
やめる気はないがな。
「なに論破されてるのよ!」
「俺は他人の失敗を笑う。だから俺には言う資格が無い」
「あのねー……」
ラトが額に手を当てて呆れている。
俺はヴィッチやクズの失敗を笑い、勇者共の現状を笑っている。
そんな俺が正論を説いた所で説得力が無い。
やめる気はないがな。
「えっとー……ライバルだからってそういう事をしちゃいけません」
「ぶー」
「私を怒らせたらどうなるかわかってる?」
「やー!」
なんだこの茶番? フィーロには良いお灸みたいだけどさ。
「まったく、どうしてこんないたずらをしたの?」
谷子がガエリオンの顔を撫でながら尋ねる。
ガエリオンはキュアアアっと弱々しく鳴いた。
「あんたに遊んで貰いたかったんですって」
「はぁ?」
「あんまり遊んで上げてないでしょ。そこの鳥は構うのに」
「むー!」
フィーロと谷子が睨みあいを始める。
どうもフィーロはガエリオンの事となるとムキになるからな。
そもそも、別にフィーロを構っているつもりなんか無いんだが……。
「まてまて……つまり、俺が遊んでやらないと、またこんないたずらをすると?」
「キュア!」
頷きやがった。
かまってちゃんかよ。まったく……。
ラトの方を見る。
「スキンシップは大事よ。どっちもね」
そうですか。面倒くせー。
「じゃあフィーロとガエリオン。一日交替で少し遊ぶ時間を作ってやる。ただし、相手の邪魔をしたら交替なしだからな」
「むー!」
「キュア!」
双方が睨みあいながら抗議する。
「じゃあ両方無しだ」
「わ、わかったよう」
「キュアキュア」
両者妥協し、この案で頷いた。
「じゃあ、今日はガエリオンからな」
「キュア!」
「えー!」
「もう半日しかないだろ。明日は今日より絶対に長く遊んでやるから我慢しろ。お前の方が年上だろうが」
「むー……わかった。じゃあ――」
渋々フィーロは谷子を誘って、Lv上げに出かける。
ついでにアトラも連れていく様だ。
「そうそう、伯爵にはドラゴンの役に立つ所を教えておこうと思ってたのよ」
「なんだ?」
「ドラゴンの体液っていろんな薬になるのよ」
「ほう……」
「唾液とブレスの塊辺りは良い材料になると思うわ」
そういやアトラがガエリオンのブレスを睡眠薬にしていたもんな。
主な使用用途は兄に服用していた様だが。
というか、ああ簡単に引っ掛かるのもどうかと思う。
「同じ理屈でフィロリアルにも薬に出来る部位があるんだけど……あの子は別格だし、オススメ。可愛がって搾り取るのよ」
「お前、本当に魔物が好きなのか?」
フィーロの唾液?
そんなの欲しがるのは元康で十分だ。
まあ考えておくか。
「さてガエリオン。何して遊ぶ?」
「キュア!」
犬みたいに尻尾を振って、喜ぶガエリオン。
とりあえずフリスビーシールドで遊ぶか。
盾をフリスビーに変えて投げる。
ガエリオンが颯爽と追いかけて羽ばたく。
ファンタジーに色々と理由を追求しちゃいけないけど、良く飛べるな。
パシッと投げたフリスビーをキャッチされ、消えて手元に戻ってくる。
ご機嫌なガエリオンは俺に向かって飛んできて顔面を思いっきり舐めまわしてくる。
どっかのお喋り鳥と違って純粋で良いな。
などと、少しだけガエリオンと戯れてから仕事を再開したのだった。