第1回
ここは町で評判の科学一家 物理(ものり)家。
町工場を営むお父さん・物理ヒロシ(川角 博)は、いつも物理の実験がしたくてうずうずしています。
お母さんのユキ(斉藤 由貴)と娘のリコ(福本 莉子)は食事の準備中です。
母 「前から不思議に思ってたんだけど…。」
リコ 「またお母さんの “不思議” が始まった。今度は何?」
母 「このIHクッキングヒーターって、どうして火を使わずに温められるのかしら?調理器自体は全然熱くなってないのよ。こうやって触っても大丈夫なの。」
リコ 「確かに。お鍋は触れないほど熱くなるのにね。」
父 「さすが物理家の人々ですね。いいところに気が付きました。この不思議、どうやったら解決できそうかな?」
母 「ブンカイしてみる!」
父 「家電製品をやたらと分解すると危ないこともありますからね。」
そこでお父さんが取り出したのは、IHクッキングヒーターの内部を見えるようにしたものです。
「電線をぐるぐる巻いたようなもの」はコイルです。
コイルについて、こんな実験をしたことはありませんか?
まずエナメル線を巻いてコイルを作ります。
次に、コイルの中に釘を入れて電気を流すと、釘が磁石になりました。
これが電磁石です。
コイルで電磁石ができたということは、IHクッキングヒーターの中にあったコイルも電磁石なのでしょうか。
「磁石とコイルを使って発電をする」という実験も思い出してみてください。
コイルに検流計をつなぎ、そのコイルのそばで磁石を動かすと検流計の針が動きます。
検流計の針が動いたということは、電気が流れたということです。
このような現象を電磁誘導といいます。
リコ 「もしかして、お鍋に電気が流れているんじゃないかな?」
母 「電気が流れているから熱くなるのか!確かにそういう電気コンロってあるわよね。」
お鍋に電気が流れているとすると、ニクロム線などに電気を流すと発熱する電気コンロと同じようなしくみなのでしょうか。
リコ 「だから、土鍋とか電気を通さないものは、使えないのかな?」
父 「いいね、それ。なかなか有力な仮説だよ。」
母 「じゃ、これで私の不思議は解決ね。」
父 「ダメダメ、本当に電気が流れているかちゃんと調べなきゃ。じゃあ、どうすればいいかな。」
母 「お鍋に触ってみたら、ピリッとくるかも。」
リコ 「だめだよ。熱いし危ないよ。お鍋に豆電球つないでみるとか。」
本当に鍋に電気が流れているのかどうか検証してみます。
鍋に豆電球をつないでみますが、点灯しません。
母 「お鍋はけっこう熱くなってるのにね。」
リコ 「電気が流れてないのかな?」
父 「まだ分からないよ。豆電球をつけても、鍋の中の流れやすいところに電気が流れてしまって、豆電球のほうにはあまり電気が流れていないのかもしれないからね。必ず豆電球に電気が流れるしくみを作ってあげればいいんだよね。」
仕掛けを思いついたお父さんは工具を取り出します。
お母さんは嫌な予感が……。
お父さんは鍋の底をドーナツ型にくりぬき、さらに切れ込みを入れました。
その鍋をIHクッキングヒーターに乗せて、切れ込みの両側に豆電球をつなぎます。
仮に鍋の内部で電気が回転するように流れるとすると、切れ込みの部分では、電気は豆電球を通って流れるしかありません。
IHクッキングヒーターのスイッチを入れると、豆電球がつきました。
※実験は専門家の指導のもと行ってください。
母 「やっぱり、お鍋に電気が通って、それでお鍋自体が熱くなっていた……。そういうことね。」
実はIHクッキングヒーターでも、電磁誘導の実験と同じことが起きていました。
IHクッキングヒーターの場合、コイルに対応するのは鍋全体です。
電磁石の中を交流の電気が流れると、磁石を動かしたときと同じように電磁誘導が起こります。
そのため、お鍋の中を電気が流れ、加熱できるというしくみです。
直流や交流、電磁誘導など、電気についてはこの「物理基礎」の番組でより詳しく学んでいきます。
リコ 「ところで、このあいだ押入れの中からこんなヨーヨーが出てきたんだけど。」
母 「何の因果か懐かしいわね。」
リコ 「やってみせてよ。上手なんでしょ。」
母 「ダメダメ。私がヨーヨー持つと、誰かを必ず傷つけてしまうから……。」
リコ 「でも、ヨーヨーって不思議よね。手を離すと下に行くのは分かるんだけど、重力に逆らって戻って来るんだもん。ほんの少し手を動かしてるだけなのに。」
母 「手を動かさなかったら、戻ってこない?」
リコが試しにヨーヨーを落としてみます。
すると、手を動かさなくてもヨーヨーは戻ってきました。
でも、元の高さまでは戻ってきません。
父 「ヨーヨーも種類があるんだけど、軸に糸が固定してあるものは、力を加えなくてもある程度は元に戻ってくるんだよ。」
母 「でも糸を巻かないと戻って来ないわよ。」
リコ 「お母さん、当たり前じゃない。」
父 「いやいや、当たり前って切り捨てちゃだめだよ。糸を巻かないで回転させなかったらどうなる?」
リコ 「戻って来ない。そうか、回転してることが重要なんだね!」
いろいろな種類のヨーヨーを用意し、ヨーヨーが高い位置まで戻ってくる条件を考えてみます。
ヨーヨーの中身は、軸が大きな円盤をつないでいるだけの単純な構造です。
今回は軸のまわりに糸が固定して巻いてある場合についてだけ考えてみることにします。
リコ 「円盤の大きさとか重さとか、糸の長さも関係あるのかな?」
母 「重さはある程度あって、軸はあまり太すぎないほうがいいのよ。」
リコ「お母さん詳しいね」
母 「まあね。重さとか軸の太さとか、いろいろ条件を変えて比べてみたらいいんじゃない?」
リコ 「でも条件を一度にいろいろ変えちゃうと分からなくなるから、まずは軸の太さだけを変えて比べてみようよ。」
お父さん手作りの、お鍋のふたを改造したヨーヨーで比較してみます。
用意した2つのヨーヨーは、円盤の直径と質量は同じですが、軸の太さだけが異なります。
太い軸のヨーヨーと細い軸のヨーヨーでは、どちらが高い位置まで戻って来るのか実験します。
2つのヨーヨーの糸を巻いてセットし、手を離します。
すると、軸が細いヨーヨーのほうが高いところまで戻ってきました。
結果をまとめます。
軸が細い方が高い位置まで戻ってきましたが、太い方はあまり高くは戻ってきませんでした。
また上下に動く速さは軸が太い方が速く、細い方が遅くなりました。
回転する速度は、同じ時間で比べると軸の細い方が少し速く回転しているようです。
なぜ軸の細い方が高い位置まで戻ってきたのか、理由を考えてみます。
母 「一番下まで落ちたときに、力をたくさん蓄えている方が上に上がって戻って来られるから?」
父 「なるほど。『力』という言葉は、物理の中ではちょっと違うんだな。たくさんのエネルギーを持っていたということだろうね。」
リコ 「エネルギーって増えたり減ったりするの?」
父 「そうだよ。」
2つのヨーヨーは質量も高さも同じだったので、同じエネルギーを持っていたはずです。
しかしヨーヨーが落ち始めると、そのエネルギーは下に動いていく運動エネルギーと回転エネルギーの2つに分かれます。
その比率は、軸の細い方が回転のエネルギーが大きくなるようです。
ヨーヨーが最初の高さまで戻って来ないのは、途中でエネルギーの一部が失われるためです。
つまりこの場合、落ちるスピードが遅くて回転が速い方がエネルギーの損失が少なかったということになります。
いろいろな形に変わっていくエネルギーについても、この「物理基礎」の番組で、物理家の人たちと一緒に詳しく学んで行きます。
息子のノブナガ(佐藤 信長)が帰ってきました。
帰りの坂道で一生懸命自転車をこいでいたところ、あっさりと電動アシスト自転車に抜かれてしまったといい、落ち込んだ様子です。
父 「電動アシスト自転車のしくみってどうなっているか知ってる?」
リコ 「それはやっぱり、モーターが入っているんじゃないの?」
ノブナガ 「でも、スイッチ入れたら勝手に動き出すってわけじゃないでしょ?」
母 「そんなつもりじゃないのに、どんどんスピードが出たら困るものね。」
父 「きっと、うまくコントロールする仕掛けがあるんだよね。そうだノブナガ、そのしくみを調べに行ったらどうだい?」
ノブナガが訪れたのは、電動アシスト自転車を製造、販売している会社です。
世界で初めての電動アシスト自転車を作ったのも、この会社です。
電動アシスト自転車の開発を担当している野澤 伸治郎さんに、そのしくみについて話をうかがいました。
電動アシスト自転車を普通の自転車と見比べると、全体の見た目はあまり変わりませんが、ペダル付近が大きく違います。
電動アシスト自転車の心臓部とも言えるこの部分には、中にモーターが搭載されています。
構造を詳しく見てみると、モーターの力が伝わる小さな歯車と、人のこいだ力が伝わる大きな歯車があります。
その2つの歯車はチェーンでつながっており、人の力とモーターの力がここで一つになります。
このしくみは、日本の電動アシスト自転車で一般的に使われている方式です。
野澤さん 「小さなモーターに見えるんですけども、このモーターによって人の2倍の力までアシストすることができます。」
ノブナガ 「そんなにアシストして、危なくないですか?」
野澤さん 「やみくもにアシストしているわけではなくて、人の力に応じて、適切なアシストをしてくれるんです。」
そこで重要な役割をするのがセンサーです。
この電動アシスト自転車には、
・スピードを測るセンサー
・人がこぐ力を測定するトルクセンサー
・ペダルの回転数を測定するセンサー
という3つのセンサーが搭載されており、それぞれの測定値を組み合わせて最適なアシストができるようになっています。
実際に、電動アシスト自転車に乗ってみました。
走り出すときに、強くペダルを踏み込むと、その力をセンサーが感知して最大限のアシストを開始します。
スピードが出てくるとモーターのアシストは次第に弱まり、時速24kmを超えるとアシストはなくなります。
しかし坂道では、強くペダルを踏む力とスピードをセンサーが感知して、再び最大限のアシストを始めます。
野澤さん 「電動アシスト自転車は、人の力をモーターで補うハイブリッドな乗り物です。私たちは人間の感覚を重視して、自然なアシスト感を実現させるための設計を行っています。」
ノブナガ 「電動アシスト自転車はむやみにアシストするわけじゃなくて、人間ががんばっているときに、それに見合った分だけアシストしてくれる仕組みなんだ。同じような仕組みを使った電動アシスト車椅子っていうのもあるんだって。」
リコ 「そういえば、体をアシストするようなロボットスーツが福祉の世界で使われ始めているって聞いたけど、それも同じような仕組みなのかな。」
父 「いずれにしても、科学が支える技術というのは、人間のためにあるんだよね。だから人間のことを考えない技術なんてありえないんだよ。これから科学技術はさらに、人間のためによりよいものになっていくんじゃないかな。」
ノブナガ 「なるほど。物理も人の役に立ってこその物理だよね。」
~お父さんのひと言~
子供の頃、見るものも聞くものも不思議で「なぜ?どうして?」を連発して大人を困らせたことはありませんか?
もう一度不思議の芽を育ててみませんか?それが本当の物理の勉強なんです。
そのためには、不思議をいつまでも放っておかず、自分で考え、答えを探してみましょう。
ささやかな不思議に気付く心は、きっとみなさんの人生を豊かにしてくれますよ。
みなさんも、物理家の人たちと一緒に、身近な物理の不思議を解き明かしてみませんか。
それでは、次回もお楽しみに!
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