当記事は「世界地図の創り方」の第一章です。序文および目次はこちらから。
地図のススメ
「地図」は、創作物である作品世界の地理を、前知識のない読者に提示するための手段として、とても有益なものです。
特に映像作品やビデオゲームなどビジュアルを伴う媒体の場合、地図を演出に盛り込むことで、舞台となる場所の地形や位置関係を、わかりやすく提示することができます。
また、単純に地図には、世界の広がりを感じさせる独特の魅力があるようにも思います。ファンタジー小説の冒頭に描かれた未知の地図を目にしたとき、何とも言えぬ期待感が胸に広がる――そんな経験をしたことのある読者も、おられるのではないでしょうか。
加えて、地図は読者のためだけでなく、創作者にとっても有益な道具となり得ます。
プロットを考案する際の参考資料となることはもちろん、それぞれの場所の位置関係を誤って表記してしまうようなミスを防ぐためにも役立ちます。
とはいえ、どの程度の範囲の地図が必要なのかは、作品の内容や性質によって大きく異なります。具体的な地図や地理の創作手法について検討する前に、まずは考えるべき範囲について整理してみましょう。
緻密な世界観は正義なのか?
ファンタジー作品に対する誉め言葉のひとつとして、「世界観が緻密」といった表現あります。
なるほど、確かに名作の中には、舞台となる世界の地理や自然環境、歴史、文化などを詳細に設定して表現することで、読者や視聴者を魅了する作品が少なくありません。
たとえば、日本でも大ヒットを記録したドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作としても知られる、ジョージ・R・R・マーティンのファンタジー小説『氷と炎の歌』シリーズなどは、世界観が緻密な作品の筆頭格として挙げられるでしょう。
群像劇である性質上、登場人物が多い同作の作品世界は、主要な舞台だけでも大陸ふたつに及ぶほど広大で、それぞれの土地に固有の歴史と文化が紐づけられています。
その情報量は尋常なものではなく、世界観に関する専門書*1が発行されているほか、作品世界の地図だけを集めた商品*2が存在するほどです。
では、優れた作品を創るためには、必ず『氷と炎の歌』に匹敵するほどの「緻密な世界観」を考えなければならないのでしょうか?
当然のことながら、そんなことはありません。作品によって、求められる情報の精度も密度も異なるからです。
絵本形式で表現する童話の類に、自然科学的・地理学的に正しい世界地図など必要ないでしょう。
また、リアリティのある作品を創ろうとしている場合であったとしても、大陸規模の戦争を描く作品と、ある都市での連続殺人事件を描いた作品とでは、用意すべき「地図」の規模や精度は異なることでしょう。
今まさに創ろうとしている作品にとって、重要となる「範囲」と「要素」に限定して、背景を決めていけば良いのだと筆者は考えます。場合によっては、「地図」そのものが不要であることすら、あるはずです*3。
「世界観」は、その作品を手にもってもらうためにも重要ですが、一方でそれだけを練り込み続けても一向に作品は完成しません。
物語の根幹に関わる項目について深く検討することは大切でしょうが、そうではない部分に関しては、「概要だけを決めておく」か、そもそも「考えない」ことが大切になる、というのが筆者の考え方なのです。
具体例を挙げて、考えていきましょう。
たとえば、ハイファンタジー*4作品を創りたいとします。当然、作品世界の地理は、地球上のそれとは異なるでしょうし、そこに生きる動植物も異なっているかもしれません。
なんだか考えなければならないものが、一気に増えていきそうな気配がしてきました。
ですが、貴方が描きたい物語が「小さな漁村での少年少女の交流」だったとしたらどうでしょう?
作品世界の地理について考えるべきは、主な舞台となる「小さな漁村」の周辺だけでも事足りるはずです。
もし登場人物の中に「隣町出身の少女」がいるのであれば、その「隣町」まで考えるべき範囲は広がるかもしれませんが、それでも広大な大陸を隅々まで考案しておく必要はありません。
こうした考え方は、なにも地理に限った話だけではありません。村の人口はどの程度なのか、どんな漁法で、どんな種類の魚介類を得ているのか、そういった「漁村を描くのに必要な要素」を考えておく必要はありますが、描写せずに済む分野にまで考えを巡らせる必要性は薄いはずです。
創作にとって重要なのは、まず作品を完成させることです。そうした意味においても、創作初心者ほど考えなくて済ませることができる部分は、極力、考えない方が良いように思います。