法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『海難1890』

19世紀末、トルコはヨーロッパの脅威にさらされていた。
そこで使節が遠い海をこえて明治時代の日本へ協力を求めにいったが、すげなく断られてしまう。
帰路についた使節は台風にぶつかってしまい、さらなる苦難の道をたどるかと思われたが……


日本とトルコが合作した、2015年公開の歴史映画。エルトゥールル号遭難事件と、イラン・イラク戦争下の在留日本人の逸話にもとづく。

海難1890

海難1890

まず、映像作品としては間違いなく一級品。東映でここまで安っぽさを感じさせない史劇は珍しい。
美術セットをていねいに作りこんでいるだけでなく、メイキングを見なければ気づかないような自然なVFXは邦画全体でも滅多に見ない*1

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東映特撮研究所らしくミニチュアや3DCGといったさまざまな技術を同時に活用。さまざまな素材を幾重にも合成して、重厚なビジュアルを作りだしている。
CG海面そのもののクオリティはよくできたゲームくらいだが、水飛沫などの素材をていねいに重ねているので、リアリティはたもたれている。帆船内のセットもきちんとしているし、動力源から爆発する帆船でミニチュアならではの描写を楽しめたりも。
村ひとつが外国船の救助にまわる描写も、ちゃんと水辺に広い村のオープンセットを作って、エキストラを水に入れて汗をかかせて、普通の時代劇で見ないようなシチュエーションを楽しませてくれた。
イラン・イラク戦争の描写は海外ロケに依存し、戦闘シーンも皆無に近いが、最低限のVFXの補助のおかげで、気になるような粗はなかった。逃げるモブシーンで笑っている子供が映りこんでいたが、まだ戦場は遠い疎開シーンなので、現実にもありうると解釈できる範囲。


しかして物語は、予想よりも安易な美談にしあげてしまっていて、ドラマの厚みが感じられない。
さすがに明治の日本がトルコの願いを断ったことは描写しているものの、トルコ人の救助における温度差などはまったく描かれない。トルコ人の生活を支えるかわりに遺品を売り払っている疑惑が描かれたのは良かったが、すぐに遺族のため汚れを掃除していたという真相が明かされる。疑念と信頼の葛藤を描くなら、真相を明かすのは別離の場面くらいまで引きのばしても良かったのではないか。
貧しい村で医療にたずさわる主人公的な医者と対比するように、女遊びを楽しむ利益優先主義のような医者もいるのだが、遭難シーンからは登場しなくなってしまう。そうした医者が高額な治療費を要求したり、それゆえ逆に主人公より潤沢に治療薬をそろえることができたり、といった物事の裏表は描かれない。
それでも遭難パートまではまだ良かった。船員たちが一致団結して帆船を嵐から守ろうとする物語は、こういう海難映画では良い意味で珍しい。巨大な障害に対して、人間同士が対立するようなドラマに力をこめすぎると、何を解決するカタルシスを見せたいのか散漫になってしまうことがある。


何よりの問題はイラン・イラク戦争パートで、遭難パートで多少あった人々の温度差がまったくない。
約2時間の映画で約30分ほどしかなく、温度差を描く余裕がなかったのも一因だろうが、それにしてもトルコ人に対する恩着せがましさが鼻についてしかたがなかった。トルコで昔から無償の善行が連綿とおこなわれたと大統領が語る場面はあるが、それでも単純な恩返しに矮小化した物語としか感じられない。
特に、イラン脱出のため空港につめかけたトルコ人たちが、席がすべて日本人にまわされたと聞いて抗議する場面がひどい。ゆずってもいいという人物がひとりもいないのは、むしろ不自然だ。まさか無償の善意をここで見せれば日本人の観客に少しでも負い目を感じさせてしまうと判断したのだろうか。
そうして全員が抗議していたのに、一世紀前の遭難救助の逸話を聞いただけで全員が納得して道を開けるのは、それはそれで人間心理として不自然だったし、トルコ人に個々の人格が感じられない。
トルコ以外の航空機で脱出した日本人が少数いたことも描写されなかった。それをかつて恩を着せたトルコだけが日本を助けたかのような物語にしては、日本こそが恩知らずと感じざるをえない。
<イラン・イラク戦争>テヘラン残留邦人脱出の真相を考える: 旅するデジカメ~札幌発東京定住日記

250人のうち、大部分に当たる215人がトルコ航空機で出国したが、エールフランス、ルフトハンザ、オーストリア航空などで出国した日本人もおり、トルコ航空だけが救いの手を差し伸べたわけではない。

どうしても単純な美談にしたいなら、せめてイラン・イラク戦争の逸話は結末のテロップだけで処理して、余計なツッコミどころを消してほしかった。

*1:比べると、邦画最高峰のVFXスタッフをそろえている山崎貴監督による『海賊とよばれた男』は、粗が目立つ場面が多かったことがわかる。『海賊とよばれた男』 - 法華狼の日記