新たな目覚め
今回宿泊した宿には飯が出ないので、元康を連れ、食事も兼ねて酒場に入る。
元康は酒場に入るなり、カウンターの隅に座って酒を注文、それを少しずつ飲みながら俯いている。
どこまでも女しか頭にない奴だ。それを失ったらあれか。
槍の勇者だって知らない奴がカモと思って絡むがそれを全てはねのける。
「あら、お姉さんと一緒に飲まない?」
「……悪いが一人で飲みたいんだ。構わないでくれ」
……女も込みだ。
ありゃあ重症だな。
ビッチなんて元からああだろ。そこまで信じていたのか?
俺達の方は適当に晩飯を取る。
酒場で飯とか、とも思うが、この町で味が良い店が酒場らしいのだからしょうがない。
量もあるし安くていい感じだ。
で、それなりに美味い飯を食えて機嫌が良くなった人型に変身したフィーロが詩人と一緒に歌い始めた。
俺は背中の卵が邪魔だ。目立たないようにしないといけないし。
「嬢ちゃんもう一曲頼むぜ!」
「うん。いいよー」
フィーロが物凄く調子に乗って歌いまくっている。確かに美声だよな。
なんか詩人と意気投合して変わった歌を歌ってる。アニソンみたい。
気の所為か……ステージ前に居る連中の目つきは怪しい。
「……ナオフミ様、私、前に聞いたのですが魔物の中には歌声で船を惑わし座礁させる魔物がいると聞きます」
「偶然だな、俺もその魔物の事を考えていた」
ハーピーとかセイレーンとかそんな類の魔物だ。なんかフィーロがそれを彷彿とさせるかのように周りの連中が悦に浸った目で聞き入っている。
やがてフィーロが歌い終わると、歓声が巻き起こる。
アンコールを要望されるがさすがのフィーロも飽きたのか「やー!」とか言いながらステージを降りる。
好評だったお陰か、花束とかを送られている。
ついでにニンジンみたいな野菜も貰っている。飯の方が反応が良い分、みんなフィーロに食いものを渡している感じになってきた。
山盛りになったプレゼントを両手で抱えながら、何を血迷ったのかフィーロは元康の隣に行く。
「どうしたの? いつもの元気が無いねー? らしくないよー?」
「……」
非常に億劫そうに元康はフィーロを見て、視線を戻す。
無視とか、見た目は好みらしいのにな。こりゃあ重症だ。
「お腹が空くとね。元気がでないんだよ? 元気の出る歌を歌ってあげる」
やがてもう一度ステージに上がったフィーロが歌い出した。
なんかテンポが良いな。というか……。
「フィーロっていろんな歌を知っているんだな。知らなかった」
「メルロマルク国内の色々な町を巡りましたからね。歌うのは好きみたいですよ」
元康に向けて踊りながらフィーロは歌う。
見ている俺も元気になると言うか、SFで飛行機が変形するアニメのノリに見えてきた。
歌い終わったフィーロはもう一度元康の方へ行く。
「おい。あんまり構うなよー」
「はーい」
とか言いながらフィーロはごそごそと貰った野菜や花を漁り。
「これ食べて、いつもの欲望に忠実な元気出せー」
戯れとでもいうかの如く、元康に野菜と花をさしだした。
フィーロは好奇心が働くとそれに忠実だからな。
珍しく落ち込んでいる元康を見て、興味でも湧いたんだろう。
ん?
「う、うわああああああああああああああああ!」
元康が号泣しながらフィーロに抱きついた。
「にゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
当のフィーロはシャレにならない悲鳴を上げている。
そして抱きついてきた元康から逃げるように体をねじるのだが、元康の力は思いの他強く、逃げる事が叶わない。
「う……ううううううう……」
元康の奴、ガチ泣きしている。
「ごしゅじんさまー! 助けてー!」
フィーロの方も涙目で俺に助けを求めて手を伸ばしてきた。
……馬鹿じゃないのか?
「何やってんだ……」
フィーロを助けようと近づくのだけど、元康の奴、嫌がるフィーロの胸で嗚咽を漏らしながら泣いている。
ヴィッチがダメならフィーロか?
いや、まあ……元康は随分前からフィーロが好きだと公言していたけどさ。
「元の姿に戻れば元康も驚いて離れるだろ」
「う、うん!」
元康はフィーロの本当の姿にトラウマを持っているからな。
なんだかんだで魔物の姿のフィーロには近づきもしない。
俺の助言通りフィーロは魔物の姿に戻る。
酒場の連中が驚きで声を出すが知った事ではない。
だが。
「スーハー……フィーロちゃんのかほり……くんかくんか」
……元康が魔物の姿のフィーロに抱きついたまま匂いを嗅いでいる。
気色悪い!
「離れない! 離れないよごしゅじんさまー!」
あの元康が魔物の姿のフィーロに抱きついたまま離れないだと?
どういうことだ! いや、理由は思いつくけど。
「落ち込んでいる奴に甘い言葉を囁くからそうなるんだ! 責任を取って面倒をみるんだな!」
「待ってください。その理屈だとナオフミ様は私にこうなるはずです!」
「何を言っているんだラフタリアも!?」
ラフタリアも相当混乱しているっぽいな。
「やー!」
「フィーロたんフィーロたん……」
すりすりと元康が頬擦りを始める。
フィーロの奴、怪力で元康を引き離そうとするが、本気で抱きついている元康はタコの吸盤のようにくっついたままだ。
ブチブチとフィーロの羽毛が千切れそうになって、痛みで力が入らないみたいだ。
なんだかんだで痛がりだからな、フィーロは。
「助けてー!」
ガチ泣きを始めたフィーロが助けを求めるけど、これはどうすれば良いんだ?
「うーん……元康ー」
「フィーロたーん」
ダメだ。俺の話なんて聞いてない。フィーロの言葉も耳に入っていない。
元康がついに壊れた。
というか……新しい性癖に目覚めたのか?
魔物の姿のフィーロすらも平気か、もしくはマゾヒストになったのだろう。
「ごしゅじんさまー!」
元康を城に連れていく事になっているのだが、もはやそれどころでは無さそう。
「責任を持てないならちゃんと言い聞かせて捨ててこい」
「そんな捨て魔物じゃないんですから……」
「うん!」
フィーロは抱きついた元康を抱えたまま酒場から走り去って行った。
「ええー……」
ラフタリアが気の抜けた声で呆ける。
「とりあえずー……元康の連行は先延ばしだ。もっと苦しんで貰わないと俺が満足できない」
「あれはもう苦しむとかそういう次元を超えてしまったような気がするのですが?」
「フィーロに悪女を演じて貰えば元に戻るだろ。話が通じるようになったら『ご飯だけが目当てで近づいたの』って言わせれば戻るさ」
「そうですかねー……」
「た、たぶん」
なんか嫌な予感がするけど、こうでもしないと、俺達が悪いみたいになってしまうし。
大丈夫、あの元康だ。明日には女のケツでも追っているはずだよ。
と、まあ気楽に構えていたのだが……翌朝の事。
ちなみにフィーロは元康を山の崖に突き落として帰ってきた。容赦ないな。
フィーロの羽毛も結構抜け落ちていた。文字通り捨て身で捨てたようだ。
「さて、元康は保留になったし、影に事情を話して村に帰るか」
卵が孵るまでは帰れないけど、そろそろ孵化するだろ。
時々、ごそごそと動くし。
「そうですね」
「ごしゅじんさま、フィーロ早く帰りたい……」
フィーロは怯える瞳で俺に懇願する。
元康に苦手意識を持ったようだ。元々嫌いだったから尚の事か。
そもそも嫌いなのに何故あんなにちょっかいを出したのか。
「というかー……なんで励ましたんだ?」
「元気が無かったから、村の子と同じように励ましたの」
まったく……元康には劇薬だったな。
ありゃあしつこいぞ。
「今度遭遇した時に俺が言った通りに振るんだぞ」
「はーい」
「さて、朝飯にでもして出発するか」
と、部屋の扉を開ける。
「おはようございます。お義父さん」
咄嗟にガチャリと扉を締める……元康?
俺は額に手を当てて俯いた。
「なんだ今のは……」
「どうしたんですか?」
「えっと……」
お義父さんって何? つーか扉の前になんで元康が待機してる訳?
起きたばかりで頭に血が回っていない。
俺はラフタリアに事情を説明するのが面倒だったので扉を開けるように道を譲る。
ラフタリアは首を傾げながら扉を開けた。
「なんでフィーロたんの部屋に狸豚がいるんだコラアアアア!」
ガス!
「ふげ!?」
ラフタリアが青筋立てて笑顔で殴り飛ばし、扉を締める。
狸豚……起きた早々いきなり凄い言葉を聞いた。
なにそれ?
「えっと……」
俺と同じポーズを取ってラフタリアは頷いた。
「理由はわかりました。どうしましょう……」
「というか、何時からアイツは部屋の前に居たんだ?」
「随分前にゴソゴソと音がしたような気はしましたが、ずっと待っているとは思いませんでした」
「俺も廊下を歩く冒険者くらいの音としか思ってなかったけど元康だったのか」
崖から突き落とされた割には元気そうだ。
「フィーロ」
「やー!」
「言わないといつまでも追ってくるぞ、アレは」
「うー……」
眉を寄せながらフィーロは扉を開ける。
「おお、フィーロたん!」
元康が飛びかかってくるのをラフタリアが顔面を鷲掴みにして阻止する。
「放せ狸豚! 俺はフィーロたんに愛の抱擁をするんだ」
「……」
笑顔だけど黒いオーラが立ち上ったラフタリアがフィーロに指示する。
というか何を言っているんだコイツは。
「えっとね。ご飯が目当てで近づいただけなの、勘違いしないで」
「愛は勘違いから始まるんだよフィーロたん。大丈夫、その打算ですら受け入れるよ」
「やー!」
揺るがねえ。ダメだこりゃ。
意味不明な状況に困惑していると元康がこっちに振り向き、真剣な眼差しで言った。
「お義父さん。娘さんとの仲を認めてください」
「誰がお義父さんだ!」
こんな食欲魔鳥の親になった覚えは無い。
確かに育ての親ではあるかもしれないが、こんな大きな、魔物に変身する娘を持った覚えは無い。
「お義父さん。自分は娘さんに救われて真実の愛に気付いたのです。必ず幸せにします。どうか娘さんをください!」
「だから、俺はコイツの親じゃない!」
「そんな! 親子でそれは犯罪ですよお義父さん!」
「聞いていたのか? 親子じゃねぇんだよ!」
「どう言い繕うとも親子でそんな関係は不純ですよ、お義父さん!」
「もう黙れ!」
ラフタリアが元康を部屋から追い出して扉を締める。
思った以上に重症だ。
下手をすると傷口を完治不可能な位抉ってしまった様な気がする。
「出せ狸豚! フィーロたんとお義父さんを解放しろ!」
ドンドンと部屋の扉を叩く元康。
頭が痛過ぎる……。
元々会話が成立しない奴ではあったが、何か脳に支障でも起こしているっぽい。
もはや完全にストーカーと化した元康をどうするか、だ。
原因は……きっとフィーロに優しくされた事だろう。
追い詰められた人間は想像以上に盲目的になるからな。
俺に然り錬に然りだ。
ましてや昨日のアレが何をどう作用してああなったのか、さっぱりわからんが、結果的に元康の心を救ってしまったんだろうよ。
考えても見れば、元康って以前から色恋に燃えているタイプだった。
というか、元康のこの反応を見るに、まさか追う恋派って奴か?
……すげぇどうでもいい。この考えは激しく時間の無駄だ。
「騒がしいわね!」
隣で休んでいたらしき冒険者の声が聞こえてくる。
「豚がブーブー騒いでんじゃねえよ! うせろ!」
「ぶ、豚!? いきなり何よ!」
……あの女好きの元康が女を罵倒している。
相当、醜い女なんだろう。気になって扉の隙間から覗き込む。
すると、程々に美人な女が元康と言い争いをしていた。
確か酒場で踊り子をしていた奴だと思う。
これまでの元康からは想像もできない状況だ。
一体アイツの頭に何が起こったんだ……。
というか今の元康の目にラフタリアやあの女はどう映っているんだろう。なんか気になってきた。
「どうしましょう。あれでは出られませんよ」
「フィーロ、責任とって元康を――」
「やー!」
どうすればいいんだよ。あの元康はしつこそうだぞー。
「とりあえず窓から出よう。店主には事情を説明して逃げるぞ」
「わ、わかりました」
元康って本当に馬鹿なんじゃないか?
どうしてこんな事態になったんだ……意味がわからない。
なんで俺達が元康から逃げなきゃいけないんだよ。
逆だろ、今までの流れ的に。
こうして俺達は宿屋を後にしたのだった。
ちなみに以後、時々フィーロが昔のように爆走して何かを蹴り飛ばす事が、一日に数回起こるようになった。
何を蹴っているかは想像に容易いな。
フィーロの蹴りに耐えるって地味に耐久力があるじゃないか。
いや、もしかしたらフィーロが気持ち悪がって力が入らないのかもしれない。
そういえば……ついにヴィッチの指名手配が始まった。
一応は生かして捕らえろって事らしい。
問題はあの錬と一緒にいる事なんだよな。
ともあれ俺達は壊れた元康の追跡を逃れる為、何故か逃げる様に馬車を走らせた。