鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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ちょっと短いよ。



47話 死者の大魔法使いの憂鬱

「ふむ、魔導国各地でも大きな問題は起こっていないようだな」

「はい。アンデッドを労力とした農業も軌道に乗り始め、疲弊した国力は回復に向かっております。元々広大で肥沃な大地なため、あと数年もすれば我々ナザリックの存在を抜いたとしても、周辺国の中でも群を抜いた国家となると思われます」

 

 アルベドからの報告を受けたアインズは鷹揚に頷く。

 

 ラナーがずっと温めていた様々な政策。貴族の横やりで無駄に終わると分かっていた画期的なアイディアは、ナザリックの力と魔法やスキルなどの知識により昇華され、国内の景気は更に上昇するだろう。

 

「特に孤児院とタレント(生まれながらの異能)の件は有効だな」

「私もそう思います。これにより危険なタレントや有用なタレントを持った者を魔導国に縛り付け、他所への流出を防げるでしょう」

 

 孤児院を各所に建設し、孤児を余すことなく入居させ、精神系統の魔法でタレントの有無を調べる。

 タレントを持っていた場合、より高位階の魔法を使えばどういったものか分かる。

 とある薬師のようにワールド級に匹敵するタレント持ちがいれば、絶対に囲い込まなければならない。ナザリックの強化のためにも。

 また、タレントの内容によって将来どういった職に進むかの目安にもなる。

 そして、孤児院を発った子供たちは育ててくれた恩を感じ、魔導国のため、ひいてはナザリックのために働いてくれることだろう。

 

 選択したり変えたりできる能力ではないため、自らの才能や能力と噛み合うのは奇跡とまで言われている。しかし、本人にかみ合わなくても問題はない。ナザリックにとって有用であればいくらでも活用出来るだろう。

 

「今日の報告は以上か?」

「はい。あ、いえ……実は一つだけ残っています。アインズ様に報告すべきか迷いましたが」

 

 そう言ってアルベドは一枚の書類を渡して来る。

 

「うむ、どれ……」

 

 それはとある領主からの困り事の報告書だった。

 全てを読み終え、書類の内容を要約すると。

 

 『事務員として派遣されたエルダーリッチをメイドが怖がって仕事にならない』だった。

 

 アインズは妙に納得してしまった。

 

(当然起こり得るよなぁ。と言うか、なんで俺はそのことに気付かなかった?)

 

「アインズ様がお創りになったエルダーリッチを恐れて仕事が出来ないなどと、制裁を与えた方がよろしいのではないでしょうか?」

「まぁ落ち着け、アルベドよ。一般人からすればエルダーリッチとて脅威なのだ。襲われればひとたまりもない存在が近くにいれば怯えてしまうのも無理はないだろう」

 

 と言ってもどうするべきか。

 事務として派遣されているエルダーリッチには農奴アンデッドと同じくアンデッド三原則が組み込まれている。魔導国民に危害を加えることは絶対にない。

 

「問題は見た目か……腐ってるしな。幻術でもかけて誤魔化してみるか」

「はっ、では早速そのように」

「うむ、頼んだぞアルベド」

 

 焼き付けばかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

 

「ああ……ところでアルベド。最近お腹が大きくなってきたようだが、身体に問題はないか?」

「はい。初めてのことなので少々戸惑いはありますが、母子共に健康そのものです」

「それならいいが……一人の身体ではないのだから、くれぐれも無理はするなよ。休養もしっかり取るようにな。それと、何時でもペストーニャを呼べるようにしておけよ。それから――――」

 

 アインズは思いつく限りのことをアルベドに伝える。

 アルベドのお腹の中には子供が宿っている。サキュバスの妊娠期間などの情報は見つかっていないため、人間と同じように十月十日で生まれてくるとも限らない。

 何時生まれてきてもいいように、ペストーニャを初めとしたメイドたちにはお産に向けての準備は万全に整えてもらっている。

 それでも、アインズにとっても初めてのことなので心配で仕方がない。

 

 アルベドを心配しての言葉は止まらない。中にはトンチンカンなことを言ってしまった気がする。やがてニコニコと嬉しそうに微笑んでいるアルベドの顔を見て我に返る。

 

「あっ……ごほん。まぁ、何と言うか……身体を労わるように、な」

「はい」

 

 腰の羽をはためかせながら、アルベドは嬉しそうに部屋をあとにする。

 

 そして、試験的にエルダーリッチに美男でも醜悪でもなく、平凡な顔の幻術が施される。

  

 

 

 それから数日。

 

「アインズ様。例の幻術をかけたエルダーリッチの件ですが……同じ領主の所でまた問題が起こったようです」

 

 またかよ。という気持ちを抑えて書類を見る。

 その内容は――――。

 

 『寡黙に粛々と働く優秀な事務の(エルダーリッチ)に、一人のメイドが惚れてしまい。告白してしまったところ、中身がアンデッドだと知らされ寝込んでしまった』

 

「…………」

 

 アインズは無言でアルベドの方を見るが、彼女も無言のまま目で言っていた。

 

 処置無しと。

 

 

 

 

 

 

 (われ)はエルダーリッチ。

 至高の御身であるアインズ様に創造された誇り高きアンデッドである。

 いと尊きお方に付けていただいた名は『K・48(ケー・フォーティエイト)』。

 

 ふむ、ここが我の職場か。

 なんとも小さな館ではあるな。

 まぁ、ここは田舎領主らしいからそれも仕方なし。

 

 不満?

 そんなものあるはずがない。

 至高の御方のために働けるのだ。例えどのような地であろうと全霊をもってことに当たる次第。

 

 まずはここの領主に挨拶をせねばなるまい。

 現れたのは若い男だった。

 最近家督を継いだばかりのヒヨッコのようだが、この館ではこの男がトップであり、我の上司にあたる。

 ならば、この男には従わねばならない。

 それが御方に与えられた我の使命よ。

 

 案内された部屋が我の持ち場となるようだ。

 随分と狭いが問題はない。

 我の仕事内容を考えれば机と書棚があれば事足りる。

 早速仕事にかかろうではないか。

 おお、至高の御身よ。我は貴方様のお役に立っておりますぞ。

 

 この地へ来て数日。

 どうも館で働くメイドに怖がられているらしい。

 ここには三人のメイドがおり、二人は熟練のメイドなのだが、残りの若いメイドが特に我を怖がっているそうな。

 そう言えば我に与えられた部屋の掃除もその若いメイドの役目らしいが、一度顔を出して逃げ出したきりでその後は見ていない。

 

 部屋に埃が溜まっていようと気にはならんが、我が使う部屋が汚れたままでは至高の御方の名に傷を付けることになるやもしれん。

 仕方がない。

 仕事の合間にでも掃除をしておくか。

 ナザリック地下大墳墓のメイドの方々やエクレア様のようには出来ないだろうが、我でもそれなりには出来る。

 ほれ、我の爪長いしの。狭い所にも雑巾が届くというもの。

 

 至高の御方の命により、我の顔を幻術で隠すことになった。

 無論、至高の御方の命に逆らう気など毛頭ないのだが、何故そのようなことをする必要があるのか。

 最初は分からなかったが、ここのメイドとナザリックのメイドの方々とを重ねてみると理解出来た。

 ここのメイドは我が怖くて仕事にならない。

 そう『仕事』にならないのだ。

 ナザリックのメイドの方々がなんらかの要因で仕事、つまり御方のために働けなるというのがどういうものか。

 その要因が我にあれば。

 おおおおおお。申し訳ない思いが溢れて壊れてしまいそうだ。例えここのメイドがナザリックのメイドの方々とは違うとしても。

 本来なら自害するところだが、御方によってそれは禁じられている。

 ならば、ここのメイドが快適に働ける様に我も努力するべきだろう。 

 

 そうして与えられたのは一般的には平凡な顔と呼ばれるものだった。

 美しい容姿で無駄に他人を引き付けることなく、醜い容姿で無駄に嫌悪されることもない。

 うむ、無難で素晴らしいチョイスではないだろうか。流石は至高の御方。

 ちなみに、我に人間の美醜は理解出来んのだがな。ははは。

 

 人事異動ということで再度紹介されてから、メイドは怖がる事もなく、仕事も順調にこなしていた。

 我の部屋の掃除という、本来の役割をこなすようになった若いメイドとも問題なくコニュニケーションが出来ていると思う。

 我の喉は腐っているのでかなりしわがれた声なのだが、あまり気にはならないそうだ。

 それよりも圧倒的なスピードで仕事をこなす我がカッコいいなどと言ってくる。

 我は至高の御方によって創造されたのだぞ。一般人には輝いて見えて当然であろう。ふっ。

 

 ある日。

 例の若いメイドが話があると言って我の部屋にやって来た。

 むむっ、顔が赤いようだが熱でもあるのだろうか。

 我に生者を癒す術はないので、この場合は領主に報告するべきか。

 我の心配を他所に、若いメイドは自分の主張をしてきた。

 

 …………。

 

 この娘っ子は何て言った?

 我の耳が腐っているから聞き違えたのだろうか。

 

 聞き返すが、やはりというか同じ事を言ってきた。

 

 我の事が好き?

 正気か?

 

 上目遣いで我を見る様は、人間であれば心惹かれるところなのだろうか。

 しかし、生憎と我には人間の恋愛感情なるものが全く理解出来ぬ。

 この娘に対しても同じ職場で働く同僚? のような感覚でそれ以上でも以下でもない。

 困ってしまう我。こういうのを窮地と呼ぶのだろうか。

 

 こういう時どう対応すれば良い?

 

 我は至高の御方によって創造された。その時、創造主の知識を一部引き継いでいる。

 考えろ我。

 

 そして、出た答えは正直に話す事だった。

 我がアンデッドだと知れば、人間であるこの娘も諦めるだろう。

 

 結果、娘は寝込んだ。

 なんか、酷くないか?

 

 これらの出来事は領主が御方へ報告を行った。

 

 こんな我のために至高の御方が知恵を振るうなど……嬉しくもあるが、申し訳なさの方が遥かに勝る。

 

 

 

 その後、どうなることかと思ったが、御方から特に指示は来なかった。

 それでいい。

 我如きのために御方がその聡明な頭脳を使う必要はない。

 こちらの問題はこちらで解決するべき。

 

 しかしながら、実際問題我はどうすれば良いのか分からなかった。

 考えても答えは出そうにないので仕事に励むことにした。

 

 そうこうして日々を過ごしていると、例の若いメイドが気を持ち直したそうだ。

 心なしか、目がすさんでいる気がするが気のせいだろう。

 いやあ、良かった良かった。

 

 我の部屋に若いメイドがやって来た。

 清掃道具一式を持っているということは掃除しに来たのだろう。

 我自身腐ってはいても、汚れた部屋よりは清潔な部屋の方がよい。

 これまで色々あったかもしれないが、お互い自分の役割を全うしようではないか。 

 

 そう思っていたら、メイドは我に清掃道具を突き付けてくる。

 何のマネだ?

 掃除はお主の仕事だろうに。

 そう言おうしたが、メイドの目付きがヤバイ。

 逆らうことは許さんと目が言っていた。

 

 一般人のメイドに我がどうこうされるとは思わぬが、何故か逆らってはいけない気がした。

 まぁ良いだろう。

 我とて自ら何度も掃除をした身。

 それに、自分が使う部屋を綺麗にするのに悪い気はしない。

 

 どうだ。

 我ながら見事に綺麗に出来た。百点。

 

 メイドが窓の淵を指でツーっとやる。

 おい。今舌打ちしなかったか?

 ドカドカと乱暴に歩くな。

 ドアを乱暴に閉めるな。傷んでしまうだろ。

 まったく。

 解せぬ。

 

 それからというもの。

 あのメイドは何かにつけて我をこき使おうとしてくる。

 

 本来あの娘がしなければならない掃除を半分やらされ。

 買い出しの荷物持ちやら雑用諸々。

 特に酷いと思ったのは料理だ。

 我に料理スキルはないので何も出来ぬ。味見をしろと言われても舌がないので感想も言えぬ。

 思いっきり舌打ちされた。

 

 我ちょっと泣きそう。

 

 我自身の仕事は最初に頑張っていたおかげで滞ることはなかった。

 しかし、これは御方が言わすところのパワハラに当たるのではないだろうか。

 

 我は悩む。

 至高の御方に相談すべきか。

 

 いやいや、待て待て。

 これはこの職場で起こっている問題。

 であるならば、まずはここの領主に相談するのが筋ではないだろうか。

 しかしながらここの領主は頼りなさそうな若造である。

 それなら領主の護衛のレンジャーに相談してみよう。

 そのレンジャーの男は中々な人生経験を持っていそうだ。きっと良きアドバイスを貰えるであろう。

 

 絶望した。

 レンジャーの男曰く。

 あれはやり切れない気持ちがあるようですね。でも、本当に嫌ってやっているのではなく、かまって欲しい、もしくはかまってあげたくてやっているのではないですか。

 まぁ、本人が納得するまでは大人しく従っている方が無難ですねぇ。

 

 意味が分からん。

 好きではない。かと言って嫌いという訳でもないのに、何故あんなことをするのか。

 人間の娘というのは本当に分からん。

 

 人事異動を願ってみるか?

 いやいや、至高の御方に決められた地に不満を抱くなど不敬に過ぎる。

 しかし。

 いや。

 しかし――――。

 

 悩みに悩んだ末。断腸の思いで御方に相談することに決めた。

 苦渋の決断であったが、慈悲深い御方は快く我の話を聞いて下さった。

 

 齟齬のないよう、極めて正確に相手の発言やその様子を事細かに報告していく。

 途中から御方は笑いを堪えておられたようだが、何か面白いことを言ってしまったのだろうか。

 

 全てを話終えて、御方から下されたのは――――。

 レンジャーの男が言ったこととほぼ同じで、耐えろであった。

 

 何度でも言おう。

 至高の御方の命に逆らう気は毛頭ない。

 そんな考えを起こす事すらない。

 至高の御方の命に従い、尽くすことは我にとっての存在意義そのもの。

 御方の意向に沿えぬ者には存在する価値はない。

 

 だが。

 だがしかし、これだけは言わせてもらえないだろうか。

 

 解せぬ。

 

 




皆さんも外出は可能な限り自粛しませう。
誰だってそうする。
俺もそうする。

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