槍の勇者捕獲作戦
「エレナ! 良かった。生きていたんだな!」
報告を受け、元康の仲間の所へ急行すると、その元康が大きな商店の受付をさせられている女1に向かって親しげに話し掛けている。
そんな名前だったのか。
カルミラ島では女2共々名前すら聞かなかったからな。
「あら、槍の勇者様じゃない」
女1はあの妙に高圧的で気が短かったキャラを出さず、淡々と答える。
その態度に元康は戸惑いの声を漏らす。
「ど、どうしたんだい?」
「どうしたんだいと言われましても」
「本当に心配したんだぞ」
「心配されるような程では無いですよ。それよりも良く生きてましたね」
「当たり前じゃないか。エレナ達がいるのに、俺が死ねる訳が無いだろう?」
元康の奴、楽しそうに答えているなぁ。
逆に女1は氷点下のテンションだ。
目付きが冷たい。まるでゴミを見るような視線とはあの事を指すんだろうな。
「ナオフミ様、行って捕えないのですか?」
「まて、様子を見てみよう」
なんか楽しそうな事が起こりそうな気がする。
それに元康が俺達に気付いていないなら何かボロを出すかもしれない。
「んー?」
フィーロは魔物の姿じゃ目立つから一度距離を取って人の姿にさせる。
ちなみに俺達は店から少し離れた路地から覗き込んでいる。
「また、一緒に世界を救いに行こうぜ!」
「すいません。家業を継がされてしまいまして、もう一緒に行く事は無理です」
淡々と答えている。
元から元康の言葉に頷く気配が微塵もない。
それは元康にも伝わった様で、凄く困惑している。
今までなんでも思い通りに行っていたんだろうな。
素直に羨ましい。
俺なんて伯爵になり、領土まで手に入れたのに、奴隷共の飯を作る毎日だ。
ぶっちゃけ奴隷共の母親やってるぞ。
最近じゃ飯の勇者とか兵士に囁かれた。
正確には――
『いやぁ、飯の勇者様のご飯は本当素晴らしい』
『物騒な事は言うもんじゃないぞ。飯じゃなくて盾だ、あの人は』
『ああ、そうだったな。あの人の盾、鍋の蓋に見えるもんでさ……』
『お前一度治療院に行った方がいいぞ』
『ハハハ』
何が鍋の蓋だ。
覚えてろよ、あの兵士共。復興計画で散々こき使ってやるからな。
いや、そんな事はどうでも良いんだ。
今は元康だよ。
「なあ、本当にどうしたんだ? いつものエレナじゃないぞ」
「そう言われましても……いい加減、潮時かなと思いまして」
「は?」
「モトヤス……いえ、槍の勇者様、あなたと一緒に行動するのはもう限界だったんですよ」
「な、何を――」
「名声があって、金の回りも良かったのはもう昔、今のアナタはなんですか?」
「え? いや、俺は勇者だぜ」
「正直、疲れてしまったんですよ。アナタの仲間で居る事は」
「お、俺の何処に問題が?」
「何時でも何処でも女の子を勧誘しますし、女心を全然理解していませんし、一種のパラメーター程度だったんですよね」
元康の顔から血の気が引いて行く。
ああ、振られた経験が無かったとかそんな感じか?
やっべ、元康の不幸に笑みが。
「ナオフミ様、笑ってます」
「だってさ、元康が青ざめているんだぜ」
「それよりも捕まえませんか?」
「待てっての、もうちょっと見ていたい」
女1、隠すのをやめてずけずけと言うなぁ。
「私なんか誘っている暇があったら、早く城に戻った方が良いんじゃないですか?」
「ぐ……」
やはり悪い事をした自覚はあるのか、元康が言葉に詰まっている。
「あなたはもう落ち目なの、私と付き合いたかったら出世なさって。盾の勇者の様に」
俺の嫌いな女の典型みたいな振り方で、女1は元康を拒んだ。
自分は完全に悪く無い。お前が悪いんだ。とでも言いだけだな。
いやぁ、ギャルゲとかのヒロインだったら炎上物の光景だ。
なのになぜだろう。
相手が元康だって分かっていると滅茶苦茶楽しい。
「ナオフミ様!」
ラフタリアに怒られた。
これ以上様子を見ていたら見限られそうだ。
「じゃあ行くか」
俺は路地から出てずかずかと元康の方へ歩いて行く。
「い、一体どうしたんだよ。前はもっと熱い奴だったじゃないか」
「そう言われましてもねー」
問答に夢中になって元康は気づいていない。
今がチャンスだ。
「なあ、嘘だろ?」
「嘘じゃありませんよ。いい加減、出ていってください」
女1が近付く俺に気づいた。
それとなく事情を理解したみたいだ。
もう少しだけ釘付けにしておけ……。
そう視線を送ると了承したとばかりに瞬きをした。
「だから、本当に貴方とは終わった関係なんですよ。いい加減にしないと人を呼びますよ」
女1の奴……本気で元康を切るつもりなんだな。
問答を続けて俺の接近をアシストしている。
まあ今のままじゃあ霊亀の封印を解いた一味になりかねないもんな。
一応、霊亀は波で復活したという事になっているので裁くに裁けないんだろうけどさ。
若干遅い様な気もするが、切り時と言えば切り時なのか。
後少しって所で元康が振り向いた。
チッ……勘の良い奴だ。
「な、尚文!?」
「よう。俺が居るという事の意味、わかるよな?」
「ぐ……エレナ、俺を売ったのか!?」
「人聞きの悪いを事を言わないで。私は強い者の味方よ。今も昔も」
クソみたいなセリフだ。
俺が元康なら罪とか罰とか全部捨てて、槍で突き殺すぞ。
「さあ、アナタも盾の勇者と同じく、捕まって強くなって。盾の勇者がそうだったように、アナタも一からやり直せば良いのよ」
「エ、エレナ……!」
ビッチよりは思いやりがあるのか? どちらにしてもクソだが。
元康は旗色が悪いと理解するなり、槍を構える。
こんな往来で戦うつもりか?
「事情を知りたい。城に来てもらおうか」
「悪いがその話には乗れない。俺は身の潔白を証明しなければならない」
「身の潔白って……別にお前を殺すつもりは微塵も無い。というか波での戦いをサボられる方が困るんだよ。霊亀の時みたいにな。何度も言うが、俺は防御の専門であって攻撃がほとんど無いんだよ」
「俺は犯人じゃない!」
「聞けよ!」
「仲間と再会して世界を救うんだ!」
「だから――ああもうめんどくせぇな!」
そもそも災害を起こした張本人が言ってもな……。
しかし、この反応から元康本人は自分がした事じゃないと思っているっぽい。
となると犯人は錬か樹か?
いや……あの場に三人同時に居たんだから、何も関わっていないというのは無理がある。
「ともかく、一度城に来い。お前が犯人じゃないなら来てくれるよな?」
「断る!」
「お前、俺には同じ事言ったよな? 立場が逆ならソレかよ。それとも俺と同じで何か理由でもあるのか?」
「ない!」
「お前な……」
「だが、俺はここで捕まる訳にはいかない!」
話にならない。これは取り合えず力ずくで捕まえるしか無い。
三分の一にまで低下したステータスで元康と戦えるか?
いや、ラフタリアやフィーロがいるんだ。大丈夫だろう。
見た感じ、一人っぽいし。
「素直に同行してください」
「んー?」
剣を抜くラフタリアと魔物の姿でボケっとするフィーロ。
三対一なら……女1はどうするんだ?
「私もご一緒しましょうかね」
受付から出て、元康と敵対する。
そういえばコイツ、Lv的には70から80はあるんだよな。
能力的には十分か。
「さあ、年貢の納め時だぞ、元康」
「あんまり暴れないでほしいわね。店の商品が壊されると困るの」
じりじりと近づく俺たちに、元康は槍を大きく掲げる。
「ポータルスピア!」
ブウンと元康の姿が歪む。
なんだ!?
やがて一瞬で元康は消失した。
スキルの字面から、どこかへ跳躍するスキルだと思う。
くそ、失念していた。
MMOのゲームだとセーブした地点へ転送するアイテムやスキルが存在する。
おそらく、元康が使ったのはそういう類のスキルだろう。
「逃げられたか!」
こりゃあ……勇者を捕まえるってのは困難を極めるぞ。
スキルを使われる暇なく昏倒させるとか、スキルを使えなくさせる道具や魔法、スキルが必要になる。
「き、消えました……何処へ行ったのでしょう」
「さあ、な」
ありうるのは龍刻の砂時計とかその辺り、もしも場所を設定できるタイプだったらその限りじゃない。
つーか便利だな。俺も覚えたい。
性能がどの程度なのかは知らないが、ワープスキルみたいだし、行商に激しく向いている。
自分だけなのか、仲間も含めてなのかで変わって来るが、どちらにしても優秀そうだ。
俺の村にワープポイントを設定すれば移動が楽だし、仮に俺一人だとしても村で俺が取れる行動が格段に増える。
女1からこのスキルがどの槍から出たのか聞くのも手だな。
「さて、久しぶりだな」
「……そうね」
女1、本名エレナだったか……に、俺は声を掛ける。
「一応、城の連中には話しているのだろうけど、俺にも事情を教えてくれ」
「……分かったわ」
エレナは大きくため息を吐いた後、話しだした。