バルーンシールド
「ナオフミ様ー」
盾の実験を終えて休んでいるとラフタリアが駆け寄って来た。
随分時間を掛けたみたいだが、村の同胞は集まったか?
「奴隷商さんと一緒に城下町にある店を全部回って、知り合いを集めましたよ」
「そうか……じゃあ行くか。ついでに金は余っていそうか?」
「はい。残りのお金をどうするのかを聞いて来てほしいと言われました」
「それも含めて奴の所に行くか」
「ええ、では行きましょう。フィーロとリーシアさんは?」
「狩りに行かせた。まだ時間が掛るんだろ」
フィーロが何処まで行ったかは知らないがな。
さすがのフィーロも自分が危なくなる場所までは行かないだろう。
野生の勘だけは無駄にあるし。
「と、その前に女王に一言告げていかないとな」
今夜にも出発を視野に入れた方が良い。
時間は有限。どこまで出来るか知らないが、やるしかない。
「おや? 準備は終わったのですか?」
女王が散歩でもしていたかのように近づいてくる。
盾に霊亀の素材を吸わせていたら、いつのまにかいなくなったからな。
……立場上、暇では無いのだからしょうがないが。
「一応な。残り物は後で領地に届けてくれ、肉類は当面の食事に当てる」
奴隷共のLvをあげたらしばらくは食費が凄い勢いで飛んで行くからな。
食料の当てが無い訳ではないが、色々とやるつもりだからな、まずは領地の整備からだ。
「では兵士の一部を作業の支援に派遣いたします。ご自由にお使いください」
「ああ、感謝するよ。準備のために出かけてくる」
「私共が叶えられる事は何でも言い付けください。出来る限り対応いたしますので」
「分かっている。とりあえずは建設資材と泥棒対策の警備だな。今夜には出発するから準備しておいてくれ」
奴隷を大量に馬車に乗っけて出発する勇者とか風聞が悪いだろうし、夜に出た方が良い。
フィーロって鳥目かと思ったけど、夜でも目は良いし、夜の移動でも問題はあるまい。
「了解しました」
女王の返事を聞いた俺は頷き、城から出て奴隷商のテントへと行くのだった。
「盾の勇者様、ご要望の奴隷を集めました」
「ああ、ラフタリアから聞いている」
奴隷商のテントへ入ると、亜人の子供奴隷が全部で8人ほど、檻に入れられて待っていた。
全員、何が起こるのかとキョロキョロとしている。
ラフタリアを見て手を振る者もいるな。
「大人の奴隷もいるかと思ったが……」
「波で大人の大半は死んでしまって……生き残っている人達はどうなっているか……」
仮に生き残っていても、奴隷になっている者が今ここにいないか、もしくは元気に移住をしてしまったか、か……。
壊滅的打撃を受けたらしいからな。独り身になった奴とかはシルトヴェルトとかに移住する場合も考えられる。
そうなると探すのは不可能に近くなるな。
まあそこまで面倒を見るつもりは無いが。
「さて、お前等、話はラフタリアから聞いているだろうが、先に宣言しておく」
ここはビシッと指示を出した方が良いだろうな。
ラフタリアも最初は臆病、フィーロは我が侭だった。
一気に数が増えるんだ。これまでの経験を生かさせてもらう。
「これからお前達は俺の奴隷となる。そして自らを磨きながら自身の村を再興する事になる訳だが――」
あまり甘い条件を提示しておくと舐められるからな。
「怠け者は嫌いだ。真面目に働かねば遠慮なくお前等を売るから覚悟しておけ!」
俺の宣言に合わせてなんか奴隷商が部下に命令して銅鑼のような楽器を鳴らす。
……誰がそんな事をしろと言った。
見ろよ、怯えているじゃないか。
いや……原因は俺だろうけどさ。
「ヒィイイ!」
「ラ、ラフタリアちゃん! 本当に、この人勇者なの!?」
「ママー!」
耳が痛いな。
だが、俺がやろうとしているのは慈善事業では無く、波に備えた大がかりな計画なのだ。
「さて、では契約を始めるとするか」
俺が手を挙げると奴隷商が笑みを絶やさず、奴隷契約のインクを俺に差し出した。
インクに俺は血を混ぜる。
それからは亜人の子供奴隷に奴隷登録をする作業が始まる。
「残った金銭はどうするのですか? ハイ」
「行商をしたいので乗り物になる魔物が欲しい」
……また奴隷商の目が輝いてる。だからその目付きをやめてほしい。
「ではフィロリアルを寄付させて頂きますね!」
「いや、そうじゃなくてだな。フィロリアルは一匹だけで他の種類の魔物も欲しい」
「フィロリアルは苦手で?」
「あいつ等でも使えそうな手頃な魔物が良いんだ。他に土壌整備とかに活躍しそうなのとか」
町を見ると馬やフィロリアルだけじゃなく、牛とか芋虫みたいなのに荷車を引かせている光景をよく見る。
それに、フィロリアルまで育てたとして……フィーロがいっぱいになるんだろ?
「「「ごしゅじんさまーおなかすいたー!」」」
想像するだけで寒気がする。勘弁してほしい。仮に育てるにしても一匹ずつだ。
特にフィロリアルに関しては管理を厳重にしなくちゃいけない。
戦力的な事を考えたら良いのだろうが、まだ下地作りの段階だ。あの食欲の化け物を群れ単位で育てるのは難しいだろう。
霊亀の肉があると言ってもずっと城下町で餌をやり続けられる訳でもないし。
出来ることからやっていかないと、管理が出来ずに借金塗れになるという未来が想像に容易い。
「なるほど……では見繕っておきましょう」
「任せる」
「卵からがよろしいでしょうか? それとも成体を購入いたしますか? 一応、卵の方がお安いですよ」
「今のところは卵で良いだろ」
「了解です。ハイ」
奴隷商は魔物の方を扱っているテントへと歩いて行った。
それから俺は八人分の奴隷項目を設定する。
ふむ……よくよく見ると仕事の禁則事項とかも設定できるようだ。
後で従事させる仕事を考えよう。
ラフタリアの知り合いの登録は終わったらしい。テントから外を見ると、日が沈みかけている。
後はフィーロとリーシアが帰ってくるのを待って、出発だな。
しばらくしてフィーロが帰ってきた。
……背中にリーシアが乗っていない。
落馬ならぬ落鳥したか?
俺の目の前まで来てフィーロは急ブレーキをして止まる。
「ただいまー!」
「リーシアはどうした?」
「ん?」
「は、はなして……うぷ……」
リーシアが背中から落ちないように羽毛に埋めて拘束しているようだ。
これじゃあ降りることもままならないな。
フィーロの羽毛が逆立ってリーシアを落とすように出す。
「うぷ……」
リーシアが貴族には有るまじき痴態を……。
――しばらくおまちください。
「さて、どれくらいの成果が出たかな?」
昼前から日が落ち切るまでの時間だから……っと。
おお、リーシアのLvが20まで上がっている。中々の成果だな。
ステータスは……ちゃんと成長補正が反映されている。リセット前よりは大きく変化しているな。
「お星様が見えます。イツキ様……待ってください」
「それは幻だ。フィーロ、リーシアを現実に連れ戻せ」
「うん」
フィーロが軽くリーシアの頬を叩いた。
結構仰け反ったように見えたけど大丈夫か……?
「ハッ! ここは!?」
「おお、大丈夫だったか」
「死ぬかと思いました!」
「だろうな。しかしその甲斐あってLv20だ。ステータスも伸びただろ?」
「へ?」
リーシアが自分のステータスを確認している。
「わ、凄いです!」
自身の成長を驚いているな。
さて。
「リーシア、俺はお前に役目をこれから与える」
「な、なんですか?」
「これからお前はラフタリアやフィーロと一緒に俺が購入した奴隷や魔物の育成を手伝ってもらいたい」
「は、はあ……」
「一応、ラフタリアやフィーロは俺の専属みたいな状況だからな、お前が筆頭になって共に育て」
Lvだけをあげても意味がない。
リーシアの様な器用貧乏タイプは状況分析さえ覚えればリーダー資質が高い。
一応、護衛としてラフタリアやフィーロが付いていくだろうが、Lvだけ高いような戦力外を作るつもりはないんだ。
単純に戦闘を経験するのが意味を持つ。
だから徐々にラフタリアやフィーロを戦線から離脱させる。
この環境はリーシアにLvでは測れない強さを経験させるにはもってこいだ。
「見返すんだろ? 頑張れよ」
「で、ですがイツキ様は何処へ……」
「アイツが簡単に死ぬような奴なのか? 再会した時にやっぱり戦力にならないと言われたいのか?」
もはや死んでいても良いとは思うけど。リーシアの戦意を高揚させるにはこう告げておいた方が良いだろ。
「違います! 頑張ります!」
リーシアは奮起して立ち上がる。
よしよし、以前より精神的に良くなってきたな。
後は努力が実を結べば良いんだが……。
「期待しているぞ」
「はい!」
「ごしゅじんさまーフィーロは次に何するの?」
「馬車を持ってこい。いっぱい乗せるから予備の荷車も準備して来い。倉庫前に大量にある」
「はーい! あ、これお土産」
と言ってフィーロはバルーンや他にも色々な魔物の屍骸を持ってくる。
どれも持っている物ばかりだな。全部直接盾に吸わせた。
バルーンシールドの条件が解放されました!
レッドバルーンシールドの条件が解放されました!
オレンジバルーンシールドの条件が解放されました!
イエローバルーンシールドの条件が解放されました!
は?
さっきのバルーンって、色付きじゃないのかよ。しかも色付きまで一緒に解放される始末。
一応、何か技能はあったのかもしれないけど、見る限りだとステータス系だ。
でもバルーンシールドだけ変な技能発見。
バルーンシールド 0/5 C
能力未解放……装備ボーナス、モンスターブック
初期の盾だけに能力は雀の涙しかないな。スモールシールドよりも低い。
ただ、モンスターブックってなんだ?
試しに変えてみる。
ピコンとステータスアイコンに項目が出現した。
……今まで盾に吸わせた魔物の一覧だ。
何処で遭遇したかが履歴のように出ている。しかもまた遭遇したい場合は、その場所へ矢印が出るっぽい。
便利だな。
何を落とすのかも一度確認すると解る仕組みだ。
この世界の魔物の全体数とかは解らないっぽいな。
さて、元気よくフィーロは城に停めておいた馬車を取りに行った。
ぶっちゃけフィーロじゃなければ何日時間をロスったか。
「盾の勇者様のご要望通り、卵を見繕っておきましたです。ハイ」
奴隷商が何個か卵を持ってくる。
「ああ、礼を言うぞ」
「次は何時、ご来場してくださりますか?」
「そうだな……どうせ金が溜まったら奴隷の買い付けに来るから近々な」
「ではその時を楽しみにしております。一応、依頼の奴隷が見つかった場合、伝達は致しますか?」
「頼む」
「承りました」
「さて、じゃあ行くとするか」
キキーっとフィーロが馬車を引いてきた音がテントの外から聞こえる。
「……その前に」
揉み手をする奴隷商に振り返って告げる。
「飯を作ってやる」
俺はテントでフィーロが持ってきた霊亀の肉を使って料理を披露した。
基本の焼き肉、そのほかにスープ、鍋。
カメが素材だからな、少し変わった味だけど問題は無いだろ。
「お! おいしい!?」
「何コレ? お母さんのよりも美味しいわ!?」
「うん! なんだろ?」
「ナオフミ様は料理がとてもお上手なんですよ」
「うん! フィーロ、ごしゅじんさまの料理大好き!」
奴隷たちが和気あいあいになって料理を貪る。
「こりゃあ絶品ですな。勇者様の手料理に私、頬が落ちそうです。ハイ」
どさくさにまぎれて奴隷商やその配下も食っているが……気にしたら負けだな。場所を提供してもらっているし。
「ちゃんと言い付けを守ったらまた食わせてやる。存分に働けよ」
俺の言葉に奴隷共が迷うように料理を食いながら頷いた。
前祝いのような物だ。これから忙しくなるのだからな。栄養をつけておかなきゃ持たないだろ。
そんな感じで食事を終えた後、奴隷共を馬車に乗せて俺たちは夜の城下町を抜けて領土へと出発したのだった。