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【社会】

あのスピーチ、空気を読んでいたんですか? 女性差別と闘う上野千鶴子・東大名誉教授 <空気は、読まない。>4

上野千鶴子さん

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 自分が信じる道を突き進む人たちにインタビューする連載<空気は、読まない。>第4回は、日本のジェンダー研究の第一人者、上野千鶴子さん。昨年4月の東大入学式では、祝辞で東大の中の女性差別に言及して大きな話題になりました。どんな戦略があったのでしょうか。 (聞き手・古田哲也)

◆当然です 「忖度」だらけです

 私のところにいらしたのは、私が「空気を読まない」女だと思われたからですか? 社会運動をやるには、空気を読むのが当然です。状況を見極めて、誰が敵か、敵の弱点が何かがちゃんと分からないと、戦略も戦術も立たない。空気を読んだ上で、自分の信念に照らし合わせて、その都度どう動くかを判断します。だから(「空気は、読まない。」の)題字も、バージョンを変えさせていただいた。「空気は読む。だが抗う」とね。

 一年前の東大入学式のスピーチも「忖度」だらけ。何で私のところに(祝辞の依頼が)来たんだろうと考えました。その前に、#MeTooと東京医科大不正入試問題があったからこそ、私に来たんだろうということぐらいは分かります。それと、東大には女子学生二割問題がずっとあることを知っていました。何をどこまで踏み込んで言うか、コーナー際のストライクゾーンを狙いました。

 スピーチへの反応の大きさは、想定を超えていましたが、毀誉褒貶の内容は想定内でした。私の言っていることは何十年前から変わりません。東大ブランドが背後にあるからこその拡声器効果でしたね。

◆地雷は踏まなきゃわからない

 いろんなメッセージを込めたので、スピーチを聞いた人の間でも、引っ掛かったところは、人それぞれです。

昨年4月、東大の入学式で祝辞を述べる上野千鶴子さん=東京・日本武道館

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 地雷は踏んでみて初めて地雷だとわかります。境界は触れてみて初めてそこにあるとわかる。仕込んだ「地雷」はいろいろ。その一つは、女性学のテーマの中には「月経用品の歴史」とか「同性愛の研究」がありますって。あの壇上で「月経用品」とか「同性愛」と発言したのは、史上初だろうと。でも誰も引っ掛からずにスルーされたので、残念です(笑)。

 私はリアリストでプラグマティスト(実用主義者)。何かが起きると、頭の中でシミュレーションが始まる。だいたい物を考えると最善に行かず、最悪の方に行くものです。すると最悪のシナリオよりも現実はいくらかまし。そう思って、いくつもの危機をしのいで来ました。そのせいで土壇場と瀬戸際に強いと言われます。

◆バッシング 悪意感じるし、嫌な思いも

 若い女の人が(SNSなどの)メディアでフェミニズム系の発言をすると、ただちに猛バッシングと嫌がらせが来るという話をよく聞きます。

 空気を読む、読まないの「空気」は言語化されないものですが、そこに込められた、人の善意や悪意は確実に伝わります。「上野さんが打たれ強いのはどうしてですか」とよく聞かれるけれど、空気を読まない鈍感さはないので、善意も悪意も両方感じます。どんなに低レベルでナンセンスな非難や攻撃でも、真っ黒な悪意が吹き付けてくるのを感じると、嫌な思いをするものです。若い人が発信に恐怖を感じるのも理解できる。

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 今の学生たちは(自分の評判をインターネット検索する)エゴサーチをしょっちゅうするみたいですね。いいことは書いてありません。それで、落ち込んで私のところに来る。

◆ネットは現実を変えてくれない 無視しろ

 若い人たちへのアドバイスは簡単です。「見るな」「聞くな」「無視しろ」。ところが、このアドバイスが有効でないことに気づいた。彼女や彼にとっては、ネット上のバーチャル(仮想)空間が世間の一部。ネット上の自分がアイデンティティーの一部を構成しています。

 子育て中に、泣き叫ぶ子どもを傍に置いてSNSで不平不満を発信して、「いいね!」を何百ももらうと承認欲求が満たされるっていう。それであなたの子育ては一ミリでも楽になるというの? ならないですよ。ネット上の人たちは、手も足も出してくれない。自分の現実を少しも変えないのに。

 対面的なコミュニティーは逃げも隠れもできないけれど、ネット上のコミュニティーはアカウントを閉じたら遮断できる。ネットは単なるツール。そのツールを自分が生き延びるために使うか、自分を追い詰めるために使うかは使い方次第。多次元的なセルフ(自己)をハンドリングできればいい。

 それが容易にできるようになったのは、ネットコミュニティーの良いところ。逃げられないなら、叩かれたり、反論したりしながら習熟した方がいい。私は時間の無駄なので、絡まれても無視して反論しないけれど。

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◆改革をサボった日本 ジェンダーもしかり

 東大のスピーチの最後で「知識を生み出す知=メタ知識を身に付けてもらうことこそが大学の使命」と言った。あの後、東大生と対論の機会があり、ある男子学生に「いま自分が受けている教育が、メタ知識が身に付く教育だとは思えません」と言われたので「その通りです」と答えました。答えがただ一つの問いに、正答率の高い人材ばかりを選抜していては、最初から無理です。そもそも教育の出口(企業)が同調性の高い人材を採ることが問題。

 空気を読むという時、真っ先に想像するのが就活ウエア。男子も女子も判で押したような真っ黒なユニホーム。誰も疑問を感じないし、疑問を感じても従う。会社もそういう人を採る。これではアカンわと。

 一九八〇年代に一時期自由化したと思ったら、また逆戻りしましたね。九〇年代に長期不況に陥り、社会全体が守りに入った。あの時に働き方改革をやればよかったのに、政財官労のオヤジ同盟で昭和型の働き方を維持した。諸外国が必死にやってきた改革を日本は二十年間やらずにサボって、取り残された。

 ジェンダーもその一つです。抵抗したけれど、非力で変えられなかった。だから、最近は若い人に「こんな世の中にしてごめんなさい」と言ってます。

 私たちは予測不可能な社会に生きている。次はどうなるか、いちばん情報があるのは現場です。その現場の当事者の半分は女だし、そこには高齢者や子ども、障がい者もいる。その人たちの自己決定権がちゃんと通ることが一番大事なんです。

 上野千鶴子(うえの・ちづこ) 富山県生まれ。京都大院博士課程修了。1995年から2011年3月まで東京大院人文社会系研究科教授。女性学、ジェンダー研究分野のパイオニアで、指導的理論家の一人。11年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。19年4月、東大入学式の祝辞で日本社会における女性差別の根深さなどを説き、反響を呼んだ。

 

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