スポンサーサイト
- 2020.01.13 Monday
一定期間更新がないため広告を表示しています
-
0
- -
- -
- -
シン・ゴジラはかなり評判の良い映画だ。ただある理由で観に行った自分にとってはとんでもなくレベルの低い糞映画としか思えなかった。
あれを好きな人のことは否定しないが、自分的に何が駄目で何が良かったかを書き残そうと思う。
シン・ゴジラは観た人の評判が良く、興業成績もかなり健闘しているようだ。
ただ自分は特に興味がなく、観に行くつもりはなかった。もろゴジラ世代なんだが家が貧乏だったのか?ゴジラ映画を映画館に連れて行ってもらったことはないためか思い入れがない。
ところがDさんがblogで「まだ上映しているなら是非観に行くべきだ。最悪、BD、DVDで観るならできるだけ大画面で観てほしい『迷作』だと思う」と書いていた。最初は迷作なら観る意味はないなと思ってスルーしたが、たまたま時間が空いたし、ひょっとして内容はともかく勢いが凄い映画なのかとも思ったし、「迷作」なら~というのは少しうがった見方かなと反省もしたので観に行くことにした。失敗した、失敗した、失敗した、失敗した…。
結論から先に書く。
なぜ世間では評判が良く、かつ自分的に最低クラスだったか。それは求めるものがまったくずれているから意見が違っているのだろうと考えた。自分は面白い映画を観たくて映画館に行ったが、シン・ゴジラ好きな人は新作のゴジラ、庵野の作るゴジラを観たかったんだろう。
つまりシン・ゴジラを高く評価している人は、もともとシン・ゴジラを肯定、または無条件肯定している人間の感想なのでほとんどの評価が高い、またはこれはこれでありだと思っても不思議はないのではないか。
自分はもともとゴジラに、もちろんシン・ゴジラにも興味はなく、庵野もエヴァの監督で実写映画がぽしゃった同人崩れの知名度は高いが二流、三流のクリエイターとしか認識していなかった。だから商業映画として見た時のレベルの低さ、勢いのなさにうんざりした。
そして自分がつまらないと思ったのは中途半端過な風刺、レベルの低い映像技術、独りよがりな演出、白けるほどのリアリティのなさだ。
後は順次覚えている範囲で感想を書くが、初めに書くと荒探しをするつもりはない。もっというと「『荒探しして難癖をつける人もいる』等と擁護して安心する」という考えを否定する。
言い換えれは下手くそなミスディレクションを持った推理小説に大して「ここが変だろ」というのは荒探しじゃない。レベルが低すぎてうんざりだと言っているんだが、それと同じだ。
映画館に入るとなかなか幅広い年齢層の人が観にきていた。60過ぎの夫婦。10台のカップル。自分のように一人で観に来ている人がほとんどに見えた。子供の姿もあった。親が連れて来たんだろう。
冒頭の1,2分で違和感を覚えた。カメラワークが不愉快なのだ。なぜだ?微妙に揺れて安定しないからと感じた。多分そうだろう。
誰もいないボートに乗り込んだシーンは何だ? あれが伏線の研究者の失踪/自殺のためのみのシーンだとしても不要だと思うが。整理されていない。というかゴジラ登場シーンにそんなものが必要なのか。
そしていきなり相当白けたのは、海上からゴジラのしっぽが突き出るシーン。出過ぎ。根元が固定され過ぎ。一体水深のある海であんな状況となるのはゴジラがどんな体勢を取っているんだ? どんなサイズなんだ? そこを見ただけでリアリティのなさに物凄くげんなりして白けた。観る気がまったくなくなった。全日本プロレスのペチペチ逆水平を見たような感じだ。あれで喜ぶファンは低能なのか? 後で考えるとシン・ゴジラの肯定派はあれを観ても「ゴジラだ、ゴジラだ!」「しっぽデケェー!!」とか言って喜んでいたのかと不思議になった。もし本当にそうなら楽な商売だな。
議会のシーンは表面上の政治への皮肉にしか見えなかった。浅い。特に日本の議会の茶番性のパロディのつもりだろうが、どうも弱い。しかも中盤くらいで皮肉がなくなっていく。面倒臭くなったのか、それとも実質的な新リーダーの有用性を示すために皮肉は不要としたのか?
政治批判をするための映画ならば分からなくもないが、なぜ中途半端な批判・皮肉を入れたのか理解に苦しむ。
カメラワークも酷い。
マンガのコマ割りで会話を示すために発言者をアップにするのは良くあるが、並列して歩く二人が話し続けるシーンでずっとその二人のバストアップを取り続ける映画があるのか?(ここは違和感を感じたが映画をそんなに観ているわけではないので、そういう演出があるかどうかは不明)
しかも歩きながらの二人をアップにしているがカメラの高さをキャスターか何かで固定しているためか、ひょっとして手持ちカメラのため演技者の上下動とカメラマンの上下動がずれているためか、画面がガクガク揺れ続け。酔いはしないとはいえ非常に見づらく不愉快。観る人のことを考えていない。商用映画の技術レベルに達していないのではないのか?
それと似たような感じで人物が登場するたびに画面下側に字幕で所属と氏名を表示する。
たまたま観たwebサイトでこのことを褒め殺しで批判していたが、非常に見づらい上にその場限りのモブなので無意味。ギャグのつもりか? 自衛隊の階級を出したくてしようがなかったのか? しかもこのせいで英語字幕が左側に表示されて(下と交互だったか?)とても見づらかった。ここも観る人のことを考えていない。
ゴジラが川を遡ってくるシーンも酷かった。
なんでそんなとんでもない危険な状況なのに川に掛かる橋に人がたくさん通行しているんだ? ありえないだろ。観る気をなくしても、義務感で最後まで観なくてはと思いつつ、その決心がどんどん削られて行く。まだほんの序盤なのに。
脚が生えた第二形態のゴジラの顔のちゃちなこと。予算の問題か、デザインの問題か?
第三形態(初期)のゴジラはまあかっこ良い。
一旦海に帰ってから、全高が倍以上になって再度現れたゴジラもかっこ良い。
ただ体積が単純計算で8倍以上に、急激に変化するはずがないだろう。子供だましにもほどがある。白けた、白けた。もう帰りたい。というか眠たい。
放射能火炎を吐くゴジラは、自分的には唯一観て良かったと思ったシーンだ。ただほんのちょっとで、後はそれが絞られたレーザー状の火炎?になっていた。
でも背びれやしっぽの先からレーザー火炎を、しかも本能的に飛行物体に百発百中で吐くのはさすがに遺憾だろう。昭和のゴジラのシェーに対応した洒落のつもりか? そんなんで面白いと思う大人がいると思うのか(いたかも知れない)? どう、このかっこ良さ、と本気で思っているのか? あぁ白けた、白けた。もうこれ以上美白になりようがないくらい白けた。多分この辺りは1/3くらいは寝てたかも。
石原さとみは老けを感じるとはいえ美人だ。ティティもでかくて素敵。でもなんで石原さとみ? なんでアメリカ政界の新進気鋭の七光り込みの実力者が来る? 米リカごり押しの政治パロディのつもりか? ここはまあ別に良いだろう。
ゴジラへ血液凝固剤を飲ませる(吸収させる)のになんではしご車? まったく届かないじゃん。ゴジラを攻撃して上手く横倒しにするというありえない計画を立てられる奴がいるわけないだろ。それなのになんであんなに上手く、何度も倒せるんだ? しかも瓦礫だらけで近づけないはずなのに、本当に上手い具合に顔の近くまで近づいて薬をジャー。ゴジラはずっと待ってるし、注がれる薬をバンバン吸収している。
いくらなんでもあのシーンを観て納得する客はいまい。シン・ゴジラの熱狂的信奉者だとしてもだ。あれは酷い。あそこで(も)席を立つかどうか悩んだ。核を回避するためだけにあんなシーンにしたのか。政治批判以上に中途半端な核に対する批判か?
もう記憶もあいまいになっているし、嫌な思い出だから結構忘れているだろう。間違ったことを書いているかも知れない。
全般的に中途半端過ぎる批判、レベルの低い映像技術、観客のことを考えない独りよがりな演出、そしてなにより映画に全く没頭できないほど白けまくるリアリティのなさ。本当にどうしようもない。
とんだ糞映画だよ。
と自分は思った。最後まで完全には寝なかった。頑張った自分をほめてあげたい。
シン・ゴジラ肯定派は一体どこに大して良かったと言っているのか興味はあるが、それを調べるほどシン・ゴジラに関わり合いになりたくないのでwebで探してもいない。
後日連絡を取った、フルスクラッチでゴジラフィギュアを作るくらい好きな友人は「庵野監督だから期待はしていなかったがアニメみたいだった」と落胆していた。上映中に席を立った人もいた。上映前あれほどはしゃいでいた隣の席の老夫婦は、終わった後無言で帰って行った。子供達も静かだ。
自分と似たような感想を持ったんだろう。本当に評価が高いのか?
売れているから「面白いと感じない人の方がおかしい」とは言えませんし、会社の同僚(ゴジラ世代)は「コジラより総理大臣(二人とも)が良かった」という始末。
じゃあ、売れた理由は何なんだということになりますが、ひとえに「日本人が作るコジラを見たい人が多かった」ということでしょう。
本来コジラはヲタが観るようなサブカルチャー映画ではありません。既に土壌が完成している一般大衆向けの娯楽映画であり、シンゴジラを「面白くない」と感じた人は娯楽映画を期待していた一般人なのではと思います。
つまり逆から見れば「庵野が作ったサブカルチャーコジラ」を観たヲタの反応は「シンゴジラを理解できるのは俺たちのようなサブカル好きなヲタだけだ」という祭り状態です。俺もこのクチかと思います。
しかし、それだけで70億も売れるハズはありません。ということは、一般人がヲタの世界に入ってきているのです。というか、ブラウザゲーやスマホゲーの浸透により、もう既に一般人とヲタの線引きが難しくなっている昨今に止めを刺したのが「シンゴジラ」と「君の名は。」だと考えています。
ウチのブログで書きましたが「シンゴジラ」は「庵野のオナニー映画」です。庵野は人の評価なんて気にしない変人だと聞き及んでいます。今回の「シンゴジラ」も庵野が作りたいように作っただけで、ヲタだけが騒ぐのかと思ったら意外と一般層にも受けた…程度のことなんでしょう。
俺がブログで勧めた理由はこの「シンゴジラ」が大ヒットしたことにより「ゴジラ映画のスタンダードとして確立してしまった」ため、今観ておかないと今後(庵野以外が作るとしても)のゴジラ映画に着いていけなくなる可能性が高いと思ったからです。
ですが、変人の後を継ぐ者が現れるのかどうか、その辺りは分からないので今は考えを改めています。
ゴジラや庵野に対するシンパシーもなかったし。
それから庵野がそんなタイプならばいわゆるサイコパスかも知れないですね。
と思ったのでセンセイに聞いてみたら「庵野コロス」というキーワードが出てきました。それだけ。
放課後プレイ2(漫画)の主人公が何かの拍子に「1億総サブカル化かよ、ヘドが出らぁ」と言っていたのを思い出しました。「普通のオジサンに戻りたい」というジョーイは、やはり最先端を走っているようです。
海外でコケたのも頷けますね。
書き込みどうも。
海外じゃコケましたか。自分的に納得です。
あれを映画と呼んで良いのか甚だ疑問でした、、、
日本国内では好意的な意見が大半を占めているようで驚きです。評価している人は一体普段どんな映画を観ているのでしょうか。
書き込みどうも。
「評価している人」の意見が少し気になって検索してみたら「リアリティがある」とレビューサイトに書いている人が何人かいて驚きました。