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おかしな転生 作者:古流 望

第27章 陰謀は黒くてほろ苦く

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279話 オークションと秘密

 ファンファーレが鳴る。

 勇ましくも楽し気な音楽と共に、正装した男が声を張り上げた。オークションの始まりである。


 「紳士淑女の皆さま、ようこそ」


 オークションは、軍の訓練用の施設を借り切って行われる。

 モルテールン家の人脈を駆使し、中央軍に顔の効くカセロールが各所に手配した上で敷地を確保し、簡易設営でプレハブのような建物を急ごしらえして用意された会場。

 元々軍事訓練の為のスペースということで、三千人は収容できるはずの広さで用意していたそこは、既に人が押し合うほどに集まっている。付き添いの人数を制限したり、冷やかしの人間を排除した上でこれだ。これが電車なら乗車率は二百パーセントぐらいはあるだろう。ごく一部の特別な客用のスペース以外は、基本的に立ち見である。


 「本日は、カドレチェク家主催、神王国王家協賛によりますドラゴンオークションへお越し下さり誠にありがとうございます」


 プレゼンターが軽快に案内する会場。マイクなど無いので、基本的には肉声のみ。大声がどれだけ出せるかが実力というようなところがあり、基本的に声は野太く潰れている。

 張り上げられた声の届く範囲は限られているため、少しでも聞きやすい所に行こうと動く客のせいで、若干押し合いがあったものの、誰の入れ知恵か、現代的に整備された紐の仕切りや動線を意識した会場のおかげで混乱はない。

 警備員として働くのは、何と騎士たちだ。客が揃いも揃って金持ちであり、偉い人たちばかりという特殊性から、中央軍の騎士が総動員されている。これもカドレチェク家のコネあってこそである。例え、売り上げの二割を渡すことになっているとしても、モルテールン家では不可能な準備であったのだから仕方がない。


 あいさつの後は、早速とばかりに商品が運ばれ、競売が始まる。

 最初に運ばれたのは、遠目にも目立つド派手な衣装だ。


 「まずはこれ、エリザベート二世陛下のドレス。畏れ多くも陛下からご提供のありました品です。一クラウンから参ります!!」


 オークションについては、目録が作られている。どの順番でどんなものが出品されるのか、事前に参加者は知っているのだ。

 このオークション、参加者数が前代未聞であることもあり、便乗したがる人間がかなり多かった。競売を取り仕切り、出品の権利を利権として分配したのはカドレチェク公爵家である。カドレチェク家と親しい、或いはモルテールン家と親しい人間ほど優先して良い出品順で出品できる。仲が悪い人間は、前代未聞の競売であるにも関わらず、出品が出来ない。最悪は買い手としての参加すら拒否されている。

 中々にドロドロとしたものがある競売ではあるが、貴族社会などというものは大体が事前の交渉で多くが決まっているものなのだ。

 初っ端が王家からの品というのにも意味がある。落札した額は出品者に渡るのだ。合法的に国王に対して献金が出来る。入札するのも、王家の品を欲するという意味で心証を良く出来るだろう。つまり、最初に入札をさせることで抵抗感を減らし、後に続く品を高値にするためのオークショニアの策略なのだ。

 王家としても、何代も前の王妃のドレスのような不用品を処分する良い機会である。とっくの昔に流行遅れとなっている品。捨てるわけにもいかないが、下手に売るのも王家の威信に関わる。普通は、機会を見計らって部下への褒美に使われることもあるのだが、宝飾品ならばともかく女性もののドレスというのは中々貰って喜ぶものが居ない。

 つまり、今回の様に王家の財政にプラスとなる上に感謝される売り方は、大歓迎なのだ。


 一クラウンがいつの間にか十クラウンになり、十が百になりと、中々の過熱っぷりである。


 「ほほう、やはりこれだけの人が集まると、値段の桁が違うな」


 次々と出品されては落札されていく品を見て、フバーレク辺境伯ルーカスは興味深げにつぶやいた。

 宝飾品やドレス、逸話の有る名剣、珍しい動物に名画。

 どれもこれも、普通に売り買いしようとすれば中々に難しい一点ものだ。欲しいと思っても簡単に買えるものでは無く、かといって売ろうと思った時にすぐ売れるものではない、超高級品。

 それがオークションに掛かることで、信じられないぐらいの値段で売れていく。出来るだけ金策したい、ドラゴン狙いの人間からの出品が多いのは公然の秘密であり、普段なら買えないような秘蔵の品もチラホラ出品されていた。数十カラットもあるような宝石など、普通ならば市場に出回るどころか一般人が目にすることすら無い。

 目ざとい商人や、鑑定眼の有る金持ちが、ここぞとばかりに張り合っていく。これこそまさに競売の醍醐味である。

 大龍オークションとはいえ、それに付随する美味しい話が次々生まれるオークション。まさに欲望の祭典である。

 そしていよいよ、余興も終わって会場が熱を帯び始めたころ、本番がやって来た。


 「次は、モルテールン家からの出品。ドラゴンの爪でございます!!」

 「「おおお!!」」

 「まずは右前足の第一指から。10シロットより参ります!!」

 「15!!」

 「24!!」

 「24シロットが出ました。以降は最低単位が1クラウンとなります」

 「2だ!!」

 「こっちは3で!!!」


 これを待っていた。

 そういう人間も多いのだろう。

 入札の数自体は順調。しかし、ルーカスは不自然さに気付く。


 「思った以上に値が付かないな」

 「そうですね」


 辺境伯のつぶやきには、傍に居たスクヮーレも大いに頷く。

 爪が幾つか落札されていくに従い、大体の相場観というものが生まれてくる。

 フバーレク家もカドレチェク家も、事前に落札価格の予想は立てていた。それぞれの貴族の財布事情や、取引に使われる諸々の価値、或いは欲しがっている者の人数など。事前に相応の予想がされていたのだが、その予想と比べて著しく低い。

 入札数自体は予想通りであり、想定の範囲を下回りも上回りもしていないのだから、値段に関してのみ、予想とずれていることになる。これは大いに不自然さを覚えるし、何がしかの作為を疑うべき状況だ。


 「続きまして、ドラゴンの肋骨でございます。これほど大きな骨はドラゴン以外にはあり得ません。自然が作り出した造形美とも言うべき緩やかな曲線は芸術と言えるでしょう。それでは10シロットから!!」


 爪や骨、龍の干し肉といったものも売られていく。一番値段が高かった素材は鱗であり、どうやらどこかしらの組織が一括で買い集めている様子。これだけ明らかに値段の桁が違っていた。

 ますますもって、陰謀の香りが強まってきた。

 さて、この状況でモルテールン家はどう動くのか。既に爪を一本手に入れて面目は保ち他人事のルーカスや、仕事中のスクヮーレとしてみれば、既に高みの見物である。

 多くの貴族がそれなりに素材を買い、ある程度の人間が必要な体面を保てるだけにいきわたったと見られた。

 メンツは既に守られた。となれば、後は実利を追い求めるのみ。今回のオークションにおいて耳聡いものは、龍の血の効能について聞き及んでいる。これから恐らく競売の黒い部分が見られるだろう。金貨で殴り合う、形を変えた戦争。誰がどれだけの金を集めてきているのか見えない中で行われる、金貨積み上げのチキンレースだ。

 ルーカスが知らずと緊張していたように、或いはスクヮーレが手に汗をかき始めたように、他の貴族も刻一刻と迫る本番に向け、体を強張らせ始める。


 「……ここで、お集りの皆さまにご報告です」


 いよいよ今回の競売の目玉。もとい龍の血の競売が始まろうとした時。進行役のオークショニアが嬉し気に声を張った。

 今日一番と思えるような声だ。


 「ご来場の方のみ、特別にお目に掛けます。特別出品です」


 会場がざわつく。

 オークションにおいて、出品目録(カタログ)に載っていない品が出ることは良くある。そういう隠し玉やお楽しみ要素を設けておくことで会場に足を運ばせ、入札と購買欲を煽り、更には顧客満足度を高める方法。

 それ自体は珍しくも無いのだが、普通はこの手のお楽しみ要素は目玉商品の落札を邪魔しないように行われる。

 それが今回、最重要出品の前にシークレット出品を競売するという。


 普通、競売というのは順番が早いほど不利だ。出品の後ろに一番欲しいものがあった場合、それまでにお金を使うことなく貯めておきたがるのが普通だし、二番手三番手が出品されたとしても、入札を躊躇しがちだ。

 つまり、シークレット商品を出して盛り上げようと思うのなら、誰もが欲しがる一番人気の重要出品の後に出すべきである。

 にも拘わらず、このタイミングで出品。さて、いよいよもってモルテールン家の策略の匂いがしてきた。

 スクヮーレなどは、思わず腰の剣と出口を確認してしまったほどだ。下手をすれば、いや、下手をしなくても、これから荒れる。間違いなく荒れる。騒動になりそうな雰囲気に、仕事の時間だと気合が入った。


 「皆さま、龍の血をお求めのことと存じます。しかし、ここで紹介しますものは、それに勝るとも劣らない一品でございます」


 オークショニアの紹介と共に運ばれてきた台。布のかぶせられたそれが、衆目にさらされる。赤い、光沢のある布だ。

 一同の視線が集まったところで、ばっと布が外された。


 「軽金を超える新たな金属。モルテールン領で“作られた”金属で、その名も龍金!!」


 会場が、一気に騒がしくなった。


 軽金とは、教会が独占する重要な戦略物資。魔力を蓄える性質から、聖別の儀式にも使われるし、建材としても重宝される。魔法対策を行った安全な部屋を作ろうと思えば、どうしたって必要となるもの。

 金より高価な貴金属でもあり、この軽金の量はそのまま国力となるほどに入手の難しい金属だ。

 その上、オークショニアは何といったか。

 モルテールン領で作られたと言った。

 軽金の上位互換の素材を、作れる。これに驚かずにいられるだろうか。


 「この龍金は、軽金以上に魔力を蓄える力を持ちます。非常に優れた能力を持ち、建材としては軽金よりも軽く、加工もしやすいことを保証いたします。更に、驚くべきことにこの龍金には龍の血と同じように癒しの力があるのです!!」

 「何だって!!」

 「どういうことだ!!」

 「この金属で覆い(ギプス)を作り、骨折した人間に使ったところ、普通に添え木で固定するよりも遥かに早く、そして綺麗に治る効果が認められたのです。この効果は陛下も御認めになられており、既に王室御用達となることが決まっております」


 会場は、荒れた。

 それはもう、怒号とも悲鳴とも区別がつかないほどに騒がしくなったのだ。

 龍の血は、生ものだ。幾ら保管に気を使ったところで、腐敗は起きる。それに比べて、龍の金属を標榜する龍金というのはどうだ。金属である以上血よりは保管が容易かろうし、加工もしやすいに違いない。

 何より、消耗品の血とは違って、複数回の使用が可能、かもしれない。

 龍の血を落札しようとしていた人間は、二つに分かれた。事前に入念な情報収集を行い、効果がおおよそ確からしいと思える血を手に入れるか。或いは今回シークレットとして出された件の金属を手に入れるか。

 龍の血だけで終わると思われていた競売に、とんだ伏兵が現れたものである。


 「さあ、こぞって入札ください」


 オークションは、史上空前の盛り上がりを見せるのだった。


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