楽器が弾けなくても音楽は作れる! サンプリング・ミュージックは、既存の音源を「元ネタ」として自身の楽曲に取り込み制作できるようにした楽器「サンプラー」の登場によって実現した、まさにテクノロジーが生んだ革新的な音楽です。
しかし権利意識が高まるにつれ、様々な問題が出てきたのも確か。ただ、サンプリングが今までにない手法だったが故に、その問題に対応していくことで、むしろ互いが互いの創造性をリスペクトできる環境・仕組みが徐々に整ってきたとも言えます。
どうすれば公式にサンプリング・ミュージックを発表できるのか? 意外と知らないことが多い法律の知識。
普段よりサンプリングを使って楽曲制作をすることの多い二人のトラックメイカー「TOMOKO IDA」(以下「TOMOKO」)と「ちばけんいち」が、サンプリング・ミュージックと著作権にまつわるあれやこれやの疑問を、著作権法に詳しい大原法律事務所・齊藤圭太弁護士にズバリぶつけてみました。
サンプリング・ミュージックのリリース時には誰の許可が必要?
TOMOKO 私は、すでに作られている素晴らしいサウンドを使って調理ができると思うと、音楽を作る意欲が湧いてくるんです。楽器が上手じゃない人でも曲作りができるし、サンプリングして音楽を作ると広がりが出るから、その楽しさを知ってほしいんです。
ちば でも日本ではサンプリング・ミュージックを作って公式に発表するということが、なかなか難しいという印象も持っていて。
齊藤 日本でもサンプリングして音楽が作れないわけではありませんが、音源の利用になりますので、以下の3者との権利関係の調整が必要になります。
1人目は、その音源で使用されている歌詞や楽曲を作った人。
2人目は、その音源で歌ったり演奏している人。
3人目は、そのレコード原盤を作った(音源をレコード原盤に固定した)人。
3者のうち1人でも許諾しない場合にはサンプリング素材としては使えませんので、作りにくいというのが現状だと考えられます。
TOMOKO その3者で意見が分かれた時に、一番強い権利を持っているのは誰なんでしょうか? 例えば、元曲の作曲者はサンプリングOKと言っていて、レコード会社がNGと言っている場合、どちらが力を持っているんでしょうか。
齊藤 著作権法上の権利関係でいえば、どちらかが優劣することはないと思います。作曲者とレコード会社の権利の内容はそれぞれ違いますが、誰か1人でも許諾しませんと言っている場合には、その音源をサンプリング利用することは難しいですね。
TOMOKO 1人でもNGと言ったらダメなんですね。
齊藤 著作権とは何か。原則的な考え方で言えば、音楽を作った方とか詞を書いた方とか、それを演奏された方に発生する権利なんですね。作った方に権利が帰属するという考え方なので、作った方に許諾を取ればいい。
ただ、日本の場合いろんな事情で権利がいろいろなところに分散して預けていることの方が多いので、調整が必要になってきて大変だと。
権利関係の調整ということで言いますと、楽曲を作った人……作詞家・作曲家には複製権と送信可能化権という2つの権利が発生します。ただし一般的には、音楽を作って発表する時にその権利は音楽出版社に譲渡されて、更に音楽出版社がJASRACに信託しますので、複製権や送信可能化権について許諾するのはJASRACになるわけですね。
またサンプリングする部分に実演(音源に含まれる演奏)が収録されている場合は、演奏された人、実演家には録音権と送信可能化権という権利が発生します。一般的には、その権利はレコード会社に譲渡されているので、レコード会社の方が窓口になると思います。
ちば 例えばヒップホップのトラックを作りたくて、ボーカリストが歌っている箇所をサンプリングして曲を作りたい場合は、元々は歌った人が権利を持っていたけれど、レコード会社が販売している音源ならば権利も渡されているはず。だから、許可する権利を持っているのはレコード会社ということですね。
齊藤 そうですね。ここでちょっとややこしいのが「同一性保持権」です。「自分が作った音楽の一部分だけを切り取ったり、内容を変えたりしないでください」といって同一性を守る権利ですが、この権利は本人だけが持っている権利で、他人には譲渡できない。
録音権と送信可能化権についてはレコード会社の許諾を得たとしても、実演家の方に「自分の音楽を切り刻まれたら困る」と言われると、その音源をサンプリング利用できないことになります。
作詞家・作曲家にも同一性保持権が認められているので、実演家の場合と同様に、例えばJASRACや音楽出版社と、作詞家・作曲家に分かれていることになります。
レコード会社や音楽出版社、誰か1人にOKをもらってもそれだけでは進められなくて、JASRACや実演家、作詞家作曲家のところにまで行かないとサンプリングできないというのが、複雑だったり煩雑だったりするということです。
TOMOKO 自分がレコード会社や音楽出版社と一緒に音源をリリースした場合、自分の判断だけでOKと言えないわけですね。
なぜ海外ではサンプリング・ミュージックの公式リリースが多いのか
ちば 日本よりも海外の方がサンプリング・ミュージックの制作に積極的な印象を受けます。法律的な違いもあるのかなと。
TOMOKO アメリカだとアーティスト本人に連絡をして、本人がOKならばほぼOKという形になっている……みたいな記事を見たことがあります。アーティスト同士が直接連絡を取って繋がるのはクリエイターとしてすごくいい事だと思うんですよね。
例えばアメリカで発売された楽曲をサンプリングして、その楽曲が日本で発売されていない場合、アメリカの発売元に「許可取れますか?」みたいなメールを出して、そのトラックが気に入られて「アメリカで発売しちゃおうよ」という話になったらすごい夢のある話じゃないですか。
トラックメイカーが英語を学んでメールする姿勢を作れば、「もしかしたら」があり得るかもしれないですし。
齊藤 単純に日本の法律と比較できないところはありますが、音楽を作った人に著作権という権利が発生して、その人の許諾を得てくださいという大枠は変わらない。例えば日本のクリエイターがアメリカのアーティストの音源をサンプリングして使いたいとなったら、原則はそのアーティスト本人に連絡して許諾を得る事になります。
TOMOKO 本人に許諾を得る、というところは変わらないんですね。
ちば サンプリング利用したい元の音源がYouTube上の動画だった場合はどうなんでしょうか?
齊藤 原則として、YouTube上で公開している方の同意が必要です。
ちば 商業作品ではなく、ネット上にすべて自主制作として売っている人の音源をサンプリングしたいというときには、どんなことを確認するのがよいでしょうか。作詞・作曲・アレンジを全て自分でやって、YouTubeやTwitter、あるいはBandcampなどの販売サイトみたいなところで売っている音源をサンプリングしたいという場合です。
齊藤 自分で作詞作曲をして、演奏してネットにあげているならば、権利が分散していないので、その方にお話をして許諾を取れれば、使えることになりますね。
著作物は「思想や感情を創作的に表現したもの」
ちば サンプリングや引用は「○小節までだったらOK」みたいな認識が広がっている時期もあったと思うんですけど、著作権の法律上ではどう考えられますか。
齊藤 著作者の権利、実演家の権利、それを固定したレコード会社の方の権利で考え方が違います。
原盤権(音源を最初に固定した人の権利・通称)というものがあって、これは創作性まで要件されていませんので、何秒だったらいいとか、何小節だったらいいという議論にはなってこない。固定されている音源から抜き出すのであれば、1秒でも、原盤権者の許諾が必要になります。
楽曲や歌詞の権利については、抜き出した部分に創作性があるかないかで結論が変わります。曲全体でみれば当然著作物になると思うんですけども、一曲の中の一部分だけを切り出してサンプリングする場合には、そのサンプリングした部分だけを見て、音楽的な表現があるかどうか……そこに創作性や独自性がなければ作曲家の許諾は必要ない。
ちば 創作性や独自性が大事だと。
齊藤 例えばサンプリングする部分が「ド」という1音だけだとしたら、これには創作性はないですね、ということになる。その「ド」を抜き出すことに対しては曲を書いた方の許諾はいらない、著作権の侵害はしていないということになるんですね。
では「ドレミ」には創作性があるのか。もし「ドレミ」だけを聴いて、これは誰々の曲のあの部分だよねと分かる創作性があるのであれば、その3音だけだったとしても作曲家の許諾がいることになってくるんです。
ちば 僕らみたいにクラブミュージックをベースに活動をしていると、既存のレコードの音源から「ドラムの1音だけサンプリングして使いたい」という人がたくさんいます。でもその1音を使うと、作曲者には怒られないとしても、そのレコードを作った会社から「うちのレコードからサンプリングしたドラムの音だろう」と訴えられる可能性があるということですね。
齊藤 音源として録音されて固定されているものだとすると、レコード会社の持っている原盤権との関係は問題となります。川のせせらぎの音とか、自然の音を録音して売っているものとかがありますよね。せせらぎは人でないので、著作権は発生しません。しかし原盤権は発生する。
TOMOKO 街の音とかはどうなんですか?
齊藤 街の音も、それ自体には創作性はないので著作権は発生しません。それを録音して編集すると、原盤権は発生すると思うんですけど。
TOMOKO 原宿で雑踏の音を録って、人の声がわしゃわしゃ入っていたとしても、著作権は発生しないと。
齊藤 基本的に、そうですね。ただそこに口笛が入ってて、凄い創作的なものであれば……。
TOMOKO 車のクラクションは?
齊藤 メロディでない限り創作性は認められませんね。
ちば 雑踏音の中でも効果音的に使われているもので、明らかに日本の電車の駅ホーム内の音声だったり、街中を走っている宣伝カーの音楽だったり、どこかで商品化している音楽が街で鳴っている音声や曲を環境音としてフィールドレコーディングしてしまった場合ってどうなりますか?
齊藤 それも切り取られた音の部分に創作性があるかどうかが問題になりますね。
TOMOKO サンプリング用に販売している音源で、どこかの空港の「アベコウタロウ様〜」みたいな呼び出しの音が入っているんですよ。そういう人の名前も大丈夫ですか?
そういった音声を面白がる海外の人はたくさんいるから、どうなんだろう? ってずっと思ってたんですよ。山手線の「次は秋葉原~」とかって面白いじゃないですか。
齊藤 そもそも著作物って何かというと、思想や感情を創作的に表現したものであって、文芸・学術・美術また音楽の範囲に属するものと定められています。「アベコウタロウ様〜」は「思想や感情を創作的に表現したもの」には当たらないんじゃないですかね。
ちば 単純なアナウンス音声には創作性はないということですね。
後編は、サンプリング用音源販売サイトやタイプビートなどの制作面を法律で紐解きます!
■ TOMOKO IDA
東京都出身。日韓ダンスミュージックシーンのトップアーティストをプロデュースする女性プロデューサー。
また、国内ドーム・アリーナツアーなどの大規模プロジェクトでインストゥルメンタル・ダンストラックを多数手がけるビート職人としても活躍中。
(トラック提供アーティスト:SUNMI, EXILE, THE RAMPAGE, GENERATIONS, CRAZYBOY, SWAY, MARIA, ちゃんみな, ASOBOiSM etc.)
Official website https://www.tomokoida.com/
Twitter https://twitter.com/djtomoko/
Instagram https://www.instagram.com/tomokoida/
■ ちばけんいち / Kenichi Chiba
12歳から楽曲制作を始め、現在はポップス、アニメ、ゲーム、ダンスミュージック、CMソングなど幅広く楽曲の作詞、作曲、編曲、Remix、制作ディレクションを手がける。
(提供作品:DANCERUSH STARDOM(KONAMI), CROSSxBEATS(CAPCOM), 俺の妹がこんなに可愛いわけがない, バンドやろうぜ! etc.)
Official website https://chibakenichi.com
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