第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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魔法使い

 

「サトル、どうぞ」

 ザナックとのお茶会──七大貴族の一人レエブン候が同席──を終えた悟とラナーは、その後もいくつかの予定をこなしてからラナーの自室へと戻ってきた。

 部屋を移動する間は、ラブラブカップルらしく二人仲良く手を繋いでいたため、王宮中の注目を浴びていた。しかしながら輝くような笑顔のラナーとは対照的に悟の顔色は悪かった。

 

(ああ·····疲れた·····休みたい·····)

 実は朝からずっとイベントが続き、初めての体験の連続に悟は疲れ切っていたのだ。そもそも昨晩ラナーのベッドに転移したところから休みなしなのだ。一応念の為にと疲労を無効にするアイテムを身につけているので、身体は元気いっぱいで全く疲れていない。しかし、このアイテムはどうやら精神的な疲れには効果がないようだった。

 常に緊張しっぱなしの悟の精神力は、すでに尽きかけていたのだ。

 ラナーに導かれて部屋に入ったことで、ホッとした悟の気持ちは完全に切れ、ただボーッとして突っ立っていた。いつの間にかラナーが離れて行った事に気がついていない。もちろんラナーは、一言かけているのだが。

 

(ああ·····疲れた·····休みたい·····)

 悟はもはや思考力も低下しきっている様子で、虚ろな目をしている。

「おっ·····」

 そんな悟だったが、ふと顔を動かすと天蓋付きの広々としたプリンセスベッドが視界に入る。いや、正確に言うならベッドしか目に入っていなかったのだ。

(ベッドだ。休みたい休みたい休みたーい!)

 もはやそれしか頭になく、となると·····次の行動は決まっている。

 

「とあっ!」

 その場からベッドに向かって両手を広げ、両足を揃えてスーパーフライ! レベル100の身体能力を持つ悟にとって、ベッドまでの10メートルなど問題にならない。一旦天井近くまで飛び上がり、放物線を描くようにベッドへと落下していく。

 フィニッシュ・ホールドになりそうな見事なスーパーフライだ。このダイブに関してはなんの問題もない。そうダイブに関しては。天蓋に当たらないようにきっちりと踏み切っている。·····そう天蓋には当たらない。

 

「えっ、さ、サトルっ!」

 問題は落下点だった。そこには、ちょこんとラナーが腰掛けて足をブラブラとさせていた。ラナーは驚きの声を上げたが、もはや時すでに遅し。時は戻せず、スーパーフライは止まらない。

 

「えっ、ら、ラナー。ま、まずい〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

 時は戻れないが、悟には止めることは可能だった。問題は時すでに遅しということ。寸前で止まったが、もはやどうにもできない。

(ペロロンチーノさんだったか、時間止めて悪戯し放題なゲームをやってたのは·····でもたしか、茶釜さんが出てて萎えたって·····いや、そんなこと思い出してる場合じゃない。どうしたらいいんだろう)

 時間をとめる魔法が切れたら、どうなるかはわかっている。そう、わかっているのだ。

 見事なダイビングボディアタックとなり、ラナーを押し倒してしまうことは明白だ。幾多の戦いで、時をとめてきた経験を持つ悟だが、このようなケースは初めてだ。

(ど、どうしよう·····)

 疲れと動揺から有効な手が思い浮かばない。

(えーっ、思いつかないっ!)

 

 ──そして、時か再び流れ出す──

 

「あふっ」

「くうっ」

 結果的にダイブは止められず、悟はラナーを見事に押し倒してしまう。両手をついてなんとかラナーのダメージを最小限に抑えるのが精一杯だった。

 二人の顔と顔が至近距離に近づく。鼻と鼻が触れ合うようなそんな距離しかない。ラナーからは良い香りがし、それが悟の鼻腔を擽る。理性を飛ばしてしまいそうなほどの甘く良い香りだった。

 

「さ、サトル·····」

 ラナーは瞳を閉じ、その時を待つ。

(サトル、早く·····来て·····)

 高鳴る心臓、お互いの心臓の音が聞こえ、吐息が重なる。あとは·····悟が唇を重ねればよい状況だった。

(ま、まだなの、サトル·····焦らさないで·····心臓が破裂しそう·····)

 ラナーだって初めてなのだ。ドキドキが止まらない。

(震えてないかしら·····ちゃんと出来るかしら·····)

 ラナーは覚悟を決めている····。いや、ラナーは待ち望んでいたのだ。

 生まれつき頭の良すぎたラナーにとって、周りの人間達はつまらない存在だった。誰一人として、ラナーの心には残らない。彼女からすれば、何も無い無色の世界。

 彼女の思考の先を行く者なんていない平凡でつまらない世界だった。

 そんな世界を一瞬で楽しく明るい色とりどりの世界に変えてくれた魔法使いのような青年こそが、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。

 彼のとの出会いは、姉の婚約者候補として彼が王宮に呼ばれた時だった。一目見たときに一瞬で心を掌握され、その瞬間恋をした。

 そしてやがて愛を覚えた。愛しい人であるサトル。そんな彼によって少女から女性へと進化する事をラナーは夢見るようになったのだ。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 しかし、肝心な悟は思いっきりヘタレだった·····。現実でも魔法使いだったのは伊達じゃない。悟は両腕に無理やり力を込めると勢いをつけて反転し、ベッドサイドに降り立った。

(あー危ない。理性ぶっ飛ぶところだったわ。疲れていたとはいえ、ラナーがいた事に気が付かないとは·····大失態だ)

 悟の中で重要なポイントは、そこにラナーがいたのに気づかずにダイブしてしまったことなのだ。

 

(えー。な、なにかいけなかったのかしら·····)

 ラナーの側はそうではない。サトルが自分を押し倒してきたのに何もせずに離れてしまった事に動揺する。

(私って魅力ないのかしら? そんなはずないわよね?)

 ラナーは自分が可愛い·····それもとびっきりの美少女であるという自覚があるのだ。もちろん人それぞれ好みはあるが、大多数の心を掴む自信はある。もっとも、彼女が欲しいのはたった一人の心なのだが。

(もしかして匂い? 汗臭かったかしら? 今日は汗はかいていないはずですけど·····)

 身だしなみには時間をかけているし、良い香りがする自信もあった。

「ご、ごめんラナー。君がいることに気づかずに飛び込んでしまった·····」

 悟はバッと頭を下げる。

「えっ、ええー! 」

 頭脳明晰なラナーといえども、これは予想外過ぎて素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。

 

(わ、私ったらてっきり·····)

 ラナーは先読みしすぎていた事を悟り、急に恥ずかしくなってしまった。

(えっ·····お、怒ってる?)

 悟の目の前にいる美しい姫は、真っ赤になって俯き、ギュッと拳を握り締めながら肩を震わせている。

(ど、どうしよう·····どうしたらいいんだ、たっちさん助けてくれ!)

 かつてのギルドメンバーたっち・みーに助けを求めるがもちろん、助けはこない。

 それに仮に彼が"正義降臨"の文字エフェクトとともに現れたら、悟の方を成敗するだろう。

(ペロ·····いやあいつはダメだ·····)

 次に顔が浮かんだのは仲の良かったバードマンだが、そもそも彼に助けを求める意味がない。

 

「ふふふふふふっ·····あはははは」

 ラナーは生まれて初めて心の底から笑う。

「えっ·····」

 悟は予想外の反応に驚くしかない。

「あーおかしい。さすがはサトル。私の魔法使いですね」

「は、はあ·····」

 訳が分からない悟は曖昧に頷くしかない。

「サトル、私にとって貴方は特別な存在です。貴方は他の誰とも違う、素晴らしい人ですわ」

 ラナーは悟の腕をとり自分の隣に座らせた。

「ごく平凡だと思うんだけどな·····」

「そんなことないですよ、唯一無二の私の魔法使いです」

 キッパリと言い切るラナーに、悟はちょっと不満そうな表情を浮かべる。

「普通はナイトとか、王子様って言うのに·····」

 別に自分がそうとは思っていないけど、言われてみたかった。

「だって、サトルは貴族だけど王子ではないですし、ナイトって感じでもないですから。やっぱり魔法使いだと思います」

 ラナーは美しい笑顔をみせ、悟はドキマギすることしか出来ないでいた。

 

 

 

 

「そ、それにしてもこの国がそんな大変な事になっていたとはな·····」

 悟はザナック達との会話を思い出し、話題を切り替えることにする。

 

「この国は、あまり良い状況とは言えませんね·····。お父様が決めきれないので、後継者となる次期王が決まらず、二人の兄が跡目争いを水面下で繰り広げていますし、中には姉である第一王女の婿·····私からすれば義理の兄であるペスペア候を推す貴族もいます。それにその貴族達も王を支える王派閥と、あわよくば権力を王家から奪いたいとまで考えているボウロロープ候を中心とする貴族派閥にわかれ、お互いに足の引っ張りあいをしています。正直今のままだと·····」

 ラナーは憂いのある顔つきになり軽く下を向く。

 

「国がよくなることはない·····でしょうね」

 悟の印象ではこの国のトップ陣は自分の事しか考えておらず誰も民をみていない。そんな者が上にいる国がよくなるとは思えなかった。

 ザナックとともに同席した七大貴族の一人レエブン候はちゃんと民をみているなと感じてはいたが、一貴族だけではどうにもなるまい。

 

「違いますよ、サトル。よくなることはないのではなく、この国は静かにそして急速に滅びの道を進んでいます。このままいけばそう遠くない将来に滅び、地図から国の名前は消えることになりますね」

 悟は先程からラナーの艶やかな唇に目が釘付けだった。先程至近距離まで接近した事もあって余計に意識してしまう。

(吸い込まれそう·····ヤバイな·····)

 なんて思考にとらわれたのも仕方ないだろう。

 もっとも、その美しい唇から発せられたのは、あまりにも重い言葉だった。·····どうやら悟の見通しは甘過ぎたようだ。

 

「·····ところでサトル·····そんなに私の唇を見つめて·····」

「えっ! ああ、ご、ごめんなさい·····」

 返答も出来ずに目線を外せなかった。つまりは見つめたまま固まっていたということだ。

「いいですよ·····。今度こそ、ちゃんとしてくださいね。サトル、貴方を愛しています」

 ラナーはそう言ってそっと瞼を閉じた。

「あ、う·····あ」

 動揺してさらに悟は固まってしまう。もちろんラナーの行動の意味はわかる。わかりすぎるくらいにわかるのだが、体はまるで麻痺の魔法·····いや、石化の魔法をかけられたように動かない。

 

(·····覚悟を決めろ。ここまでさせて恥をかかせてはいけない·····た、たしか·····す、スウェーデン桑名ってやつだ! そ、そうだよな? なんで、スウェーデンと桑名なんだろう·····ええいままよ·····)

 悟は震える右手を動かして、ラナーの顎に手を添え少し上を向かせる。·····正確には悟の意図を察したラナーが自分で上を向いたのだが、悟が気がつくはずもない。

 

「お、·····俺もき、君をラナー·····君の事が·····す·····すきだよ·····」

「ラナーを愛してくださいますか?」

「も、もちろん」

「ちゃんと·····こ、言葉で·····」

「あ、あいして·····」

 ドンドンドン! 

 激しいノックの音がする。実は普通のノックだったのだが、今の二人にはこれくらいに聞こえたのだ。

 

「姫様~バルブロ王子がいらっしゃいました」

 部屋づきメイドの声がする。

(もーう! バルブロお兄様のバカぁ!)

 ラナー心の叫びであった。

 

 

 

 

 

 







最新巻のアインズ様のダイブからの連想。
トペ・スイシーダのような低空ダイブか、はたまたボディプレス系か·····。本作ではボディプレス系をチョイスしてみました。


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