星に願いを   作:零乃 功望

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最期に星に願う

(楽しかった、楽しかったんだ……)

 

 

そこでは1人の人物がひとりごちていた。その場所は数百人が入ってなお余るような広さ、見上げるような高さのある天井、そこから吊り下げられる複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され幻想的な輝きを放っている。彼はそんな広間の奥に鎮座する巨大な水晶から切り出されたような立派な玉座に腰掛けていた。彼は人間ではない。その姿はまさに死を具現化した魔王。

 

───YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

2126年に発売されたバーチャルリアリティゲームの世界の名であり、魔王の座する城はその中のナザリック地下大墳墓というダンジョン。

 

23:45:34

 

しかしその世界はあと僅か15分足らずで崩壊する。玉座の魔王──ナザリック地下大墳墓を支配するギルド“アインズ・ウール・ゴウン”ギルド長モモンガが今にも消え入りそうにひとりごちていたのはそのせいだ。そして──

 

 

「ナザリックの最期を看取るのは結局俺1人か……」

 

 

モモンガはそう小さく溢してため息を吐く。かつて世界9位に君臨し、最凶のDQNギルドとして名をはせ、1500人の討伐隊を返り討ちにして伝説にもなったアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー41人はこの最期の時をしてモモンガ1人しかいない。所詮ゲームでしかないと分かっていても、皆に生活があると理解していても、このナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンがすべてだったモモンガはただ悲しく、悔しく、虚しかった。

 

23:52:10

 

 

(ああ…もう終わりか……あと6時間もすれば現実(リアル)が待っている)

 

 

出来ることならこの幻想の中に閉じ込められていたい。現実は残酷だ。現実に戻れば非公認魔王モモンガも搾取されるだけの最下層の平民鈴木悟に戻ってしまう。モモンガはつい考えてしまう。ユグドラシルが終わっても、ゲームの中で手に入れた力を、魔法を使えたら現実も楽になるのにと。自分が憧れた聖騎士のような生き方もできるのにと。

 

 

(ふふっ…たっちさんは力がなくても同じことをするだろうな……)

 

 

不可能なのは分かっている。単なる現実逃避だ。ふとモモンガは自身の骨の指につけられた指輪を見る。それはボーナスをすべてはたいて漸く手に入れたレアアイテム──超位魔法《星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)》が込められた『流れ星の指輪(シューティングスター)』。

 

 

「結局生来の貧乏性で使うことがなかったな……まあ、使う機会もなかったけど」

 

 

23:58:49

 

しみじみと呟きながらモモンガは指輪をつけた手を掲げる。どうせ最期なのだ。叶わないと分かっていても少しくらい願ってみても良いだろう。

 

23:59:05

 

 

「指輪よ──我は願う(I wish)───」

 

23:59:15

 

 

「俺を……俺の身につけた魔法やスキル、アインズ・ウール・ゴウンの皆と手に入れてきたアイテムを持たせて残酷な現実(リアル)とは違う美しい世界に連れていってくれ!」

 

 

23:59:36

 

モモンガの声に反応して指輪がゆっくりと輝き始める。その光景が本当に願いを叶えてくれそうで思わず笑みが溢れる。最期に良い夢を見せてくれた。

 

23:59:49

 

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

 

指輪の輝きが一気に増し、それと同様にナザリックが白い光に包まれて消えていくのを最後にモモンガの意識もまた白く包まれていった───

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(んっ……朝か?あのまま寝落ちてしまったのか?)

 

 

頬を撫でるわずかな風にくすぐったさを覚え、同時に入り込んできた目映い光に悟は目を覚ます。そして条件反射のように時計を見ようとベッドの側に置いてある時計に手を伸ばした。しかし──

 

カサッ

 

 

(───えっ?)

 

 

手に掴んだのは明らかに時計ではない。この感触は滅多に触れることはなかったが間違いなく何かしらの植物のものだ。そこでようやく悟は自分が部屋の中ではなく外にいるらしいことに気付く。

 

 

「はっ!?何で外にいるんだ!それよりマスク付けないと肺がやられる!」

 

 

汚染され尽くした空気を長時間吸ってしまえば最悪命に関わる。自分が何やら重大な事態に陥っていると気付いた悟は思いっきり目を開き立ち上がる。しかし目の前に広がる光景は悟をさらなる困惑へ誘うものだった。

 

 

「木が生えてる……」

 

 

目の前には木がうっそうと生い茂る森林。足元に目を向ければ花も咲いている。上を向けば木々の隙間から見える真っ青な空に元気に飛ぶ小鳥。どれも環境汚染の深刻化で文献の中だけの存在となってしまったものだった。

 

それからいくほど経っただろうか。ようやく落ち着いてきた悟は自分の姿を見る。自身が身に付けているのは安物のTシャツなどではなく、自分の記憶の中でつい先程まで身に付けていた豪奢なローブ。手にはキラキラと輝くいくつもの指輪。

 

 

「モモンガの装備だ……糞運営のやつら、あんな演出しておいてYGGDRASIL2でも始めたのか…?でも……」

 

 

おかしなことがたくさんある。まずGMコールがきかないこと。ログアウトもできないゲームなど欠陥品にもほどがある。それに肌を撫でる微風に、現実ではありえない新鮮な空気。そしてなにより、ローブからのぞく人間の(・・・)手。ゲームのアバターでなく間違いなく自分の手。このちぐはぐな状況が余計に事態を分からなくしていた。

 

 

(一体どうなってるんだ……?心なしか手の血色がよくなってる気がするし。ん?)

 

 

状況のわりには何故か冷静にまじまじと手を見ているとあることに気付く。それは指にはめられた指輪。その指輪に描かれた3つの流れ星はどれも力が抜けてしまったように色が抜けてしまっていた。

 

 

「『流れ星の指輪』の効力が完全に消えている……まさか本当に願いを叶えてくれたとか言うのか…?」

 

 

ゲームの中なら超位魔法3回分の効果がひとつになったと考えればそれはとんでもない効果をもたらすだろう。でもゲームはゲーム。現実逃避とも希望とも取れる推察は悟の頭の中をグルグルと回り続けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。太陽はすっかり沈んでしまい夜になってしまっていた。夜空には満点の星空が広がっている。悟は上空の、雲すら下に見える場所でそんな美しい景色をただ呆然と眺めていた。

 

あれから色々試したり確認してみたところ、おおよそ最後に自分が願ったことが実現されていた。現在《飛行》で飛んでいるように魔法は会得していたものは全て使えるようであった。スキルも同様。アイテムもまたナザリックの宝物殿にあったものも含め全てアイテムボックスに入っていた。疑問が残るところといえば体が人間であるということぐらいだ。それも鈴木悟の体ではない。

 

 

(顔は確かに俺のもの…とも言えないんだよなあ……)

 

 

面影は鈴木悟のものではあった。しかし健康的になったのか、それだけでは説明できないくらいには顔が整っていた。もとの顔はどんなに甘くみても中の下を出ない。それが中の上くらいの顔になっていたのだ。何気に今日一番の驚きだったかもしれない。

 

他にもこれはレベルが100であることが原因かもしれないが、細身だがしっかりと筋肉がついていのだ。ちなみに試しに木を殴ってみたら一瞬で粉砕できた。

 

 

「本当に夢みたいだ……本当に夢の可能性も捨てきれないけど、それならそれで醒めるまで楽しまなきゃな!」

 

 

まだまだ分からないことは多いがどうしようもないし、前向きに考えるしかない。今の現状は自分が願ったことなのだから。それに───

 

 

「この世界は美しい。いろんなところを見て回ってみたいな」

 

 

せっかくリアルではお目にかかれない絶景が広がっているのだ。夢だろうがなんだろうが見尽くさないともったいない。

 

悟はそう決めると時間も忘れ、《飛行》の効果が切れて地面に激突するまで星空を見続けた。

 

 


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