錬金術師
親父との雑談を終え、時間も近づいてきたので合流予定の城下町の門へと行く。
門の下へ行くと、奴隷共とフィーロが集まっている。
「「「おかえりー」」」
「ただいまって、みんな集まったか?」
一応数える。
うん。全員集合している。
「ねえごしゅじんさまー」
「どうした?」
フィーロが聞いてくる。
メルティは……いないな。
「その隣にいる美味しそうな子、何?」
「ヒィ!?」
イミアが怯えた声を出す。
人型のフィーロは身長的に近いのだが……美味しそうと言われて、食われると思っているのだろう。
だが、フィーロの本当の姿を知っている奴隷共はフィーロから若干距離を取って囁き合う。
「フィーロちゃんってやっぱり……」
「だよね」
「食いしんぼうって言うか……」
自分の失言に気づいたのか、フィーロの奴、不安そうにキョロキョロとしている。
「な、何なの? やー!」
ふむ、ハブられてうろたえるフィーロなんて珍しい物をみたな。
「あのねフィーロ……この子は見た目こそ私たちと少し違うけど亜人なのよ」
「それを事もあろうに美味しそうなんて言ったらなー……ついに化けの皮が剥がれたな」
「ふえ!?」
フィーロが目を大きく見開いてイミアの匂いを嗅ぐ。
「やー! フィーロを仲間はずれにしないで!」
俺には魔物の姿になったフィーロがイミアを、それこそフクロウがネズミを食うみたいなモーションで襲いかかる姿が容易く想像できる。
多分、ここにいるみんなが考えている事だ。
「食べない! 食べないからこわがらないで!」
必死の説得を行っているが、イミアの恐怖は拭えないだろうなぁ。
めっちゃ怯えて俺に縋りついてる。
懐いてくれているのは良いけど……この相関図はどうなんだよ。
「ごしゅじんさま助けて!」
「とは言ってもなぁ……脅しに良いから、お前は恐怖の代名詞にならないか?」
「やぁああああああああああああああああ!」
あーもう五月蠅いなぁ。
「冗談だよ。イミアもそこまで怯える必要は無い。これでフィーロは子供と遊びが好きな気の良い奴だ。今こそ、こんな女の子の姿をしているが本当の姿は……」
……絶対知っているフィロリアルじゃないし……どう説明する?
「ほ、本当の姿はなんなの?」
先ほどよりも更に怯えてイミアは聞いてくる。
「ナオフミ様、そこで止めると恐怖が増長されますよ」
「やああああ!」
フィーロが更に大きな声を出す。
「悪い。どう説明したら良いか考えてしまってな……えっと、こいつは神鳥ってこの国じゃ言われている魔物だから大丈夫だ」
ガクガクと震えながらイミアはフィーロに顔を向ける。
ニコリと笑うフィーロ。
だが、それは逆効果だったみたいで、イミアは俺の後ろに隠れてしまった。
「ごしゅじんさまー!」
「誠意を見せるしか信用してもらう方法は無いだろ。頑張れよ」
「むー……わかった」
なんとも微妙な出来事が起こってしまった。フィーロは仲間はずれにされるのがイヤか。
自分の失言の癖に……。
「これからはむやみやたら美味しそうと分析しない事だな」
「うん……」
フィーロも一つ学んだな。というか、食い気よりも友情を選ぶ分だけフィーロは成長しているという所なのか。
「と、話が逸れてしまった。キールから話を聞いていないのか?」
「驚かせようと思って黙ってた」
まったく……キールの奴は。
「じゃあ自己紹介だ」
俺は怯えて隠れるイミアを前に出す。
「これから俺たちの所に来る事になった子だ。ほら、自己紹介」
イミアはもじもじと恐怖と恥ずかしさが入り混じった態度で顔を上げたり下げたりしながら絞り出すように喋る。
「イミア=リュスルン=リーセラ=テレティ=クーアリーズです。よろしくお願いします」
「「「名前なが!」」」
ああ、やっぱりみんなそう思ったか。ラフタリアやキールがスルーしたからこれが普通なのかと思ったぞ。
「女の子だってさ、よろしくなイミアちゃん」
「はい……」
うん。打ち解けるのは早そうだな。
「じゃあこれから村へ帰るぞ。お前等、忘れ物は無いか?」
「大丈夫です」
「はい」
「うん」
みんな、確認をしてから俺たちは馬車まで歩いて行く。
そして馬車を引く為にフィーロが魔物の姿に変わった。
「わ!」
イミアが驚いて声を出す。
「こ、これ?」
「そうだ。これがフィーロの魔物の姿だ。説明が難しいだろ」
「うん……」
フィーロがイミアに向けて微笑んでいる。イミアは恐る恐る、手をフィーロに伸ばした。
「そのまま口を開いてー……パクッ!」
奴隷の一人がイミアを脅す。
サッとイミアは怯えて下がってしまった。
「むー……」
凄く不満そうに茶々を入れた奴隷をフィーロが睨んでる。
からかわれているなぁ……。
フィーロはどちらかといえば問題の中心にいるタイプだから、ちょっと珍しい気もする。
ま、雑食で何でも食うからしょうがない。
というかフィーロって子供は対象外だけど大人は食いそうな気がするのは気のせいか?
……ああ、俺が脅しに使った所為か。
「とりあえず馬車に乗れ、ゆっくり休むんだぞ」
「乗り物酔いをしたらちゃんと言えよ」
「うん」
あまり速く走らせる必要もないし、それなりの速度で行ってもらうか。
奴隷たちが全員乗ったのを確認して、俺はフィーロに出発を指示する。
「あ、ごしゅじんさま」
「なんだ?」
「メルちゃんが近いうちに遊びに来るって」
「そうか」
メルティが村に来るのか、あのギャーギャー五月蠅い奴が来るってだけで頭が痛いな。
ま、フィーロと遊ばせていれば静かだから良いか。
翌朝。
一度野宿をしてから村に着いた。前回は到着と同時にフィーロが寝ていたからな。少しペースを変えた。
「あ、盾のお兄ちゃん。おかえりなさい」
谷子が俺を出迎える。珍しいな。
魔物関連で俺とよく衝突する谷子が俺に近づいてくるなんて。
「お兄ちゃん、外から来た人がとてもしつこくて困ってるの。助けて!」
「は?」
谷子は兵士が宿泊している宿舎の戸を叩いて女騎士を呼んでくる。
女騎士も少々困った様子だ。
「まてまて、そんなに焦らなくても見張りはしている」
「でも何回か逃げられそうになったじゃない!」
「確かに危険だが、逮捕状はまだ出ていないんだ。無理に捕縛は出来ないし、領主の意見を聞かねばならない」
「どうしたんだ?」
「いやな、ちょっと変わり者の来客が来ているんだ。早くイワタニ殿と面会をしたいとな」
「はぁ……一体誰なんだ?」
「フォーブレイで色々と問題を起こしたと言われる錬金術師だ」
……はい?
女王と奴隷商がそれぞれ注意しろと言った奴が既に俺の村へ来ていたのか?
「何でもイワタニ殿が管理している魔物を見て、是非とも調べさせてくれと――」
「ほー……これが噂の神鳥ね」
ホント、いつの間にか見知らぬ女性がフィーロの体をべたべたと触っていた。
「ごしゅじんさまー!」
フィーロが悲鳴を上げる。
「お、人語を解するのか、伝承で聞いた事のあるフィロリアルの女王種という変異体とはこの子の事ね」
髪の色はプラチナブロンド、ロングヘアーで肌は褐色。見た感じ人間。
年齢は二十代中盤っぽい。
出る所は出ていて、ひっこむ所は引っこんでいる、俺の世界基準で言う所のお色気お姉さんが白衣を着ている感じだ。
「羽毛が深いわね。内臓はどうなっているのかしら?」
ガバっと錬金術師? が、フィーロの口を無理やり開いて舌を掴む。抵抗するフィーロだけど容易くあしらわれているというか、あの怪力のフィーロが赤子の手を捻るように押さえつけられた。
で、口の奥にまで頭を入れて……。
「むー!」
バサバサと暴れるフィーロはペッと錬金術師? を、吐く。
「暴れちゃだめじゃない。しょうがないわね」
転ぶ直前、何処からともなく注射器を取り出してフィーロに投げる。
フィーロはよけきれずにプスッと口に注射器が刺さった。
なんて早業。
「ふにゃ……」
ドサッとフィーロがへたり込む。
「ち、力が入らない……」
「お、おい……」
「ちょっと待ってなさいよ。今調べてる最中なんだから」
「いや、勝手な事をされると持ち主の俺が困るのだが」
「あら……?」
錬金術師? は俺の言葉を聞いてフィーロから関心を移す。
「貴方が盾の勇者様かしら?」
「そ、そうだが……お前は?」
「私? 私はラトティル=アンスレイア。親しい人はラトとか呼ぶわね」
「そ、そうか。俺の名前は岩谷尚文、尚文が名前だ」
「ナオフミさんね。よろしく」
視線がぐったりしているフィーロに釘付けでラトは答える。
「で、ちょっとこの子調べさせて貰って良い?」
ここぞとばかりに俺に許可を求めてきやがる。
態度でダメだとわからないんだろうか。
しかしフィーロの生態はまだ謎な部分が多い。
「ご、ごしゅじんさま! やー!」
ふむ……ここで了承しようものならフィーロの謎が解明されそうな気がするけど、その代償にフィーロが大変な事になりそうな気もする。
「すげ、あのフィーロちゃんをあんな簡単に」
「凄いわね。本当だったら意識を失う位の薬剤を使ったのに、意識を保って喋れるなんて」
「そんな薬を使ったのか」
「しょうがないじゃない。暴れられたら元も子も無いわ」
「はぁ……とりあえずダメだ」
「あら残念」
「むー……」
フィーロが立ち直ったのかゆっくりと起き上がる。
「あらら、これはもっと強力な薬を使わないと調べるのは無理そうね」
「やー!」
フィーロが走り去っていった。
ありゃあしばらく帰ってこないな。
「で、お前が俺に面会したがっている奴か」
「そうよ」
「何の用だ?」
「色々と見させて貰ったわ。とある村の植物とか、この村にいる魔物とかね」
「はぁ……」
「で、凄く興味が惹かれたわ。是非、色々と弄らせてほしいのよ」
「弄らせてってなー……」
こいつは一体何をするつもりなんだ?
バイオプラントの出所まで知っているみたいだし、裏は取られていると見て良いだろう。
錬金術師だったか? 師と言われている位だ。頭は良いのかもしれない。
正直、俺はあんまり勉強ができる方では無いので、こういうタイプは苦手意識がある。
だとしても引き下がる訳にはいかないな。
「俺もお前の噂を聞いたぞ。フォーブレイで色々と問題を起こした錬金術師だって」
「問題? 違うわ。あいつ等が自分の無能を棚に上げて、私の研究を理解できなかっただけよ。で、ある事無い事をねつ造して、僅かなミスを火種に油を注いで大火事にしたの」
「はいはい」
狂気の研究者キャラってこういう事を言うんだよな。テンプレ過ぎて相手をする価値が無い。
まあ、フィーロをあっさり組み伏したその手腕は評価に値するけど。
戦力としては有りかもしれん。
「あいつ等、私の魔物研究を事もあろうに神をも恐れぬ所業とか言って追放処分をしたのよ。その神って四聖の勇者と七星勇者でしょ?」
「で、現代の四聖勇者に自分を認めて貰おうと来たと?」
「違うわ。それに勇者の一声でって所が気に食わないわ。あいつが邪魔をしたのだし!」
「……誰の事を言ってんだよ。じゃあなんでここに来た」
「霊亀って化け物を調べに来たのよ。そのついでにここに寄ったの」
「メルロマルクの城に行け」
「そっちはもう良いわ。私の興味は既に移りつつあるのよ」
なんか情熱的な態度でラトは俺の手を握ろうと手を伸ばしてきた。
俺はその手をかわして答える。
「触るな。俺はお前みたいな女は嫌いだ」
「あっそ、じゃあ触らないから魔物を弄らせてほしいわ」
「ダメ!」
谷子が勝手に拒否する。
魔物関連になると妙に突っかかってくるな、コイツは。
「まてまて……まずはお前の目的を聞きたい」
場合によっては抱き込むのも良い手だ。
魔物の専門家だからな。使い道は沢山ある。
少々期待し過ぎかもしれないが、俺の代わりにバイオプラントや魔物共の改造を任せる事もできるかもしれない。
まあ、それもコイツの目的次第だ。
国を追われた復讐をするとか、世界を滅ぼすとか、アホな事を考えていたら問答無用で追い出すけどな。
「私の目的? 強い魔物を創造する事よ」