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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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神木の薬

「こちらでございます」


 と、案内されたのはどうも病を持っている奴隷の隔離区画。

 あんまり衛生状態が良くないのはテントの方と同じだな。

 慈善事業を行うつもりは無いが、精神衛生上良くない。


「ちょっと待ってろ」


 俺は檻に近付いて病を患う奴隷共に近づくように手招きする。

 嫌がる連中だが、盾から薬を出してぶら下げると、喉から手を出す如く群がってくる。

 安い治療薬だから損失はあまりない。


「口を開けろ」


 と、先頭にいる奴隷の口に治療薬を飲ませる。

 薬効果範囲拡大(小)で周りに群がっていた病持ちの奴隷全員に効果が行き渡る。

 安くても治療薬。しかも薬効果上昇が掛っているから生半可な病なら一発で完治するだろ。


「おお……」

「奇跡だ……」


 どうやら効果が出てきたようだ。奴隷共の血色がみるみる良くなっていく。


「おお、捨て値同然の奴隷たちに活力が……さすが盾の勇者様!」


 奴隷商ズが感嘆の声を出している。


「これで治らない奴の面倒を見るつもりは無い。別に聖人じゃないからな。それよりもさっさと案内しろ」


 適当に薬を飲ませながら奴隷商に道を聞く。


「さすがは亜人の神!」

「うるさい」


 俺の精神衛生上、イヤだっただけだ。

 目の前で苦しむ奴はとりあえず薬を飲ます。この世界ではこの商法で儲けてきたのだ。


「わかってると思うが――」

「「わかっておりますとも、収益の一部を後で還元させますとも!」」

「ハモるな、気持ち悪い」


 2P奴隷商の方がスキップを始める。

 気持ち悪い!


 そんなこんなで……俺はとある奴隷と出会う事になった。

 ラフタリアとは別の意味で運命の出会いだったんだろうな、と後で思う。


「こちらでございます」


 と、案内された牢屋には一組の亜人の男女……じゃないな。兄妹が入れられていた。


「な、なんだよ! 仕事ならちゃんとしているだろ! 何しに来たんだ!」


 一人は十二歳前後の男の子だ。

 見た感じだと健康そのもの。

 その反対に、女の子っぽい子が横になっている。

 暗くて良く見えないが、藁と毛布を敷いて安静にしている。

 あんまり状態は良くなさそうだ。


「ケホ……ケホ……」


 とりあえず男の子の方を見る。

 まず、髪の色が目に入る。

 白と黒だ。その色合いだけでも他の奴隷よりも質が高いのが見て取れる。

 瞳の色は青く……猫をイメージさせる縦筋の黒目の部分がある。その周りに青。そして白目があり、なんていうか、それだけで威圧感があるような気がする。

 顔付きは殺伐としているな。野性的というか、世界全てが敵とでも言っているみたいな顔だ。

 耳は猫にしては分厚くて丸みがある。そして印象深い白と黒の縞々の尻尾。

 これは……。


「高そうだな、子供でも」

「第一印象で値段を視野に入れる勇者様の金銭感覚に私、脱帽です」


 ラフタリアに至っては俺の返答で転びかけてる。

 いや、まあ最初に金で計算するのもどうかと思うが。


「というか、なんか浮いていないか?」

「良くおわかりで」

「他の亜人奴隷に比べて、何かあるってのがわかる」

「ええ、この亜人はハクコ種と呼ばれる有名な種でございます」

「ハクコ種ねー……」


 ホワイトタイガーみたいな亜人種?

 確か俺の世界では虎って強い方の動物だったな。身体能力も高そうだ。


「古の昔、最初の四聖勇者に名付けられた種族だそうです」


 白と書いてハク……虎と書いてコか?

 白虎? そりゃあ凄そうな種族だな。

 というかなんでそんな訛り方したんだ?

 カルミラ島の伝承といい、歴代の勇者はセンスが無いみたいだな。

 まあ……フィロリアルにフィーロと名付ける俺が言えたものではないが。


「へー……で、コイツをどうするんだ?」

「勇者様にご進呈致しましょう」

「強そうだとは思うが、劇薬って程じゃないな。Lvや能力値は見れるか?」

「兄のLvはこんな物です」


 と、渡された資料に目を通す。

 ……Lv32? にしては随分と外見が幼いな。

 俺の村の奴等なら30でもう結構大きくなる。


「意外と高いな。それでこの見た目って種族差とか、個人差って奴か?」

「いえ、このLvで子供なのです。この種族は特別で50がクラスアップ出来る最低値で60が限界値です。ハイ」

「つまり大人になるともっと強くなる訳だ」

「その通りでございます」


 すげえな。特別な種族って奴なのか。

 あのフィーロですら40でクラスアップなのに、コイツを上げたらどうなるのか。

 中々に興味をそそられる奴等だな。

 ちなみに当然だが妹の方はLv1だ。


「ハクコ種は、過去にメルロマルクの英知の賢王と呼ばれる者の策略を何度も物理的に退けた種族として有名です。ハイ」


 いや、例にクズを持ってこられても、俺の中ではアイツの評価って低いし。

 権力を使って横暴していたというか。


「英知の賢王と言われてもな……」

「あの者が居なければメルロマルクなど障害にもならないでしょう」

「……随分と持ち上げるな」

「どちらにしても、勇者を除けばこの世界で五本の指に入る種族という事です。ハイ」

「なるほど」


 全盛期のクズについてはこの際無視するとして、優秀な戦力として見て良いという事か。

 相手の策略を物理的に退ける……防御を基本とする俺には必要な要素かもしれないな。

 無論、本当にそれだけの力を秘めていればの話だが。


 そして兄妹に聞こえない様になのか、奴隷商は俺の耳元で小さく囁く。


「この兄妹、兄の方はそれはもう健康そのものなのですが、妹の方は遺伝性の病を患っており、目も見えず、歩けず、病弱で余命幾ばくもありません。ですが兄の方は妹をそれはもう大事にしております」


 病弱な妹を奴隷の身分になっても守り続けるとか何処の主人公だ、コイツは。

 主人公じゃなくても、その信念からマンガなんかでは敵だとしても人気のあるキャラだろう。

 そして種族的に自分を通す力も持っている。

 なんとも、形にハマった奴だな。


「ふむ」

「兄と妹をそれぞれ別に管理し、兄を働かせ、妹は治療院に入院させたと虚偽の報告をして野に捨てるのが定石かと、もちろん兄には妹が生きているように装うのです。ほら、勇者様には声帯模写が上手そうな魔物がいるでしょ? 声だけ聞かせるのです」


 俺の配下に声帯模写が上手そうな魔物なんかいたか?

 どいつも土掘ってるか、行商しているか、草食っているか、戦っているかの四択なんだが……。

 ……フィーロが一応当たっているかもしれない。

 アイツ、機嫌が良い時は酒場で詩人が歌っていた歌を寸分違わず謳うんだよな。


「そして兄は既にこの世に居ない妹の為にと、それこそ死ぬまで戦い続けるでしょう。勇者様はその上前を撥ねるだけで良いのです」


 とてつもなく外道な提案をするなぁ……。

 ドン引きだ。

 それをやると裏切りフラグが果てしないぞ。

 そうだな。樹辺りが乗り込んできて、兄の方を救って共に俺を倒す、というのが無難な結末か?

 冗談じゃない。態々敵を作る必要は無い。


「だからお前はその程度の奴隷しか使役できないんだ。今すぐやり方を見せてやる」


 俺は奴隷商に牢屋のカギを開けるように指示する。


「な、何をするつもりだ!」

「はいはい。ちょっと黙ってろガキ」


 俺は牢屋に入って、奥の方にいる妹の方に近付く。


「やめろ! アトラに触るな!」


 アトラ……珍しいな。俺の世界でもゲームとかで見た事のある名前だ。

 女の子に付ける名前なのか?

 兄の方が邪魔をする。だから俺は懐から薬を出して見せた。


「薬を飲ますだけだ。お前もこの薬は見たことがあるんじゃないのか?」


 ちなみにこの薬、盾で作った物だ。

 自力ではまだ上手く作る事が出来ない。

 霊亀の神木の盾で出た技能……奇跡の薬学レシピという物で作成可能になった。


 霊亀の神木の盾 0/40 C

 能力解放済み……装備ボーナス、奇跡の薬学レシピ

 専用効果 古代植物の加護 神木の祝福

 熟練度 0


 盾自体の効果は不明だ。ただ、なんとなく植物に関わる何かであるのはわかる。


 この奇跡の薬学で作れるようになった薬は一つだけ。

 治療薬や、上級治療薬に傷薬、魔力水や魂癒水。

 他に毒物を絶妙な配分で配合して、ろ過した後の上澄みと……何処にあるかもしれない神木の樹液だ。

 しかも作成には膨大な薬剤が使われる。

 最近、この薬の調合に挑戦し、失敗した。

 薬屋には無謀だと怒られた。それほど難しい薬であり、盾の力によって辛うじて入手できる貴重品だ。


 その名もイグドラシル薬剤。


 あの元気なババアが飲んだ薬と言えば効果の程は語る物が無くなる。

 なんていうの? ゲームとかだとエリキシルとか呼ばれるクラスの薬だろうな。


 あのババア、そんな貴重品を飲めるってどれだけ金持ちなんだ?

 田舎に隠居した冒険者にしては金持ちすぎだろ。息子は冴えないのに。

 ってそれは気にする必要もないか。


 ともかく、どんな病でも一発で治る逸品だ。


「俺はこれからお前の飼い主になる。そしてこれはお前の妹を助ける薬だ。お前は一生を使ってこの薬の代金を稼げ」


 時価総額でかなりの値段になると薬屋が言っていた。

 ただし、この薬を使わねば助からない命となるとそれこそ限られるとも聞いた。

 あまりにも効果が高く、求める者は多い。

 死者すらも蘇らすとも言うふれこみの薬。


 大きな街らしいから、欲しがる奴にふっかけてやろうと持ってきたんだが、丁度良い使用用途だな。

 波との戦いを考えれば金よりも力、強い味方に恩をこれでもかと売っておいて逆らえない様にしておこう。


「……嘘じゃないんだよな」

「嗅いだ事は無いのか?」


 兄の方が薬の匂いを嗅ぐ。

 嗅いだ事があったら、今ここにいる訳無いけどな。


 すんすんと匂いを嗅ぐ兄。

 やがて顔を上げて叫んだ。


「イグドラシル薬剤だ!」

「……良くわかったな」


 犬かコイツは。

 こういう所も優秀な種族なのか?


「だ、だけど、毒が入っていないとは限らない!」

「お前はそうやって薬を全部疑って生きているのか? 妹に飲ませる薬を全て疑うのか?」

「う……」

「俺が信じられないのなら飲ませなくても良い。だが、それで妹は楽になるのか? 妹が苦しんでいるいないに関わらず、お前を買う事実は変わらないぞ」

「く……」


 悔しそうに兄が呻く。


「……そこに誰かいらっしゃるのですか?」


 咳をしながら女の子の方が顔を向ける。

 目が見えないとか言っていたな。声だけで判断しているのか。


「……何か、とても力強く、優しい気配のするお方だと思うのですが……お兄様、どうなのですか?」

「さ、さあ。どうなんだろうな」

「ですけど……そんな、大きな力を感じますよ……」


 ゆっくりと、その少女はこっちに顔を向ける。

 兄の方が渋々、俺に近づくように手で指図してくる。

 俺はアトラと呼ばれた女の子に近づいた。

 これは酷いな……全身が包帯で巻かれていて、素顔も何もわかった物じゃない。

 ……皮膚も爛れている。生きているのが不思議なくらいだ。

 辛うじて、兄と同じ種族なのだろうと思える耳としっぽで分かるくらいだ。


「あの……何の御用で来られたのですか?」

「ここが何処かわかっているんだろ?」

「はい……私は兄を働かせるための人質になってしまうのですね……」


 全てを理解して、尚……いや、諦めているような口調だ。


「優しい声のお方、良ければ、お名前を教えてくださいませんか?」

「尚文だ」

「尚文……様」


 発音が上手いな。俺の名前を正しい発音で言った奴は初めてだ。

 勇者を除いてだがな。


「尚文、様。どうか兄を大事にしてください」

「アトラ! 何を言っているんだ!」


 自分の先が短いのを知っていて、頼んでいるのだろう。


「残念だが、その頼みを聞くつもりは無い」

「そう……ですか……」

「俺はお前の面倒も見るつもりなんでな。ほら、薬だ」

「それは……わかりました……」


 一度何かを言い掛けたがアトラは俺の言葉に頷いた。

 イグドラシル薬剤を持ち、少女の口元に近づける。

 兄の方は妹に止められて文句を言えずに拳を握っている。


「く……ん……」


 素直にアトラは薬を飲んだ。

 あれ? 薬効果上昇の光以外にも変な光を発している。

 結構でかいな。


 霊亀の神木の盾にしているからか?

 まあ明らかに薬と関わっている盾だからな。

 何か上昇効果があってもおかしくは無い。


「ふぅ……ふぅ……」


 薬の効果が効いてきたな。呼吸が静かになってくる。


「あ……れ? 体が……軽くなってきた気がします」

「アトラ?」

「肌が……むず痒くて……体の奥が暖かいです」

「ま、薬が完全に効くまでもう少し時間が掛るだろう。時間を掛けて薬を何度か飲ませるから、素直に寝ているんだぞ」

「はい……何の力にもなれませんが、よろしくお願いします」


 俺は立ちあがって牢屋を後にする。


「で、お前の名前はなんて言うんだ?」


 兄の方が俺を睨みながら顔を逸らす。


「そうか、アトラ、寝ている所悪いが――」

「フォウルだ!」

「そうか、じゃあお前はこれから俺の奴隷だ。わかるな?」

「……わかった。あの薬も嘘じゃないみたいだし、薬の分は働く」

「凄く高いのは、わかっているな」

「ああ! アトラがあんなに落ちついているのを見ればわかる」


 凄くイヤそうに、フォウルは答える。

 助けてもらってそれか。

 どうやら相当なシスコンみたいだな。


「だけど……アンタには絶対妹を渡さないからな」

「何を言ってんだ?」

「妹さんがナオフミ様の事を気に入ってやきもちを焼いているんですよ」

「ち、違う! なんだそこの女は! 失礼な事を言うな!」


 フォウルはラフタリアを指差して怒鳴る。

 身の程知らずとはこの事だな。村に着いたらスパルタ育成をしてやる。

 強いらしいからな。成長が楽しみだ。


 あのババアを治した薬だ。妹の方も治ると思う。

 妹も治れば一気に戦力が増強できる。

 薬の値段に見合う価値はあると見ていいだろう。


「大丈夫ですよ。ナオフミ様はそんな方じゃないですよ」


 余裕を見せてラフタリアはフォウルに微笑んだ。


「では、後ほど奴隷登録を行います」

「ああ、頼んだ」


 こうして俺はこの兄妹の購入を決めた。

キールくんが、ちゃんになってしまった原因の少年。

色々と被っているんですよね。

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