クズとハクコ
「へー……久しぶりに城下町の方へ来たけど、凄い事になっているわね」
「来た事あるのか」
「そりゃあ一応、メルロマルクの国民だもの」
サディナが霊亀の山を見ながら答える。
前に来た時よりもさらに復興は進んでいる。荒廃した感じが大分払拭されている。
とはいえ、霊亀の方は……ん? 良く見ると木々が切り取られ、開拓が進んでいる。
なんだかんだで逞しいな。人間って言うのは。
災害を乗り越えようと頑張っているんだな。
「これから何処へいくのかしら?」
「一回城へ行く。いきなりじゃ準備も出来てないだろ」
影の情報網とか女騎士がやってくれている可能性もない訳じゃないけど、一応は女王に会っておこう。
クラスアップとは違ってリセットの方は普段やらないだろうし。
「お城ね。私、見た事あるけど入った事無いんだ」
「お、俺もだ」
「そうだろうなぁ」
亜人や獣人が人間至上主義の国の城になんて入れる物じゃないか。
「あんまり良い所じゃないけどな」
「でしょうね」
なんて話をしつつ城の方へ向かう。
……フィーロは相変わらずキョロキョロと辺りを探っているな。
「元康が居たら分かるだろ。警戒し過ぎだ」
「わかってるけどー、なんか居そうで、や!」
苦手意識も極まったな。
好き好き騒いでも逆効果じゃないか。
それに、さすがの元康も城の方へ来たら御用だから来ないだろ。
城下町だと顔も知られていて、隠れるのは実質不可能だし。
あいつ、魔法の勉強とかせずに水晶頼りだから、レパートリー増えてないと思うからラフタリアみたいに隠れる魔法は使えない。
スキルで隠れられたらそれまでだけど、これまでの行動から考えるに、馬鹿正直にフィーロへ突撃してくるだけだろ。
「ま、気にするな」
「うー……」
なんて雑談をしながら城の門を通る。
門番にはローブを脱いで顔を見せたら通してくれた。
なんかサディナを見て微妙な顔をしてたけどさ。
明らかな獣人であるサディナを連れていたら渋い顔もされるか。
あ、でも波が終わった時の戦勝会で冒険者とかを招いていたんだから……って亜人は相当少なかったか。
いろんな意味で亜人はこの国じゃ地位が低いんだな。
改めて認識する。
女王が許可しているだけで実際の差別意識は根強いんだ。
「さて、女王は何処かな?」
何時もの執務室みたいな所で書類とにらめっこでもしているか?
使用人に女王が何処に居るかを尋ねる。するとどうやら公務中らしいが、俺が来たのを知って移動中だそうだ。
待っていれば来るか。
ま、城の庭で休んでいよう。
「ここで待機だ」
「ふー……」
フォウルが煩わしそうにローブを揺らす。
「ここでなら脱いでも良いんじゃないか?」
「そ、そうか? じゃあ」
フォウルがローブを脱いで顔を出す。
ガランガラン……。
なんか後ろの方で何かが倒れる音がした。
振り返ると、なんとクズがこっちを凝視して間抜けそうに口を開けている。
「と……」
居たのか、というか相変わらず裸の王様をやらされているのは何の冗談だ?
しかも背中には立て札で『城内一周の罰をしています。どんなに偉くても助けないように』とか女王の名前が書かれたサインまでついているようだ。
何をしてたんだこいつは?
「とうとう盾が正体を現した!」
でかい声でこれ幸いにとこっちを指差して言い放つ。
「さあ皆の者! 盾を! 盾の悪魔をこの世から抹殺するんじゃ!」
なんか立て札を持ってこっちに向けて走ってくる。周りの兵士は呆気に取られつつ、クズの前に立った。
そしてクズは押さえつけられた。
「放せ、盾が、盾があのハクコを連れて城に乗り込んできたんじゃぞ! そこをどけ、アイツを殺せない!」
……ハクコ種とクズの因縁があるとは聞いていたが、なんかすごい剣幕。
有名な台詞まで飛び出した。
ま、取り押さえられているクズを見てなんか楽しくなってきたけど。
「いきなり何を騒いでいるのですか、あなたは」
女王が頭を抱えながらやってくる。
「おお妻よ! 盾の悪魔が正体を現して、事もあろうに我らが城にハクコを入れおったんじゃ」
「だからどうしたというのですか?」
「だからどうした、だと!? どうしたというのはこっちの台詞じゃ!」
「今は世界の危機です。過去の因縁よりも波への対処。亜人の神である盾の勇者がハクコを連れるのは自然の摂理です。目くじらを立ててどうするのですか」
なんかアッサリと女王が言うな。
ここまで俺を持ちあげてくれると、洗脳されているんじゃないかと、俺自身が思う程だ。
そんな効果の盾……持ってないよな。
うん、持ってない。
「グヌ……妻とは言え、ハクコを擁護するのは許さんぞ!」
「許しなどいりません。貴方は何時まで曇った目で世界を見続けるのか私の方が許せませんよ。さ、連行なさい」
「放せ! ワシは、ワシは奴らを生かしてはおけないんじゃぁあああああああああああああ!」
と、クズは何処かへ連れて行かれた。
何処までも騒がしい奴だな。
「お、俺が居る事で何かあるのか?」
「気にするな。あいつは頭がおかしいんだ」
フォウルが場の空気に焦りながら俺に尋ねてくる。
「そ、そうか」
「ほう……因果とは不思議な縁を持ってくるようですね」
女王がフォウルを見て呟く。
「なんだ?」
「貴方……おそらく祖父の名前はタイラン=ガ=フェオンと言うのではありませんか?」
「あ……そうだ。だが、何だ? 俺の祖父に何があるんだ?」
それを聞いて女王が納得したように頷く。
「是非、盾の勇者につき従ってくださいね。亡きアナタの祖父が喜びますよ」
「知らん!」
あー……フォウルはその辺り、反抗的だからな。俺になんて従うはずもないだろ。
「なんで俺の祖父の事を知っている?」
「さっき騒いだ者が、アナタの祖父の仇だからですよ」
「な、なんだと……」
俺も驚く、そんなアッサリと言って良いのか? まあ、俺が勝手を許したりはしないけどさ。
「祖父の事、知っていますか?」
「全然知らん。親も教えてくれなかった」
「そうですか……それは失礼な事を言ってしまいましたね。気にしないようお願いします」
「……」
フォウルが微妙な顔をする。親が教えてくれなかった事をこんな所で知ったら気になるか。
もったいぶった言い回しだよなぁ。自分のルーツとか気になるだろ。
「お騒がせ致しましたイワタニ様。どうですか調子は」
「ま、順調だな」
「領地の方ですね。私の耳にも入っております」
「お前の娘には両方とも手を焼かされる」
「はて、メルティの方は役に立っているかと」
「まあ……町の方の管理を任せているな」
見た目ガキなのに、町の方ではあまり問題が無い様子だ。
まだ就任数日の範囲だからなんとも言えないけど。
「というかお前のヴィッチな方はどうにかならないか? つーか、遭遇と同時に殺したくなったんだが」
これで生かして連れてこいとか賞金首情報にも甘さが感じられる。
「そこなのですよ……あの子はどのようにして国境を越えたのか。槍の勇者の仲間は親と同伴していたのでわかりますが」
「エレナの話や元康の事を総合すると、確かに他国だものな」
なんだかんだでヴィッチが関所とかを通れば顔で分かるはずなんだ。なのにそれを突破する方法と言ったら……。
山越えか?
あのヴィッチが? なんて言うか辛い事は絶対にやらなそうなヴィッチがそんな泥臭い事までして国に来るか?
密入国? 積み荷にまぎれてか? これなら考えられなくもない。
「奴隷紋で炙りだしは出来ないか?」
「出来ないのですよ。どのように妨害しているか……」
むー……。
「もう殺すか?」
「それは出来れば……」
「もうさ、隠さなくて良いから教えてくれないか? なんでアイツを生かして捕える必要があるんだ?」
「そうですねぇ。具体的に言えば戦争を回避するための手段です」
「というと?」
「あの子が、心の底から嫌がる事なのですよ。それこそのたうち回って拒否し、懇願し、わき目も振らず逃げるほどの」
「ほう……」
「それは――」
「あ、やっぱり良いや」
それほどの事なら是非とも、知らずに立ち会いたい。
ダルマにするとかそんなのよりも精神的に楽しそう。この世界って金さえあればダルマとかしても回復魔法とか錬金術の奇跡とかで治せそうだし。
「そうですか? この際、教えても良いかと思ったのですが」
「ああ、そこまでの物なら是非とも知らない方が良い」
「ではその前の罰として焼印で苦しむ様を見せると言うのはお教えいたします」
「お? 良いね」
「……良いのか?」
フォウルが不快そうに突っ込みを入れる。ラフタリアがいないからしょうがない。
ラフタリアが居るとそろそろ突っ込みを入れられる頃合いだったもんな。
なんか漫才師になったような気もするけど。
というか普通の感性だったら、焼印を入れる事を喜ぶ勇者とか、俺だったら信用しない。
信用してくれとは言わないが、もう少し内面を隠す事にしよう。
しかし、相手はヴィッチだからな。いざその場に立ったら笑ってそう。
「お前が嫌っている奴ってどんな酷い奴なんだ?」
「そうだな、お前に例えるなら妹を散々利用し、自分の都合が悪くなったら罪を押し付けて捨てて、涙する妹を足蹴にして高笑いするような奴だ」
おもに被害者は俺と元康だけど。
きっとこれからも捕まえるまで増え続けるだろう。
「なんだと!?」
フォウルが激昂した。
俺に掴み掛かるんじゃないかって位怒っている。
「絶対に許さない! そんな事をしたら殺すからな!」
「俺じゃねえだろ」
なんでアトラをそんな風に扱わねばならない。
役に立たなかったら売るのも検討するけどさ。
「同じようなものだ」
む、見抜かれたか。
さすがに高笑いはしないがな。
「話を続けて良いですか?」
「ああ」
「今回は確かLvリセットの許可でしたか」
「聞いていたか」
「既に耳には入れていますよ。準備はさせますので何時でも龍刻の砂時計へ行って大丈夫ですよ。同時に砂もお受け取りください」
「転移スキルが使えるようになったら便利だからな」
「是非、城下町に何時でも来れるようにして頂けるとありがたいですね。何かあったらすぐにイワタニ様に報告が出来ますので」
まあ、親父とかにも会いに行かなきゃいけないし、当面は城を登録しておいて問題はないだろう。
「元康から聞いた話だと六人が限界らしいからなぁ。他の勇者を捕まえる為に条件を調べないといけない」
「わかっております。条件が整い次第、捕獲を要請すると思います。所で、槍の勇者様に関する事ですが」
「あれは……」
フィーロがビクッと仰け反って俺のマントの下に隠れる。
そこまでイヤなら励ますなよ。
「俺も悪いとは思っている。あれは既に逃げるとかはしそうにない。それでも捕まえるか?」
「イワタニ様が槍の勇者に何かあったら報告を義務付けさせ、波で戦って貰うようにして頂ければ……報告を聞く限りは問題はないかと」
「そこなんだよなぁ……」
あいつ、人の話を全然聞かないんだ。
俺が言っても、フィーロの事だけを考えて居そうで怖い。
フィーロに言わせるという手もあるが、なんかおかしい方向に勘違いしそうだ。
「奴隷に出来れば良いのですが、勇者に奴隷紋は効果が無いのですよ」
「やはりそうか……とりあえずは一回捕まえて説得してみる」
「お願いします。剣の勇者に関する事も現在調査しております」
ヴィッチと一緒に居るというので、かなりイヤな気がするものな。
あの女……一体どうしたらあんな性格に育つんだ? どうも知りたくもなかったけど、どうしたらああなるのか不思議に思う。
「なあ、ヴィッチはなんであんな風になったんだ? 害を吐き散らかして、人を嵌める事に関しては天才的だよな」
「私とクズから受け継いだ生来の資質もありますが、クズがわがままに育てさせてしまったのが理由ですね……」
クズの所為かよ。
というか自分の性格が悪い自覚はあるのか。
まあ俺も自分の性格が悪い自覚はあるけどな。
「あの人も、娘を、それはもう目に入れても痛くないほど可愛がっていまして、その所為で二人ともあのように愚かになってしまったのでしょうが」
女王が遠い目で語る。
思い出話をしたい訳じゃないのだが……。
「何度も、あの性格を直させようと私も色々とやったのですけどね。フォーブレイの学園に教養を学ばせるために留学させた事もあります。結果はあの通りですが……」
ヴィッチの学園編。
凄く見たくない生活だったんだろうな。
「ちなみにあの子が処女を卒業したのもフォーブレイの学園での事で――」
「ヴィッチの過去話とかどうでもいいから!」
本当どうでもいいですよね。