不況はウイルスよりも
長く健康を害していく
――トランプ政権は全国民への現金給付プランなど、新型コロナ関連の経済対策を決めています。どう評価しますか。
現金給付には私も賛成です。ただ大人1人に現金1200ドル(約12万8400円)という金額ではまったく不足です。例えばニューヨークやハーバード大のあるボストンのような都市では、一般的な家賃が1カ月2000ドル(21万4000円)ぐらいです。1200ドルは、ないよりはまし。ですがこれ以上ロックダウンが続けば、もっと給付が必要になるでしょう。日本政府も現金給付を検討していますよね。
――まだ検討中です。一時は牛肉を買う商品券の議論が先行しました。
牛肉!? 初めて聞きました。笑ってしまいますね。現金しかないですよ。食料でも住宅ローンもいいので、家庭が自由に使い道を決められる現金を払うというのが、正しい政策です。現金給付に対しては、米国は支持政党を問わず幅広い人が支持しています。
また失業者そのものをなるべく出さないようにする政策も重要です。欧州ではサービス業などの企業に政府が直接サポートをし、失業者を出さないようにする政策が出ています。こういった政策は社会問題の深刻化の回避という点では、失業があることを前提に現金給付する、失業保険を手厚くするといったやり方より効果があるでしょう。
パンデミックが社会に与える長期的な影響は、経済的な不況です。多くの人が失業して貧困に陥る。そして貧しさが人々の健康を害していく。ウイルスそのものよりも長い期間にわたって、人々がさいなまれていきます。このリスクを直視してすぐに動き出さなければ、新型コロナそのものが終息しても、経済と社会への影響が長引きます。これは弱者の救済ではなく、豊かな人も含んだ社会全体へのサポートなのです。
非常に残念なことに、パンデミックが起こる、備えが必要だということは近年、さまざまな人が指摘していました。有名なところでは、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がそうですし、私が知るウイルス研究者も口をそろえてそう主張してきました。そう分かっていたのに、パンデミックと社会格差を結び付けて備えを講じるには至っていなかった。それが新型コロナで明らかになった以上、短期的な対策だけでなく、健康保険制度や非正規労働者の多い雇用制度といった根本的な部分についても今からしっかり政策議論をする必要があります。
日本は他国と比べれば、今はまだ感染拡大をうまく抑止できているように見えます。直近の感染者数の伸びには不安があり、決してまだ楽観視はできません。ただ、もし数週間経っても爆発的な感染拡大がなければ、日本がなぜうまくいったのか、社会疫学の研究課題として非常に注目されるでしょう。個人的には、手洗いやうがい、マスク着用といった衛生的な習慣が定着していることと、国民皆保険制度のおかげで体調不良の早い段階で医療サービスを受けられることに理由があるのではないかと予想しています。
Key Visual by Kaoru Kurata, Graphic:Daddy’s Home