突然の異世界転移から3日。悟は自身の魔法やスキル、アイテムの効果などを確認できる範囲で確認した。その間ゴブリンやオーガなどの低級モンスターが襲ってきたが、召喚したデスナイトがあっさり倒してしまった。
「サンプルは少ないけど、周囲にはデスナイト程度で倒せる相手しかいないみたいで良かったな。いきなりゲームオーバーとか笑えないし」
とりあえず周囲に命を脅かす存在がいないのは確認できた。これならゆっくりと冒険しても問題ないだろう。
「それじゃ!まずはこの森林を探索しようかな。自然なんてリアルになかったもの筆頭だし!」
そう言って悟は念のため、索敵用のハンゾウを召喚し、森林の探索を始める。うっそうと生い茂る森林の景色は正直あまり変わらないが、どれもが悟が見たことのない植物ばかりで、ギルドメンバーが持ち込んでいた図鑑で見た花によく似たものを見つけては観賞した。時々モンスターが近寄ったりもしてきたが悟の敵ではなく、虫を払うかのごとく倒してしまっていた。その時に散乱した大量のモンスターの死体が、後に薬草採集に来たある薬師と護衛の冒険者たちに不安を抱かせたのだが悟には関係のないことだ。
どれくらい時間が経っただろうか。飲食の確保方法が安定せず、現地勢力の基準が分からず安心して睡眠を取ることができなかったことから身に付けていたリング・オブ・サステナンスの効果で、文字通り寝食忘れてカメの歩みがごとく探索を行っていた悟の脳内に、索敵させていたハンゾウの声が響く。
「──どうした?」
『はっ、現在地より南に500メートルほど進んだところに銀色の魔獣を発見いたしました。レベルは30を少し越える程度。今までのモンスターより強く、なおかつユグドラシルのモンスターではないようなので報告させていただきました』
「ふむ……現地産のモンスターということか。よし、ハンゾウ。こちらに追いたててきてくれ」
『畏まりました』
現地産のモンスターにはとても興味がある。コレクターの血が騒ぐ。自然を見て回ることを第一としていたが、これからの行動方針には現地産のモンスターやアイテムの捜索も入れておこう。
悟が新しい目標を立てながら待っていると、地響きをたて何かが猛スピードで走ってくる。ハンゾウが見つけた現地産モンスターだろう。さて、どんなヤツかなと悟はワクワクが抑えられず口許にうっすらと笑みを浮かべながら待ち構える。しかし、その笑みはすぐに驚愕に変わり、困惑に変わり、落胆に変わった。そこにいたのは──
「そなたでござるか?それがしの散歩を邪魔して化物に襲わせたのは」
「それがし……ござる……」
「それがし無駄な殺生は嫌いでござるが、今は少々怒っているでござるよ。──さあ、侵入者の
超巨大なジャンガリアンハムスターであった。銀色というよりはスノーホワイトの毛並み、黒く円らな瞳。まん丸い大福のようなその姿。唯一蛇のような鱗に覆われた長い尻尾だけが、悟の知っているハムスターとの差を教えてくれていた。しかしながら、期待が大きかった分ショックが大きい。この世界はじめての会話のできる相手が可愛いジャンガリアンハムスターだったことも拍車をかけている。
何はともあれこのハムスターが言ってるように命の奪い合いなんてする気は全く起きない。
「なあ……ここはお互いに引くとしないか?正直お前と戦う気にはなれないんだが……」
「む、怖じ気づいたでござるか?まあ、それも仕方のないこと。それがし人間からは“森の賢王”と呼ばれ恐れられている存在にして」
「“森の賢王”?お前が……?」
ますます力が抜けてくる。こいつ狙ってやってるなら確かに賢王かもしれない。だが嘘をついてる訳でもなさそうだし、本当のことなのだろう。相対的にそこらの人間よりは強いということも分かる。はじめての知的生命体がハムスターなど認めたくなくてエンカウントをなかったことにしようとしていたが、こいつを連れるメリットは割とありそうだ。今だに戦う気は全く起きないが。
「なるほどな……お前はこの世界ではかなりの強者に入るということか」
「ふふん、その通りでござる!それがし生まれてこのかた負けなしでござる。それがしの強さを──」
「──うん、もう良いわ。《絶望のオーラ・レベル1》」
「ひょっわぁー!?こここ、こ、降伏でござる!それがしの負けでござる!殺さないで欲しいでござるよー!」
「……はあ……所詮獣か……」
とりあえず会話をして一緒に来ないか誘おうかと思っていたが面倒になった。やまいこさんだって一発殴ってから考えるって言ってたし、別に良いだろう。皆何してるかなー、などと現実逃避気味な思考に陥りながら、目の前で震え上がり腹を無防備にさらしたハムスターを見る。よく見ると鼻をひくつかせ、大きな瞳には涙が溜まっている。うん、可愛い。
「……別に殺すつもりはない。今俺は右も左も分からない状態でな。旅の供も欲しいと思っていたところなんだ。良かったら俺と来ないか?」
「あ、ありがとうでござるよ!命を助けてくれた恩に報いるため、是非ともお供させて欲しいでござる!」
「……ああ。これからよろしく頼む」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから日が暮れるまで、“森の賢王”改めハムスケにこの世界のことを聞いた。最初こそ気が抜けるヤツという評価だったハムスケだが、話しているうちに自然と癒され、いつの間にか悟は心を許してしまっていた。ハムスケの性格によるものが大きいだろうが、悟も知らない環境に放り出されたことによる不安や、長年ひとりぼっちで過ごしていたことにより、心細くなっていたのだろう。
「そういえば殿。殿のお名前は何というのでござるか?それがし忠誠を誓った御方の名前も知らないのは駄目だと思うでござる」
「ん?名前……名前かあ……」
ハムスケにもたれ寛いでいると、唐突にハムスケがそう尋ねてくる。そういえば教えてなかったな、と思い答えようとするがどう答えるべきか悩む。鈴木悟もモモンガも何か違う気がするし、かといって新しい名前を考えられるほどのネーミングセンスもない。
(んー、取り敢えず正直な気持ちを伝えて、ゆっくり考えようかな……)
「殿?……もしかして名を隠されたりしているのでござるか?それならそれがし、これ以上は聞かないでござるが」
「いやいや、そんなことはないんだけど──」
そういって悟は自分の感情的な部分も含めて話す。相手が人間だったら悟も話さなかったに違いない。ハムスケがペットのような存在であるからだろう。昔ギルドメンバーのひとりがペットロスで長期間ログインしなかったことがあったが、人間とは違う心の許せる存在がこんなにも尊いと理解していたらあんなに笑わなかったかもしれない。
「──まあ、こんな感じだよ」
「なるほど……しかしやはり名がないとこれから困ると思うでござる。それがしもハムスケと名付けてくれた恩に報いたいが……正直人間の名を考えられる気がしないでござるよ……」
「ありがとな、ハムスケ」
悟はしょんぼりとするハムスケを優しく撫でてやる。鈴木悟もモモンガも今のところ名乗るつもりはないが、どちらも大切な名前であることには変わりないので、ハムスケだけでも覚えていてくれると嬉しい。
「ハムスケ、お前は俺が名乗らなくなる『鈴木悟』と『モモンガ』の名前を覚えていてくれ。名乗らないとはいえやっぱり大事な名前だからな」
「分かったでござる!それがし殿の真名を知る唯一の存在としてこれからもお側で居続けるでござるよ!」
「!──そうか……ありがとな」
ハムスケは特に意識していなかっただろう。しかし悟にとって「側で居続ける」という言葉は大きな意味を持っていた。幼くして女手ひとつで育ててくれた母を亡くし、恋人はおろかまともな友人もおらず、ようやく出来たアインズ・ウール・ゴウンの仲間たちも去っていった。ひとりぼっちでいることに慣れてしまっていた悟は、ハムスケの言葉がとても嬉しかった。
悟は静かに涙を流す。ハムスケもそのことに気付き一瞬驚くが、悪い感情ではないと察すると黙って寄り添い続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハムスケと出会って一週間、今だに悟はトブの大森林を探索していた。何でもトブの大森林はハムスケの他にも広い支配領域を持ったものがいるらしい。ハムスケの話からしてレアモンスターというわけではないようだが、せっかくなので会ってみようと思ったのだ。しかし──
「おお!これが食虫植物というヤツか。ほんとに虫を食べてるな!」
「……見たことあるのに名前がでない。よく見れば思い出、あっ!おいハムスケ、あいつ追いかけるぞ!」
「ハムスケ、池だ!池がある!すごい綺麗だなあ……あ、ハムスケちょっと待て、魚は焼いた方が旨いぞ」
このようにどれもこれも目新しく、至るところで寄り道していた。その結果一週間経った今でもハムスケと同格のやつらとは会っていない。
「ふぅ……そろそろハムスケと同格のヤツに会いに行くか。ハムスケ、“東の巨人”がいるのはこの辺か?」
「そうでござるが……殿、何か森の様子がおかしいでござる。それがしがいるとはいえ、動物が全然いないのは変でござるよ」
「そうなのか?んー、お前がそういうなら先に西側に行ってみるのも──」
バコン!メキメキメキ!
突如轟音と、木々の倒れる音が響く。何事かとあたりを見回していると、ハンゾウから連絡が届く。
『現在地より東に1.5キロの地点にてレベル80越えのモンスターが突如姿を現しました。そのすぐ側に人間の集団がいます』
「レベル80!?」
今まで会った中でも断トツでレベルが高い。むしろ急に離れ過ぎだ。ハムスケを基準にしていたが見通しが甘すぎたかもしれない。悟にとってはレベル80はたいしたものではないが、自身と同じレベル100が基準の可能性も出てきた。何しろ近くには人間の集団がいるのだ。自分でいうのはなんだが、普通の人間がこの森林の奥地にいる可能性は低い。
「ハムスケ、お前は離れた場所で待機していろ。俺は偵察に行ってくる」
「しかし、殿──」
「──相手はレベル80だ。お前では勝てない」
ユグドラシルにおいてレベル15以上の差は埋められないものだ。蘇生の実験もできていないのに、こんなところでハムスケを失う訳にはいかない。しぶるハムスケも野生の本能で危険を察知しているようで、なんとか引いてくれた。
「心配するな、すぐ戻る。《
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移した先には100メートルを越える巨大な木のモンスターがいた。その近くに6人ほどの武装した人間がおり、そのうちのひとりのみすぼらしい槍を持った男が、なんとか枝のようなものから繰り出される攻撃を凌いでいるようであった。
「ハンゾウ、人間たちのレベルは?」
「槍を持った男がレベル70少し、派手な装いの老婆はレベル20前後、他の者たちはレベル30あたりです」
「ふむ。装備はユグドラシルの物だがプレイヤーではなさそうだな。ハンゾウ、お前はハムスケのもとに行き、あいつを守ってやってくれ」
「はっ。御身もお気を付けて」
ハンゾウが消えたのを見送った悟は、モンスターとの戦いに目を向け、魔法を併用しつつ冷静に分析する。
(あの木のモンスターはイビルツリーの亜種か?HPが測定不能だからレイドボスみたいなものだな。人間たちの強さは大したことがない、装備は──)
その時、槍の男が何か指示を出す。すると老婆が来ていたチャイナ服が光り、そこに描かれていた竜がイビルツリーに巻き付いていく。この光景に見覚えのあった悟は、驚愕に目を見開く。
「
世界級アイテム<傾城傾国>。通常精神支配が効かないアンデッドなどを支配可能というアイテムだ。一時期このアイテムによる支配で実現した「レイドボス対レイドボス」が話題となり、悟もネットの動画配信で見たことがある。
何はともあれこの世界にも世界級アイテム、もっといえばこれを持ち込んだプレイヤーの存在が確実にあるということが早い段階で分かって良かった。
(それよりも……このイビルツリーはどっちかな?)
「レイドボス対レイドボス」が流行って間も無くして、ある意味予想通りではあったが、運営が報告もなく勝手にシステムを変える事件が起こった。それが──
「ぐぉぉぉぉぉお!」
「なっ!?神の至宝が効かないというのか!」
「くそ!総員、カイレ様を守れ──」
槍の男が叫ぶも時すでに遅し。イビルツリーの攻撃が守ろうと動いた人間たちもろとも老婆を吹き飛ばす。おそらく即死だ。
運営が行ったシステム変更、それは「<傾城傾国>が効くレイドボスと効かないレイドボスをランダムで設置」だ。これは初見殺しの仕様で、これにより世界級アイテムがあるからと少人数でレイドボスに挑んだプレイヤーたちが尽く涙を飲んだ。
どうやらこのイビルツリーはそんな糞運営仕様であったらしい。挑んでいた人間たちが不憫で仕方ない。糞運営に振り回されてきた悟は、はじめて見つけた人間であるし、絶体絶命の人間を見捨てるのも目覚めが悪いので助けることにする。
(それに「困った人がいたら、助けるのは当たり前」。そうですよね、たっちさん……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
みすぼらしい槍を持った青年──漆黒聖典第一席次は焦っていた。今回もいつも通り任務を遂行して、成功の報告をするだけの予定だった。己の信仰する神々が残した至宝の中でも別格の<ケイ・セケ・コゥク>を持ち出したのだ。いくら
「神の至宝が効かないなんて!」
目の前のモンスターはあろうことか<ケイ・セケ・コゥク>の効果を弾いたのだ。それどころかカイレを含め、仲間たち全員がやられた。勝つことは不可能、逃亡はできるだろうがこのモンスターを放置する訳にもいかない。第一席次は打てる手がなく、自身の無力を嘆いた。そこに突如、この場にそぐわない落ち着いた声がかけられた。
「──大変そうですね。お手伝いしましょうか?」
そこにいたのは黒髪黒目の青年。神の至宝にも劣らぬほどの力を感じる豪奢なローブに身を包み、その手にはこの世のあらゆる財を使い尽くしても尚届かぬであろう黄金の杖が掴まれている。場違いな声色で手伝おうかと尋ねてきた青年に第一席次は反応を返せない。その時、モンスターの腕が第一席次に近づいてくるのが見えた。青年に気を取られていた第一席次は反応が遅れる。
「しまっ──!?」
「──ふむ、待つこともできないとは知能の低いヤツだな。《時間停止》」
青年がそう唱えるのと同時にすべての時間が停止する。第一席次は自身の指輪が反応したのに気付く。
「これは──」
「おお、必須とはいえ時間停止対策をしているのですね。助ける手間が省けました」
時間停止などという神の御業をなした青年は、やはり場違いな声色で声をかけてくる。この魔法、この装備、時間停止対策が当たり前だという言葉。まさかこの青年は自身が信仰する神々と同じ存在なのだろうか。ちょうど今年は節目の100年。仮にそうだとするならば是非とも国に来てもらいたい。
「助けていた抱いたことを感謝します。私はスレイン法国の特殊部隊漆黒聖典の隊長をしている者なのですが、あなたはもしやぷれいやー様でしょうか?」
「!やはりプレイヤーをご存じなのですか?」
「はい。スレイン法国はプレイヤーであった六大神によって建国されました。現在はどの方も生きてはいませんが八欲王や十三英雄のリーダーなどもプレイヤーです」
青年がプレイヤーという言葉に反応したということは、プレイヤー本人か、プレイヤーに連なる者ということだろう。「今は誰もいないのか……ギルメンの誰かがいると思ったんだけどなあ」と呟いていることから、プレイヤー本人である可能性の方が高い。第一席次はさらに言葉を募る。
「プレイヤー様、是非とも我がスレイン法国にいらしてはくれないでしょうか。人類存続のため我々に力を貸してほしいのです」
「はあ……国へ行くのは構いませんが──」
「そうですか!では僭越ながら私がご案内させていただきます!失礼ながらお名前を教えていただけますでしょうか?」
悟は漆黒聖典の隊長だという青年の様子にドン引きしていた。国の名前からして宗教国家だろうが、宗教に関して弛い日本生まれの悟にとっては理解の外だ。それに人類存続だの言っていた様子は、悟に異形種狩りをしていたプレイヤーたちを思い出させた。この世界はゲームではなく現実であるようだから多少は仕方ないにしろ、悟としては何とも言えないというのが正直なところだ。
(つーか、真横にモンスターいるの忘れてないか?……しかし名前か……こんなに早く名乗らなきゃいけない機会が来るとは)
「プレイヤー様?」
「あ、ああ、すみません。私は、そうですねぇ──」
この青年によると現在他にプレイヤーはいないらしい。それはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーたちもいないということ。でも悟は彼らと再び出会うことを諦めきれない。だから──
「アインズ。アインズ・ウール・ゴウンと言います」
願いを込めてこの名前を名乗ろう───
オリジナル・設定捏造ポイント
・ハムスケは心の癒し
・ザイトルクワエに世界級アイテム効果なし
・最初のエンカウントはスレイン法国
その他魔法やアイテムの効果、レベルなどは適当です