吉野嘉高(筑紫女学園大学教授、元フジテレビプロデューサー)

 最近面白いテレビ番組がないと嘆いている人は、もしかしたら、魅力的な提案だと思っているのかもしれない。それが、安倍晋三首相が検討している放送事業見直し案である。

 狙いの一つは、放送と通信の垣根をなくして放送事業者とインターネット事業者が競い合うことで、より質が高く多様な番組が提供されることである。確かに、この狙いは「自由競争による質の向上」という点で分かりやすく、一般の人にも受け入れられそうだ。

 しかし、そんなきれい事ばかりではない。裏にはしたたかな計算も隠されている。この案では、放送事業に新規参入を認めるだけではない。一部報道では、放送局に「政治的公平性」を義務付けた放送法4条の撤廃も検討され、政府内にはそれを明記した文書が存在していたという。

 だが、報道後に行われた政府の規制改革推進会議(大田弘子議長)では、放送法4条撤廃について明示されなかった。それでも、財務省の決裁文書改ざん問題でテレビ報道が安倍政権への批判を強めているタイミングで、放送事業の構造やルールを大きく変える案を検討していたのは、テレビ各局に対する「牽制(けんせい)球」のようなものであろう。

 こう書くと、「裏付けはあるのか?」「印象論にすぎない」といったツッコミがありそうだが、これまでに政府や自民党は、現政権に批判的な報道があった場合、何度もテレビ局に「牽制球」を投げてきた経緯がある。今回も同じ意図があったと推測するのは当然である。

 例えば、2014年11月18日の衆院解散後、TBS系ニュース番組『NEWS23』に出演した安倍首相は、アベノミクスに対する一般市民の厳しい声が放送されると、「これ全然、声が反映されていません」と気色ばんだ。後日、自民党は在京のテレビ各局に対して、選挙報道の公平中立を求める文書を送付した。出演者の発言回数や時間、街頭インタビューの使い方など、こと細かに配慮を求めることで露骨に牽制したのである。

 これだけではない。2015年4月、自民党の情報通信戦略調査会がテレビ朝日とNHKの幹部を呼んで、番組内容に関して事情聴取を行った。2016年には、放送事業を所管する高市早苗総務相(当時)が政治的な公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性にも言及した。
政治的な公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相=2016年2月(酒巻俊介撮影)
政治的な公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相=2016年2月(酒巻俊介撮影)
 政府・自民党は、ことあるごとにテレビの報道内容にくぎを刺してきたのである。その経緯を踏まえると、財務省の決裁文書改ざん問題でいらだった安倍首相が、放送制度改革案でテレビ局に揺さぶりをかけるため、総務省内でまだコンセンサスがない放送事業見直しに言及したと考えるのは決して不自然ではない。

 テレビ局への苦言は、主に報道の公正や中立を求めるもので、法的根拠としては放送法4条に規定されている「政治的公平性」の原則などが挙げられる。しかし、法律専門家の多くは、この4条を行政処分などが可能な「法規範」ではなく、テレビ局が自律的に努力する「倫理規範」ととらえている。これまでのように、4条を根拠に政府や自民党が番組内容にモノ申すことは言論介入であり、極めて不適切だとするのが大勢の見方なのである。