餌付け
フィーロに馬車を引かせて夜の行軍をし、朝方には領土であるラフタリアの村とその周辺に到着した。
「ごしゅじんさま着いたよー」
「ああ」
馬車で仮眠を取っている最中、どうも俺にいたずらしようとしたキールをラフタリアが事前に叱りつけた。
もちろん、ラフタリアやリーシア以外の奴隷は拘束を厳しめにしてあるので、そんな真似をしたら速攻で奴隷紋が作動したわけだが……。
それに、ビッチに嵌められた所為で寝ている時に何かされると目が覚めるし。
初日は村の建物の残骸を撤去する作業を奴隷たちと行った。
「この家は俺の大事な家なんだ!」
そう拒絶するのはキールというガキ。
「大事に思うのは良いが、屋根は落ち、壁は無残にも破壊されている。残念だが、補修できる家と出来ない家があるのを理解しろ」
何か金目になるものや使える物は無いかと調べたのだが、泥棒に入られたのか、物は無いし、あっても錆びていたりして使えそうな物はあまり無かった。
井戸がまだ使えるのが救いか。
畑も……整備すればどうにかなりそうだ。
「思い出にしたいという気持ちは分からなくもないが、復興する上で邪魔になりそうなのは廃棄しないといけない」
「でも――」
「キールくん! あんまり我が侭を言わないで」
ラフタリアが注意する。ま、止める必要性は無いな。
だけど……。
「ここはお前が住んでいた家なんだな」
「ああ!」
「じゃあ、そこに新しく建てた家はお前の物だ」
「え……」
キョトンとした表情でキールというガキは俺を見上げる。
「ただし、お前が管理する共同の家となる。他にも人を集めるからな、責任を持って管理するんだぞ」
「う、うん……」
言葉を濁すようにキールは頷く。
「そういう訳だ――今だ! フィーロ!」
「はーい!」
キールが隙を見せたその瞬間。廃屋にフィーロが突撃し、支柱を蹴り飛ばして破壊する。
「あぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!?」
呆然とするキールを置いて、俺は次の作業に出る。
昼前には女王に手配させた家の材料と城の兵士が到着した。
石材に木材……後は石膏か?
「盾の勇者様はここを復興なさるので?」
女王から話は聞いているだろうに、兵士が聞いてきた。
「ああ、せめて日が落ちるまでに屋根のある物にしたい。無理を承知で頼む」
「我々は兵士でもありますが、建設関係も若干心得があります。お任せください」
「頼んだ」
建設関係……徴兵か何かか?
っと、そこで昼になりかけているのを理解した。
「とりあえず建物は兵士に任せて、ラフタリアとフィーロ、そしてリーシア」
「はい」
「なーに?」
「なんでしょうか?」
三人が俺の呼びかけに答える。
「これから昼飯を作る、お前等は飯を食い終わったら奴隷共と一緒に魔物退治に出かけろ」
「分かりました」
「うん」
「頑張ります」
「班分けは任す。あんまり大人数で動いたら経験値の入りにも悪くなるだろうからな」
実測で試した事は無いけど、経験値の減少ってどれくらいなんだ?
というか分配方式なのか? それとも共有なのか今一理解していないんだよな。
「誰か詳しい奴は居ないか?」
「あの……」
リーシアが申し訳なさそうに手を挙げる。
「なんだ?」
「えっと……経験値はパーティーを組んだ人数全員に同じ数字が入ります。上限人数は6人。それ以上になると減っていきます」
ああ、だからお前はハブられた訳か。
とか言ったら『ふぇええ』が飛び出すから黙っていよう。うるさいしな。
大人数で遠征する場合は班分けすれば問題はなさそうだな。一つの班で六人ずつで組ませれば良い訳だし。
複数の班で一匹の魔物を倒した場合は分割とかその辺りだろう。
「話は聞いたな」
「はい。こちらで分割致します」
「任せた」
俺はラフタリアに権限を渡して隊を作らせた。
現在奴隷の数は八人だからリーシアが二人、ラフタリアとフィーロが三人ずつ受け持たせよう。
「じゃあ、飯を作るから作業を手伝っていろ」
「はい!」
三人は各々が出来る範囲で手伝いを始める。
「ラフタリアちゃんは手伝わないの?」
放心から立ち直ったキールが料理の下ごしらえをしている俺を睨みながらラフタリアに尋ねる。
意外に復活が早いな。子供だからか?
「ラフタリアちゃん。家事上手だったじゃないか」
「えーっと……」
困った表情でラフタリアは俺に視線を送る。
なんだ? 俺に何を期待しているんだ?
何やら友人に良い所でも見せたいのか、ラフタリアは恐る恐る口を開いた。
「手伝いましょうか?」
「焼き肉や適当なスープを作る程度でか? 火を起こしておいてくれるのならやっていて貰いたいが」
味が良いらしいから俺が食事を作っているんだよなぁ。
もう慣れた。最近じゃ、みんな俺に料理を任せるし。
「片付けは手伝って貰いたいが今は十分だな」
材料を適当にぶつ切りにする。肉がでかいから包丁で切るのも面倒だな。
かと言って、ラフタリアに料理させると味が悪いとかフィーロが言い出すから全部俺が作る羽目になるし……。
ぶつくさ言いたくなるのを我慢して料理を作る。
あ、盾の料理レシピで作るという方法もあるにはあるのだが、これには大きな落とし穴がある。
料理が楽になると霊亀と戦う前、カルミラ島で作ったのだが――。
「盾から食べ物が出てきたよ!」
大興奮でフィーロが俺の盾をうらやましそうに見つめていた。
「ああ、盾の技能で作ってみた」
「凄いですね」
と、昼飯に出したのはこの世界独特のスパゲティみたいな食べ物だ。
名前は食べたナポラータだったか。ぶっちゃけ俺達の世界のパスタに語呂が似ているのは、盾の変換による物だろうか。
ともあれ盾から出すと同時に出来たての温かい料理が出てきた時はこれで料理も楽になると思った。
しかし……。
「なんか……普通ですね」
「うん……普通」
そう、品質の影響なのか、普通としか表現できない微妙な味の食べ物でしかなかった。
不味くは無い。けど美味くも無い。まさしく普通。
「ごしゅじんさまの手作りがいいー」
「そうですね。冷めていてもナオフミ様の手料理の方が美味しいです」
「わ、わかったよ」
なんか二人揃って恨みがましい目で見られたのを覚えている。
そう言った経緯もあって、店の料理か俺の作った物しかこいつ等は喜ばない。
美食家気取りなのもどうかと思うが、一応食べはする。けどやる気の面で引っかかるというか。
よくよく考えてみると俺が飯を作るって立場逆転してね?
とりあえず料理班もいずれ作らねば、じゃないと領地で料理屋をさせられかねない。
「ほら、昼飯が出来たからさっさと食って出かけてこい」
俺はぞんざいに鉄板に肉を乗せて焼き肉を作り、適当に素材を煮たスープを配る。
「やっぱ、すげえうめえ!」
「うん! 美味しい!」
奴隷共がこぞって笑顔で飯を貪る。
ついでに家を作ってくれる兵士にも持て成す。
「これは……今まで食べた事が無いくらい美味い焼き肉だ!?」
「うそだろ? 材料があのカメの肉って……城でも同じのが出てきたけど、こんなに美味くなかったぞ」
盾の手作り補正は果てしないな。
下ごしらえに香辛料と塩を練りこんでいたのが効いたか?
奴隷共はそれなりに俺の作った飯を食った。
それでも、そこまで大量に食ってはいないな。
きっと、Lv上げから帰ってくると……それに備えて作っておかないとだめだな。
「さて、お前ら、それぞれに武器を渡す。それで戦ってこい!」
俺の宣言に奴隷共は怖気づく。ラフタリアと同じ女の子なんて刃物を持って血の気が引いていた。
城で貰った中古の武器をそれぞれに渡す。初心者用に大半が短剣だ。
「戦わない限り、胸が苦しくなるから覚悟しろ。後、お前等の故郷は、帰ってこないと思え」
「ぐ……」
キールが代表して俺に文句を言おうとしてくる。
だけどラフタリアに遮られて何も言えないみたいだ。
「俺は別にお前達じゃなくても良い。ここを領地にするだけだからな。だが、俺の言う事を素直に聞いているラフタリアへのご褒美としてお前等を勧誘したんだ。履き違えるなよ」
忌々しそうに奴隷達が俺を睨みつける。
憎まれ役はこの世界でも慣れている。別に俺は慈善事業をしようとしている訳でもない。どうせ元の世界に帰るのだから後顧の憂いなど気にする必要もない。ラフタリアが平和に過ごせる場所を用意できれば良いんだ。
「さて……フィーロ、倒した魔物は荷車に乗せて来い。使い道は沢山あるからな」
「はーい!」
目下、食料だけどな。
後は錬がやっていた様に盾に吸わせる用でもある。
こっちは色々な意味でまだまだ先だと思うけどな。
「ほら、行ってこい。じゃあな」
俺はフィーロの馬車を指差して命令する。
奴隷共はしぶしぶ、馬車に乗って、フィーロに引かれて狩りに出かけた。
「速度には気を付けろよー」
「はーい」
ごとごととフィーロが引く馬車は進んでいく。
「さて、じゃあ、家の建設を頼む」
「わ、わかりました」
兵士に建設を頼んで、俺は盾に調合を指示し、次の料理の準備を始めた。
魔物を孵化させるのはもう少し後だな。
霊亀の肉が底をつく前に、食材を調達する方法を模索しないとな……。
「で……」
ラフタリア達と一緒に狩りへ出かけた奴隷達はその日の夕方には帰ってきた。
全員、くたくたになっている。馬車に連結させている荷車には倒した魔物がそのまま積載されている。当面の食料にしないといけないし、調度いいだろ。
だが、それよりも酷いのは。
ぐううううう……。
ぐううう……。
きゅるるるるるる……。
ぐぎゅるるるるるる……。
爆音のように腹を空かせている事か。
食べるのにも不自由な環境で急激にLvをあげたらどうなるんだ? ちょっとした好奇心が湧くな。
大方、死にはしない飢えという奴なんだろう。ラフタリアを見るとそう思う。
急成長しようとする体が栄養を欲して空腹を訴えているのだ。
「よく帰ってきたな、ちゃんと戦えたか?」
「ええ、みんな頑張りましたよ」
ラフタリアが笑みを浮かべて答える。
その様子を奴隷共は微妙な顔で見ているな。
スパルタをしている訳ではないけど、釈然としないとかそんな感じだろうな。
「ふへぇ……疲れました」
「おう、リーシア。調子はどうだ?」
「前よりも動きやすいような気がします」
確かにステータスはリセット前よりも上がっている。戦闘も多少は楽になっただろう。
「リーシア姉ちゃん。なんできぐるみ着てんだ?」
「それはリーシアが着ぐるみマニアだからだ」
「ふぇえ!」
ぶんぶんと否定するリーシアだが、間違ってなんかいないだろ。
「やっぱりそうなんだ……」
キールに至っては納得する始末。
俺を嫌っているなら信じるなよ。
「ま、ちゃんと頑張っているなら良いだろう。飯だ」
俺は前もって準備していた霊亀の肉を使ったシチューやステーキをテーブルに出す。
こうなる事は予想済みだったからな。量だけは無駄にある。
沢山作ったが、きっとすぐになくなるだろう。
「「「わぁあああ!」」」
奴隷共は興奮しながら群がり食べ始めた。
よしよし……。
「ごしゅじんさまーフィーロのは?」
「あるぞ」
フィーロの分を出す。
食べ盛りである奴隷達の1.5倍位だ。
「これだけー? もっと食べたい」
「欲しいのなら、自分で狩って食え」
「ぶー……」
ふてくされるフィーロ。
残念だが、かなりの量を作っているんだ。俺一人じゃ賄いきれないんだよ。
「「「ごちそうさまでした!!」」」
何? フィーロと雑談している間に完食しただと!?
とりあえずは満足してくれたか。
「さてガキ共、明日に備えてさっさと寝ろ」
「……はーい」
城から派遣された兵士が半日かけて補修した家の一軒に奴隷たちを押し込んで、残った方の家で俺達は休む事になった。
まだ窓とかは割れていて、雨は防げても風は吹きぬけの家だ。
明日の下ごしらえとかどうするかな。
「私はみんなの所で眠りますね」
「ああ、少しでも慣れるように頼んだぞ」
「はい!」
ラフタリアは昔の友人たちと一緒に寝る為に出ていく。
フィーロは既に半分眠っていた。コクリコクリとしている。
リーシアは何処から持ってきたのか本を読んでいる。勉強熱心な奴だ。
俺は次の計画の準備のために調合を始めた。その合間に奴隷全員のLvを確認する。
一応、平均で15Lvにまで上昇しているようだ。ステータスも軒並み上昇していた。
ラフタリアの成長パターンからして、戦闘の適性が無い奴でも30まではあげておきたい。