音そのものに意味はあるのか──ポケモンから考える「音とことばのふしぎな世界」

日本語ラップや駄洒落など、さまざまな角度から声学の分野でのアプローチを行ってきた慶應義塾大学准教授の川原繁人。2016年10月に開催した「WIRED CONFERENCE」にも登壇してくれた川原は、現在「ポケモン」の名前を研究の対象としているという。700種を超える名前から、音の「意味」を読み解く試みに関する寄稿。

ポケモンフィギア多数

1996年の初代『ポケモン』発表の当初、151種だったポケモンの数は、いまや700種を超える。それらの名前は、のデータベースとして機能する。PHOTO: GETTY IMAGES

「単語にはもちろん意味がある。それでは、音そのものには意味があるのか?」

この問いは古代ギリシャの時代、プラトンの対話篇でも議論されているほど歴史があり、かつ言語の本質に関わる問題である。音に意味があるとすれば、それは名付けにも影響するかもしれない。ある対象物に名付けを行う場合、その対象物の属性をうまく表すような音が使われてもおかしくない。

しかし、聖書的言語感のなかでは、このような仮説は受け入れられてすらいない。旧約聖書の創世記のなかで、物の名前はアダムがつけた。そこに「音が本来もつ意味」は入り込んでいないように思われる。

近代言語学では、この聖書的言語感がさらに徹底された。近代言語学の父ともいわれるF・ソシュールは「音と意味の結びつきの恣意性」を自然言語の第一原理にすえた。N・チョムスキーが提唱し現代の言語学の主流となった生成文法でも、この「音と意味の恣意性」は当然のこととなり、もはや議論すらされない。

しかし、本当に音に意味はないのであろうか? 言語学者の多くが「音の意味」に否定的な態度をとる一方で、「音の意味」を真剣に追求する研究者もいる。

ソシュールの少しあとにアメリカで活躍したエドワード・サピアは、[mil(ミル)]と発音される単語と[mal(マル)]と発音される単語があるとした場合、「前者の方が小さく、後者の方が大きい」という感覚を多くの英語話者がもつことを示した。この感覚はさまざまな言語の母語話者に共通することが、のちの実験で示されている。読者の方も、[mil]と[mal]はどちらが大きいか声に出して感じてほしい。自分のなかで明確な答えを出すことができるのではないだろうか。

濁音は「大きく重い」

わたし自身、言語学という分野に身を置きながら、ずっと「音の意味」について考えないこの学問の態度に違和感をもってきた。親が子供に名付けをするとき本当に「音の意味」を考えていないのであろうか? 「響きがいい名前」や「かわいい名前」、「たくましい名前」とは何なのであろうか? これらは言語の本質を知らない無知なる人による俗説なのか。いや、わたしはそうは思わない。

さてここで、具体的な話に移ろう。日本語の濁音を考えてみたいのだ。「ゴジラ」という怪獣がいるが、奴がもし「コシラ」だったらどう感じるだろうか? 「ガンダム」が「カンタム」だったら? あの巨大な体格に似つかわしくない名前になってしまったように感じないだろうか。ちなみに、「カンタムロボ」は、『クレヨンしんちゃん』のなかに実在する。「カンタム」は野原しんのすけにぴったりな、可愛いロボットである。つまりこの例においては、「濁音=大きい、重い」と考えることは間違いではない。

そんなことを考えていた昨年、学生とポケモンの名前の話になった。当時発売されていたポケモンは、第6世代目のシリーズまで数えあげると700体以上存在した。しかも、各ポケモンにたいして、体長と体重が決められている。もしポケモンのデザイナーの頭のなかに「濁音=大きい、重い」というつながりがあるのなら、「濁音のついた名前をもつポケモン=大きい、重い」という予測が成り立つ。

また、ある学生は、わたしにこう言った。「ポケモンは進化するんですが、進化後に濁音がつくことが多いんです。『ニョロモ』は『ニョロボン』になるんですよ。それに『ゴースト』は『ゲンガー』に進化して、濁音が増えます」。なるほど調べてみる価値はありそうである。

ポケモンの「名前」の分布

図1:ポケモンの名前に含まれる濁音の数と進化レヴェルの相関を示した。

というわけで、700体以上のポケモンの名前について、濁音の数、体長、体重、進化レベルの相関を調べてみた。まず図1に、各進化レベルについて、名前に含まれる濁音の平均数を示す(進化レベルが−1となっているのは、ポケモンの進化前として登場するベビーポケモンである)。進化しているポケモンほど濁音が多い。

図2:ポケモンの名前に含まれる濁音の数と、重量(左図)体長(右図)の相関を示した。

また、図2は横軸に濁音の数を、縦軸に重さの分布、体長の分布を示す(縦軸の数値は対数変換をしている)。ぱっと見ではわかりにくいかもしれないが、右上がりの相関をしめす回帰直線に注目してほしい。これは、対数変換していること踏まえると、重さでいえば、濁音1つにつき1.6kg増えることを示している。体長でいえば、濁音が1つ増えるごとに、1.2m増えている計算だ。

つまり「濁音の入った名前をもつポケモンほど」、「重く」て「大きく」て「進化している」ことが統計的に示されたわけだ。やはり、「音には意味がある」。ポケモンの名付けのパターンは、それを証明してくれた。

ちなみに、この「濁音=大きい」というつながりは音響学的にも納得がいく。「濁音を持つ音」というのは「低い周波数帯に強いエネルギー」をもつ。自然界において、低い周波数帯で振動するものは大きいものである。楽器だって大きいものは低い音を出す。それと同じ原理で、「濁音=低い周波数=大きい」という連想が働いているのかもしれない。つまり、「濁音=大きい」という連想は日本人が勝手に決めたものではない。音の物理的特性から導かれる感性といっていい。

いまや大きな世界に羽ばたいたポケモンが、古代ギリシャから続く言語の本質的な問題に光をあててくれた。

川原繁人|SHIGETO KAWAHARA
1980年生まれ、慶應義塾大学言語文化研究所准教授。マサチューセッツ大学言語学科大学院で博士課程を取得後、ジョージア大学助教授、ラトガーズ大学助教授を経て現職。音声学、音韻論、及び発音・聴覚のメカニズムについて研究を行う。言語を構成する音韻のパターンに対して、日本語ラップや駄洒落など幅広いアプローチで知られる。ALSなどの難病で発話が困難になった患者の声をコンピューターで再現する「マイボイスプロジェクト」の活動を支援。2015年に発売となった『音とことばのふしぎな世界』〈岩波書店〉では、言葉と音の関係を身の回りの事象から紹介し、ことばという存在の秘密に迫った。

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ブロックチェーンは「21世紀の株取引」をどう変えるか?

米オンライン小売業者Overstock.comが、世界で初めてブロックチェーンを用いて株取引を行った。あらゆる「価値の交換」を保証するテクノロジーは、取引を、金融市場を、どのように刷新していくのだろうか。Overstock.comのヴィジョンとウォール街の行方。

TEXT BY CADE METZ
TRANSLATION BY MIHO YAMAGISHI

WIRED(US)

ウォール街

ウォール街の風景。PHOTO: UPI/AFLO

オンライン小売業者、Overstock.com(以下、オーヴァーストック)は、ビットコインブロックチェーンの技術を使ってインターネット上で株を発行した初めての企業であり、12万6,000もの企業に公的に株を分配した。

2年間を費やし、オーヴァーストックはソルトレイクシティを拠点とするという子会社を通じて、金融取引を保証する新しいテクノロジーをつくっていた。オンラインリテーラーであり発想力豊かなオーヴァーストックのCEO、パトリック・バーンは、ブロックチェーンをNASDAQのような株取引の現場だけでなく、「すべてのマーケットを著しく効率化するもの」と捉えている。

ブロックチェーンとは、特定の企業や政府機関にコントロールされることのない、グローバルなコンピューターネットワークによって運用される仮想台帳である。この台帳は、ビットコインを使った通貨交換のやりとりを記録する。それだけでなく、株や債券を含む、いかなる価値をもつものを記録することができる。つまりこのテクノロジーによって、金融取引の流れをより正確に、安価に管理できるようになるということだ。今日の市場を特徴づける、仲介人や取引の抜け穴といったものを排除できるのである。

バーンは今日の株の世界には、「スプートニク的瞬間」が訪れていると言う。つまり、世界が初めて体験する、象徴的な瞬間ということだ。「巨大ロケットも、月へ向けてのロケット打ち上げもない」と彼は言う。「しかし、わたしたちが生きている時代を象徴するものだ」。彼は、tØのもつ技術を外の組織──オーヴァーストックのようなビジネスを行っている会社だけでなく、株取引、銀行、そのほかの金融組織が使用できるように、ライセンス化することを望んでいる。

熱狂のあとで

しかし現在、株を提供するためには大勢の仲介人の参加が必要とされている。インターネットで提供される株はあるが、企業は従来のやり方に沿った、保守的でアナログな店頭取引(OTC)用の株も発行しなければならない。出てきたばかりのテクノロジーがウォール街で使われるには長い道のりがある、ということを示している。

そうは言ってもウォール街は、ブロックチェーンという従来の資本市場を刷新するようなテクノロジーの存在に気づいている。2015年12月、JPモルガン、ウェルス・ファーゴ、ステート・ストリートといったメガバンクは、「Hyperledger」と呼ばれるオープンソースプロジェクトを開始。ほかの銀行も、ブロックチェーンに焦点を当てた「R3」というコンソーシアムに参加した。NASDAQのなどは非上場企業の株取引を記録するために、ブロックチェーンテクノロジーの可能性を探っている。しかしいまのところ、このテクノロジーが、どんな人に、どのように使われていくのかはまだわからない。

一方で、ブロックチェーンの勢いがすべて同じ方向に向かっているわけではない。ゴールドマンサックスと3つの大企業は、R3コンソーシアムから手を引いた。ブロックチェーンが引き起こしうる「ディスラプション」への期待からもたらされた熱狂を経たいま、その勢いが弱まってきているのだと、金融コンサルティングファーム、Finadium(ファイナディアム)の技術部門を率いるリック・スティンチフィールドは言う。

メガバンクたちは、どうやらディスラプションがそんなにすぐには起きないということに気づいたようだ。「勢いはスローダウンしており、物事は秩序だった方向へと向かっています」とスティンチフィールドは言う。「銀行員やブローカーは、リスクビジネスを行っています。しかし彼らは、技術的なリスクは嫌うのです」

新たなる取引

オーヴァーストックが新しい「ブロックチェーン株」を提供するとバーンが発表したのは、2016年10月にラスヴェガスで行われたフィンテックカンファレンスでのことだった。そしてその1カ月前から、オーヴァーストックの株主たちは、新しいブロックチェーン株を買えるようになっていた。

いま、オーヴァーストックは投資家の口座にブロックチェーン株を移すことができ、実際に126,565株がtØのブロックチェーン技術によって買われている。米国の証券取引委員会は2015年12月、こうした運営方法を公式に認可している。

tØは、独自のブロックチェーンを運用している。それは一見、このテクノロジーの目的を妨げているように思える。ブロックチェーンの力は「分散」にあるからだ──つまり、誰にもコントロールされることのないテクノロジーであるということである。

とはいえtØは、すべての取引をブロックチェーンによって行っており、どんなプライヴェートシステム上で取引が行われたとしても、パブリックな記録を残している。バーンの目的は、今日の市場にはない透明性をもたらすことだという。

いくつの海外の政府が、このテクノロジーを使うためにオーヴァーストックに相談をしてきているとバーンは言う。しかし、スティンチフィールドをはじめ、何が起こるかわからない米国市場の変化のスピードに、この技術は追いつけないと警告を鳴らす者もいる。「わたしは、NASDAQがブロックチェーンを使うところを想像できません」とスティンチフィールドは言う。「この技術はまだ、納得のいく水準には達していないのです」

ブロックチェーンは、株の決済システムや貸株市場のような、資本市場のなかでも比較的複雑なところをより変えていくことができると考えられている。ウォール街では、2つの組織の間で株を実際に移動させるのに、いまだに最大3日間(T-3)はかかる。ブロックチェーンはそれを、0日(T-0)にすることができるのだ(これがtØの名前の由来である)。

「ゲーム・オブ・スローンズ」のように

基本的には、今日の金融市場は株取引所、ブローカー、証券集中保管機関という3大プレイヤーによってドライヴされている。もしこれら3つのうちどれかひとつがブロックチェーンを取り入れれば、ほかの2つは絶滅し、取引の保証にかかる莫大な費用を削減できるとバーンは信じている。「『ゲーム・オブ・スローンズ』みたいなもんだね」とバーンは言う。

近いうちに、誰かひとりがこのゲームを制することはないかもしれない。しかしブロックチェーンがいずれ、金融システムの主たる流れとなっていくことにはスティンチフィールドも同意している。「ブロックチェーンが、株取引所と証券集中保管機関を結合させるのです」と彼は言う。「取引した瞬間に契約が完了するようになるでしょう」

ブロックチェーンが、いますぐにウォール街を刷新することはないだろう。しかし21世紀の株取引を、かつて見たことのない、まったく別のものに変えるための起爆剤は、すぐそこにあるのだ。

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