盾の看板
領地経営もといガキ共の子守を始めて一週間。
兵士による家の補修も終わり、次に移る段階にまで至った。
フィーロの言うとおり、新しいフィロリアルは可愛いまま馬車を引いている。
やはりピーチクパーチクしゃべらない馬車は良い……。
俺が気分良く、フィーロにもやった棒を投げて取らせる遊びを奴隷共が寝ている朝にやっていたらフィーロが棒を横取りして邪魔をされたのはどうでも良い話か。
キャタピランドも大きくなり、馬車の準備中だ。この魔物は草食性でバイオプラントの幹を餌に出来ている。
一石二鳥だ。しかも魔物商が選んだだけあって大人しくて扱いやすい。
難点は速度か。そこまで時速は出ない。近隣の村や町を回るのが限度だ。
デューンは現在、それなりに大きくなって、この辺りの土壌の整備を任せている。
これも大人しい性質の魔物で、野生のデューンって地面に潜っていて普通は戦わないらしい。
人の手が入ったデューンは命令すれば戦うそうだ。あんまり強くないらしいけど。
さてと……では行商を始めるか。
「ど、どうだ?」
キールには二つの服を用意させた。
一つは本人が好む男っぽい皮の鎧。
もう一つは、意表を突く用のフリルの着いたワンピースだ。
若干照れながらキールは俺に評価を期待する。
「よし、照れながら不器用そうに行商をするんだぞ」
「盾の兄ちゃん! なんで俺がこんな事をしなきゃいけないんだよ!」
「そりゃあ金の為だ。金がないと村を復興できない」
「うー……は、恥ずかしいよ、兄ちゃん……」
最初の周回はフィーロにやらせる&俺が裏で観察する。
一応、ラフタリアと一緒にキールには作った薬を売って貰う予定だ。
「じゃあリーシア、村の管理とLv上げは任せたぞ」
「わ、わかりました!」
奴隷共には行商を覚えてもらうのは鉄則だからな。
こうでもしないと金を稼ぐなんて不可能に等しい。
三日程度、盾の勇者の看板をつるした馬車で国中を回れば噂が出回るだろう。
その為に日々、薬を作っていた訳だし。
ちなみに霊亀との戦いの前に教わった調合で難しい薬も挑戦可能になった。
俺が居るなら、相当の重病だろうと治せるとは思える。
ま、これも自惚れか……。
「じゃあ出発ー!」
「ちょ――兄ちゃん! 俺まだ乗り物酔いに慣れてな――」
キールを無視して出発。
その日は近隣の町を一時間単位で回った。フィーロの全速力なら可能だ。
町で久しぶりの行商だ。町の連中も懐かしいかのように顔を出してくる。
「聖人様が盾の勇者様だったんですね」
「あ、ああ……身元が割れると商売にならないと思ってな」
「あの節は申し訳ございませんでした」
「気にしなくて良い」
どうせ手のひら返しで謝っているにすぎない。
ここで俺が大きな問題でも起こそうものならやはり盾の悪魔だった!
と、憤慨するに決まっている。
だから、気になんてしていられない。精々、金を払ってくれれば良い。
俺はお客様は神様なんて思わない。元々あれって演歌歌手か何かの言葉らしいし、本来の意図とは別だ。
「領地を貰ってさ、国の復興と波に備える為にこうして薬とか色々手広く行商する事にしたんだ。よければ利用してくれ、目印は盾の看板を馬車に吊るしておくからさ」
そう、今、俺の馬車には盾を模した看板を吊るしている。
「まあ……あの化け物を倒してそんなに日が経っておりませんのに、勇者様は国や民の為にお考えなんですね」
「ああ、とはいえ手広くさせる為に俺がいない場合もある。だけどこの盾の看板を目印に買ってくれるとありがたい」
こうして印象を付けさせれば今では買ってくれる層も増えていくだろう。
フィーロにはああ言ったがフィロリアル・クイーンで引かせるのが良いのかもしれない。
だがなぁ……ピーチクパーチク騒がれるのはイヤだ。
誰か管理してくれるような奴が居れば良いのだけど、そこまで思い通りには行かないだろ。
「なんと、では盾の勇者様の為にも買っていきましょう!」
「「「おー!」」」
こう言う時、風聞は便利だな。
良い噂でさえもあっという間に広がる。
何処で知ったのか、次の町に到着すると同時に出迎えられた。
フィーロの速度よりも早い伝達ってある意味凄いよなぁ……。
「た、盾の兄ちゃん……こんな感じで良いのか?」
凄く恥ずかしそうにキールは販売を終えて俺に尋ねる。
「ああ、まあラフタリア程の営業スマイルじゃないが、お前のぎこちない様子に可愛いと微笑んでくれた奴がいた」
「誉めてるのそれ?」
やはりこう……初々しいのに癒しを受けるのはどの世界にも共通の認識なんだな。
ラフタリアのフォローも上手く行っていたし、この調子で儲けさせて貰うとしよう。
ちなみに買い取りも行っている。
わざわざ薬草を摘んで集めていくというのは今の段階じゃ厳しい。
格安だけど粗悪品の薬草でも盾で作らせれば普通を維持できる。
その普通を材料に上位の薬を手作りすれば普通以上にはなるからな。
三日後の最終的な売り上げはかなり期待出来る。
とりあえず全部の町で売れるだけの量を調整しないとな。事前にやっておいて助かった。
三日間の行商でそれなりの収益を得た。そのついでに薬草を買い取り、盾で製造する。
キールや他の奴隷達も行商を見て覚えた。そんな矢先。
「これはこれは盾の勇者様」
奴隷商が暗くなってきた頃に村へやってきた。後ろには馬車と顔を隠した屈強な男達。ちょっと異様な光景だ。
奴隷共も怖がって近寄らねえ。
「なんだ? お前が店以外に居るって違和感あるな」
「どうですかな? 調子の程は?」
「軌道には乗っている。というか何の用だ。答えろ」
「それは何よりでございます」
答えろっての!
落ちつけ……こいつのペースに呑まれないようにして会話をするべきだ。
「今日は盾の勇者様が依頼されました奴隷を届けに参った所存です。ハイ」
「ああ、見つかったのか」
「ハイ」
と、奴隷商は馬車から奴隷を追加で10人程降ろさせた。全員、怯えている。
ラフタリアが知り合いを探して奴隷たちを確認した。
キールの時と同じような問答が繰り広げられ、俺が育てた奴隷達も続く。
だが……。
「三人程……知らない子が居ます」
「おや? 確認ミスでしょうかね」
奴隷商が手を叩いて知らない子だと指名した奴隷を馬車に戻させようとする。
「気にしないで良い」
「なんでしょう?」
奴隷商が声を漏らす。
「別にこの村出身の奴だけを育てるつもりはないからな。盾を信仰する過激派の疑いが無ければ問題はない」
どうせ村出身の連中以外も育てていく予定だったんだ。だからむやみに返す必要もない。
労働力は多いに越した事はないからな。
「お前等、村の知り合いじゃないからって仲間はずれにするなよ。もし疑いがあるようだったら迷いなく追い出すからな」
「「「はーい」」」
奴隷共が答える。
ま、奴隷同士で連帯感が生まれるだろうし、いじめは注意していれば……大丈夫だと思いたい。
人が増えるとそれだけ問題も増えていく、注意して行かないとな。
奴隷紋の登録を終わらせて、解放する。
「大丈夫?」
怯える奴隷にラフタリアやフィーロ、リーシアやキールが声を掛ける。
「……いや」
こりゃあ心を開くのに時間が掛るかなぁ……。
「盾の兄ちゃん」
「なんだ?」
「飯を作って出迎えようぜ! もちろん兄ちゃんのな」
キールが元気良く答える。
何がもちろんだ。
「……お前等もそうだったもんな」
「う、うるせえな!」
「元よりそのつもりだ。じゃあみんな手伝えよ」
「「「うん!」」」
妙な連携が生まれているな。
連携……作業効率が上がるのは良い事だ。
「ここまで意欲的に奴隷が言う事を聞くようになるとは、奴隷の扱いが上手で私、ゾクゾクしています」
「言ってろ」
ポンと俺は投げる様に金袋を奴隷商に渡す。
正直ささっと帰って欲しい。
「引き続き、良さそうな亜人奴隷は集めておけよ」
「おおせのままに」
まったく……これで奴隷はラフタリアやリーシアを除いて一八人にまで増えたか。
魔物を入れると更に増加していくな。
「魔物の方はどうですかな?」
「そうだなぁ……近々、増やすだろうな」
「では次に来たときにお持ちいたしましょう。何がお望みで?」
「前回と同じで良い」
「承りました。では、失礼させていただきます」
「おうさっさと行け」
と、追い払っているのに奴隷商とその取り巻き……帰らねえ。
「勇者様のご夕食を一緒にさせて頂きたいです。ハイ!」
ハイ! って声でけぇ!
こりゃあ食うまで帰らないつもりだな。
くそ……。
「分かった。一体何が美味いと思わせるのか知らないが食ってけ」
「ゴチになりますです。ハイ!」
奴隷商の部下も喝采している。
……味を占めてやがる。
後で何かしらの対策を取らないと、俺が飯を作るのが当たり前になりそうだ。