駄文ですみません。
ルプスレギナと"蒼の薔薇"の三人が戦っていた同時刻……
シズと"漆黒"が対峙していた同時刻……
王都リ・スティーゼの中心を担うヴァランシア宮殿。そこに伸びる魔の手に気付けた者は一人もいなかった。
それはとても大きく……
掴んだものを全て破壊する手であった。
ヴァランシア宮殿
窓から月光が差し廊下を照らす。その光を浴びる位置に二人の男が立っていた。一人はランポッサ三世、もう一人は王国戦士長であり王を護衛するガゼフだ。
「今宵は満月か…」ランポッサ三世は疲れ切った顔をして声に出した。
「陛下……」その横でガゼフ=ストロノーフはいつも通り王であるランポッサ三世を護衛していた。
「ガゼフよ……どれだけ私が歳を取ろうと……月は変わらず私たちを照らしてくれる。なのに……」
「……」
「王国は変わってしまった。いや……」
そこから先の言葉は自分にも理解できた。
("腐ってしまった"。そう言いたいのだろう。王都では"黒粉"と呼ばれる麻薬、"八本指"と繋がりを持つ貴族たちによる汚職や不正がある。これらのことを陛下は一人で背負ってらっしゃる……苦しかったはずだ……)
「この国で……唯一の救いはあの子だけだ」
「ラナー王女のことですね……」
「あぁ。あの子だけは"月"の様に王国を優しく照らしてくれる。自慢の娘だ」
ランポッサ三世は窓に反射した姿が視界に入る。自分たち以外の誰かの姿があった。
「……ん?」
思わず振り返る。そこにいた姿を確認したと同時にランポッサは表情を変えた。
そこにいたのはラナーとその護衛であるクライムだ。
「ラナー」
「お父様。戦士長様」
そう言ってラナーは二人に可愛らしく駆け寄る。
「こんな夜更けにどうしたのだ?」
「実は眠れなくて……それでクライムを連れて宮殿内を散歩していました」
「眠れない?何かあったのか?」
「実は……」
◇◇◇◇
◇◇◇◇
「成程…『蒼の薔薇』に『八本指』のアジトの襲撃を依頼したのか……」
ランポッサとガゼフはすぐさま周囲を見渡した。
((良かった。周囲には誰もいない……ここの会話を聞かれた様子は無いな))
ランポッサとガゼフの苦労も気付かない様子でラナーはそのまま話し続けた。
「えぇ。ですがリーダーであるラキュースから何の連絡もなかったのです。今までこんなことは無かったのに…。何だか嫌な予感がします」
「そうか…。この件は私に任せてくれ。ラナー。『蒼の薔薇』は私が何とかしよう。だからお前は安心して休むといい」
「はい…感謝致します」
そう言って去っていくラナー王女の背中は寂しげであった。やはり心の中は心配が消えないのだろう。そして自分がそのような状況に追いやったことへの責任を感じているのだろうとガゼフは思った。
「皆の者がラナーやガゼフ……レエブン候の様な……この国を想える者であればよいのに……」
そう言われてガゼフは己の無力さを恥じた。
(私は無力だな……カルネ村の一件ではゴウン殿に助けられ…今こうして陛下の元にいるのに何の役にも立ててはいないではないか)
そう思ってガゼフが窓を見るとそこには何か巨大な影があった。それは静かに両手で何か巨大な"何か"を掴んでいる。窓に向かって何か巨大な"何か"を放り投げたようで……
「クライム!ラナー王女を守れ!」
ガゼフは王を庇い背にした。巨大な"何か"が城壁を破壊した。その瞬間、ガゼフの視界は反転した。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
「くっ……」
ガゼフが目を開けるとそのあまりの情報量に視界が眩む。
粉々になった窓……いや、破壊された城壁。
ラナー王女を守り意識を失っているクライム。
そして最後に……
「これはロ・レンテ城!?」
ヴァランシア宮殿の壁に飛んできたのはロ・レンテ城の塔の一つであった。少しばかり砕けてしまっているが原型は未だに留めていたことから飛んできたのはこれだと断言できる。
「陛下!ご無事ですか?」
「あぁ。おかげで怪我は無い。だが一体何が?」
「分かりません。ですが先程巨大な影を見ました」
ガゼフは鞘から剣を抜くと周囲を警戒する。心許ないが無いよりはマシだろう。
「陛下、念のために私の後ろに…」
「分かった」
ガゼフの後ろにランポッサが回る。そこでようやく冷静さを取り戻した。
「ラナーは?どこだ?」
ドン…ドン…ドン
何か巨大なものが壊れた城壁の隙間から見える。
「あれは!?」
ガゼフは見た。巨大な岩石の様なモンスター。そのモンスターは右手を上向きに広げてた。そしてその上に存在する仮面を被る赤い服の男。
「ここまで運んでくれて感謝致しますよ。『
赤い服を着た男が右手から跳躍すると瞬く間に羽の様に地面に着地する。
「初めまして。私の名前は"ヤルダバオト"と申します」
「何の用でここに来た?モンスター」
ガゼフは先程からヤルダバオトを見ていた。だからすぐに気づいたがこの男の腰から異形の者の証である尻尾が生えている。
「実は王国と"公正な取引"をしたいと常々思っておりまして……」
「"公正な取引"だと?これだけの被害を出しておきながらか?」
ガゼフは目前にいる相手を心の底から軽蔑した。こんなのは取引などではない。ただの暴力だ。
「えぇ、悪いと思っていますよ。なのでますはご説明を。これより一日につき一万人の市民を殺害します。それを十日間行います。ただし!…ラナー王女を明日に公開処刑すると今ここで約束して頂けるなら市民たちは処刑しないと約束しましょう」
「王国の民を十万人殺すかラナーを処刑だと!?……そんなの選べる訳が…」
「そうですか…ならば無垢で罪の無い市民たちを殺すとしましょう」
ランポッサのその当然な答えにガゼフは安堵した。
「ラナー王女をお借りしますよ」
男はそう言ってクライムと同時に倒れていたラナー王女の首に手を掛ける。
「止めろ!」
ガゼフはその男に向かって剣を振り下ろした。だがその剣の斬撃が届く前に……
「『平伏したまえ』」
そう言われた途端、ガゼフの身体は地面に吸い寄せられるかの如く衝突する。
「がっ!貴様、一体!?」
「…。お目覚め下さい。ラナー王女」
ヤルダバオトがそう言うとラナー王女の瞼が開かれる。
「お……お父様……戦士長様……」
首を絞められているからかラナーは苦しそうに声を絞り出す。
「ラナー王女を放せ!」
「いいでしょう」
そう言ってヤルダバオトはラナーの首を放す。ラナー王女が床に倒れ込んだ。地面に落ちたラナーの口からせき込む音が聞こえる。気道ごと締め付けられていたせいで呼吸が上手く出来なかったのだろう。
「貴様!一体何者だ?」
ガゼフは剣をその男に向けた。
「先程話した通りですよ。私の名前は"ヤルダバオト"。以後お見知りおきを」
そう言って慇懃無礼な態度で挨拶をされる。
「……それでは返答は"王都の10万人が死んでもいい"ということですか?」
「待って下さい!ヤルダバオト!」
「どうされましたか?ラナー王女」
「お父様!明日、私を処刑して下さい!」
「なっ!自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「はい……罪なき者がそんな理不尽な理由で殺されていいはずがありません!でしたら私一人の命でよければ喜んで捧げます」
「……驚きましたね。まさかこんな言葉をラナー王女から聞くとは思いませんでした。いいでしょう」
「ごめんなさい。クライム……」
「ラナー様!駄目です!こんな者の言う事など信じては!」
「クライム!」
「お願い……いかせて……お願いだから」
その瞳は濡れていた。
(泣くのを堪えて……それなのに私は…こんなにも無力なのか…)
「ヤルダバオト!…頼みがある!」
「?どうしたのですか?クライム君」
「ラナー様を処刑するというのでれば私も処刑しろ!私はラナー様の従者だ!」
「クライム!止めて!」
「申し訳ありません。ラナー様。貴方様に拾われたこの命、貴方に使わせて下さい」
(かつてスラム街で拾われたこの命……貴方の為に使うなら惜しくはない!)
(クライム……)
ラナーはその言葉に揺れた。
(貴方の手を取りたい……貴方と共に生きたかった。だからこそ……!)
意を決すると右手で拳を作り言い放つ。
「……駄目よ、クライム!貴方は生きて!」
「しかしラナー様!」
「王女もこう仰っていますし、処刑するのは一人で十分です。それでは明日の正午にラナー王女を処刑します」
「待て!」
「まだ何か話が?折角ラナー王女が命を捧げる覚悟をしたというのに……貴方は王都に住む民10万人が死んでもいいと考えているのですか?」
「そんな馬鹿な!話し合いで何とかできないか?」
「それは不可能です。それよりいいのですか?この取引を受けない場合、王国を一日で滅ぼすことも出来るのですよ?」
「っ…戦士長!」
ランポッサはガゼフに目を向ける。だがガゼフに期待したものとは違う答えが返ってきた。
「陛下申し訳ありません……私ではこの者には勝てません」
ランポッサが膝から崩れ落ちる。
「…だそうですが…如何なさいますか?」
「あ……あっ……」
「早く連れて行きなさい!ヤルダバオト!」
「畏まりました。それでは皆様御機嫌よう」
そう言うとヤルダバオトとラナー王女は姿を消した。いつの間にか巨大な岩石の様なモンスターも消えている。
「ラナー様ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「戦士長……」
「陛下……」
「……緊急に会議を開く。戦士長も同席してくれ」
ガゼフはランポッサの意図に気付き、すぐに頷いた。
この世に一つだけ確かなものがある。
それは……
建物は投げるものだぁぁぁぁぁ!!