霊亀の心臓
「だ、大丈夫でしたか!?」
リーシアと連合軍の連中は俺達が帰ってくると出迎えてくれた。
「心臓部を見つけた」
「おお!」
連合軍が歓喜の声を上げる。
問題はあそこにコイツ等を連れて行く事なんだけどな。
さっきの様に心臓部へ行くのは難しいだろう。
「そっちの被害はどうだ?」
「勇者様が戻って来るまでに9回ほど魔物の襲撃がありました。多少、被害者が出ています」
「ふむ。とにかく、勝利は目の前だ」
「あの……イツキ様達は見つかりましたか?」
「いや、いなかったな」
そういえば、他の勇者共が見つからないな。
偶然遭遇しなかったのか?
さすがにそれは考え辛い。あんな隠し床があるんだ。知っているなら破壊して中に入り込んでいるだろう。
他にありうるのは山の方で戦っているという所か。
いや……あの町の惨状を目撃しないはずがない。あれを見たら普通は霊亀の討伐を最優先するはず。
これまでの奴等だとしたら、そこまで外道じゃないというのが俺の分析だ。
後は、まさかアイツ等、全滅したとかじゃないよな?
これだけの化け物だ。絶対に無いとは言い切れない。
最悪の可能性も視野に入れなくてはいけないか。
「そうですか……」
「気を落とすな。死体が見つかってないだけマシだろ」
「ふぇえ――はい」
言いつけを守ろうとする姿勢は評価する。いても立ってもいられないだろうし。
「他の勇者を探すのは霊亀を封じた後で良いだろう。連合軍の諸君は俺達に付いて来い。この先、魔物の攻撃は一層激しくなる。覚悟しておいて欲しい。勇者だって万能ではない、出来る限りを尽くすが自分の身は自分で守ってくれ!」
「「「はっ!!」」」
俺の指示に連合軍の連中は声を合わせて頷く。
後は……この思いのほか戦力として期待できない部隊を心臓まで連れて行く事に意識を集中しよう。
アレだよな。前回の波の時に志願兵が頼りになっていたのは俺が弱かったからなんだよ。うん。
これからの波でもこの程度の強さの連中を使って戦うと考えると……厳しいな。
どれだけの犠牲が出るか……。
俺達は連合軍を引き連れて、洞窟の奥へと進んでいった。
道中で、連合軍の連中には霊亀の心臓も攻撃能力を持ち、様々な攻撃をしてきた事を説明した。
その度に流星盾やエアストシールド、セカンドシールドで守って隙を作り、撃破を促す。
「さすが盾の勇者様、独自の分析によって私達の犠牲が出ないよう尽力を為さって下さる」
「まあ……な」
守る事は相手の攻撃を攻撃する時よりも多く見なければ出来ない。
それを伝えているだけだ。
「ただ、撤退寸前に霊亀の心臓が放った白い塊を放つ攻撃の正体が掴めなかった。気をつけてくれ」
「「「了解!」」」
道中で現れる使い魔はラフタリアやフィーロ、そしてリーシアと連合軍の攻撃で辛うじて殲滅できた。
肉壁と化している洞窟の壁に連合軍の連中も息を呑む。
そして鼓動の音が聞こえ出すと、全員が慎重に行軍を進めた。
赤い筋と青い筋の開閉は連合軍の分断にもなりかねない物であったが、ラフタリアとフィーロが前と後ろで襲ってくる使い魔の対処をしたお陰でどうにかできた。
問題は突然現れる寄生虫か。あれは肉壁を破って出現するから対応が遅れた。
犠牲者も出ている。
連合軍の連中も精神的な疲労の色が濃くなってきた。
免疫系の使い魔は捕まると悲惨だ……取り込まれ、人間が目の前で溶けるのを目撃した。
精神の弱い者はその場で吐くほどだ。
「立ち止まるな! ここで止まった者は餌食にされるぞ! 散った奴等もそれを望まない」
俺が守り、ラフタリアやフィーロが先頭に立って殲滅していく。
そして最後の関門である仕掛けには事前に影を待機させていた。
「おーい」
俺が声を掛けると扉が開く。
「大丈夫だったか?」
「無事でなかったらここは開かないでごじゃるよ」
「そうだな」
隠れるのは上手いし、問題は無かったようだ。
やはり影は頼りになるな。
我が侭だとは思うが、影と同じ位の味方が欲しくなる。
「よし、この先は霊亀の心臓だ。連合軍の諸君、封印は頼んだぞ」
「はい。ですが霊亀の心臓を弱めなければ始まりません」
……そうだよな。
まあ攻撃力はラフタリアとフィーロ、そして影がいるから問題は無いだろう。
それにリーシアや連合軍でも大人数で攻撃すれば効果はあるはずだ。
「他にも儀式に入ったら発動までしばらくの時間が掛かります」
「それまでは時間稼ぎか」
またこれか。
しょうがないな……。
「事前に唱える準備ができないのか?」
「はい……射程範囲がありまして、儀式に入ると動けません」
やるしかないか。
こういう時こそ、盾の防御力が役に立つのも事実だ。
「じゃあ連合軍の儀式を集中する奴は俺が守る。他の奴等は出てくる使い魔を殲滅、ラフタリアとフィーロは心臓を弱らせろ」
「分かりました!」
「はーい!」
「了解!」
リーシアがきぐるみから顔を覗かせて尋ねてくる。
「わたしは何をすれば良いですか?」
「お前はー……」
やらせる仕事が微妙なラインなんだよな。
連合軍の連中よりは頼りになるが、ラフタリア達に比べて不安だ。
動きは早くなっていて、本人も体が軽いと喜んでいるが……前に出させると何をするか分からない怖さがある。
「リーシアは後方で援護を頼む。前には出るな、お前の仕事は何か不測の事態が起こった時に俺に報告することだ」
「は、はい……」
今はこれくらいしかする事は無い。
途中、青い砂時計で、全員息を呑んだ。やはりなんとなく威圧感がある。
あれ? 砂が僅かばかり増えているような?
いや、気のせいだな。若干揺れているから砂が崩れて大きく見えているのだろう。
さあ、決戦に挑もう。
「これが……霊亀の心臓……」
連合軍の誰かがポツリと漏らす。
確かに禍々しい。
霊亀の心臓は俺達を見つけるなり、雄たけびのような音を立てる。
目が大きく見開いて、鼓動を強める。
さっきの事を覚えているんだな。
ああ、今回は撤退せず、お前を倒させてもらう。
「行くぞ!」
「「「おおーーーーー!」」」
掛け声と共に連合軍の魔法部隊が儀式の準備を始め、魔法を唱え始める。
続いてラフタリアとフィーロが前に出て霊亀の心臓へ攻撃を開始した。
そして他の連合軍は各々の武器で現れる使い魔たちを切り伏せていく。
俺は魔法部隊に向って来る使い魔の行動をヘイトリアクションやエアストシールドとセカンドシールドで妨害し、チェンジシールドも使って状態異常を付与する。他にもシールドバッシュも入れたな。
SPが結構減るけど、ソウルイーターシールドのソウルイートでどうにか誤魔化している。SP回復(小)も僅かばかりだけど便利だ。
「ナオフミ様! さすがに多いです!」
「うん! キリが無いよ」
先ほどの戦いは偵察だったからな、戦闘時間は短かった。それだけ、増援の数が測りきれていなかったのだけど……。
壁から、地面から、上からと次々と霊亀の使い魔が心臓のある部屋に押し寄せてくる。
心臓も黙っているはずも無く、使い魔ごと熱線で射抜いてきやがるし、守っている方は大変だ。
霊亀の心臓が封印の魔法を唱える魔法部隊に向けて睨みつける。
なんだ? まだ何かを放つつもりか?
霊亀の心臓の瞳から魔法陣が展開される。
あの超重力の魔法か!?
魔法陣が高速で周りだす。
違う!
俺は魔法部隊の前に立って盾を構える。
その直後、自分の勘が正しいのを悟った。
心臓の瞳から高出力の熱線が放たれた。
「うわ!」
延長線上に立っていた者が数名、巻き込まれて跡形も無く消し飛ぶ、そしてその熱線は俺が認識していた盾にぶち当たって、俺を数歩、後ろに下がらせた。
「く……」
通常の熱線のように一瞬で終わるものではなく、長い。極太のビームみたいな物だ。ゲームとかの必殺技にありそうだな。
火力は電撃よりも低いが、当たり所が悪かったら痛いじゃ済まなかっただろう。
「でりゃあ!」
盾の角度を変えて、熱線を逸らす。
霊亀の心臓の部屋の天井を熱線は焼き焦がした。
天井から鮮血が滴る。
ま、それもしばらくしたら再生して何事も無かったかのようになるのだろうがな。
「ナオフミ様!」
「だいじょうぶ?」
「ああ、問題ない」
やはり外の方が強力だ。心臓は耐えられない程では無い。
封印の儀式さえ完了すれば勝てる。
「それよりも封印の魔法はまだか?」
「もう少々お待ちを!」
「よし、ラフタリアとフィーロは大技で奴を弱らせろ」
「はい!」
「はーい!」
俺の指示に従い、ラフタリアとフィーロは各々の必殺技を放つ。
「陰陽剣!」
「ぷちくいっくー!」
霊亀の心臓が天井への攻撃と自身へのダメージで悶えるように震えだす。
まだか?
弱めると言っても、生命力の源のような化け物をどうやって弱めるんだ?
一応、源への攻撃に集中しているが……どうも嫌な予感がする。
「これで――」
「どうだ!」
ラフタリアとフィーロが力を込めて霊亀の心臓に繋がっている管を数本、切断する。
「―――――!?」
霊亀の心臓の動きが目に見えて悪くなった。
これで封印魔法の詠唱完了まで時間を稼げるはずだ。
「完成しました!」
「よし! 行け!」
「はい!」
『『『力の根源たる我等が命ずる。真理を今一度読み解き、厄災の四霊、霊亀を停める楔を今ここに!』』』
っ!?
霊亀の心臓が怪しい動きをし始める。
白い塊が霊亀の心臓を循環し、四方に飛び散る!
「高等集団――!?」
四散した白い塊はその場にいた連合軍を初め、俺達に向って飛んでくる。
流星盾、シールドプリズン、エアストシールド、セカンドシールドを展開させ、出来る限り魔法部隊を守る。
「うわ!」
「キャ――」
「ぐ……」
しかし、全てを防ぎ切る事は出来ず、攻撃の一部が後方に流れてしまった。
盾を前に構え、振り返る。
くっ……予想以上に被害が多い。
「だ、大丈夫か!?」
「すみません、失敗しました……!」
魔法部隊の指揮を担っていた者が告げた。