ちょっと早いですが、本日の更新をやっちゃいますね。
今日はホーリードールの7回目です。
それではー。
7、
金属音が響く。
正確には金属ではない。
ホーリードールサキの繰り出す青いレイピアとビーストの爪が交わる時に発する音だ。
地下の駐車場には何台もの車があるが、それらの間を縫うようにして三体の人影が移動する。
「ドールアスミ! そっちへ行ったよ!」
「わかっていますわ。そちらへ追い込みますわね」
赤いミニスカート姿のホーリードールアスミが高級外車の屋根から両手をビーストに向けて構える。
その手のひらから赤い光弾が発射され、ビーストの足元に命中した。
『ウゴォォォォォ』
ビーストはあちこちに傷を受け、戦意を喪失していたものの、執拗に繰り出される攻撃を何とかしようと必死だった。
「行きましたわ。ドールサキ」
「うん。次でしとめる!」
青いレイピアが蛍光灯の明かりを反射して冷たく光り輝いている。
「うふふふ・・・ビーストもこれでお終いですわね」
先ほどまでの無表情さとは一変して、にこやかに笑みを浮かべているホーリードールアスミ。
「うん。闇に穢れた者を追い詰めるってわくわくするよ。気持ちいい・・・」
ホーリードールサキも何か熱に浮かされたようにうっとりとしている。
「ええ、ゾクゾクして・・・とても気持ちいいですわ・・・」
その笑みは冷たく、普段の明日美にはまったく似つかわしくないものだ。
『グオォォォォォ』
跳躍を繰り返し、ひたすら死角に入り込みながら逃亡を図るビーストだったが、二人のホーリードールの連携に阻まれて次第に追い詰められていく。
「いただきぃ!」
「ここまでですわ!」
飛び掛ったホーリードールサキのレイピアがビーストの首筋に突き刺さり、ホーリードールアスミの手から放たれた火球がビーストの全身を包み込む。
『グギャァァァァァ』
ビーストの悲鳴。
「やったね!」
「やりましたわ」
二人のホーリードールが寄り添って燃え上がるビーストを見つめる。
やがて、ビーストは崩れるように倒れこむ。
しばらくはピクピクと躰を蠢かせていたものの、それもすぐに収まってしまう。
そこには黒く焦げた男性の死体があるだけだった。
「うふふ・・・闇に穢された者の末路ね」
ホーリードールサキはつま先で死体をつつく。
そこには死者を悼む気持ちはまったくない。
「はあ・・・気持ちいいですわ・・・闇を撃ち払うって最高の気分ですわ・・・」
胸に手を当てて頬を染めているホーリードールアスミ。
「うん。最高だよね。特に死ぬところなんかピクピクってしちゃって可愛いぐらいだよね」
ホーリードールサキも同じように胸に手を当てて目をつぶり余韻を感じていく。
「それじゃ行きましょう。ドールサキ」
「うん。行こう。ドールアスミ」
二人は顔を見合わせてにこやかに微笑むと、地下駐車場を後にした。
「どうやら倒されたようです、デスルリカ様」
ふわふわした闇の中でレディアルファが跪く。
上も下もないような闇の中で雪菜は苦しい息のもとで必死に痛みを耐えていた。
「ガフッ・・・た、助けて・・・お母さん・・・」
雪菜は霞む目で闇の中を見据える。
光のまったくない闇の中だというのに、レディアルファの姿だけはしっかりと捉えることができる。
真っ黒な衣装を身に着けているにもかかわらず、その美しい輪郭は少しもぼやけることなく雪菜の目に映っている。
「あれはあくまで試作品。目的は充分に達したわ。気にすることはないわよ、レディアルファ」
優しいが凛とした声が闇の中に響く。
その声とともに一人の女性が闇の中に現れた。
頭の両脇からねじれた角が生え、すらりとした姿態にはつややかなとげ付きのレオタードを纏っている。
腰にはアクセントとして銀色のチェーンがベルト代わりに巻きついており、長手袋とハイヒールのブーツが手足を彩っていた。
「ありがとうございます、デスルリカ様」
レディアルファは神妙にうつむいている。
「です・・・る・・・りか・・・様?」
雪菜は何か夢でも見ているような思いがした。
闇から現れたのは優しい笑みを浮かべた美しい女性だったからだ。
「かわいそうに・・・」
「えっ?」
デスルリカの視線が雪菜を捉える。
「光に見捨てられた哀れな子」
「え? あ・・・」
「心配はいらないわ。私があなたを導いてあげる」
デスルリカは雪菜のそばに来るとすっとしゃがみこみその手を雪菜にかざした。
「え?」
雪菜の痛みがすうっと引いていく。
「あ・・・」
雪菜は涙があふれてきた。
誰も・・・
誰も助けてくれなかった・・・
紗希ちゃんも明日美ちゃんも助けてくれなかった・・・
みんな・・・みんな・・・私が死ねばいいと望んでいたんだ・・・
みんな・・・みんな・・・私が死にそうだったのをあざ笑っていたんだ・・・
でも・・・
でもこの人は違う・・・
この人は助けてくれた・・・
この人だけが私を・・・
「どう? 痛みは引いた?」
「はい・・・はい・・・ありがとうございます・・・ありがとうございます」
雪菜は涙を流しながらお礼を述べる。
「いいのよ。かわいそうに・・・苦しかったでしょう?」
雪菜はデスルリカに優しく抱きかかえられる。
「あ・・・あぐっ・・・えぐっ・・・うわーん!」
雪菜は極まって泣き出してしまう。
「いいのよ。思いっきり泣きなさい。そしてあなたを見捨てた光と人間どもを憎みなさい」
そっと雪菜を抱きしめるデスルリカ。
それはまるで母親が娘を抱きしめているかのようだった。
「えぐっ・・・うっうっ・・・に・・・くむ?」
泣きじゃくりながら雪菜はデスルリカを見上げる。
「そう・・・あなたの躰はぐちゃぐちゃにされてしまった・・・助かるには躰を作り変えるしかないわ」
「躰を・・・作り変える?」
雪菜は驚いた。
手術が必要だということなのか?
そんなお金が家にあるのだろうか?
でも・・・でも死にたくないよぉ・・・
「そう・・・光を憎み人間どもを闇で支配する闇の女として生まれ変わるの。そうすればあなたはもう死ななくてすむわ。あなたは死んでもいいの?」
「死にたくない・・・死にたくないです」
雪菜は首を振る。
当然だろう。
「わかっているわ。私に全てをゆだねなさい。たった一言言うだけでいいのよ」
デスルリカが妖しく微笑む。
「ひと・・・こと?」
「そう。光が憎い、人間が憎いって言うの」
光が憎い?
私は光が憎いの?
でも・・・
でも・・・
あの時そばにいた人たちが憎い・・・
私を助けてくれなかったすべての人が憎い・・・
私が死にそうだったのをあざ笑っていた二人が憎い・・・
この人の・・・デスルリカさんの言うとおりにしよう・・・
だって・・・
だって・・・私を救ってくれたのはこの人だけなんだもん・・・
「私は・・・私は光が憎い。人間が憎い!」
雪菜ははっきりとそう言った。
「あ・・・れ?」
通学路途中にある公園のベンチで紗希は気が付いた。
「私・・・いったい?」
「紗希ちゃん・・・」
隣に座っている明日美が涙を流している。
「あれ? 明日美ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」
紗希は驚いた。
明日美が泣いているのはどうしてなのだろう。
明日美はお嬢様として人前で感情をあらわにすることを控えるようにしつけられている。
その明日美が泣くなんてよほどのことに違いない。
「明日美ちゃん・・・」
「紗希ちゃん・・・先ほどのことは夢ですよね?」
明日美はすがるような眼で紗希を見つめる。
「えっ?」
明日美の言葉で紗希の脳裏に先ほどのビーストとの戦いが蘇る。
「あ・・・」
紗希の顔色が変わる。
「紗希ちゃん・・・あれは悪い夢なんですよね?」
「あ・・・明日美ちゃん・・・」
「夢だと言ってください、紗希ちゃん。そうじゃないと・・・そうじゃないと私・・・」
明日美はうつむきただ涙を流している。
「明日美ちゃん・・・私・・・私たち化け物と・・・」
「やめてください!」
明日美が耳をふさいでしまう。
「聞きたくありません・・・聞きたくありません・・・」
「明日美ちゃん・・・」
紗希も悲しくなってくる。
「明日美ちゃん・・・私だっておんなじだよ・・・そんなふうに言わないでよ・・・」
紗希の目からも涙が落ちてくる。
「なぜ私たちがこんな目に遭うんですか? なぜ私たちが戦わなければならないんですか?」
「明日美ちゃん・・・」
「あの・・・あの化け物は人でした。人だったんです」
紗希はその言葉にショックを受ける。
確かに死んだ化け物は人間の姿に戻っていた。
でも、人を傷つけたなんて考えたくも無かったのだ。
「そ、そんなこと・・・」
「紗希ちゃん。私たちは人を殺しちゃったんです」
明日美の手がぎゅっと握り締められる。
「あ・・・ああ・・・」
紗希も顔面が蒼白になる。
人を殺してしまったなんて・・・
いったいどうしたらいいのだろう・・・
「私、もう家へ帰れないですわ・・・お母様にもお父様にももう会えない・・・」
「明日美ちゃん・・・家へ、家へおいでよ。お母さんならきっと私たちの話を聞いてくれるよ」
「紗希ちゃん・・・」
明日美が顔を上げる。
「大丈夫だよ、明日美ちゃん。お母さんならきっと何とかしてくれるよ」
「ええ、おば様はとても頼りになりますものね」
紗希の差し出す手をがっちりと握る明日美。
二人は立ち上がって家路をたどり始めるのだった。
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- 2006/01/24(火) 17:20:53|
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はうー。
今日も一日SS書きを楽しませていただきました。
まあ、まったくそれ以外のことをしていないわけではないですが、ほとんどの時間を物書きに過ごせるのは気分がいいですね。
それでは「ホーリードール」六回目を投下いたしますねー。
6、
ガタガタと揺れるバスの車内。
それほど混んでいなかったので雪菜は席に着いて本を読んでいた。
雪菜は本が好きだった。
もちろん自分のお小遣いではたくさん本を買うことなんてできはしない。
だから雪菜は図書館へ通っていた。
図書館にはたくさんの本がある。
それこそ雪菜の一生をかけても読みきれないほどの本がある。
その中から面白そうな本を探し出すのは、宝の山の中から気に入った宝石を探し出すような楽しさがあるのだ。
今日は何冊借りようかな・・・
雪菜はもうすぐ着くであろう図書館に対して思いを馳せていた。
軋むタイヤの音。
慣性の法則によって前方へ放り投げられる躰。
沸きあがる悲鳴。
「あっ・・・」
雪菜の手から本が離れて飛んでいく。
そればかりか小さな雪菜の躰までが放り出されそうになってしまう。
バスの急ブレーキで車内は混乱に陥ってしまう。
雪菜は何とか椅子にしがみついて放り出されるのを防いだが、立っていた乗客は何人かが前の方へ転んでしまっていた。
「な、何が・・・」
雪菜は飛んで行ってしまった本を探そうと、バスが止まったのを確認して立ち上がる。
「え?」
雪菜は目を疑った。
メリメリと音を立てバスの前面外板がめくれ上がっていくのだ。
「キャーッ」
「ウワーッ」
人々の悲鳴が上がる。
バスの外板を剥ぎ取って現れたのは、ゴリラのような毛むくじゃらの生き物だったのだ。
それはその巨大な腕で運転席で恐れおののいている運転手の首を掴み上げると、一瞬にしてねじ切ってしまう。
血が飛び散り、バスの前方にいた人たちの顔や服にピシャピシャとかかる。
「うわー」
「いやー」
人々は先を争って逃げようとしたものの、前側の扉のところにはそいつがいて近くの人間を手当たり次第に襲い始めている。
中央の扉は人々が殺到し、押しつぶされる者がいる状態で非常コックを操作する者がおらずに開ける事ができない。
雪菜は絶望的な思いに包まれた。
すでに本を取りに行くことも忘れ、そいつが人々を握りつぶしたり、殴り殺して行くのをただ見ているだけだった。
それはやがて彼女のところまでたどり着き、彼女をベシャッと血だまりに変えてしまうだろう。
雪菜はそれをただなすすべもなく見ているしかできなかった。
窓ガラスが割れ、血だらけになった男が何とかバスの外へ転げ出る。
バスの周りでは前面部を破壊されたバスを遠巻きにして人々がただ喚き散らし、泣き騒いでいるだけだった。
バスのタイヤの下にはぽたぽたと赤い液体が垂れており、それは最初は滴るように、それからやがて流れるようにその範囲を広げて行っていた。
その血だまりはバスの周りだけではなく、そいつが通ってきたであろうところには点々と血の跡が残っていた。
綺麗な衣装を着たマネキンを飾ってあるショーウィンドウにはべったりと真っ赤な液体がかかっていたり、壁から張り出しているネオンサインにはちぎれた手や足が引っかかり、ショートを起こして火花を散らしていたりしていた。
赤色回転灯のちかちかした光と、サイレンの音が悲鳴と交錯し、そこは阿鼻叫喚の渦となっていた。
「うふふふ・・・いつ聞いてもいい音だわ・・・」
涌坂デザイン事務所の窓から、その様子をデスルリカは指先を舐めながらうっとりとした表情で覗いていた。
カーテンの陰から見えるその光景は夕暮れから闇に至る逢魔が刻と呼ばれる時間帯にこそ相応しい。
「ふふふ・・・あの男も役に立てて本望でしょうね」
カーテンを戻して所長席に座るデスルリカ。
今、外で起こっている素敵な出来事はこの席に座っていた男によるものなのだ。
人間として有能だったか無能だったかなどどうでもいい。
今はビーストとして充分に働いてくれている。
露払いとしては充分だろう。
「あはあ・・・デスルリカ様ぁ。ご覧下さい・・・」
欲望に目をぎらぎらさせた女がやってくる。
昨日まで、いいえ、今朝までとは大違い。
貞淑を絵に描いたようにピシッとしたスーツを着こなしていた彼女は、今はブラウスの胸をはだけて黒いブラジャーを見せ付けている。
「うふふふ・・・見せたいのはその胸かしら?」
デスルリカは妖しい笑みを浮かべて目の前の女を見上げた。
「はあん・・・この胸も見ていただけるんですかぁ? 私ったらこんな素敵な胸を今まで見せないようにしていたなんて・・・バカだったんですわぁ」
デザイン画を机の上に置き、両手で胸を揉みしだくように見せ付ける。
「ふふふ・・・そのブラジャーはどうしたのかしら? 朝はおとなしいベージュじゃなかったかしらね」
「ああん・・・買ってきましたぁ。あんなベージュのブラジャーなんてバカらしくて・・・」
女は舌なめずりをしながら胸を揉んでいる。
他の女たちも一様に欲望に目をぎらつかせてその痴態を見つめていた。
「うふふ・・・あなたの夫はどう思うのかしらね」
デスルリカは意地悪く尋ねる。
「はあん・・・一人の男にこの身を与えるなんておろかですわ。夫など必要ありません。今晩からは欲望の赴くままに男を漁りまくりますわ」
「うふふ・・・それでいいのよ。それでこそお前たちに相応しい生き方だわ」
そう言ってデスルリカは机の上に置かれたデザイン画に目を落とす。
まるで女性の胸と股間のみを強調するような下着。
淫らな心でのみ身に付けられるようないやらしいデザインだ。
「いかがですか? これを身につけた女はたちまちメスの本性をむき出しにして男を襲いますわ」
「うふふふ・・・いいデザインね。早速デザインをまとめなさい」
「かしこまりました、デスルリカ様」
女は一礼をして机に戻って行く。
やがて彼女はデザイン画を前にして股間に手を伸ばし、胸と股間を激しくいじり始めてしまった。
「うふふ・・・素直になったこと」
その様子を見てデスルリカは満足した。
「何でこんなところにあんなのがいるんだ?」
「知りませんよ! 動物園から逃げ出したって話も聞きませんし」
「猟友会はまだか? 住民の避難は?」
「今取り掛かっています!」
数台のパトカーがバスを遠巻きにして取り囲む。
数人の警官たちが腰の拳銃を確認して恐る恐るバスに近づく。
バスの中からは相変わらず悲鳴が聞こえてくる。
外から中央部の扉を開けようとしたが、人が集中したためか、それともゆがんでしまったのか開こうとはしない。
反対側後部の非常口はようやく警官隊の手で開かれるが、そこから脱出できたのはわずか数人に過ぎなかった。
数人の警官が拳銃を片手に非常口から入り込む。
そこは肉片と血で彩られた悪夢の空間だった。
そして、今そいつは一人の少女を片手にぶら下げていた。
サイレンの音が近づいてきたとき、雪菜はバスの座席の下にもぐりこんだ。
狭い空間だったし、完全に隠れることなどできはしなかったが、それでも雪菜はもぐりこんだ。
悲鳴が次々と上がり、そのたびにぐしゃっとかぼきっとか言う音が聞こえてくる。
何かしら・・・これ・・・
雪菜は自分の手のひらやひざに付いた赤い液体を見つめる。
それは座席の下にとろとろと流れてきたが、雪菜はそれが何であるかわからなかった。
いや、わかりたくなかったのだ。
私・・・死ぬ・・・のか・・・な・・・
いやだ・・・
いやだ・・・
死にたくないよぉ・・・
死ぬのはいやぁ・・・
ごめんなさいごめんなさい・・・
もう嫌いなものを残したりしません・・・
ほうれん草だってちゃんと食べます・・・
お使いに行った時にお釣りをごまかしたりもしません・・・
決められた以上のお菓子を食べたりもしません・・・
ごめんなさいごめんなさい・・・
お母さんの言うこともちゃんと聞きます・・・
お手伝いだってちゃんとします・・・
宿題だってちゃんとやります・・・
明日美ちゃんのことをちょっぴりうらやましく思ったことも謝ります・・・
ごめんなさいごめんなさい・・・
だから・・・
だから・・・
誰か助けて・・・
だが、その願いは届かなかった。
「そ、その娘を放せ」
恐る恐る拳銃を構える警官たち。
言葉など通じるはずも無く思えるが、むやみやたらに撃つわけにも行かないのだ。
怪物は少女の足を持ってぶら下げており、気を失っているであろう少女を危険に晒すわけには行かない。
『ぐるる・・・』
怪物がうなり声を上げる。
薄く闇が広がっていて、バスの中は光が差し込まなくなってきている。
夕日はビルの陰に入り込み、あたりはすでに夜の気配が漂っている。
警官たちの額に汗が浮かぶ。
『ぐああああっ』
怪物は少女をバスの床に叩きつけ警官たちに飛び掛る。
「うわぁぁぁ」
拳銃の発砲音が響き渡り、それに劣らぬ悲鳴が響き渡る。
「くすくす・・・ぶざまなものだね」
バスを見下ろせるビルの屋上。
そこに二人の少女が立っていた。
一人は青い躰にぴったりしてミニスカートが付いている衣装を身にまとい、それと同色のブーツと手袋を嵌めている。
額には青い宝石の嵌まったサークレットを嵌めていて、その目はどこと無く虚ろだった。
もう一人はまったく形状が同じミニスカート型のコスチュームとブーツと手袋を身につけているが、その色は赤く、同じ赤い宝石の嵌まったサークレットが額を飾っていた。
「仕方ないですわ。所詮人間ではビーストには歯が立ちませんもの」
虚ろな目を地上に向ける赤の少女。
まだ幼さが残るその顔には表情と呼べるものが浮かんでいない。
「そうだね。それじゃ私たちが撃ち払わなきゃ・・・」
同じように無表情のまま青の少女は言う。
「ええ・・・ゼーラ様の命ずるままに・・・」
赤の少女はすっと両手を突き出して手のひらを地上へ向ける。
「いつでもいいですわ。ホーリードールサキ」
「ようし、行くよ! ホーリードールアスミ」
そう言ってホーリードールサキはビルの屋上から飛び降りた。
同時にホーリードールアスミの手のひらから真っ赤な光の玉が放たれる。
光の玉はまっすぐにバスを直撃した。
バスの天井にすっぽりと丸い穴が穿たれる。
直径一メートルほどの丸い穴。
そしてそのまま中で光ははじけるように広がった。
窓ガラスが飛び散り、周囲の警官たちが驚いて後ずさる。
ビーストは目が眩んだようにうめき声を上げながらバスの壁をぶち破って外に出てくる。
目を押さえながら左手で周囲をなぎ払うビースト。
『ウゴォォォォォ』
バスを囲んでいたパトカーの一台のボンネットが一撃を受けてべこりとひしゃげる。
「撃て、撃て!」
警官が数人発砲するが、拳銃弾はビーストの表面にめり込んだだけで、ほとんどダメージを与えはしない。
『ウゴォォォォォ』
眩んでいた目がそろそろ元に戻りつつあるらしく、ビーストは目を押さえていた手を離し、両手で警官たちに襲い掛かる。
「うわぁ」
警官たちの悲鳴が上がった。
「う・・・」
背骨に激痛が走る。
「が・・・う・・・」
あまりの痛さに声も出ない。
雪菜は歯を食いしばって目を開けた。
「!」
そこにそれは立っていた。
青いコスチュームに身を包み、右手には青く輝く細身の剣を持っている。
無表情で間合いを取り、警官たちに怪物の注意が向けられていくのを待っている少女。
「さ・・・紗希ちゃん・・・」
雪菜はその少女に見覚えがあった。
いつも元気で明るく、笑顔を浮かべると周りの人々も朗らかになるような陽だまりのような少女。
その彼女が今はまったく表情を浮かべてはいない。
いや、それよりも着ている物だって異質な感じだし、なぜここに彼女がいるのかもわからない。
もしかしたら私は死んじゃったのかも・・・
死んじゃって夢を見ているのかも・・・
「う・・・ぐ・・・」
身をよじろうとすると激痛が走る。
思わず雪菜はうめき声を上げてしまった。
「なんだ・・・生き残りがいたんだ」
ぞっとするような冷たい声。
雪菜が知っている紗希からは絶対に発しないような冷たい声。
「さ・・・きちゃ・・・ん・・・なの?」
「もう死にそうだね。闇に穢された人間なんて救うに値しないわ」
雪菜の心に突き刺さるような冷たい言葉。
「どうしたの? ホーリードールサキ」
トンと言う音がしてバスの天井に何かが降り立つ。
「生き残りがいるの。もう死ぬみたいだから放っといても平気」
「そう・・・闇に汚された人間は浄化しなければなりませんものね」
すとんと降りてきたのは明日美だった。
彼女もまた赤い衣装を身につけて冷たく無表情で怪物をにらみつける。
「あ・・・すみ・・・ちゃん・・・」
激痛に耐えながら雪菜は手を伸ばす。
「死に掛けなのは雪菜ちゃんだったんだ」
「うん」
まるでテレビの向こうでまるっきり関係の無い人が死んでいくのを見ているみたいな表情。
いや、いつもの紗希ちゃんや明日美ちゃんならそれだって多少は表情を曇らせる。
「あ・・・私・・・死ぬの?」
「そうじゃない?」
あっさりと答えるホーリードールサキ。
その顔はビーストの方を向いたままだ。
「そろそろ黙ってくださいません。ビーストの周囲から人間がいなくなってきましたわ」
ホーリードールアスミが雪菜をにらみつける。
まるで死にかけの雪菜にはまったく用がないのだというように。
「邪魔なんだよね。人間たちってさ。歯が立たないのに抵抗なんかして」
「無意味な生き物たちですからそのくらいのこともわからないのですわ。とにかくビーストを浄化しましょう」
そう言って二人の少女はその場を後にした。
「あ・・・ああ・・・あ・・・」
雪菜の目から涙がこぼれた。
警官たちを蹴散らしたビーストの周囲に赤と青の二人の少女が現れる。
ビーストは一瞬驚いたものの、即座に敵だと判断し襲い掛かって行く。
二人の少女は無表情にビーストの周囲を動いていき、赤の少女の援護の下で青の少女が斬りつけて行く。
ビーストは果敢に戦いを挑むが、二人の少女にただ翻弄されていくのだった。
やがてビーストはその場を離脱し、自己の生命の保存を目指す。
だが、二人の少女はそれを許さない。
通りを暴れながら逃げ惑うビーストを二人は容赦なく追い詰めていった。
「光の手駒か・・・」
黒くぬめるように光る唇を噛み締める。
ビーストが追い詰められ、一つのビルの地下の駐車場に逃げ込んで行くのを見下ろしていた彼女は、ビーストの命がほとんど尽きたことを感じていた。
「デスルリカ様にご報告をしなければ・・・」
この世界に光の手駒が現れるのは、ある程度は予想できたことだったが、予想できたからと言って面白い出来事ではない。
レディアルファはその場を後にしてデスルリカの元へ戻ろうとした。
「?」
何かを感じてレディアルファは振り返る。
絶望と憎しみと生存への飽くなき欲求。
それはちょっと後押しをしてあげれば素敵な闇の心に変わるだろう。
「どこから?」
レディアルファは地上を見下ろす。
「あそこ?」
破壊されたバスの残骸が目に入る。
レディアルファはすっと闇に姿を溶け込ませた。
「はあ・・・はあ・・・」
意識が霞んでくる。
床に叩きつけられた時に躰の中がぐちゃぐちゃになっちゃったのかもしれない。
誰か・・・
誰か助けて・・・
雪菜は最後の力を振り絞って叫び声を上げようとした。
その時、床に黒い穴が現れる。
「え?」
雪菜は驚いた。
そしてそこから美しく妖艶な女性が一人現れたのだ。
それは異質な光景だった。
血や肉片だらけのバスの車内に全身を黒いぴったりした衣装で身を包んだ女性が床から現れる。
普段読んでいるファンタジー小説ですら、そんなことはそうは起こらないだろう。
「あな・・・た・・・は・・・?」
苦しい息の下で雪菜は尋ねる。
「あら、可愛い女の子じゃない」
黒く塗られた唇がそうつぶやく。
「私を・・・死の世界へ・・・連れて行く・・・の・・・ですか?」
「そうね・・・あなたは生きていたいのかしら?」
くすりと薄く笑みを浮かべるレディアルファ。
「生き・・・たい・・・生きて・・・いたい・・・よ・・・」
雪菜の口から血が逆流する。
「ガホッ・・・ゲホゲホ・・・」
「ふふ・・・あなた、誰かを憎いと思う?」
苦しむ雪菜を楽しそうに見下ろしているレディアルファ。
「えっ?」
「闇の女に生まれ変わって復讐したいほど憎い相手がいるかしら?」
「そ・・・そんなの・・・いませ・・・ん」
苦しい息の中で雪菜は答えた。
「うふふ・・・まだ正直になれないようね。でもいいわ。デスルリカ様もきっとあなたには興味をお持ちになると思うし。いいお土産ができそう」
レディアルファは微笑むと雪菜のいる床を闇で満たす。
「えっ? あっ・・・」
たちまちのうちに雪菜とレディアルファは闇の中に飲み込まれていった。
[血だまりの中]の続きを読む
- 2006/01/17(火) 20:38:54|
- ホーリードール
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書くのは楽しいですねぇ。
今日は休みをフルに使ってSSを書いていました。
というわけで、ホーリードールの五回目を投下します。
楽しんでいただければ幸いです。
5、
二人が教室に入っていくと、もうほとんどの生徒たちは給食を食べ終えてしまったあとだった。
「はう~・・・もう残っていないかも~」
泣きそうな情けない声を出してしまう紗希。
彼女にとって給食を食べられないということは、それだけで死にそうな気持ちになってしまう。
紗希にとって元気の源は食事なのだ。
「紗希ちゃん。とにかく残っていないか調べてみましょう」
落ち込みかけている紗希を元気付けようと、明日美は食缶の方へ歩き出す。
いつも食缶が空になるということは、人気メニューでもない限りそうはない。
だが、今日はあいにくイカのカリン揚げだ。
イカにカレー味をつけて油で揚げたこのメニューは明日美も大好きな人気メニューだった。
もしかしたらもう無いかも・・・
明日美自身もちょっと悲しくなる。
「紗希ちゃん、明日美ちゃん。こっちこっち」
二人を呼ぶ声に振り向く明日美。
教室の片隅に机が並べてあり、その上には給食の食器が並んでいた。
そして埃がかからないようにクロスがかけられている。
「こっちだよー。紗希ちゃん、明日美ちゃん」
その机に着いて手を振っている一人の少女。
白いブラウスに可愛いリボンがついた服を着て、肩までの髪とカチューシャをトレードマークにしている。
「雪菜ちゃん」
「雪菜ちゃん」
二人の声がハーモニーを奏でる。
「もう、遅いよ。食べちゃうところだったのよ」
そう言いながらもニコニコと二人を迎える小鳥遊 雪菜(たかなし ゆきな)。
「ごめんね、後片付けが長引いてって・・・そんなに長引いた覚えないんだけどなぁ」
「待っててくれたのですか? どうもありがとうございます」
二人は呼んでくれた雪菜のところへ行く。
「そんなことはいいの。さ、食べましょ。もうお腹ぺこぺこよ」
雪菜がクロスを取り払うと、もう冷めちゃったものの美味しそうな給食が三人分机の上に並べられている。
「うわぁ! 取り置いてくれたんだ。ありがとー」
紗希は喜んで席に着くなり食べ始める。
「もう、紗希ちゃんたら」
「うふふふ、紗希ちゃんらしいよね。明日美ちゃん、食べよう」
明日美があきれるなか、雪菜は席について給食を食べ始めた。
「本当にありがとうございます。雪菜ちゃん」
「いいのよ」
明日美が頭を下げるが雪菜はにこやかに微笑んで頷くだけだった。
「美味しーい」
紗希は幸せそうにイカのカリン揚げを食べている。
その表情を見ていると、明日美も雪菜もなぜかほほえましく感じるのだった。
「紗希ちゃん幸せそう」
「本当ですわ。食べている紗希ちゃんはとても可愛いですわ」
「う、そ、そうかな」
口をもぐもぐさせながら照れくさそうに紗希は笑った。
「あら?」
「どうしました? 雪菜ちゃん」
スプーンを口に運ぶのをやめ、明日美は雪菜の方を向く。
「二人ともそんなペンダント・・・していたかしら?」
雪菜は今まで見たことのない、二人の胸に輝くペンダントを見る。
「え? あれ? してた・・・はずだよね・・・」
「ええ・・・そう・・・思いますわ」
紗希も明日美も一瞬不思議な感覚に捕らわれる。
何かこのペンダントによって自分が自分で無くなって行くような・・・
そんな不気味な感じを一瞬抱いてしまったのだ。
だが、それはすぐに吹き払われ、ペンダントに対する疑問はなくなってしまう。
「結構似合っているよね?」
「ええ。紗希ちゃんは青、明日美ちゃんは赤なんですね。いいなぁ。おそろいで」
紗希と明日美を交互に見比べてうらやましがる雪菜。
「私も欲しいなぁ」
「それでしたら今度一緒に買いに行きましょう。私も紗希ちゃんに教えていただいたお店ですから」
明日美が微笑む。
「ええ? 嘘。明日美ちゃんが教えてくれたんだよ」
紗希が首を振った。
「あら? そうでしたか? どこで買ったんでしたかしら」
明日美は不思議そうにペンダントに眼を落とした。
その明日美の胸の上でペンダントは鈍く不気味に光っていた。
放課後。
紗希と明日美は教室の掃除を終えて帰宅の途に着く。
鞄を持って夕暮れの通学路を歩いていく二人。
「今日は雪菜ちゃんにとてもお世話になってしまいましたわね」
「うん。おかげで給食が食べられたもんね」
二人にとって雪菜は五年生になってから知り合った友人だった。
だが、今ではずっと昔から知り合っていたかのような気がするほどの仲良しと言っていい。
グループなどが違ったりするために、紗希と明日美ほど一緒にいるわけではないが、多くの時間をともに過ごすことが多いのだ。
「今日は雪菜ちゃんは中心街に用事があるそうですわ」
「うん、バスに乗って行くって言っていたもんね」
「残念ですわ。今日はお母様がアップルパイをご用意しているはずですので、一緒に遊びに来て欲しかったのですが」
明日美の表情が少しかげる。
せっかくのお母さんのアップルパイをみんなで楽しく味わいたかったのだ。
「また今度呼んであげようよ。雪菜ちゃんもきっと喜ぶよ」
紗希はそう言って慰める。
「ええ、そうですわね。それに今日は紗希ちゃんが一緒ですから、お母様も喜んでくださいますわ」
「そうかな? お邪魔じゃないかな? いつも家のお母さんはご迷惑を掛けないようにねってうるさいんだ」
ぶらぶらと楽しくおしゃべりをしながら歩みを進めて行く二人。
「そんな、迷惑だなんて思ったことは一度もありませんわ。お母様だってそう思っているはずですわ」
「だといいんだけど・・・」
ちょっと自信が無い紗希。
元気で活発な彼女は時々ドジもやってしまう。
それが紗希にはちょっと気になることだったのだ。
「紗希ちゃん、心配いりませんわ。さ、早く帰ってお母様のアップルパイを食べましょう」
「うん、そうだね。ご馳走になるね」
「ええ、どうぞご遠慮なく」
にこやかに微笑む明日美。二人は夕暮れの道を明日美の家へ向かって歩いていった。
「うふふふ・・・さあ、暴れなさい。お前には破壊という闇を広めてもらうわ」
人気の無いビルの屋上。
夕暮れの太陽を背にしたシルエットはまさしく女性。
まるで何も着ていないかのような躰のラインをむき出しにしていながらも、何かその姿は神々しささえ感じさせる。
全身を真っ黒なピッタリとフィットした衣装に包み、手足の先さえも真っ黒なブーツと手袋で覆っている。
その視線の先には地上を蠢く虫けらにも等しい人間どもの姿。
その中へふらふらと酔っ払いのようにビルから歩き出して行く巨大で毛むくじゃらな生き物。
醜悪なゴリラを模したようなその姿に、人々は始めは訝しみ、次には悲鳴が周囲を圧するようになる。
「うふふふ・・・始まったわ」
真っ黒に塗られた唇を艶めかしい赤い舌が舐めて行く。
それはこれから起こる惨劇への期待に他ならなかった。
ドクン・・・
「えっ?」
立ち止まる紗希。
「どうしたので・・・」
ドクン・・・
明日美の言葉も止まってしまう。
ドクンドクン・・・
心臓が激しく鼓動する。
「あ・・・な、何・・・何なの、これ!」
「な、何でしょう。胸が・・・胸が苦しい感じが・・・」
二人は思わず顔を見合わせてしまう。
『さあ・・・』
『さあ・・・選ばれし少女たちよ・・・』
『時が来ました・・・』
『さあ・・・目覚めるのです・・・』
『ホーリードールたちよ!』
直接頭に響いてくる甘い声。
「ホ、ホーリードール?」
「い、いや。いやです。私はいやです!」
紗希の横で狂ったように首を振る明日美。
「あ、明日美ちゃん・・・」
「紗希ちゃん・・・聞いてはだめ・・・聞いてはだめです!」
明日美は耳をふさぎ、必死になって声から逃れようとする。
紗希はそんな明日美に驚き、何とかしようと思ったが、頭に響いてくる声が甘く囁きかけてくるのを拒絶できなかった。
「あ、明日美ちゃん・・・さ、逆らわないで・・・」
「紗希ちゃん! だめです! 惑わされないで!」
明日美は歯を食いしばって紗希の方へ手を伸ばす。
親友が惑わされるのを見過ごしにはできないのだ。
『さあ・・・目覚めなさい! ホーリードールサキよ!』
「は・・・い・・・ゼーラ様・・・」
紗希の瞳はたちまち虚ろになり、その胸から下がっているペンダントを手にとって差し上げる。
ペンダントが青く発光し、その光に紗希は包まれていく。
「紗希ちゃん・・・だめです・・・」
頭の中の声はますます強くなり、明日美の意識を奪い去って行く。
『さあ、次はあなたの番です、ホーリードールアスミ! 目覚めなさい!』
「ああ・・・あああ・・・」
すうっと明日美の瞳から光が失われていく。
「は・・・い・・・ゼーラ様の仰せのままに・・・」
明日美も胸のペンダントを握り締めて天高く持ち上げた。
赤い光がはじけるように広がって明日美の躰を飲み込んでいった。
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- 2006/01/16(月) 22:40:15|
- ホーリードール
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今日は早めの更新です。
ようやく闇側の体制が整いました。
これから光との戦いが始まるでしょう。
4、
会議室から現れた二人の姿に事務所の社員たちは息を呑んだ。
先頭に立って誇らしげに出てきた上坂美野里はまるで全裸であるかのような真っ黒な全身タイツに長手袋とハイヒールブーツといういでたちであり、そのあとに現れた荒蒔留理香にいたってはつややかなボンデージに怪しげなサークレットとマントを身に纏っていたのだ。
いったい何事かと思うのも無理はないであろう。
「き、君たち、その姿はいったい?」
所長の涌坂が驚いたように声を掛ける。
「黙りなさい! 今日からこの事務所はこのお方、デスルリカ様が支配することになるのよ」
鋭い視線を涌坂に向けるレディアルファ。
「な、何を言っているんだ、君たちは?」
涌坂が立ち上がり、二人に近づく。
いつもの二人とは違う。
いったい何があったというのだろう。
「上坂君、悪ふざけは・・・」
「やぁっ!」
近づいた涌坂をレディアルファは回し蹴りで蹴り飛ばす。
「ぐはぁっ」
もんどりうって倒れる涌坂。
「キャー」
事務所内に悲鳴が上がる。
「レディアルファ、殺してはだめよ。その男にはまだ利用価値があるわ」
デスルリカが冷ややかな目をころがっている涌坂に向けた。
「はい、デスルリカ様。ふふふ・・・命拾いしたようね」
ブーツのつま先で涌坂の腹に蹴りを入れるレディアルファ。
「グハッ」
涌坂はそのまま気を失ってしまった。
「所、所長!」
一人の女性デザイナーが涌坂に駆け寄る。
「ハッ!」
「キャン!」
レディアルファの蹴りが再び閃き、彼女も蹴り飛ばされてしまう。
「勝手なマネをするんじゃないわよ。」
レディアルファは倒れた女性のそばに立って見下ろした。
「や、やめてよ美野里」
「美野里? あはははは・・・」
足元で倒れている女性を見下ろしながら、レディアルファは高笑いする。
「あなたに美野里などと呼ばれる筋合いは無いわ。それに私はレディアルファ。上坂美野里などという人間であることなど捨てたのよ」
「みの・・・り・・・」
唖然としたように昨日までの友人を見上げる彼女。
「うふふふ・・・そういえば・・・」
いきなりブーツのヒールを倒れている彼女の肩口に食い込ませるレディアルファ。
「あぐぅ」
「あなた、以前私のアイデアを奪ってくれたわよねぇ」
「ええっ?」
ぐりぐりと加えられる圧力にヒールが食い込んで行く。
「忘れちゃった? リボンをつけることによって引き締まるって私が言ったのをあなたは奪ったでしょ」
「そ、そんな・・・あれは私だってそう感じたから・・・」
痛みに顔をゆがめながらも必死に訴える。
「お黙り! デスルリカ様、この娘殺しちゃってもよろしいですか?」
「ふふふ・・・殺したいんでしょう? 仕方ないわねぇ」
所長の椅子にゆったりと腰掛けて足を組むデスルリカ。
周囲の社員たちはあまりの事に声も出せないでいる。
「うふふ、ありがとうございますデスルリカ様。聞いたぁ? ねえ聞いたぁ? あなた殺してもいいんだって。殺してもいいんだってよ。あはははは・・・」
高笑いを続けながら、横たわる女性の顔面にブーツのヒールを振り下ろすレディアルファ。
ガスッガスッと言う音とともに血しぶきが飛び始める。
「やめ、やめて・・・上坂さんやめてぇ」
「黙って見ていなさい。騒ぐと・・・次はあなたよ」
「あ・・・は、はい」
見かねた若い女性が声を掛けるが、デスルリカの鋭い一瞥を浴びせられて言葉を失う。
「あはははは・・・どう、何とか言ったらどうなの? あっははははは・・・」
ヒールが振り下ろされるたびに血が飛び、やがて脳漿が飛んで周囲を汚して行く。
ピクピクと蠢いていた躰もやがて動きをやめ、物言わぬ骸と成り果てる。
「ふん、死んだようね。つまらない女」
まるで汚らわしいものを見るかのように見下ろし、ヒールの汚れを彼女の服になすり付けるレディアルファ。
「どう? 満足した? レディアルファ」
「はい、デスルリカ様。殺すって気持ちいいんですね」
にこやかに笑みを浮かべるレディアルファ。
「うふふ・・・当然でしょ。くだらない人間を殺すのは快感なのよ」
デスルリカもにこやかに微笑む。
その笑みはやはり妖しく美しい。
「さて、あなたたちにはこれから新しい世界を築くために働いてもらうわ」
無言で息を飲んでいる社員を前にデスルリカは穏やかに語りかける。
「あ、新しい世界とはなんだ。お前はいったい何が望みなんだ」
男性社員の一人が恐る恐る尋ねる。
「お前だって? デスルリカ様に無礼な!」
すぐさまレディアルファの右手の甲がその男の頬を張り飛ばした。
「レディアルファ、むやみに傷つけるものではないわ」
「あ、す、すみません、デスルリカ様」
デスルリカにたしなめられたレディアルファはすっと男から離れる。
「私の望み? そんなの決まっているじゃない。この世界を闇に染めることよ」
「世界を闇に・・・だと?」
いぶかしげな表情をする男性社員。
「お前たちにはこれから新たな世界を教えてあげるわ。うふふふふ・・・」
冷たく妖しい笑みを浮かべるデスルリカ。
「新しい世界?」
「そうよ。今教えてあげるわ」
そう言うとデスルリカの周囲から真っ黒な闇が吹き出して行く。
「うわぁ」
「きゃあ」
闇は薄く広がり、部屋中に広がって行く。
やがて闇は周囲の空気と一体化し、部屋の隅に逃げた社員たちにまとわり付いていく。
「うふふふ・・・デスルリカ様の素晴らしい闇よ。存分に味わいなさい」
その様子をレディアルファはにこやかに見つめていた。
「ああ、いやぁ」
「う、うわ、うわわわ」
広がってくる薄闇から逃れようと部屋の隅に押し込められていく社員たちだったが、やがて一人また一人と闇が覆っていく。
「ああ・・いやぁ・・・いや・・・い・・・や・・・」
「う、ううう・・・」
空気と一体化した闇は社員たちの呼吸とともに彼らの体内に吸収されていく。
「ああ・・・あは・・・あは・・・ん・・・はあ・・・」
「あ、ああ・・・躰が・・・躰が熱い・・・」
闇を吸い込んだ社員たちはすぐに頬を上気させ床にへたり込んでしまう。
「あ・・・あはあ・・・うふう・・・欲しい・・・欲しいよぉ・・・」
「ああ・・・女・・・女が欲しい・・・やりてぇ」
やがて社員たちは淫らにあられもなく手近な異性を求め始める。
周囲の異常さもまったく気にせずにセックスを始めてしまったのだ。
もちろんこの事務所は圧倒的に女性が多い。
異性が手近にいなかった女性たちは、なりふり構わずに同性に身を任せその秘部を愛撫しあう。
デスルリカとレディアルファの見ている前で社員たちは単なるオスとメスになり、あられもない姿を晒して快楽をむさぼって行くのであった。
「うふふふ・・・ごらんレディアルファ」
「はい、浅ましいですわ。人間の欲望を解放してやるのは素敵なことですわね」
所長に椅子に座ったデスルリカのそばに寄り添うように立つレディアルファ。
「うふふふ・・・あとは・・・」
デスルリカの冷たく妖しい笑みがその場を支配した。
「レディアルファ。あなたの力を見せて御覧なさい。あの男に」
床に倒れている涌坂を指し示すデスルリカ。
「うふふ・・・かしこまりました、デスルリカ様」
笑みを浮かべて涌坂に近づくレディアルファ。
彼のそばに立つと、気を失っている涌坂の脇腹を蹴りつける。
「起きなさい!」
「う、あ・・・」
痛みに顔をしかめ、目を覚ます涌坂。
「う・・・いったい・・・」
「お前にも新たな世界を与えてあげるわ」
レディアルファは跪くと、そっと涌坂を抱きかかえた。
「う、な、何を」
「うふふふふ・・・」
笑みを浮かべたままレディアルファは涌坂の頭を両手で押さえてキスをする。
「も、もがっ」
いきなり口をふさがれた涌坂は驚いて口を離そうとするが、驚くべきことにレディアルファの力は強く引き剥がすことができない。
「む、むぐぐぐ・・・」
もがく涌坂の口の中にレディアルファの舌が割り込んでくる。
それは生き物のように口の中を蠢き、涌坂の舌を絡め取ってくる。
やがて濃厚な甘い液体が涌坂の口に流れ込んできた。
「お、おおお・・・」
なすすべもなくその液体を飲み込まされていく涌坂。
「うふふ・・・これでお前は・・・」
口を離しほくそえむレディアルファ。
「う、ううう・・・」
涌坂の表情が変わる。
「う、うがぁ・・・か、躰が熱い」
胸を掻き毟るように服を肌蹴ていく。
「うふふふ・・・始まったようね」
「ええ、ご覧になっていてくださいませ。うふふふ」
涌坂から離れデスルリカのそばに寄り添うレディアルファ。
その間に涌坂は苦悶の表情を浮かべながら胸を掻き毟っていた。
やがてその躰がぼこぼこと波打ってくる。
「う、うがああ・・・」
涌坂はうめき声を上げながら変わっていく。
腕はメリメリと太くなり、体格も膨れ上がっていく。
「ぐ、ぐわああああ」
足も太く頑丈になり、人の1.5倍ほどの体格のゴリラのような毛むくじゃらの大男が出来上がっていく。
「うふふふ・・・この男は腕力にや体力に対する欲望があったようね」
「ええ、常日頃から体調を気にしていましたから」
「この筋肉バカが欲望のままに暴れまわるのは見ものでしょうね。うふふふ・・・」
「はい、デスルリカ様。うふふふふ・・・」
いまやビーストと呼ばれる闇の魔獣となった涌坂を前に二人の女の笑い声が響いた。
「あれ? 私ってどうしていたんだっけ?」
紗希はきょとんとして周囲を見回した。
隣には同じくきょとんとした表情で立っている明日美がいる。
「よくは覚えていませんが、何か夢を見ていたような気が」
不安そうな表情で紗希の方を見る明日美。
「うん、私もそうなんだよね。二人して立ったまま寝ていたかなぁ」
「それは無いと思いますわ、紗希ちゃん」
明日美は苦笑する。
「あ、そうだ。早く給食食べに行かなきゃ」
はっとしたように生き生きとした表情になる紗希。
「そうですね。早く参りましょう。お腹が空きましたわ」
二人は連れ立って廊下を歩いていく。
その胸には見慣れないペンダントがぶら下がっていた。
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- 2006/01/04(水) 13:22:10|
- ホーリードール
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今年最初のSSは光と闇の戦いであるホーリードールを投下しようと思います。
まだ始まったばかりなんですが、皆さんから高い評価をいただけているようで、作者冥利に尽きるというものですね。
これからも皆さん楽しんでいただければと思います。
ホーリードールというタイトルですが、今回も紗希ちゃんと明日美ちゃんは出てきません。
対抗する闇側が着々と勢力を増やすための手駒をまずは確保といったところです。
3、
「お話ってなんでしょうか、主任」
バッグなどを自分の机に置いた美野里はすぐに荒蒔留理香のところへ行く。
「ええ、ちょっと込み入ったことなの。会議室へ行きましょう」
留理香が妖しく微笑む。
その笑みにどことなく不気味さを感じた美野里は一瞬ためらいを見せるが、気を取り直して頷いた。
「はい、わかりました」
「それじゃついて来て」
留理香は先に立って会議室へ向かう。
そのあとに美野里が続き、二人は会議室へ入っていった。
「それじゃそこに掛けて」
美野里は勧められるままに席に着いた。
カチッと音がして扉の鍵が掛かる。
「えっ?」
美野里は驚いた。
鍵を掛けるなんて普通じゃない。
「どうして鍵を掛けるんですか? 荒蒔主任」
美野里は訳を尋ねる。
「うふふふ・・・」
妖しく美しい笑みを湛えたまま留理香は美野里を見つめている。
「主任!」
「うふふふ・・・可愛いわ。上坂美野里。あなたは私のもの。私が真っ黒に染めてあげる・・・」
留理香がそっと人差し指を舐める。
その仕草はとても淫らな感じだった。
「な、何のことですか? いったい・・・」
普段の留理香の様子とは違う。
いつもの主任ならこんな淫らな感じを漂わせたりはしない。
いわれのない恐怖が美野里を包み込んだ。
「うふふふ・・・この世界を闇に導くのが私の使命。この世界を真っ黒な闇で覆うのよ。そのためにあなたには私のしもべとなってもらうわ」
留理香はゆっくりと美野里に近づいていく。
「い、いや・・・こないで・・・いやぁっ!」
美野里は大声を上げて壁にあとずさる。
だが、誰も入ってきたりドアをノックする者はいなかった。
「うふふふ・・・この部屋には結界を張ったわ。あなたの声はどこにも届きはしないのよ」
冷たく妖艶な笑みを浮かべながら留理香は美野里に近づく。
「やめて・・・やめてください・・・荒蒔主任・・・やめてぇ!」
壁際に追い詰められ逃げ場を失ってしまう美野里。
まるで獲物を追い詰めるかのように留理香はそれを楽しんでいた。
この女を闇に相応しい女にするのよ。
わたしの可愛い手駒になるの。
そして私とともにこの世界を闇に染めていくのよ。
留理香はそれが異常だとは思わなくなっていた。
彼女の心は闇に染まってしまって、デスルリカとしての意識に支配されてしまっていたのだ。
うふふふ・・・なんておびえた表情をしているのかしら・・・可愛いわぁ・・・
留理香はおびえて震えている美野里の前に立つと、その目を見つめる。
「あ・・・荒蒔主任・・・た、助けて・・・」
思わず助けてと言ってしまうほどに今の留理香はまがまがしかった。
美野里はもう立っているのがやっとであり、すぐにでも床に崩れ落ちそうだった。
「うふふふ・・・私は荒蒔留理香ではなくなっちゃったの」
「えっ?」
美野里は何がなんだかわからない。
「私は大いなる闇のしもべ。闇の魔女デスルリカ」
そういった途端にまがまがしい真っ黒な闇がまるで留理香の体から噴出したように現れて纏わりついていく。
「ひあっ」
美野里は息を呑む。
やがて闇が晴れると、そこにはエナメルのボンデージレオタードに身を包み、黒手袋に黒マントと黒のハイヒールブーツといういでたちの留理香が立っていた。
黒い宝石のはまったサークレットの両側からはねじれた角が額の正面に向かって伸びていて、黒いアイシャドーと黒い口紅が留理香の顔を妖しく彩っていた。
「あ・・・あああ・・・」
美野里は力が抜けたように床にへたり込んでしまう。
今まで尊敬し敬愛してきた荒蒔主任はそこにはいなかった。
そこにいたのはまがまがしさを漂わせた妖艶な魔女だったのだ。
「うふふふ・・・あははははは・・・ごらん、今の私は闇の魔女デスルリカなのよ。あっははははは」
口元に手を当てて高笑いをするデスルリカ。
「ああ・・・いやぁ・・・荒蒔主任が・・・荒蒔主任がぁ・・・」
「うふふふ・・・おびえているのね? 可愛い娘。でもおびえる必要は無いわ。あなたも闇に染めてあげる。それはそれは素敵な闇に・・・ね」
デスルリカはへたり込んでしまった美野里の顎を持ち上げる。
「さあ、私の目を見るのよ。あなたの心の奥底に潜む闇を私が導いてあげるわ」
「あ・・・あ・・・」
吸い込まれるかのように美野里はデスルリカの目を見つめてしまう。
いけない・・・
見てはいけない・・・
見て・・・は・・・
美野里は必死に目をそらそうとするが、どう頑張っても美野里の目はそれてはくれなかった。
「美野里・・・美野里・・・」
心に沁み込んでくるようなデスルリカの言葉。
それはいつも聞き慣れた荒蒔主任の言葉だった。
敬愛する主任が自分のことを上坂さんではなく美野里と呼んでくれている。
そのことだけで美野里はただただ幸福だった。
「美野里・・・返事をなさい」
「はい・・・」
美野里はゆっくりと返事をした。
心がすっと軽くなる。
目の前にいる女性にこの身をすべて投げ出したくなる。
「うふふ・・・可愛い娘。さあ、あなたの心の奥底を開きなさい。心の闇を解放し、その闇に身をゆだねなさい」
デスルリカの目が妖しく輝く。
「はい・・・はい・・・仰せのままに・・・」
美野里の目は虚ろになる。
口元が弛緩してうっすらと笑みが浮かぶ。
美野里の心は無防備になり、闇がじわじわと沁み込んでいく。
「うふふふ・・・さあ、言ってごらん。あなたが抱いている憎しみを。あなたが抱いている邪悪な心を」
「ああ・・・ああ・・・」
美野里は自分でも気が付かなかった心の奥底を覗き込む。
わずかでしかなかった心の闇はデスルリカによって膨れ上がり、さらに闇を呼び込んでいく。
「ああ・・・憎い・・・憎いわ・・・アイデアを奪ったあの女。あの女が憎い・・・」
うわごとのようにそう言い始める美野里。
「うふふ・・・そうでしょう。あなたのアイデアは奪われたわ。でも世界はそれを認めている。あなたのデザインであるにもかかわらずそれは他人の成果となっている。それが世界。そんな世界は破壊してやるのよ」
笑みを浮かべて優しく囁くデスルリカ。
おそらく実際にはたいしたことではないのだろう。
デザイナー同士で雑談していた時にでも会話中に出てしまったアイデアなのではないだろうか。
でも、そんなことはどうでもいいのよ。
美野里の心を闇に染めるきっかけになればいいだけ。
「破壊・・・世界を破壊・・・私のアイデアを奪った世界が憎いわ・・・」
美野里の目がじょじょに狂気をはらんでくる。
「闇・・・世界を闇に・・・世界を・・・闇に・・・」
美野里の口元にしっかりとした笑みが浮かんでくる。
「そう・・・うふふふ・・・闇の素晴らしさがわかってきたようね」
「はい・・・闇・・・闇こそが世界を支配する・・・闇こそが世界を支配するんですわぁ」
うっとりとした表情を浮かべデスルリカに答える美野里。
「うふふふ・・・それでいいのよ。さあ、あなたの闇を纏わせてあげるわ」
デスルリカはそう言ってそっと美野里に口付けをする。
「あはあ・・・素敵ぃ・・・」
美野里はその口付けを至福の喜びとともに受け止める。
やがて美野里の周りに闇がわだかまり始める。
「うふふふ・・・始まったわ」
妖しい眼差しで美野里の変化を見つめているデスルリカ。
美野里の周りにわだかまり始めた闇はやがて美野里の体に張り付くようにへばりついていく。
着ていた服も下着もアクセサリーさえも飲み込んで、闇は美野里の躰を染め上げていく。
生まれたままの姿になった美野里の躰に、闇はまるで薄衣をかぶせたかのように張り付いていく。
まるでストッキングのように薄く、それでいてタイツやレオタードのように光を通さない闇の衣。
それは美野里の首から下をすべて覆い、さらに足先と手の先にはより多くまとわりついて手袋とブーツを形成していく。
目元にはデスルリカと同じくアイシャドーが引かれ、唇もまた黒く染め上げられる。
すべての闇が美野里に吸収されると、美野里はゆっくりと立ち上がった。
その姿はまるで皮膚がそのままタイツになったかのような真っ黒な薄い全身タイツに包まれ、肘から先とひざから先がそれぞれ黒い艶のある手袋とハイヒールブーツに変わっていた。
躰のラインはより強調され、露出部分がほとんど無いにもかかわらず、まるで裸で立っているような艶めかしさが美野里を包んでいた。
「うふふふふ・・・」
美野里は先ほどまでとはまったく違う妖艶な笑みを浮かべる。
それはデスルリカが浮かべていた笑みと同じものだった。
美野里の心は闇に染まり、いまや闇の女として生まれ変わったのだった。
「うふふふ・・・すっかり闇に染まったようね。闇の女となった気分はどう?」
「はい。最高の気分ですわ。今までの私はなんてつまらない女だったのでしょう。これからはデスルリカ様の忠実なしもべとしてこの世界を闇で覆い尽くしてやりますわ。うふふふふ」
美野里は薄笑いを浮かべながら自分の胸に手を当てる。
全身を真っ黒な闇の衣で覆った美野里はまさしく闇の女となっていた。
「うふふふ・・・それでいいわ。あなたは闇の女レディアルファ。私のしもべ」
デスルリカはレディアルファとなった美野里をそっと抱き寄せてキスをする。
お互いの舌が絡み合い、唇を離すと唾液がつうっと糸を引いた。
「はあ・・・はい、デスルリカ様。私はレディアルファ。デスルリカ様の忠実なしもべです」
うっとりとデスルリカにまなざしを向けるレディアルファ。
その目は妖しい輝きに満ちていた。
「うふふふ・・・さあ、レディアルファ、あなたの力を見せて御覧なさい。世界を闇で覆い尽くすために」
「はい、デスルリカ様。喜んでお手伝いいたしますわ」
二人の闇の女は妖艶に微笑みながら会議室から出て行った。
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- 2006/01/02(月) 21:40:47|
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長くなりそうかもとは思いましたが、とりあえずの登場人物にそれぞれの役目を与えるだけで二日潰れてしまいました。
明日からは年末までちょっと休みが取れなさそうですので、しばらくSSはお休みさせていただくつもりです。
年末には正月休みに入りますので、その時にはまたSSを書くつもりですが、それまではご容赦を。
もちろんミリタリーや本の紹介などでブログそのものは更新して行く予定です。
そちらのほうでもお付き合いよろしくお願いしますね。
さて、ホーリードールと化してしまった紗希ちゃんのお母さんは・・・
2、
ここはどこ?・・・
私はどうなったの?・・・
もしかして・・・
もしかして私は・・・
もしかして私は死んでしまったの?・・・
上も下も無い。
右も左も無い。
ただ一面の闇。
目を開けているんだかつぶっているんだかそれすらもわからないような漆黒の闇。
立っているか、浮いているのか、良くわからない体勢。
でも・・・
留理香は思う。
不思議と恐怖感は無い。
ただ・・・
ただ紗希と逢えなくなってしまったのかもしれないということだけが心残りに感じている。
何があったのかはわからない。
だが、自分は死んでしまったのだろう。
そうでなければこんな漆黒の闇に一人でいる理由がわからない。
「紗希・・・」
留理香は大切で愛しい愛娘の名をいつしか呼んでいた。
『女よ』
闇の中に声が響く。
それは耳から聞こえたようでもあり、直接躰の中に響いてきたようにも感じられた。
「だ、誰?」
留理香は周囲を見渡す。
もっとも留理香の周囲は闇であり、その闇の只中に留理香の姿だけが浮かび上がっているような状態だったので、何も見えはしなかったのだが。
『女よ』
再び声が呼ぶ。
その声は何か力強くもあり、忘れかけていた夫の声を思わせるものでもあった。
「私? 私を呼んでいるの?」
『そうだ、女よ』
留理香の問いに声が答える。
「誰? あなたは誰なの?」
『我は闇。大いなる闇』
留理香は声の出所を探したが、まさしく五里霧中でありまったくわからない。
「大いなる・・・闇?」
『そうだ。我は大いなる闇。世界を破滅に導くもの』
「破滅に導く?」
留理香はぞっとした。
この声の主は世界を破壊しようというのだろうか?
でもどうやって?
留理香にはその手段は核兵器程度の認識しかできなかったが、この声の主なら可能かもしれないと思えた。
「あ、あなたはいったい何を言っているのですか? 私をどうするつもりなんですか?」
留理香は声から逃れたかった。
この声を聞いているとなぜだか心が休まって、聞き惚れてしまいそうになるのだ。
『女よ。お前は我の代理としてお前の世界を破滅に導くのだ。お前はそのために選ばれたのだ』
「そ、そんな・・・私が世界を破滅に導くだなんて・・・いや、いやです!」
留理香は必死で首を振る。
自分がそんなわけのわからないことに手を貸すだなんて、考えることさえいやだった。
『女よ。選ばれしお前には意思など不要。我より闇を注がれれば、お前は闇の女となりてわが意思に忠実に従うようになる。それはお前の意思となんら変わることは無い』
「そ、そんな・・・そんなのはいやぁっ! 誰か、誰か助けてぇっ!」
必死になってもがき逃げようとする留理香。
しかし手足はピクリとも動かない。
「いやぁっ! どうして、どうして躰が言うことを聞かないのぉっ!」
『無駄だ。女よ、おそれることは無い。お前は闇の女にふさわしい。我がお前にふさわしい力を注ぎ込んでやろう。お前はそれを受け入れればいいのだ』
ひときわ濃密な闇がねっとりと留理香の躰にまとわりついてくる。
それは肉体を持ったもののように留理香の躰を優しく愛撫し始めた。
「いやぁっ! やめてぇっ! いやぁっ!」
必死になって身をよじる留理香。
しかし闇は留理香の服をいつの間にか消し去ってしまい、生まれたままの美しい裸体を嘗め回すように包み込んで行く。
「ああっ・・・あああっ・・・」
全身に与えられる闇の愛撫に留理香の躰はいつしか反応し始め、赤く火照り始めていく。
「ああ・・・あなたぁ・・・ああ・・・いい・・・」
身動きの取れないまま柔らかく優しく愛撫され、留理香は股間からたらたらと愛液をたらし始める。
全身を包む快楽に声は甘いあえぎ声にと変わって行く。
「ああ・・・いい・・・気持ちいい・・・ああ・・・あなたぁ・・・」
夫を失ってからは久しく感じていなかった女の快楽を呼び覚まされ、留理香の心は躰とともに解きほぐされていく。
やがて濃密な闇は触手のように蠢き、留理香の奥へと入り込んで行く。
「あああっ・・・くるっ・・・いい・・・すごくいいのぉ!」
腰を浮かせてより深く受け入れようとしてしまう留理香。
浅ましい女としての快楽を望む心が留理香をメスに変えて行く。
ぐちゅぐちゅと水音を立てるほどに愛液をたらす留理香の股間は闇の触手を喜んで飲み込んでいった。
「あああ・・・すごい・・・すごいのぉ・・・もっと・・・もっと奥までちょうだい・・・」
留理香にはもう夫も紗希も存在しなかった。
あるのはただ与えられる快楽に身を任せ、淫蕩な表情で腰を振る淫らな自分があるだけだった。
「はああぁっ・・・くるっ・・・くるのぉ・・・きちゃうのぉ・・・」
ねっとりとした闇を抱きかかえるように両手を回し、両足は腰が浮いてしまう感覚にぴんと張り詰めている。
「あひゃあぁ・・・らめぇ・・・もうらめぇ・・・イくぅ・・・イくイくイッちゃうぅぅぅぅ・・・」
留理香のつま先が丸まり、躰はビクビクと痙攣をしたかのように跳ね上がる。
その瞬間、闇はその触手の先からまさに暗黒の闇を留理香の中に浸透させていく。
「あひゃぁぁぁぁ・・・」
子宮も内臓も心臓も肉体も血液も脳も全てが闇によって染め上げられていく。
留理香は闇の女としてその存在を変化させられていった。
『目覚めよ、デスルリカ』
「はい、ご主人様」
闇の中で声に答え、ゆっくりと目を覚ます留理香。
だが、そこに居たのはもはやかつての留理香ではなく、闇の力を得て闇の女デスルリカとして生まれ変わった留理香であった。
まだみずみずしさを失っていない裸身に、まがまがしき闇を纏わせ衣服を形成させていく。
やがて闇は形を成し、黒いエナメルのボンデージとなってデスルリカの躰を包み込む。
銀色の鋲やチェーンをあしらったベルトが腰周りを飾り、肩には鋭いとげが突き出している。
両手は肘から先を同じく黒エナメルの手袋が包み込み、指先には鋭い爪が付いていた。
両脚は太ももまである黒いロングのハイヒールブーツが覆い、肩からは裏地の赤い黒マントを羽織っていた。
そして額に嵌めたサークレットの両脇からはねじれた角が額の方へと伸びていた。
デスルリカは自分の姿に満足したかのように黒く塗られた唇に薄く笑みを浮かべる。
「うふふ・・・いかがですか、ご主人様? 私は大いなる闇の女デスルリカですわ」
もはや身も心も闇に染められた女がそこにはいた。
『うむ。我がしもべデスルリカよ、行くがいい。行ってお前の役目を果たすのだ』
「はい、ご主人様。この世界に闇をもたらしてやりますわ。うふふふ・・・」
妖艶な笑みを浮かべ、デスルリカはその姿を闇に溶け込ませていった。
ん・・・・・・
あら・・・
私は・・・
私はいったい?
床に寝そべっていた留理香が起き上がる。
いったい私はどうして・・・
もしかして寝てしまっていた?
「ひゃぁっ!」
思わず飛び起きる留理香。
時計を見るとまだ朝の八時半だった。
「あ・・・はあぁ・・・」
ホッとする留理香。
どうやら出かける直前に居眠りをしてしまったらしい。
それもどうやら五分ぐらいで目が覚めたようだ。
遅刻の心配はしなくて良さそう・・・
留理香はそう思い、再び身支度を整えて玄関を出る。
外はとても明るい朝の日差しが差していた。
留理香はとても不快な気分に捕らわれる。
吐き気がするようなおぞましさ。
どうしてこの世界はこんな光の中で活動をしているのだろう。
どうして安らぎのある闇に浸ろうとはしないのだろう。
どうして人は規則正しく行動しようとしているのだろう。
どうして欲望をさらけ出して快楽のままに生きようとはしないのだろう。
ムカムカする・・・
吐き気がする・・・
壊してやりたい・・・
破滅させてやりたい・・・
欲望を拡大させて自分の姿を思い知らせてやりたい・・・
そうよ・・・
こんな世界は破滅させて闇に飲み込まれてしまえばいいのよ・・・
「乗らないのかい?」
「ハッ?」
背後からの声にハッとなる留理香。
目の前にはバスが止まっている。
入り口が開き、留理香が乗るのを待っているのだ。
「あ、す、すみません」
留理香はそう言ってバスに乗り込んだ。
人々が乗り込むと、やがてバスは走り始める。
留理香はつり革につかまりバスに揺られていく。
先ほどのことが悪夢のように思い返される。
私は・・・私はなぜあんなことを思ったのかしら・・・
世界を闇で覆ってしまうだなんて・・・
でも・・・
でも・・・すごく魅力的に感じるわ・・・
闇に身をゆだねる・・・
ああ・・・なんて気持ち良さそうなのかしら・・・
留理香は何かに取り付かれたかのように闇という言葉を繰り返しつぶやいていた。
駅前にあるファッションビルの一つ。
その五階に留理香が勤めているデザイン会社のオフィスがある。
社長の涌坂 浩二(わきさか こうじ)以下ほんの二十名ほどの小さなデザイン会社だが、大手メーカーの下請けデザインを主に行なっている。
基本は頼まれればなんでもやる何でも屋だが、ここ数年は浅葉グループの傘下の服飾メーカーからの注文が舞い込むようになっていた。
もちろん留理香の娘紗希と明日美の友達付き合いのおかげである。
まだまだ発注量は少ないものの、留理香を中心としたグループがそれを引き受け、良質のデザインを納めていることでじょじょに発注量は増えていた。
今では会社の売り上げの二割に達するまでになっている。
このデザイン会社で留理香は主任という肩書きをもらい、グループのリーダーとして働いていた。
いつものようにビルの前にやってくる留理香。
しかしその表情はどこかすぐれない。
何か心なしか顔色も良くないように見えた。
ハアハア・・・
留理香は事実具合が悪かった。
整然とした街並み・・・
明るい日差し・・・
無表情で自分自身を隠して過ごしている人間たち・・・
そういったことがすごく耐えられなく感じていたのだ。
それでも日差しを避けることで少しは気分が良くなることがわかったので、できるだけ日陰を選んで歩いてきたのだった。
ドクンドクン・・・
心臓が跳ね回っている。
ハアハア・・・
息が苦しい。
早く・・・
早く本当の・・・
本当の?
本当の何?
本当の・・・自分・・・
本当の自分に戻らなくては・・・
本当の自分って・・・何?
留理香は自分の中に湧いてくるこの感情をさっきから否定していた。
本当の自分とやらを認めてしまったら、ここにいる自分は偽者になってしまう。
私は偽者なんかじゃない。
私は荒蒔留理香。
夫は荒蒔誠一。
娘は荒蒔紗希。
年齢は・・・
住所は・・・
・・・・・・・・・
そんなものはまやかし・・・
私はデスルリカ・・・
私は闇の女デスルリカ。
ちがう・・・
そんなのは違う・・・
ちがわない・・・
私はデスルリカ。
いい加減に認めることね。
荒蒔留理香は生まれ変わったのよ。
私は大いなる闇の忠実なしもべデスルリカ。
違う違う・・・
私は荒蒔留理香よ!
私は・・・わたしは・・・
「荒蒔主任、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
ビルの前で立ち止まっていた留理香は声をかけられた。
「えっ? あっ」
振り向くと一人の若い女性が立っている。
明るいパステルグリーンのスーツを着込み、茶色の長い髪を風になびかせていた。
留理香のグループのスタッフで名を上坂 美野里(こうさか みのり)といった。
「上坂さん・・・」
「大丈夫ですか? 汗びっしょりですよ?」
美野里はハンドバッグからハンカチを取り出そうとする。
だが、留理香はそれを押しとどめた。
「大丈夫よ。ハンカチなら自分のがあるから」
留理香はビルに入って行きながらハンカチを取り出して首筋の汗を拭う。
「そうですか? 無理しないで下さいね。主任が倒れたら私たちじゃ代わりは勤まらないんですから」
にこやかに微笑む美野里。
その笑みは明るく美しい。
ドクン・・・
なんて可愛い笑顔を見せるのかしら・・・
ドクン・・・
この娘の中にも秘めた欲望があるのかしら・・・
ドクン・・・
この娘を闇に染めたら面白いかもしれないわね・・・
ドクン・・・
うふふふ・・・私の手駒にはちょうど良さそうだわ・・・
ドクンドクン・・・
留理香の目つきがすっと変わって行く。
妖しげな眼差しが取って代わる。
「ねえ、上坂さん。仕事前に少しお話できるかしら?」
「えっ? はい、もちろんです」
美野里はすぐに返事をする。
美野里にとって荒蒔留理香は敬愛する上司であり、目標とするデザイナーだ。
どんな事でも彼女にとっては勉強になるだろう。
美野里はどんな話がされるのか楽しみに感じていた。
エレベーターが五階に止まり、二人はそこで降りる。
それほど広くないビルなので、五階はワンフロア全体が涌坂デザイン事務所となっていた。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
美野里と留理香は入り口を通って事務所に入って行く。
そのときの留理香が薄く妖艶な笑みを浮かべていることに気がついたものは誰も居なかった。
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- 2005/12/20(火) 19:41:27|
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えーと・・・
どのくらいの長さになるかは未定ですが、ちょっとした長さになりそうな作品を書いています。
とりあえず、第一回を投下したいと思いますので、よろしかったら読んでみて下さいませ。
1、
「うわぁっ! 遅刻しちゃうよぉっ!」
ばたばたと階段を駆け下りてくる少女の声。
慌てていたらしく、着替えた上着のボタンが一つ外れている。
「もう・・・起こしても起きない紗希(さき)が悪いんでしょ。だめよ、ご飯食べて行かないと」
台所から出てきた母親が少女にそう言い放つ。
毎回のことと見えて苦笑いを浮かべていた。
「え~っ、そんな暇ないよぉ」
髪の毛を梳かしながら鏡で身だしなみをチェックする。
やっぱり女の子だから身だしなみは欠かせない。
「大丈夫ですわ。一緒に走って行けば十分で着きますわ」
テーブルに着いていたもう一人の少女がにこやかに微笑んでいる。
赤を基調とした服を着て長い黒髪を優雅にたらしていてどこと無くお嬢様っぽい。
「あ、明日美(あすみ)ちゃん来てたんだ。ごめんね待たせちゃって」
どこと無く少年を思わせるような活発さをうかがわせる紗希がテーブルに着く。
「ううん、私もさっき来たところですわ。おばさまに上がって待っててって言われまして」
コーヒーカップのホットミルクを両手で持って一口飲む明日美。
二人とも近所の小学校に通う小学生である。
「ごめんね、明日美ちゃん。紗希ったらいつもいつもお寝坊さんで・・・」
コーヒーカップのミルクとトーストを持ってくる母親。
まだ若くその美しさは近所でも評判になるほどで、紗希としては鼻が高い。
「いつもじゃないよぉ。今日は特別・・・」
後の方は言葉が濁る。
「ふふふ・・・特別なの? そうよねぇ。今日は特別遅かったわねぇ」
「もう、お母さんの意地悪ぅ!」
赤くなってミルクをがぶ飲みする紗希。
「あつつ・・・」
「大丈夫ですか、紗希ちゃん? おばさま、もう許してあげてください」
心配そうに紗希を見る明日美。
「ええ、よかったわね紗希。明日美ちゃんが優しい娘で」
にこやかに二人を見る母親。
娘にとてもいい友人が居ることに喜びを感じているのだ。
「うう・・・もう行ってきます。明日美ちゃん、行こ」
トーストをくわえたまま鞄を持って席を立つ紗希。
「あ、待ってください紗希ちゃん。それでは行ってまいります、おばさま」
明日美は丁寧に頭を下げて鞄を持つと紗希の後を追う。
「はい、行ってらっしゃい。紗希のことよろしくね」
玄関先まで行って二人を見送ると、二人の小学生は元気に駆け出して行くところだった。
「車に気をつけるのよ」
彼女はそう言って自分も仕度を整えるべく戻っていった。
「ふう・・・」
娘が学校へ行ってしまった後の静かになった室内はなんともいえない寂しさをもたらす。
もっとも彼女にはその静けさや寂しさに浸っている余裕はない。
荒蒔 留理香(あらまき るりか)は娘紗希を生んで半年で夫を交通事故で亡くしていた。
死亡時の保険金と服飾デザイナーとしての仕事が彼女を経済面から支えてくれたため、彼女は一人で紗希を育てている。
紗希は母一人娘一人の状況でも明るく優しい娘に育ってくれている。
留理香にとっても自慢の娘だった。
それに学校に入ってからは親友とも言うべき浅葉 明日美(あさば あすみ)ちゃんが付いていてくれている。
浅葉グループの傍流ということだが、それでも立派な家に住むお嬢様であり、嬉しいことに彼女の勤めているデザイン会社にも仕事をまわしてくれたりもしてくれているのだ。
もちろんそのことを明日美ちゃんの両親が鼻に掛けるようなことは決してない。
単に娘の友人の母親がたまたま腕のいいデザイナーであるので、そこに発注しているに過ぎないということらしい。
それでもありがたいことであり、デザイン会社としては彼女を主任デザイナーとして遇していた。
「さて、出かけなくちゃね」
帰ってきてすぐに夕食の準備をできるように冷蔵庫の中身を確認し、今日の献立を考えながら身支度を整えて行く。
「今日は早く帰ってこれそうだし、紗希の好きなハンバーグにしようかしら・・・」
そうつぶやきながらメモに必要な食材を書いていく。
帰りにスーパーで買ってくるためだ。
異変はそのとき起きた。
部屋が突然暗くなる。
もちろんカーテンが閉まっていたわけでも日食が起きたわけでもない。
一瞬にして留理香の居る部屋だけが暗くなったのだ。
「えっ? な、何?」
留理香は驚いた。
完全な闇ではないものの、周囲の家具や足元の鞄すらよく見えない。
「で、電気を・・・」
よくわからないが、とにかく明かりをつけようと手探りでスイッチを探す。
だが、一歩踏み出した途端に彼女の躰はずぶずぶと沈み始めた。
「えっ? 嘘?」
ここは部屋の中のはず・・・
足元には確固たる床があるはずなのに・・・
だが留理香の躰は沈んでいく。
ずぶずぶと足掻いてももがいても沈むのは止められない。
「だ、誰かぁ! 助けてぇ!」
留理香は声を限りに助けを呼ぶが誰も来てはくれない。
やがて留理香の躰は床に胸までつかり、さらに首、口元と沈んでいく。
「だ、誰かぁ・・・ごぼっ」
液体のようにどろっとした床だったものが留理香の口をふさぎ、留理香は声を上げることさえできなくなる。
やがて床は静かに留理香を飲み込んでいき、最後に残った右手の指先も見えなくなっていった。
後には何事も無かったように誰も居なくなった部屋だけが残っていた。
「はう~・・・お腹空いたよう」
廊下を少し急ぎ足で歩いている紗希と明日美。
四時間目が体育という地獄を切り抜け教室へ戻るところだったのだ。
もう他の子たちは戻っているが、用具当番だった紗希は明日美と一緒に後片付けをしていて遅くなったのだった。
「本当にお腹がすきましたわね。今日はどんな献立でしょう」
「はう~・・・もう口に入れば何でもいいよぅ」
へとへとという感じで紗希は歩いている。
その様子が普段の元気な紗希とは雲泥の差なので、思わず明日美は微笑んでしまう。
「大丈夫ですわ、紗希ちゃん。今日の当番は林君ですからおかずを多めに盛ってくださいますわよ」
「そっか。それは楽しみぃ」
最後の元気を振り絞るように廊下を歩いていく二人。
もう各教室からは給食のいい香りが漂ってくる。
異変はそのとき起きた。
「うわぁっ! 何?」
「きゃぁっ!」
突然廊下を歩いていた二人はまぶしい光に包まれる。
まぶしさに目をつぶった二人は、そっと目を開けてみると周りが白一色で覆われていることに気が付いた。
「うわあっ、真っ白けだ」
「紗希ちゃん、これはいったいどうしちゃったんでしょうか・・・」
二人は顔を見合わせる。
驚いたことに何か雲の上にでも居るみたいに躰がふわふわして足元がおぼつかない。
白一色の世界に赤い服の明日美と青が基調の服を着た紗希だけが色のついた存在としてそこに居るようだった。
「私たちって・・・学校に居たんだよね?」
「ええ、そうですわ。廊下を教室に戻るところだったんですわ」
「で、でも・・・何もなくなっちゃったよ」
紗希の言うとおり二人の周囲にはただ白一色の世界が広がっているだけだった。
「どこか・・・どこかに出口があるはずですわ・・・」
心細そうな明日美の声。
「うん、早く抜け出して給食を食べに行かなきゃね」
紗希はそう言って明日美の手を握る。
それがどれほど心強いか紗希は気が付いていないかもしれない。
でも、紗希とさえ居れば明日美には怖いものなど無く思えるのだった。
「どっちかなぁ・・・まさか学校の中で迷子になるなんてね。方向音痴ではないんだけどなぁ」
「ここはゆっくりと出口を探しましょう。焦るときっと迷い込んでしまいますわ」
「うん」
二人はゆっくりと歩き出す。
ふわふわしていて気持ち悪いが、躰が沈み込むようなことは無かった。
やがて当ても無く歩いていた二人の前に扉が現れる。
それはただの扉であり、そのまわりに壁があるわけでもない。
回り込むこともできるが、裏側に回ると扉は単なる一枚の壁のようだった。
「なんだろうね。これ」
「扉には違いないようですが、どこかに通じているとは思えないですわね」
紗希も明日見も首をかしげるしかない。
なんと言っても二人は小学五年生であり、こういった不思議体験は初めてなのだ。
「開けてみようか」
「紗希ちゃんがそういうのでしたら開けてみませんか?」
二人は顔を見合わせて頷きあう。
親友同士の二人の結束は固いのだ。
「よし、開けるね」
「はい、準備はOKですわ」
「んじゃ、せーの」
紗希は扉のノブをまわして引く。
意外なことに扉は簡単に開くと、広間のようなところに続いていた。
「なんでしょうか・・・ここは・・・」
「気をつけてね、明日美ちゃん」
二人は思わず手をつないだまま中に入っていく。
足元は先ほどのところよりはよほどしっかりしているのだが、毛足の長いじゅうたんが敷き詰められているようで、やっぱりふわふわしてしまう。
やがてホールの奥の方に椅子に座った人影が見えることに二人は気がついた。
「誰かいるよ、明日美ちゃん」
「ええ、いったいこんなところにどなたがいらっしゃるのでしょうか・・・」
不安そうに紗希に答える明日美。
ここがどこかもわからない以上、うかつに人に話しかけるのは躊躇われたのだ。
「とにかく出口を聞かなくちゃ・・・もうおなかペコペコだもん」
紗希は居ても立ってもいられないような表情を浮かべている。
空腹が全ての警戒心を失わせているのだろう。
明日美はくすっと笑みを漏らした。
こういう場所でも自分を失わない、よく言えば大胆不敵、悪く言えば鈍感な紗希のことが明日美にはとても頼もしい。
とりあえずは様子を見なくちゃ・・・
明日美はそう思って紗希と一緒に人影の方に近づいていく。
その人影は女性だった。
一段高いところにある玉座のような豪華な椅子に座って、すらりとした脚を挑発的に組んでいる。
憂いを含んだような目は切れ長で小さな唇といいバランスを作っている。
白いゆったりとしたドレスを身にまとい、額にはサークレットが嵌まっていた。
妖艶と言ってもいい感じの女性であり、若いようにもある程度年齢がいっているようにも思えた。
「あ、あの・・・」
二人は彼女の座っている椅子の前にやってくると自然と彼女を見上げるような形となり、まず紗希が口を開いた。
「ようこそ。光に選ばれし少女たちよ」
「選ばれた? 私たちがですか?」
壇上の女性は二人を見下ろしながらにこやかに微笑む。
それを見た明日美は何かいやな感じがするのを振り払えなかった。
「私たちはここに迷い込んでしまっただけなんです。早く学校へ戻らないと給食を食べ損なっちゃうんです。どうかここからでる出口を教えてください」
紗希は一所懸命にそう訴えた。
選ばれた少女だかなんだか知らないが、こんなところに居るわけにはいかないのだ。
「私の名はゼーラ。いきなりここへ呼び出されて混乱しているのはわかりますが、まずは落ち着いて私の話しを聞くのです」
壇上の彼女はきりっとしたまなざしを二人に向ける。
「は、はい・・・」
それは無言の威圧感となり、さすがの紗希も押し黙ってしまう。
「あなたたちの世界は大いなる闇に侵食されつつあります。最近あなたたちの周りで悲しむべき事件が増えてはいませんか?」
そう言われると紗希も明日見も少し思い当たることがある。
子供が連れ去られたり、簡単に人が殺されたり・・・
紗希の母親も、明日美の母親も、学校の行き帰りは充分に注意するように二人に言い聞かせてくれていた。
「た、確かに最近は悲しい事件が多いと思います。けど、それがその闇とかのせいなんですか?」
「闇が侵食するって・・・どういうことなんでしょうか?」
紗希も明日見も闇だの光だのと言われてもわからない。
しかもそれが自分たちと何の関わりがあるというのだろう。
「闇によるこの世界への侵食をこれ以上許してはなりません」
ゼーラと名乗った女性は凛とした声で言い放つ。
それは彼女自身が相当に闇を嫌悪しているかのようだった。
「でも、私たちにどうして欲しいのですか? 私たちはまだ小学生なんです」
「そうです。明日美ちゃんの言う通りです。私は早く給食を食べたいだけなんです」
明日美も紗希もこの女性が何を言いたいのか、何をして欲しいのかわからない。
「心配はいりません。今からあなたたちには光の聖なる力を授けましょう。その力を持って闇を振り払うのです」
ゼーラはにこやかに微笑んだ。
それはまるで天使が微笑んだかのように映っただろう。
「いらないよ。そんな力なんていらない!」
「私も同じですわ。そんな力なんていりません」
紗希も明日美も首を振る。
聖なる力で闇を振り払えなどと言われても、そんな物語の中のようなことには関わりたくない。
「うふふふ・・・心配は無用です。あなたたちにはこのホーリーペンダントを差し上げます」
ゼーラは中央に赤と青の宝石が嵌まったペンダントを取り出す。
それは妖しげな輝きを発していて、見る者を惹き込まずには居られないかのようだった。
「うわぁ、綺麗・・・」
「紗希ちゃん、いけませんわ。あれは何か良くない物のような気がしますわ」
思わずペンダントに見惚れてしまう紗希を明日美は手を引っ張って気付かせる。
「このペンダントを身につけ、聖なる力を発動させれば、あなたたちは聖なる戦士ホーリードールとなるのです。そしてこの世界を大いなる闇から救うのです」
「そんなの勝手じゃない。私たちが何で世界を救わなければならないの?」
「そうです。どうして私たちなんですか?」
二人ともこんなところからは一刻も早く立ち去りたかった。
しかし、足が動いてくれないのだ。
元来た扉へ戻りたくても戻れないのだ。
「おほほほほ・・・あなたたちはこの世界を救う使命を与えられたのよ。おとなしく聖なる力を持って闇を打ち払いなさい」
「いやだ、そんなのやだよ!」
「私だっていやですわ!」
ゼーラの言葉に首を振る二人。
「そう・・・バカな娘たちね・・・いいわ」
そう言うとゼーラの瞳が妖しく光る。
「こちらへいらっしゃい、荒蒔紗希」
「えっ? あっ、いやぁっ!」
ゼーラの言葉が紗希を捕らえ、紗希は自分の意思では体が動かせなくなってしまう。
「紗希ちゃん!」
必死に手を握る明日美。
「手を放してそこで待っているのです。浅葉明日美」
ゼーラの言葉により明日美は自分の意思とは関係なく手を離してしまう。
「そ、そんな・・・ひどいですわ」
「あ、明日美ちゃん。わ、私の躰が・・・」
ギクシャクという動きで紗希はゆっくりと壇上に上っていく。
明日美はただそれを黙って見ているしかできなかった。
「ひどい・・・何をするのですか? 紗希ちゃんを自由にしてください」
「お黙り! あなたたちは聖なる戦士に選ばれたのです。光栄に思いなさい!」
ゼーラがぴしゃりと言い放つ。
「い、いやだ・・・いやだぁ」
紗希はそう叫びながらゼーラの前に立ってしまう。
「さあ、荒蒔紗希よ、このペンダントで聖なるホーリードールへと変身しなさい」
そう言ってゼーラはペンダントを紗希の首にかける。
それと同時にペンダントの青い宝石が光り輝き紗希の体を包み込む。
「紗希ちゃん!」
明日美の目の前で青い光はじょじょに収まっていく。
そしてその中からは・・・
「紗希ちゃん!」
明日美の呼びかけにゆっくりと紗希は振り向いた。
その姿は紗希のままだったが、服装は青いミニスカート型のコスチュームへと変わり、青い手袋とブーツを嵌め、額には青い宝石の嵌まったサークレットを嵌めていた。
「紗希・・・ちゃん・・・」
明日美が声をかけても紗希は無表情のままだった。
「さあ、荒蒔紗希、いいえ、ホーリードールサキよ、あなたはこれより聖なる光の戦士として、大いなる闇を打ち払うのです」
「はい、ゼーラ様。私はホーリードールサキ。聖なる光の戦士です」
薄く微笑む紗希。
その笑みはどこか冷たい。
「紗希ちゃん・・・ひどい、紗希ちゃんに何をしたのですか?」
明日美は悲しくなった。
先ほどまでの紗希はそこにはいなかったのだ。
「うふふふ・・・明日美ちゃん、何も心配しないで。私はゼーラ様にホーリードールにしていただいただけなんだよ」
サキはそう言って壇から降りてくる。
「ホーリードールサキ。その子も連れてきなさい」
「はい、ゼーラ様」
紗希は冷たい笑みを浮かべながら明日美に近づいてくる。
「ああ・・・紗希ちゃん・・・紗希ちゃん・・・」
明日美の目から涙があふれる。
だが、躰の自由が利かないまま、明日美はサキに手を握られ壇上で待つゼーラの下へと連れて行かれる。
「お願い・・・紗希ちゃんを元に戻して・・・」
「明日美ちゃん、心配しないで。全てゼーラ様にゆだねていいんだからね」
ゼーラの前でも明日美はけなげに訴えかける。
しかし、ゼーラはただにこやかに明日美にも赤い宝石の嵌まったペンダントを首にかけた。
「さあ、お行きなさい、二人とも。この世界を大いなる闇から護るのです」
「はい、ゼーラ様。行こうホーリードールアスミ」
「ええ、行きましょう。ホーリードールサキ」
赤いミニスカート型のコスチュームと手袋にブーツというサキと同じ色違いのコスチュームを身につけた明日美は、もはや何のためらいも無く大いなる闇との戦いに身を投じる聖なる光の戦士だった。
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- 2005/12/19(月) 22:19:58|
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