失敗作
「あ!」
新たな奴隷、ルーモ種にお子様ランチを食べさせていると、でかい声が店の外から聞こえてきた。
「兄ちゃんが飯食ってる!」
見るとキールが店の外で俺を指差しながら店に入ってくる。
「ずるいずるい! 俺も飯を食べたい」
「それは片手に持っている串を見てから言うんだな」
せっかくクラスアップしたんだと、祝いに小遣いをそれぞれ握らせて自由時間を与えた。
その金さえあればここで飯位なら食えるはずだ。
にも関わらず、食い終わった出店の串を持って連呼するセリフでは無い。
「良いじゃねえかよー」
「キールちゃんもワガママ言わない」
「ちゃん付けで呼ぶな!」
またこの問答か。面倒だなぁ。
「ん? その子だれだ?」
「ヒィ……」
ビクッとルーモ種の奴隷は縮こまる。
臆病って訳じゃないだろうが……人見知りはするか。
「新しい奴隷だ」
「そっか、盾の兄ちゃんは怖い事言うけど甘いから大丈夫だぜ」
「お前なぁ……」
本人を前にしてそんな事を良く言えたものだ。
「名前はなんて言うんだ?」
「……イミア=リュスルン=リーセラ=テレティ=クーアリーズ」
名前なが! 覚えられないぞ。
「じゃあイミアだな。男か?」
「ううん……」
また女なのかよ。男だと思っていたのに。
いい加減にしてほしいもんだ。
「だけど甘えすぎちゃ駄目だからな。俺やラフタリアちゃんが許さないぜ」
「う、うん」
「これから行く所は頑張れば頑張った分だけ、良くなるのが分かる場所だから、一緒に頑張ろうぜ」
不器用にもキールはそう言ってイミアに笑みを向ける。
良い傾向なのだろう。
「で、兄ちゃん。俺にもくれよ」
「ダメだ」
結局それか。完全に俺を舐めてやがるな、このクソガキは。
「他の奴はどうしたんだよ」
下手にキールに飯を食わせるとその度に見つかって食わせる羽目になりそうだ。勘弁してくれ。
「兄ちゃんから貰った小遣いで買い物してる。土産もな」
ホント、俺は何をしているんだろうか。
領地経営をしているはずが、引率のお兄さんになっているような気がしてきた。
「ま、夕方には城下町の門で集合だからな。絶対に遅れる事は無いように」
「わかってるって」
さすがに奢らないのを悟ったのかキールは去る。その去り際にこう言った。
「そうそう、フィーロちゃんが連れてきた友達、なんか偉そうだけど面白いな!」
メルティ……またお忍びで遊んでいるのか。
この国の教育はどうなっているんだよ。
イミアも機嫌が良いのか楽しげになっている。
ラフタリアの時と同じだな。
「とりあえず食い終わったら武器屋にでも行くか」
「はい」
イミアはむしゃむしゃと必死にお子様ランチを食べている。
フィーロと仲良くなれそうな食いっぷりだ。
飯屋で飯を食い終わった俺たちは武器屋に顔を出した。
「お、アンちゃんじゃねえか。久しぶりだな」
「二週間ぶりになるのか」
「大体それくらいだな」
「あー……前の来た時に依頼した盾の制作だけど……まだ金の方が……」
凄く言いづらいな。金が無いけどコピーだけって。
「おう、俺もその話をしようと思ってたんだ」
親父も言いづらそう。雰囲気が重たい。
「まだ出来てねえ」
「そうか……なら別に良い」
「実はよ。国から貰った素材があるんだが、どうも癖が強くてな」
「ほう……」
「武器にするなら色々と加護やオプションを付けやすいし、型に合わせて削るだけで元が固いから武器になる」
ふむ……加工が難しいのか……?
ここ以外の武器屋は覘いていないから良く分からないけど、なんかアピールはしているようだった。
槍や剣とかが目立った覚えがある。
べっ甲みたいな刀身だったな。あれは削って形を取っているのか。
「だが、それを武器と呼ぶのかとも俺は思うのよ。腕前の有無が必要が無い。最悪、武骨にハンマーまで出回る始末だ」
「こだわりか」
「まあ、そこは作り手の腕前が関わるから俺が思うだけで良いんだけどな。これが防具となるとそうも言ってられないんだ」
「そうなのか?」
「おうよ。どうもこの素材、エアウェイク加工と相性が悪いみたいでな。効果が無いんだ」
エアウェイク加工。確か重い防具とかを軽くさせる物だったはず。
ここで俺は盾にあった専用効果。グラビティーフィールドを思い出した。
重力場というこの専用効果。霊亀シリーズの盾には高確率でついているこれは、どうやら浮遊する物を落下させる力があるようなのだ。
盾の効果でそれを強めると、フィーロも跳躍しづらいと言っていた。
もしも霊亀の素材にその効果が僅かにあるのだとしたら、そりゃあエアウェイク加工と相性が悪くなるのも頷ける。
「素材も根本的に重くてな、剣や槍なら刀身にだけ使えば誤魔化せるが、防具は別だ」
霊亀の甲羅自体が攻撃を跳ね返さなくてはいけない……だけど重い。
「薄くするという発想もあるんだけどなぁ……それだと肝心の防御力がな」
「なるほどな」
難しい素材なんだな。まだ完成していないと思うに。
「出来あがった試作品が二つある。見てくれ」
親父に店の奥へ案内されて俺は親父の試作品を見た。
「これか?」
「ああ」
「持っても良いか?」
「おうよ」
一つは普通に霊亀の甲羅で作られた盾、問題はかなり大きいし分厚い。
試しに持ってみようと思ったが、重すぎる。霊亀の足を止められる力があるはずなんだけど……あれは、単純に盾の不思議な力だったのか?
持ちあがらなくはないが、これで戦うのは厳しい。
振り回せない。
降ろすだけでずしんと音がした。
で、重要な問題なんだが。
ウェポンコピーが作動しなかった。
つまりこれは盾という扱いでは無いという事だ。基準が分かりづらいが、壁……とみても良いかも。
ただ、僅かにバチッと手ごたえがあるから微妙なラインなんだと思う。
「どうだ?」
「盾じゃないみたいだな」
「ああ、ぶっちゃけ失敗だ」
「他のは?」
「これだ」
と渡されたのはべっ甲で作られた凄く薄い半透明な盾だ。見た目は凄く綺麗だ。
一応持ってみる。持てなくは無い程度の重さだ。振り回すには良さそう。
だけど……あれ? こっちは盾っぽいのに反応しない。
「あーやっぱりアンちゃんでも疑問に思うか」
「どう言う事だ?」
「その盾はな、なるべく軽さを要求させたんだ。その代価として防御力が無い。一発で砕ける」
……うわぁ。使い捨てか。というかこれはもはや……。
「皿じゃないか?」
「そう言われると、返す言葉がねえな。最初作った時、同じ物を土産物屋が出したのを見て泣きたくなったぜ」
「見た目よりも重いよな」
「そうなんだよなぁ。素材に癖が強くてなぁ……」
「両極端が過ぎるだろ、もっと妥協したのは無いのか?」
「そうなんだけどな。どうも一定の厚さ以下にさせないと重量が変わらないんだ」
「へ?」
「その皿一歩手前より厚くなると、重さが同じなんだよ。大きさに比例して重くなる。かといって小さい盾を作っては見たが、あれじゃ重い小手だな」
……あつかいづれー。
素材自体が重力を発しているのか。
「難しいな」
「ああ、でも俺の勘では良い物が出来るはずなんだ。だから期待して待っていてくれよアンちゃん」
「……分かったよ。そういや、盾の事なんだが」
俺は霊亀の素材に必要な強化素材に関して親父に説明した。もしかしたら何かの手助けになるかもしれないと。
「なるほど……面白い話を聞いたぜ、その素材だけで作るよりも良いかもしれねえ」
「実物を少し分けてもらえる話だから、後で届けさせる」
「おうよ。俺も色々とやってみるぜ」
と、言いつつ、二人で店の奥から戻っていく。
入口の方でラフタリアとイミアが待っていた。
「そういや獣人の奴隷を連れているみたいだな」
「ああ、手先が器用な種族らしいから、買った」
「おお、俺の所へ弟子にさせるのはそいつか」
「まだ考えていないな。もう少し数が集まって育ったら、連れてくる」
「そうか。他ならぬアンちゃんの頼みだから待っているぜ」
「もうすぐだ。待っていてくれ」
「俺は厳しいぜ」
「こき使ってくれ、でも差別はしないでくれよ」
「俺はそんな真似しねえよ」
元々この国出身じゃないみたいしだし、親父が差別とかしているのは見たくないなぁ。
だから良い返事だ。
「獣人は敵にすると恐ろしいが味方だととても頼りになるからなぁ。その子だと、突剣がお勧めだな」
「そういやリーシア用の武器は出来ているのか?」
「ああ、国から貰った金で改良した武器な。出来ているぜ」
親父がカウンターの下から剣を出した。
ペックルレイピア 品質 良い
付与効果 敏捷上昇 魔力上昇 ブラッドクリーングリス
ラフタリアの剣に比べて付与効果が低いな。
まあ、元々が槍だった訳だから加工の関係で劣化したとかそんな所か。
「じゃあ貰っておく」
「おうよ。何時でも来てくれ」
「金がある時に来たい所だなぁ。何時までも甘えてられないから」
「ハハハ、アンちゃんがそんな態度を取るとこっちも頑張りたくなるぜ」
親父が機嫌よく答える。
ほんと安心して話せるな。
「それにアンちゃんが贔屓にしてくれているおかげで繁盛しているのもあるしな」
「ああ、その影響が出ているのか」
「もちろん。忙しくて大変なくらいだ」
店に掛っている装備品がかなり売り切れている。
作る方が間に合わない感じみたいだ。
「しばらく開発に籠れる程度には貯まっているぜ」
「羨ましい話だな」
「そういや、薬屋が魔法屋に無理やり連れられて行ったぞ。アンちゃん何かしたのか?」
「そうか……魔法屋、やったな」
あの堅物そうな老人を良く釣れ出した。
これで奴隷共に薬学を教え込める。
「聞きたくない返事を聞いちまったぜ……」
「次は……」
「アンちゃん。引き抜きはやめてくれよ」
「ははは」
「笑って誤魔化さないでくれ」
親父も俺の領土に来てくれないかなぁ。
そういう視線を送ったらプイっと露骨に視線を外された。
「あの……なんの話をしているのですか?」
「し……重要なお話をしている最中なのですよ。私たちは待っていましょうね」
「は、はぁ……」
ラフタリアとイミアはそんな俺と親父の世間話を聞いていたのだった。